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異世界ビルメンの成り上がり! ~女神にもらった【設備神(インフラゴッド)の眼】で、ポンコツ国家を快適リフォーム! 王女様も俺の技術にご執心!?~

作者: もりも理幽

「……うぅ、マジかよ……また呼び出しか……」


 深夜二時。鳴り響くスマホのアラームではなく、けたたましい緊急連絡用の着信音で、俺、吉田匠よしだ たくみ、通称タクミは仮眠室の固いベッドから叩き起こされた。三日連続の徹夜明けだってのに、容赦ねぇな、ウチのブラック企業。


『吉田! 大至急、中央ビルの地下変電室へ向かえ! 原因不明の停電だ! 早くしろよ!』

「……はい、ただいま向かいます……」


 切れた電話を投げ出すように置き、重い体を引きずる。鏡に映った自分は、目の下にクマを作り、生気の欠片もないゾンビのようだった。29歳、ビルメン歴7年。社会インフラを支える誇り? そんなもん、とっくにすり減って消えちまったよ。


「はぁ……安全第一、ね……」


 呟きながら、地下深く、薄暗い変電室への階段を下りる。湿った空気、機械油の匂い、そして低く唸るような機械音。いつも通りの、俺の職場だ。


 原因不明の停電箇所を探し、古い高圧設備の分電盤を開けた、その時だった。


「――ッ!?」


 バチッ!! と目の前で青白い閃光が迸り、身体が硬直する。痺れるような感覚と、焦げ臭い匂い。マズい、これは――


(ああ……もっと、普通に……休み、たかっ……た……な…………)


 意識が急速に遠のいていく。床に叩きつけられる衝撃すら感じられなかった。


 ◆


「ん……?」


 次に目を開けた時、俺は真っ白で、やけにキラキラした空間にいた。身体の痺れも痛みもない。あれ、俺、死んだ……のか?


「おっはよーございまーす! いやー、お疲れサマ! 吉田 匠さん!」


 目の前に、やけに露出度の高い、神々しいほど美しい女性が立っていた。背中には天使みたいな羽根まで生えてる。え、天使? 女神?


「えっと……どちら様で……?」

「あ、どーも! 私、しがない異世界転生コーディネーターやってます、女神アストライアって言いまーす! いやー、君ね、地味~に、でも超真面目に世界の『流れ』、つまりインフラってやつ? それ支え続けてくれたでしょ? その功績、マジリスペクト!」

「は、はあ……(インフラって、ビルメンのことか?)」


 軽いノリだな、この女神様。それに、なんか俺の仕事、ちゃんと見ててくれたっぽいのは……ちょっと嬉しい、かも。


「でね! ちょっとこっちの計算ミス? 的なアレで、予定よりちーっとばかし早くこっちに呼んじゃったんだけど、そのお詫びも兼ねてさ! 第二の人生、ファンタジーな異世界でエンジョイしちゃわない!?」

「異世界……転生……?」


 ラノベとかでよく聞くアレか? まさか自分が……。


「そそ! もちろん手ぶらじゃアレだから、君にピッタリの特別スキルもプレゼントしちゃう! ジャジャーン!」


 女神様が指をパチンと鳴らすと、俺の頭の中に直接、情報が流れ込んできた。


【スキル:設備神インフラゴッドの眼 を獲得しました】

【スキル:万能工作オールラウンダー・クラフト を獲得しました】


「え? せつび、しん……?」

「うんうん! なんかこう、君の得意分野? が、超パワーアップする感じのやつ! 見たらピカーッて弱点とか分かってさ、念じたらガチャーンって直せたり作れたりする感じ? たぶん!」


 たぶんって……! おい、女神! 説明が雑すぎるだろ!


「ま、細かいことは実践で覚えればいーって! 百聞は一見に如かず、って言うじゃん? それじゃ、新しい世界でも頑張ってねー! 応援してるから!」

「え、ちょ、待っ……!」


 俺の言葉を最後まで聞くことなく、女神アストライアはウインクと共に姿を消し、俺の足元が眩い光に包まれた。浮遊感と共に、意識が再び遠のいていく……。


(……今度こそ、ちゃんと休めるところだといいな……)


 それが、俺の異世界への旅立ちの瞬間だった。



 ◇◇◇



 ドサッ!!


「ぐぇっ!?」


 次に意識が戻ったのは、硬い石畳に全身を打ち付けられた衝撃と同時だった。受け身も取れず、肺から空気が押し出される。


「いってぇ……なんだよ、着地くらいソフトにしてくれよな、あの女神……」


 文句を言いながら顔を上げると、目の前には古びた、しかし荘厳な石造りの街並みが広がっていた。空は見たこともない紫色で、二つの月が浮かんでいる。間違いなく、日本じゃない。異世界だ。


「本当に来ちまったのか……」


 感慨に浸る間もなく、突如、けたたましい鐘の音が鳴り響いた!


 ゴォォォン! ゴォォォン!


「な、なんだ!?」


 街の人々が騒ぎ出し、悲鳴が聞こえる。地響きのようなものが近づいてくる。見ると、街の城壁の一部が――崩れている!?


 ドガァァン!!


 土煙と共に、巨大な緑色の醜い人型……オークだ! ゲームとかで見たことある! そいつらが雄叫びを上げながら、崩れた城壁から街へなだれ込んできた!


「ギャァァァ!」

「魔物だー! 逃げろー!」


 パニックに陥る人々。槍を持った衛兵らしき者たちが応戦しようとするが、数が違いすぎる! 阿鼻叫喚! これ、完全にヤバい状況じゃん! なんで転生初日がこんなハードモードなんだよ!


「くそっ、どうすりゃ……!」


 逃げようにも、どこへ? 安全な場所なんてあるのか? パニックになりかけたその時、俺の視界が突如、ノイズと共に切り替わった!


【オーク:種族:亜人種/筋力:A/敏捷:C/知性:E/耐久:B/弱点:膝関節、首筋/行動パターン:単純な突撃、棍棒による殴打】

【崩れた城壁:材質:劣化石灰岩、モルタル剥離/構造強度:Dマイナス(崩壊危険)/応急処置推奨:近隣の金属片を利用した魔力接合による一時補強(必要魔力量:50MP)】


「うわっ!? なんだこれ!?」


 まるでゲームのステータス画面や解析レポートみたいのが、視界にオーバーラップして表示されている! これが【設備神の眼】か!? 情報量が多すぎて頭がクラクラする!


 だが、それだけじゃなかった。視界の端で、街の中心部にある塔のような建物から、赤い警告表示が点滅している!


【魔力供給炉(旧式):状態:危険/原因:冷却系配管詰まり、魔力制御回路ショート/予測:5分以内に臨界、暴走の危険性(高)/影響:半径500m圏内、完全破壊】


「ご、ごひゃくメートル!? それって街のほとんどじゃねぇか!」


 冗談じゃない! 転生初日に街ごと吹っ飛ぶなんて、いくらなんでも理不尽すぎる!


「やるしか、ねぇか……!」


 幸い(?)、ブラック企業で叩き込まれたトラブル対応への反射神経は、異世界でも健在らしい。考えるより先に、体が動いていた。


 近くに転がっていた壊れた荷車の車輪や、落ちていた兵士の折れた剣の残骸に意識を集中する。


「【万能工作】ッ!」


 イメージしたのは、使い慣れたモンキーレンチと、絶縁処理された大型のプライヤー、そして頑丈なバール。手の中に、魔力が集まる感覚と共に、金属の塊がみるみる形を変えていく!


「おおっ! 本当にできた!」


 ずっしりとした工具の感触に驚きつつも、今は感心している場合じゃない!


「邪魔だ、ドケェ!!」


 突進してきたオークの足をバールで引っ掛け、転倒させる!そのまま脇をすり抜け、警告表示が出ている塔へ向かって全力でダッシュ!


「おい、待て! そっちは危険だ!」


 衛兵の制止の声が聞こえたが、無視だ! 今、あの炉を止められる可能性があるのは、このスキルを持つ俺だけのはず!


 塔の内部は、むせ返るような熱気と、バチバチと火花を散らす危険な魔力の奔流で満ちていた! 中央には、古めかしい巨大な釜のような装置――魔力炉がある。明らかにヤバい振動と異音を発している。


【眼】で構造を再確認。冷却パイプの詰まり箇所、ショートしている回路の位置を特定!


「ここか!」


 レンチで固着したバルブを強引に回し、プライヤーでショート箇所を引き剥がし、近くにあった別の魔力線(これも【眼】で安全なラインを確認済み)に無理やり接続! ビルメン現場で叩き込まれた応急処置だ!


「よし、バイパス完了! 冷却水(魔力液?)循環開始!」


 炉の振動が、少しずつ収まっていくのが分かる。温度も徐々に下がってきたようだ。


「ふぅ……なんとかなっ……」


 息つく間もなく、俺は再び外へ飛び出した。まだオークが暴れている!


「壁も塞がねぇと!」


 崩れた城壁へ走り、再び【万能工作】! 散乱していた鉄屑や石材を魔力で練り合わせ、パズルのように組み上げていく!


「もっと強度を……! 接着、固定!」


 まるで粘土細工のように金属や石が変形し、城壁の亀裂を塞いでいく。完全に元通りとはいかないが、オークの侵入を防ぐくらいにはなったはずだ。


「はぁ、はぁ……これで、とりあえずは……」


 全ての作業を終え、膝に手をついて荒い息をつく俺。ふと視線を感じて顔を上げると、そこには銀色の髪をツインテールにした、息をのむほど美しい少女が立っていた。歳は……17、8くらいか? 上質な、しかし少し汚れた服を着て、細い剣を手にしている。彼女は、信じられないものを見るような目で、俺と、俺が応急処置した魔力炉や城壁を交互に見比べていた。


「…………」


 綺麗な顔立ちだが、その表情は険しく、警戒心に満ちている。彼女の足元が、なぜか薄っすらと凍りついていることに気づいたのは、その時だった。え、なんで氷?


「あ……」


 少女が何か言いかけた瞬間、その凍った足元でバランスを崩し、ツルッと滑った!


「危ないっ!」


 俺は咄嗟に手を伸ばし、彼女の華奢な身体を支えた。柔らかい感触と、ふわりと香る甘い匂いに、一瞬ドキッとする。


「ひゃっ…!?」


 支えられた少女は、顔を真っ赤にして俺を突き飛ばした。そして、さらに鋭い目で睨みつけてくる。


「な、なによ! 馴れ馴れしい!」


 いや、転びそうだったから助けただけなんだが……。


「……じゃなくて!」


 彼女は咳払いを一つして、気を取り直したように言った。


「貴様、一体何者なのだ!? あの魔力炉と城壁を直したのは……貴様なのか!?」


 その声は、怒りよりも困惑と、ほんの少しの期待が混じっているように聞こえた。


 埃まみれの作業着(転生前のままだった)姿の俺は、彼女に向かって、長年の癖で反射的に頭を下げていた。


「ど、どうも。吉田 匠、しがない『設備管理者』です。応急処置は完了しましたが、あくまで一時的なものですので、定期的なメンテナンスを推奨します。不具合があれば、いつでもご連絡ください」


 俺の言葉に、銀髪の少女――リリアーナ・フォン・アイゼンフェルスは、ますます混乱した表情で、ただ俺を見つめ返すだけだった。



 ◇◇◇



 リリアと名乗った銀髪の領主代理(仮)に半ば引きずるように連行され、俺、タクミはアイゼンフェルスで一番立派そうな建物――領主館へと案内された。


 道中、住民たちの視線が痛い。感謝と、それ以上の好奇と、若干の畏怖が混じった視線だ。「あの人が魔力炉を…?」「一体どこの魔法使い様だ?」「いや、格好はただの平民だが…」ヒソヒソ声が聞こえてくる。やめてくれ、俺はただのビルメンだ。


 案内された応接室は、古いが手入れの行き届いた調度品が並び、質素ながらも気品があった。リリアは俺を椅子に座らせると、自身も対面に座り、鋭い、しかし少し揺れている蒼い瞳で俺を射抜いた。


「さて…吉田 匠、と名乗ったか。単刀直入に聞く。貴様は何者だ? あの技術…普通の『設備管理者』とやらのものではないだろう」

「いや、ですから、しがないビルメ……設備管理者ですよ。ちょっと、元の世界では進んだ技術を扱っていただけで……」


 転生者だなんて言えるわけもなく、しどろもどろに答える。女神様、こういう時のフォローも用意しといてくれよな!


「元の、世界……?」リリアが眉をひそめる。「やはり、ただ者ではないようだな……」


 彼女はため息をつくと、少しだけ表情を和らげた。いや、和らげたというより、疲労の色が濃くなった、と言うべきか。


「まあ、いい。貴様の素性は追々聞かせてもらうとして……まずは礼を言わせてくれ。街を…いや、私たちを救ってくれて、本当にありがとう」


 深々と頭を下げるリリア。その真摯な態度に、俺の方が恐縮してしまう。


「いえ、その……たまたま、俺の知識が役立っただけで……」

「謙遜するな。あの状況で、あれだけのことを成し遂げられる者など、この国…いや、この世界にもそうはいないだろう」


 リリアは顔を上げると、今度は切実な表情で俺に訴えかけた。


「タクミ殿。貴様に、頼みがある」

「……なんでしょうか?」

「このアイゼンフェルスを……私たちの街を、立て直してはくれないだろうか?」


 彼女は語り始めた。領主である父、グンターは原因不明の病に倒れ、もう長くはないこと。自分が代理として必死に街を支えているが、慢性的なインフラ不備、度重なる魔物の被害、減り続ける人口…もう限界に近いこと。先ほどの魔物襲来と魔力炉暴走は、その象徴的な出来事だったのだと。


「私だけでは……もう、どうしようもないのかもしれない…」


 気丈に振る舞っていた彼女の目から、ぽろりと涙が零れ落ちた。その涙が、まるで小さな氷の粒のようにキラキラと輝いて床に落ちるのを、俺は見た気がした。


 ……まずい。俺、こういうのに弱いんだ。ブラック企業時代も、後輩の女の子に泣きつかれて、無理な仕事引き受けちまったことが何度あったか……。


 それに、何より……。


(この街のインフラ……改善のしがいがありすぎる……!)


【設備神の眼】が捉えた数々のポンコツ設備が、俺のビルメン魂に火をつけた! 欠陥だらけの配管! 危険すぎる魔力配線! 熱効率最悪の魔力炉! 設計ミスレベルの城壁! まるで、俺の手で生まれ変わるのを待っているかのようだ!


「……分かりました」


 俺は覚悟を決めて頷いた。


「俺でよければ、手伝わせてください。この街のインフラ、俺が責任をもって『健康』にします!」

「本当か!? あ、ありがとう…!」


 リリアは破顔一笑し、再び涙を流した。今度の涙は、さっきとは違う、温かいものに見えた。


 こうして、俺の異世界での本格的なビルメン業務が始まった。まずは現状把握からだ。リリアに案内役を頼み、俺はアイゼンフェルス全体のインフラ総点検――いわば『健康診断』を開始した。


「うわっ、この水道管、完全に錆びてるどころか穴空いてますよ! そりゃ水も濁るわけだ!」

「そこの壁、見た目は綺麗ですけど、内部の構造材が劣化してスカスカです。大きな振動があったら崩れますよ」

「え? この魔力線、なんでこんなタコ足配線みたいになってるんですか!? しかも絶縁処理が甘い! 火事にならなかったのが奇跡ですよ!」


 俺は【設備神の眼】をフル活用し、次々と問題点を指摘していく。街中を歩き回り、マンホールを開け、壁に耳を当て、屋根裏を覗き込む俺の姿は、やはり住民たちから奇異の目で見られたが、領主代理のリリアが「街の専門家の方だ。協力するように」と説明して回ってくれたおかげで、なんとか作業を進めることができた。


 しかし、調査すればするほど、問題は深刻だった。


「リリアさん、この街……ヤバいです。マジで」

「うすうす気づいてはいたが……そこまで酷いのか?」

「酷いなんてもんじゃないですよ! 例えるなら、築100年のボロアパートに無理やり最新家電詰め込んで、配線も配管もぐちゃぐちゃ、おまけに耐震性ゼロ、みたいな状態です!」


 俺は調査結果を元に、【万能工作】で作成した図面や模型を使って、領主館でリリアと街の長老たちに現状報告と改善計画のプレゼンを行った。


「まず、最優先は『水』です。安全な水の確保。次に『光』と『熱』。エネルギー供給の安定化と効率化。そして『安全』。防壁の強化と防衛システムの構築。これらを段階的に進めていく必要があります」


 俺が【万能工作】で作った、街のインフラ状況が色分けされた立体模型や、改善後の予想図(これも模型)が動いたり光ったりする様子に、長老たちは目を丸くしている。


「なんと……分かりやすい……」

「まるで魔法のようだ……」

「いや、魔法というより……これは『技術』か?」


 最初は俺を疑いの目で見ていた長老たちも、具体的で緻密な計画と、それを分かりやすく示す俺の(スキルの力による)プレゼン能力に、次第に感嘆の表情を浮かべていた。


「して、タクミ殿。これだけの計画、実現するには相当な資材と人手が必要になるだろうが……」

「資材については、この【万能工作】スキルで、ある程度は代替生成できます。ただ、特殊な素材や大量に必要なものに関しては、既存のものを利用したり、新たに調達する必要がありますね。人手は……まあ、街の皆さんにご協力いただくしか……」


 俺が言いかけた時、リリアが力強く宣言した。


「資材も人手も、私が責任をもって用意しよう! この街の未来のためだ。皆、協力してくれるな!?」


 リリアの言葉に、長老たちは力強く頷いた。


「異論ありません。リリア様、そしてタクミ殿にお任せいたします」

「我々も全力で協力しよう」


 こうして、俺の異世界都市リフォーム計画は、街全体の承認を得て、本格的にスタートを切ることになったのだった。


「よし、まずは『水』からだ! 異世界の水道事情、俺が変えてやる!」


 俺は気合を入れ直し、最初の現場へと向かった。ポンコツ都市の劇的ビフォーアフターが、今、始まる!



 ◇◇◇



 アイゼンフェルスの『水』問題は深刻だった。飲めば腹を壊しかねない濁った水、すぐに錆びて詰まる鉛製の水道管。これを解決しないことには、住民の健康も街の発展もない。


「まずは水源からだな……リリアさん、衛兵の方々、ちょっとご協力をお願いします」


 俺、タクミはリリアと数名の衛兵と共に、街の主な水源である森の奥の泉へと向かった。【設備神の眼】による事前調査で、この泉の水質悪化の原因が、特定の生物によるものであることは掴んでいた。


「いましたね……あれです」


 泉の底や周辺に、ゲル状の半透明な生物が大量に蠢いている。大きさはバスケットボールくらいか。


「これは……『粘液スライム』か。毒性はないが、奴らの出す粘液が水を汚染するのだ。数が増えすぎて困っていた……」リリアが顔をしかめる。


「なるほど。駆除も大変そうですね……でも、大丈夫です。こいつら、ある『音』に弱いみたいなので」


【眼】は、このスライムが特定の高周波、あるいは特殊な振動波に極端に弱いことを示していた。


「【万能工作】!」


 俺は懐から携帯型の魔力バッテリー(これもスキルで作った試作品)を取り出し、金属片と魔晶石を組み合わせて、手のひらサイズの装置を作り上げた。超音波発生装置、異世界バージョンだ。


「いきますよ!」


 スイッチを入れると、人間には聞こえない高周波が装置から放たれる。すると、さっきまで元気に蠢いていたスライムたちが、一斉に苦しそうに身を捩らせ、みるみるうちに縮んで消滅していく!


「なっ……!?」

「す、すごい……! 剣も魔法も効きにくい奴らが、こんな簡単に……」


 リリアも衛兵たちも、あっけにとられている。


「よし、これで水源はクリーンになりました。次は配管ですね」


 街に戻り、俺は本格的な配管工事に取り掛かった。まずは、腐食した鉛管を撤去し、代わりに俺が【万能工作】で生成した新素材「機工鋼マキナスチール」の配管を敷設していく。機工鋼は、魔力を流すと自己修復機能を持つ特殊合金で、錆びにも水圧にも強く、半永久的に使える優れものだ。


 しかし、ここで問題が発生した。街の配管工事を請け負ってきた地元の職人たちが、俺のやり方に猛反発してきたのだ。


「おい、よそ者! 何勝手なことしてるんだ!」

「なんだそのピカピカした管は! 配管ってもんは、こうやって鉛を溶かして繋ぐもんだ!」

「我々の仕事を奪う気か!」


 屈強な、いかにも職人といった風貌の男たちが、俺を取り囲む。リリアが間に入ろうとするが、彼らの勢いは止まらない。


「まあまあ、落ち着いてください、皆さん」俺は努めて冷静に言った。「鉛管は……失礼ながら、健康に良くないんですよ」


【眼】で鉛管から溶け出す有害成分のデータを可視化して見せる。


「なっ……!? これは……」

「それに、この機工鋼は鉛管よりずっと丈夫で長持ちします。皆さんの手間も、長い目で見れば減るはずですよ」


 さらに、彼らの作業風景を観察していた俺は、【眼】で見抜いた改善点を指摘した。


「そこの足場、ちょっと不安定ですね。こっちの金具で補強しましょう。あと、その工具、少し使いにくそうなので、俺が改良版を作りましょうか? あ、ヘルメットもお持ちでない? これは危ないですよ、安全第一です!」


 俺は【万能工作】で即座に改良工具や、サイズぴったりの安全ヘルメット(衝撃吸収材入り)を作り出し、彼らに手渡した。


「…………」


 職人たちは、俺が作った道具の使いやすさと頑丈さ、そして何より、自分たちの安全を気遣う俺の言葉に、次第に毒気を抜かれていった。リーダー格の男が、バツが悪そうに頭を掻く。


「……悪かったな、よそ者……いや、タクミの旦那。あんた、口だけじゃねぇみたいだ」

「いえいえ。皆さんの経験と技術も、素晴らしいですよ。ぜひ、力を貸してください」


 俺が頭を下げると、職人たちは顔を見合わせ、力強く頷いた。「おう、任せとけ!」


 こうして、地元の職人たちの協力も得て、配管工事は急速に進んだ。新しい配管網が整備され、各家庭の蛇口をひねると、キラキラと輝く清潔な水が勢いよく流れ出した!


「水が……美味しい!」

「手が荒れなくなったわ!」


 街中が歓喜に沸いた。子供たちが水遊びをする姿を見て、俺も胸が熱くなる。


 そして、俺はさらなる計画を実行に移した。


「リリアさん、異世界にも『風呂文化』を広めましょう! 疲れを癒し、衛生観念を高めるには、これが一番ですよ!」

「ふろ……? 水浴びとは違うのか?」

「全然違います! 温かいお湯にゆっくり浸かるんです! 日本人にとっては……いや、人類にとっては至高の癒しなんですよ!」


 俺は熱く語り、魔力炉の改修で生まれた余剰熱を利用した給湯システムと、男女別の共同浴場の建設を提案。リリアも住民たちも半信半疑だったが、俺の熱意に押され、計画は承認された。


 そして数日後、アイゼンフェルス初の共同浴場が完成! 広々とした湯船、洗い場、そしてなんと露天風呂(景色はまだ微妙だが)まで備えた本格的なものだ。


 最初は恐る恐る入浴していた住民たちも、すぐにその気持ちよさの虜になった。一日の疲れを癒し、住民同士の交流の場ともなり、共同浴場は瞬く間に街の人気スポットとなった。


「ふぅ……極楽、極楽……」


 俺も仕事終わりに一番風呂を堪能していると、突然、浴場の外から、ものすごい声量と、奇妙な節回しの歌が聞こえてきた!


「ドワァァァ! 鉄よ! 鋼よ! 俺の魂の叫びを聞けぇぇぇ!! 熱く! 硬く! なれぇぇぇ!!」


 なんだ!? 地響きのような歌声だ! しかも、歌ってる内容は意味不明だが、妙に力強い!


 風呂から上がり、急いで服を着て外へ出ると、そこには、いかにもドワーフといった風貌の、屈強な中年男が立っていた。腰には巨大なハンマーを提げ、立派な髭を蓄えている。彼が、あの歌声の主らしい。


 ドワーフは、俺が作った共同浴場の給湯配管(機工鋼製)を、食い入るように見つめていた。


「んんん……? この金属……ワシの工房の炉では作れん硬度と滑らかさ……。それに、この配管の繋ぎ方……無駄がない。一体どこのどいつが……」


 ドワーフは俺に気づくと、ギロリと睨みつけてきた。


「おい、そこのヒョロいの! この奇妙な湯浴み小屋と、このピカピカの管を作ったのは貴様か!?」

「え、あ、はい。俺ですけど……」


 俺が答えると、ドワーフはますます険しい顔になる。


「ふん! 見たところ、魔法か何かで作った軟弱なハリボテだろう! こんなもの、ワシの鍛えた本物の鉄には遠く及ばんドワ!」

「いや、これは機工鋼といって、魔力で自己修復もする特殊合……」

「言い訳無用! ドワーフの鍛冶技術を舐めるな!」


 話を聞く気がないらしい。困ったな、と思っていると、ドワーフは再び歌い始めた! 今度は更にボリュームアップしている!


「喰らえ! 我が鍛冶場ロック! 『炎の洗礼』!!」


 ドワーフが歌い上げると、不思議なことに、周囲の金属、特に彼が持っているハンマーが、かすかに赤みを帯びて振動し始めた! これが彼の言っていた「金属を活性化させる歌声」か!?


 だが、その時、俺の【眼】がある情報を示した。


【対象:ボルガン・アイアンフィスト/状態:喉に軽度の炎症(歌いすぎ)/最適なケア:高湿度環境による保湿/推奨機器:超音波式加湿器パーソナルタイプ

【ボルガンの歌声:特定の周波数帯域が粘液スライムの共振周波数と酷似】


「……なるほど」


 俺はニヤリと笑うと、【万能工作】で小型の装置を作り出した。見た目はちょっとおしゃれな卓上加湿器だ。


「ボルガンさん、でしたっけ? ちょっとこれをどうぞ」

「あ? なんだこれは?」

「喉、少しお疲れのようですから。保湿が大事ですよ」


 俺がスイッチを入れると、加湿器から微細なミストが噴出され、ボルガンの喉を潤す。彼は驚いた顔をしたが、すぐに心地よさそうな表情になった。


「む……? こ、これは……なかなか……」


 さらに、俺は続けた。


「ボルガンさんのその歌声、もしかして特定の粘液系魔物に効果があったりしませんか?」

「な、なにぃ!? なぜそれを知っている!? た、確かに、昔、洞窟で歌っていたら、まとわりついてきたスライムどもが逃げていったことが……!」


 ボルガンは目を丸くして叫んだ。


「やはり! その歌声、すごい力があるんですね! 実は先日、街の水源を汚染していたスライムを退治したんですが、そいつら、ボルガンさんの歌と似た周波数の音に弱かったんですよ!」

「な、なんと! 俺の魂のロックは、魔物にも届くドワかー!!」


 ボルガンは感動に打ち震え、俺の手をがっしりと掴んだ。


「小僧! いや、タクミ殿! あんた、ただ者じゃねぇな! ワシが悪かった! あんたの技術、本物だ! このボルガン・アイアンフィスト、あんたに協力させてもらうドワ!」


 こうして、歌う熱血ドワーフ・ボルガンが、俺の最初の、そして最も頼りになる(かもしれない)仲間になった。彼の鍛冶技術と、まさかの歌声パワーが、今後のインフラ改善にどう活きてくるのか……それはまだ、未知数だ。



 ◇◇◇



 ボルガンという強力(すぎる個性)な仲間を得て、俺、タクミのアイゼンフェルス・リフォーム計画はさらに加速した。次に着手したのは、『光』と『熱』――つまり、照明と暖房の問題だ。


 夜のアイゼンフェルスは、正直言って暗かった。頼りない魔法灯がところどころにあるだけで、路地裏などは真っ暗。これでは治安も悪くなるし、夜間の活動も制限される。


「ボルガンさん、ちょっと手伝ってください。この魔晶石、もっと効率よく光らせたいんですよ」

「ふむ、魔晶石か。こいつは魔力を光に変える便利な石だが、確かに今の魔法灯は効率が悪いドワな。どれ、ワシの鍛冶技術と魂のロックで、最高の輝きを引き出してやるドワ!」


 俺は【設備神の眼】で魔晶石の構造を解析し、最も効率的に発光する形状と、魔力回路の最適パターンを割り出した。そして、ボルガンにその精密加工を依頼する。


「この角度でカットして、ここにこの金属(これも【万能工作】で生成した特殊伝導体)を…」

「むぅ…細かい作業ドワな…よしきた! 喰らえ! 精密加工ロック! 『シャイニング・ハート』!!」


 ボルガンが歌いながら、超高温の炎と特殊な工具(これも俺が設計し、彼が鍛えたもの)を駆使して魔晶石を加工していく。彼の歌声には、金属だけでなく魔晶石の内部構造にも影響を与え、より純粋な光を引き出す効果があるらしい(【眼】による解析結果)。


 そして完成したのが、手のひらサイズの「魔晶石LED」だ。従来の魔法灯の数分の一の魔力消費で、数倍の明るさを実現! しかも寿命も長い!


「おおっ! これは明るいドワ!」

「すごいです、タクミさん、ボルガンさん!」リリアも感嘆の声を上げる。


 俺たちは早速、街中の魔法灯をこの魔晶石LEDに交換していった。ボルガンが歌いながら(時々うるさい)取り付け作業を手伝ってくれるおかげで、作業はスムーズに進む。


 夜になると、アイゼンフェルスは見違えるように明るくなった。メインストリートはもちろん、これまで真っ暗だった路地裏まで光が届き、住民たちは安心して夜道を歩けるようになった。夜遅くまで開いている店も増え、街全体が活気づいていくのが目に見えて分かった。


「次は『熱』ですね。冬は相当冷え込むと聞きました」

「うむ、アイゼンフェルスの冬は厳しいドワ。魔力炉の暖房だけでは、とても足りん」

「そうだな…父も、この寒さで体調を崩しがちだった…」リリアが少し寂しそうに言う。


 街の主な熱源は、例のポンコツ魔力供給炉から供給される温風(魔力熱風?)だったが、これがまた効率が悪く、熱は途中で冷めるし、そもそも炉自体の燃費(魔力効率)も最悪だった。


「まず、魔力炉自体の効率を上げましょう。【眼】で見たところ、内部の燃焼室(魔力変換室?)の構造に無駄が多いです」


 俺は魔力炉の設計図(脳内生成)を元に、ボルガンと協力して内部構造を改修。耐熱性の高い機工鋼と、ボルガンが鍛えた特殊セラミック材を組み合わせ、魔力エネルギーの変換効率を大幅に向上させた。


「次に、熱の運び方です。温風ではなく、温水を使ったセントラルヒーティングシステムを導入しましょう」

「せん…とらるひーてぃんぐ?」

「温かいお湯を街中の建物に巡らせて、部屋全体を暖める仕組みです。こっちの方が熱効率も安全性も高いんですよ」


 俺は再び【万能工作】とボルガンの鍛冶技術を駆使し、断熱性の高い配管網と、各部屋に設置する放熱パネル(ラジエーター)を製造・設置していった。ボルガンが鍛えた熱交換器(彼の歌声による特殊コーティング済み)は、驚異的な熱効率を発揮した。


 システムが稼働し始めると、アイゼンフェルスの建物は、まるで春のような暖かさに包まれた。


「あったかい……! これなら冬も怖くないわ!」

「夜もぐっすり眠れるようになったよ!」


 住民たちの喜びの声が、俺たちの何よりの報酬だった。リリアも、「これなら父上の体調も……」と希望の光を見出したようだった。


 インフラ整備が着々と進み、街が目に見えて快適になっていく中、新たな訪問者がアイゼンフェルスに現れた。


 その日、俺とリリア、ボルガンは、街の郊外にある森の境界付近で、将来的な自然エネルギー利用(水力発電とか)の可能性を探るため、地形調査をしていた。


「うーん、この川の流れなら、小型の水力発電くらいは設置できそうだな……」俺が【眼】で水流や高低差を計測していると、不意に背後から、やけに眠たそうな、気の抜けた声が聞こえた。


「あー……なんか、この辺の空気……っていうか、マナの流れ? が、最近気持ちいいんだけど……なんかした?」


 振り返ると、そこには、長い耳を持ち、透き通るような美貌を持つ……しかし、どこか寝起きのようなボサボサの髪と、今にも寝落ちしそうなトロンとした目をしたエルフの女性が立っていた。服装も、上質な素材なのは分かるが、着こなしがだらしなく、裾を引きずっている。


「え、エルフ!?」リリアが驚きの声を上げる。

「ほう、森の賢者殿か。珍しいこともあるものドワな」ボルガンも少し驚いている様子。


 エルフの女性は、大きなあくびを一つすると、面倒くさそうに自己紹介した。


「んぅ……ルミナリエ・ウィスパーウィンド……ルミナ、でいいや……。この森の、まあ、管理者みたいなもの……? あー、めんどくさ……」


 どうやら彼女が、この地域の森を司るエルフらしい。見た目は若いが、エルフは長寿だと聞く。実年齢は相当なものなのかもしれない。


「それで、用件は?」と、ルミナは再びあくびをしながら俺たちを見た。


「いえ、用件というか……あなたが、なぜここに?」リリアが尋ねる。


「んー……だって、最近、森のマナがすごく安定してて、心地いいんだもん……。前は、あのアイゼンフェルスから変な淀んだマナが流れてきてて、超ウザかったんだけど……なんか変わったでしょ? あの街」


 ルミナは俺をじっと見つめる。その眠そうな瞳の奥に、鋭い知性の光が宿っているのを俺は見逃さなかった。


「……それは、たぶん、俺たちが街のインフラ……えっと、魔力の使い方とかを改善したから、かもしれません」

「へぇ……あなたが? 人間なのに、やるじゃん……。どうやったの? めんどくさいのは嫌だけど、楽して森が快適になるなら興味ある……」


 俺は、魔力炉の効率改善や、廃熱利用、浄水システムなどについて、かいつまんで説明した。ルミナは、最初は眠そうに聞いていたが、特にエネルギーの効率的な利用や、自然環境への負荷を低減する工夫について話すと、少しだけ目を見開いた。


「ふーん……なかなか合理的じゃん……。それなら、もっといい方法、教えてあげよっか? 精霊の力を使えば、もっと楽に、効率よくエネルギー取り出せるよ。水とか風とか、地面の熱とか……」

「本当ですか!?」


 それは願ってもない申し出だった! 自然エネルギーの活用は、今後の大きな課題だと考えていたところだ。


「ただし!」と、ルミナは人差し指を立てる。「タダじゃ教えない。こっちにもメリットがないと、めんどくさいだけだし」

「メリット、ですか?」

「うん。例えば……そうだな、私が一切世話をしなくても、勝手に育って、勝手に収穫できる、『全自動キノコ栽培システム』とか作ってくれたら、考えてあげてもいいかなー……。あ、あと、寝心地最高のハンモックも欲しい……」


 要求が具体的すぎるだろ! しかも、とことん楽したいだけじゃねぇか!


「……分かりました。やりましょう! 全自動キノコ栽培システム、作ってみせます!」


 俺は、この怠惰だが間違いなく有能なエルフの力を借りるため、そのふざけた(?)要求を呑むことにした。


 こうして、人間(俺、リリア)、歌うドワーフ(ボルガン)、そして怠惰なエルフ(ルミナ)という、前途多難…いや、個性豊かすぎる異種族混成チームが、ここに誕生したのだった。このチームで、一体どんな化学反応が起こるのか? 俺の異世界ビルメンライフは、ますます予測不能な方向へと進んでいく……!



 ◇◇◇



 水、光、熱といった基本的な生活インフラが劇的に改善され、アイゼンフェルスの住民たちの生活は目に見えて豊かになっていた。しかし、まだ大きな問題が残っていた。それは『安全』――度重なる魔物の襲撃だ。


「どんなに生活が快適になっても、魔物の脅威に怯えて暮らすんじゃ意味がない。防壁と防衛システムを、徹底的に強化しましょう!」


 俺、タクミはリリア、ボルガン、そしてルミナ(相変わらず眠そうだが、森への被害が減るならと渋々協力)と共に、街の安全強化プロジェクトに着手した。


 まずは、街の生命線である防壁の改修だ。


「ボルガンさん、この設計図通りに、機工鋼と、例の古代合金(ボルガンが再現に成功した超硬度金属)を組み合わせた補強材をお願いします!」

「おう、任せろドワ! ワシのロック魂で、最強の壁を作り上げてやるぜ! 『鋼鉄のバラード』!!」


 ボルガンが歌いながら(もはや作業BGM扱い)、ハンマーを振るい、驚異的なスピードと精度で補強材を鍛え上げていく。彼の歌声パワーは、金属の強度をさらに高める効果があるらしい。


「ルミナさん、防壁全体に持続可能で強力な防御結界を張りたいんですが、何かいい方法は?」

「んー……めんどくさいけど、仕方ないか……。街の地下にあるマナの流れ(龍脈?)と防壁を繋いで、自然エネルギーで自動チャージされる半永久的な結界なら、構築可能だよ。ただし、精密な魔力制御回路が必要。作れる?」

「お任せください!」


 俺は【設備神の眼】で龍脈の位置と流れを正確に把握し、【万能工作】でルミナが要求する精密な魔力制御回路と、エネルギー変換装置を設計・製造した。ルミナはそれを受け取ると、呪文を唱え、精霊たちに呼びかける。すると、防壁全体が淡い光に包まれ、以前とは比較にならないほど強力な魔力障壁が展開された!


「よし、これで物理的な強度と魔法的な防御力は格段に上がったはず。次は、早期警戒と迎撃システムです」


 俺は、街の周囲の要所に、魔物の接近を感知するセンサー(魔力感知式)を設置。これは【眼】で魔物の微弱な魔力反応を探知し、【工作】で作った小型魔道具だ。


「このセンサーが魔物を感知したら、街の中心部にある警報装置(ボルガン作の特殊音響ベル)が鳴り響き、同時に、あらかじめ設置しておいた自動迎撃トラップが作動します」

「自動迎撃トラップ?」リリアが首を傾げる。

「はい。例えば、地面から機工鋼の槍が飛び出すとか、ルミナさんに協力してもらって、局所的に地面を沼地に変えるとか、ボルガンさんの歌声を指向性スピーカーでぶつけて混乱させるとか……」

「ほう、ワシの歌が武器になるドワか! 面白い!」

「えー、私の魔法、そんなことに使うの…? ま、楽ならいいけど…」


 俺たちは、様々な種類の自動迎撃トラップを開発し、防壁の外周や森との境界線に設置していった。これで、万が一魔物が接近しても、衛兵が駆けつける前に、ある程度の損害を与えるか、足止めすることができるはずだ。


 数日後、早速効果は現れた。ゴブリンの小部隊が夜間に街に接近したが、センサーが即座に感知。警報が鳴り響き、自動迎撃トラップ(今回は地面からの槍とボルガンのシャウト音波)が作動! ゴブリンたちは混乱し、まともに戦う前に算を乱して逃げ帰っていった。


「すごい……! 衛兵の被害ゼロで魔物を撃退できたなんて!」

「タクミ殿のシステムのおかげだ!」


 衛兵たちも住民たちも、手放しで喜んだ。アイゼンフェルスは、かつてないほどの安全を手に入れたのだ。


 こうして、街のインフラ問題はほぼ解決し、アイゼンフェルスは活気と安全を取り戻した。その噂は、瞬く間に周辺地域、そして遠く王都にまで届くこととなる。


 そんなある日、王都から一人の使者がアイゼンフェルスを訪れた。立派な身なりをした、鼻持ちならない雰囲気の男だった。


「私が王国中央から派遣された調査官、コルネリウスである。辺境の地で、なにやら妙な技術が使われていると聞き、調査に来た」


 コルネリウスと名乗る男は、領主館でリリアと俺たちを前に、尊大な態度でそう言った。


「妙な技術、とは?」リリアが冷静に問い返す。

「ふん、とぼけるな。魔力炉の改造、奇妙な金属の使用、そしてあの自動防衛システム…どれも王国の法やギルドの規定に抵触する可能性がある。特に、その男…タクミとか言ったか? お前のような素性の知れぬ者が、勝手に街の設備をいじくり回すなど、言語道断!」


 明らかにケンカ腰だ。しかも、俺たちの技術を詳細に把握している。これはただの調査官じゃないな…? 俺は【眼】でコルネリウスを観察する。


【コルネリウス:身分:王国貴族(子爵)、役職:宰相ヴァルモン派閥の役人/目的:タクミの技術の調査と、可能ならばその強奪、あるいは妨害工作/所持品:隠し魔道具(盗聴・記録用)、小型攻撃魔道具(緊急時用)】


「…なるほど、そういうことか」


 どうやら、俺たちの活躍を快く思わない勢力が、王都にもいるらしい。宰相ヴァルモン…聞いたことのない名前だが、厄介なことになりそうだ。


「コルネリウス殿、我々は街の復興のために必要なことをしているだけです。法に触れるようなことは…」俺が言いかけると、コルネリウスは鼻で笑った。


「フン、言い訳は聞かん。これから私が、この街の設備を『調査』させてもらう。もし問題が見つかれば、相応の措置を取ることになるぞ」


 そう言って、コルネリウスは部下を引き連れ、街の調査(という名の粗探し)を始めた。案の定、彼は魔力炉の制御盤に細工をしようとしたり、水道の配管に異物を混入させようとしたり、防衛システムのセンサーを誤作動させようとしたりと、姑息な妨害工作を仕掛けてきた。


 だが、残念だったな。


「コルネリウスさん、その配電盤、触らない方がいいですよ。特殊なセキュリティロック(俺が昨夜仕掛けた)がかかってますから。無理に開けると…ビリッときますよ?」

「ルミナ、そこの浄水槽に何か変なモノが混ざってるみたいだけど、浄化してくれる?」

「ボルガンさん、防衛システムのセンサー付近で不審な魔力反応があるんですが、ちょっと『威嚇のシャウト』をお願いできます?」


 俺たちは、それぞれの能力と連携で、コルネリウスの妨害工作を全て未然に防ぎ、逆に彼が不正を行おうとした証拠(【眼】でしっかり記録済み)を突きつけた。


「なっ…!? ば、馬鹿な! なぜ私の動きが…!?」


 顔面蒼白になるコルネリウス。観念した彼は、捨て台詞を残して逃げるようにアイゼンフェルスを去っていった。


「くっ…覚えていろ! この件、必ず宰相閣下にご報告させてもらうからな!」


 嵐は去ったが、これで王都の厄介な連中に目をつけられてしまったことは確実だ。やれやれ、と思っていた矢先、今度は本当に「本物」の使者が王都からやってきた。


 数日後、壮麗な装飾が施された馬車がアイゼンフェルスに到着した。降りてきたのは、金色の髪を輝かせ、天使のような微笑みを浮かべた絶世の美少女。そして、彼女が纏うオーラは、リリアとはまた違う、圧倒的な気品とカリスマ性に満ちていた。


「皆様、はじめまして。わたくしは、この国の王女、セレスティーナ・ルーン・アヴァロンと申します」


 王女セレスティーナ! まさか、こんな辺境に王族自らがいらっしゃるとは! リリアも俺たちも、そして集まってきた住民たちも、驚きと緊張で固まる。


 セレスティーナは、優雅に微笑むと、まっすぐに俺の方を見た。


「あなたが、吉田 匠…タクミ様ですね? 貴方様の素晴らしい技術と、この街の復興の噂は、王都にも届いております。そして先日の…コルネリウスの非礼も」


 彼女は全てお見通しのようだった。もしかしたら、コルネリウスの派遣自体、彼女が仕組んだことなのかもしれない…? 【眼】で彼女を観察するが、感情や目的は巧みに隠されており、読み取れない。ただ、底知れない聡明さと、何か強い意志のようなものを感じる。


「コルネリウスの件は、こちらで厳しく処罰いたします。それよりも、タクミ様。わたくしは、貴方様のその類まれなる技術を、ぜひ、この王国全体のために役立てていただきたいのです」


 セレスティーナは、王都が抱える深刻なインフラ問題――暴走する地下遺跡ダンジョンと、老朽化した大魔力炉の危機について語った。そして、俺に懇願するように言った。


「どうか、貴方様のそのお力を、この国のためにお貸しくださいませんか?」


 王女直々の依頼。断れるはずもない。だが、それは同時に、王都の権力闘争と、さらに大きな問題に真正面から向き合うことを意味していた。


 リリアは、俺が王都へ行くことに不安そうな顔を見せたが、すぐにキッと表情を引き締めると、セレスティーナに向かって宣言した。


「王女殿下、分かりました。タクミの力が必要なのでしたら、お貸ししましょう。ただし! 彼には私が同行させていただきます。彼はまだこの世界の常識に疎いところがありますから。私が彼の『現場監督』として、しっかりとサポートいたします!」


 リリアは俺の腕をグッと掴む。その手からは、対抗心なのか、あるいは別の感情なのか、かすかに冷気が漂っていた。


 セレスティーナは、そんなリリアの様子を面白そうに見て、微笑んだ。


「ええ、もちろん。リリアーナ様の同行、歓迎いたしますわ。…ふふ、なんだか、これから楽しくなりそうですわね?」


 その笑顔は天使のようだったが、なぜか俺は、背筋にぞくりと冷たいものを感じた。歌うドワーフに怠惰なエルフ、氷結ツンデレ領主代理に、腹黒かもしれない王女様……。


 俺の異世界ビルメンライフ、一体どうなっちまうんだ!?



 ◇◇◇



 王女セレスティーナの招聘を受け、俺、タクミはリリア、そして頼もしい(?)仲間たち――歌うドワーフのボルガンと怠惰なエルフのルミナと共に、王都ルミナス・キャピタルへと旅立つことになった。


 道中は、異世界ならではの驚きの連続だった。雄大な山々、広大な森林、街道を行き交う馬車や、時にはグリフォンに乗った騎士の姿も。ボルガンは道中ずっと自作のロックを熱唱し(馬が怯える)、ルミナは荷馬車の中でほとんど寝て過ごし(たまに起きておやつを要求する)、リリアは俺の隣で時折ツンとした態度を見せつつも、異世界の地理や文化について丁寧に教えてくれた。


 数日後、ついに王都ルミナス・キャピタルが見えてきた。白い城壁に囲まれ、天を突くような尖塔がいくつもそびえ立つ、壮麗な大都市だ。アイゼンフェルスとは比べ物にならない規模と活気に、俺たちは圧倒された。


「す、すごい……! これが王都……!」

「ふん、アイゼンフェルスも負けてはおらんドワ! …と言いたいところだが、さすがにデカいな!」

「んぅ……人が多い……めんどくさい……」


 しかし、その華やかさとは裏腹に、俺の【設備神の眼】は王都が抱える闇の部分も見抜いていた。


(大通りは綺麗だが、一歩路地に入るとゴミが酷いな……下水道は整備されているのか? いや、この臭いは……かなりマズいぞ。それに、魔力供給も不安定だ。あちこちでエネルギーロスが発生している。特に旧市街と地下エリアが深刻だな……)


 まるで、最新の高層ビルの隣に、今にも崩れそうな古いアパートが建っているような、歪なバランス。見栄えはいいが、その下には多くの問題が隠されている。まさに、俺が改善すべき『現場』がここにも広がっていた。


 王宮に到着すると、俺たちは国王陛下への謁見を許された。国王はまだ若く、聡明そうな顔立ちをしていたが、顔色が悪く、時折咳き込んでいる。セレスティーナが言っていた通り、病弱なのだろう。


 国王は俺のこれまでの功績を労い、王都が抱える二つの大きな問題――地下遺跡ダンジョンの暴走と、大魔力炉の危機――の解決を正式に依頼してきた。


「タクミ殿、君の持つ類まれな技術に、王国の未来を託したい。どうか、力を貸してはくれぬか」

「ははっ! 全力で取り組ませていただきます!」


 しかし、謁見の間には、明らかに俺たちを歓迎していない者たちもいた。宰相ヴァルモン――変な仮面をつけた、いかにも胡散臭い男――を筆頭とする保守派貴族たちだ。彼らは俺を一瞥すると、侮蔑と敵意を隠そうともしない。


「陛下、そのような得体の知れぬ平民に、国家の重要事を任せるなど、正気の沙汰とは思えませぬ!」

「左様。その男の使う技術は、古の禁忌に触れる危険なものではないのか? 徹底的な調査が必要ですぞ!」


 セレスティーナが「タクミ様の実績は確かですわ。それに、今は一刻を争う事態です」と擁護してくれるが、宮廷内での彼らの影響力は大きいようだ。これから先、彼らの妨害は避けられないだろう。


 謁見後、俺たちは早速、最初の課題である地下遺跡ダンジョンの調査に取り掛かることになった。王国の騎士団と魔術師ギルドの協力を得て(とは言っても、彼らの多くも保守派の影響下にあり、非協力的だったり、監視の目を光らせていたりする)、俺たちは王都の地下深くに広がるダンジョンへと足を踏み入れた。


 ダンジョンの入口は、王宮の地下深くに隠されるように存在していた。重厚な石の扉を開けると、ひんやりとした、カビ臭い空気が流れ出してくる。


「うわ……空気が悪いな。換気設備、どうなってるんだ……?」

 職業病でまず換気を気にしてしまう俺。


 内部は、予想以上に広大だった。石と、見たこともない金属で造られた通路が迷宮のように続き、時折、不気味な光を発する機械や、壊れたゴーレムの残骸のようなものが転がっている。


「これは……まるで、古代の巨大な工場か研究所の跡みたいだな……」

「ふむ、この金属……現代の技術では精錬できん硬度だドワ。古代文明、恐るべし……」ボルガンも興味深そうだ。

「んー……マナの流れが乱れてる……。不安定なエネルギーがそこら中に漏れ出してる感じ……。長居はしたくない……」ルミナは顔をしかめる。


 調査を進めるうちに、このダンジョンが単なる遺跡ではなく、かつて王都全体のエネルギー供給や様々な機能を担っていた、超巨大な地下インフラ施設であったことが判明してきた。地熱を利用したと思われる巨大な魔力炉の跡、複雑な物質輸送パイプライン、自動で防衛や修復を行うゴーレムの製造・制御システム……。


「すげぇ……! これだけの技術があったのか、この世界には……!」


 だが、その高度な技術も、数千年という時間と、適切なメンテナンスが行われなかったことで、暴走を始めていた。エネルギー炉は不安定になり、危険な魔力を放出し、制御を失ったゴーレムが徘徊し、自己修復システムは異常増殖して通路を塞いだり、新たなトラップを生み出したりしている。


「なるほどな……ダンジョンの暴走ってのは、要するに……」


 俺は確信を持って言った。


「『設備の老朽化による大規模システムダウンと、それに伴う制御不能な異常動作』……つまり、究極の『メンテナンス不足』ってことですよ!」


 これなら、俺の専門分野だ!


「よし、皆さん、ここからは俺の指示に従ってください! このダンジョン、ただ攻略するんじゃなくて、『改修』します!」


 俺たちは、ビルメン流のダンジョン『改修』作業を開始した。


 物理的な罠、例えば落とし穴や回転刃などは、【設備神の眼】で構造と作動メカニズムを見抜き、【万能工作】でセンサーを無効化したり、動力源を断ったりして解除。


 魔法的な罠、例えば呪いや幻術トラップは、ルミナが古代語で書かれた警告文や魔法陣を解読し、的確に解除していく。「あー、この呪文、スペルミス多いな……古代人も結構テキトーだったんだね……」と、相変わらず面倒くさそうだが、仕事は完璧だ。


 徘徊する古代ゴーレムに対しては、ボルガンがその歌声パワーと鍛冶技術で装甲の弱点(古代の規格で作られたボルトや溶接箇所)を見つけ出し、そこを破壊! 動きが鈍ったところで、俺が【万能工作】で作った電磁パルス発生装置(EMPもどき)で内部の制御回路(これも一種の設備だ!)をショートさせ、無力化!


「どうだ! 最新(?)のビルメン技術と、ドワーフのロック魂、エルフの古代知識の連携! これが俺たちのやり方だ!」


 危険なエリアを一つ一つ安全化し、暴走する設備を停止させ、修理していく。まるで、廃墟となった巨大なビルを、フロアごとにリノベーションしていくような作業だ。


「タクミ殿、貴方の知識と技術は、本当に底が知れないな……」リリアが感嘆の声を漏らす。

「ふふ、面白いですわね、タクミ様の『お仕事』は」セレスティーナも、興味深そうに俺たちの作業を見守っている。


 調査を進める中で、俺たちはこの古代プラントの核心部――巨大なエネルギー炉と、全体の制御を司るメインコントロールルーム――に近づいていった。そして同時に、この遺跡に隠された秘密と、宰相ヴァルモンの真の目的にも……。


 コントロールルームに残された記録媒体(魔晶石に記録されていた)をルミナが解読した結果、驚くべき事実が判明した。


「これ……古代文明は、自らが生み出した強大すぎるエネルギーを制御しきれずに滅びたみたい……。そして、宰相ヴァルモンは、その危険な力を復活させようとしてる……! この遺跡のエネルギーを使って、何かとんでもないものを動かそうとしてる!」


 その時、ダンジョン全体が大きく揺れた!


「まずい! ヴァルモンの奴、何か仕掛けたぞ!」


 俺たちは、急いでダンジョンのさらに深部、巨大エネルギー炉があると思われる場所へと向かった。そこで俺たちが目にしたのは、想像を絶する光景だった……!



 ◇◇◇



 ダンジョン最深部、巨大なエネルギー炉が唸りを上げる広大な空間。そこで俺たち、タクミ一行が目にしたのは、想像を絶する光景だった。


 空間の中央には、天を突くほどの巨大な人型の機械――いや、もはや『機兵』と呼ぶべき存在が、禍々しい魔力を放ちながら起動シーケンスに入っていた。その傍らには、例の変な仮面をつけた宰相ヴァルモンが、狂信的な笑みを浮かべて立っている!


「くくく……よくぞ来た、異世界の技術者よ。そして王女殿下もご一緒に。我が偉大なる計画の、最初の観客にふさわしい」

「ヴァルモン! 貴様、一体何をしようとしているのだ!」リリアが叫ぶ。

「見ればわかるだろう? 古代文明の叡智の結晶、無敵の力を持つ『古機兵アーティギアタイタン』の復活だ! この力をもって、私はこの腐敗した王国を粛清し、真の理想国家を築くのだ!」


 ヴァルモンは、古代文明の力を盲信し、世界を自分の手で作り変えようとしていたのだ。そのために、ダンジョンのエネルギーを暴走させ、タイタンを起動させた!


「そんなこと、させるわけにはいかない!」

「ふん、小娘が。それに、そこの小賢しい技術者よ。お前のおかげで、タイタンの起動が早まったことには感謝してやろう。だが、もはやお前たちの出る幕はない!」


 ヴァルモンが高らかに宣言すると、タイタンの巨大な眼が紅蓮の光を放ち、起動を完了した!


 ゴゴゴゴゴ……!!


 地響きと共に、タイタンがゆっくりと動き出す。その巨体は、ダンジョンの天井を破壊しながら、地上――王都ルミナス・キャピタルへと向かっていく!


「まずい! あれが地上に出たら、王都が…!」

「くっ…! こうなったら、ヤツを追って地上へ出るしかないドワ!」ボルガンが叫ぶ。

「えー、地上? めんどくさい……でも、あれは止めないとヤバそう……」ルミナも覚悟を決めたようだ。

「タクミ様、我々も参りましょう!」セレスティーナも冷静に促す。


 俺たちは、ヴァルモンとタイタンを追い、崩壊し始めたダンジョンを駆け抜け、地上へと脱出した。


 地上では、既にパニックが広がっていた。突如現れた巨大な古機兵タイタンが、その巨腕を振るい、建物を薙ぎ倒し、魔法光線を放って街を破壊している! 王国の騎士団や魔術師たちが必死に応戦するが、タイタンの圧倒的なパワーと、魔法障壁のようなもので覆われた強固な装甲の前には、全く歯が立たない!


「くそっ、強すぎる……!」

「攻撃が全然効かないぞ!」


 絶望的な状況だ。このままでは、王都は壊滅してしまう。


「諦めるな! 必ず弱点はあるはずだ!」


 俺は【設備神の眼】を最大出力で起動し、タイタンの解析を試みる!膨大な情報が脳内に流れ込み、激しい頭痛が襲う!


【古機兵タイタン:全高:推定100m/装甲:古代合金(自己修復機能付き)/主動力:ダンジョン直結型魔力炉+内部補助炉/武装:両腕部破壊クロー、胸部拡散魔力砲、頭部高出力レーザー/防御:広範囲魔力障壁(エネルギー消費大)…】


 情報量が多すぎる! だが、必死に読み解いていく! 構造、材質、エネルギーの流れ、制御システム……!


「見つけた……!」


 長時間【眼】を酷使したことで鼻血を出しながらも、俺はついにタイタンの構造的な弱点を発見した!


「いくつかある! まず、あのデカさだ! 関節部分の可動域には限界があるはず! それに、全身を覆う魔力障壁は強力だが、エネルギー消費が激しい! 長時間は維持できない!」

「装甲自体も、継ぎ目や、排熱口、動力炉の点検ハッチと思われる箇所は、他の部分より強度が低い!」

「そして最大の弱点は……内部の制御コアだ! あれを破壊すれば、タイタンは完全に停止する!」


 俺は仲間たちに弱点の情報を共有する。


「よし! 作戦開始だ!」


 まずは、タイタンの動きを止め、障壁を剥がす!


「ルミナさん、お願いできますか!?」

「んもー、しょうがないなー……。精霊たちよ、彼の足を縛り、力を削ぎなさい! 『大地の捕縛アース・バインド』! それから、ちょっとだけ本気出す! 『風よ、障壁を削り取れ(ウィンド・イレイザー)』!」


 ルミナが杖を掲げると、タイタンの足元から巨大な岩の蔓が伸びて絡みつき、動きを阻害! さらに、鋭い風の刃がタイタンの魔力障壁を削り取っていく!障壁が不安定に揺らぎ始めた!


「今だ、ボルガンさん!」

「おう! 我が魂のロックで、ヤツの装甲をぶち抜くドワァァァ!! 『ギガント・ドリル・ブレイカー』!!!」


 ボルガンは、俺が【万能工作】で設計し、彼が鍛え上げた超硬度合金製の巨大なドリル槍(彼の歌声でさらに威力が増す)を構え、タイタンの装甲の継ぎ目――俺が指定した一点に向かって、渾身の力を込めて突撃!


 ガギィィィン!!


 激しい金属音と共に、ボルガンのドリル槍がタイタンの装甲を貫いた!


「やったか!?」

「いや、まだだ! だが、穴は開いた! ここから内部に侵入する!」


 俺はリリアと騎士団に叫ぶ!


「リリアさん! 騎士団の皆さん! 奴の注意を引きつけてください! 俺が内部からケリをつけます!」

「分かった! 無茶はするなよ、タクミ!」

「王国の騎士よ、続け! 英雄に道を拓くのだ!」


 リリアと騎士団が陽動作戦を開始し、タイタンの攻撃を引きつける!その隙に、俺は【万能工作】で作り出した小型ジェットパック(魔力式)を起動し、ボルガンが開けた穴へと飛び込んだ!


「うわっ!? 中、広っ!」


 タイタンの内部は、まるで巨大な機械工場だった。無数の配管が走り、巨大な歯車が回転し、魔力回路が不気味な光を放っている。熱気とオイルの匂い、そして絶え間ない機械音が響き渡る。


「まるで、巨大なビルの機械室か、プラントの中だな……ここも俺の『現場』だ!」


 気合を入れ直し、俺は【眼】で内部構造をスキャンしながら、制御コアを目指す。しかし、内部にも自動防衛システムが作動していた! 小型ゴーレムや、壁から飛び出すレーザー砲が俺を襲う!


「【万能工作】! シールド展開! こいつでどうだ!」


 魔力で即席のエネルギーシールドを展開し、攻撃を防ぎながら、時には配管の影に隠れ、時にはダクトの中を這って進む! まるでアクション映画の主人公だが、やっていることは完全にビルメンの緊急対応だ!


「あった! あれが制御コアか!」


 ついに、タイタンの中枢部、巨大な魔晶石が脈打つように輝く制御コアを発見! しかし、その手前には、ヴァルモンが仕掛けた強力な防御魔法陣が展開されている!


「くそっ、これじゃ近づけない……!」


 絶体絶命かと思われた、その時!


「タクミ! 聞こえるか!」


 通信機(これも俺が作った)からリリアの声が!


「リリアさん!?」

「外からの攻撃で、防御魔法陣に一瞬だけ亀裂が入るはずだ! その瞬間を狙え!」

「分かった!」


 リリアの合図と共に、外から集中攻撃が加えられ、魔法陣にわずかな亀裂が生じる! 俺はその瞬間を見逃さず、懐から取り出した「それ」を投げ込んだ!


「行けっ! 特製『絶縁破壊グレネード』!」


【万能工作】で、高密度の絶縁破壊を引き起こす特殊な魔力パルスを封じ込めた手榴弾だ! グレネードは魔法陣の亀裂を通り抜け、制御コアの近くで炸裂! 強力なパルスが防御魔法を無効化する!


「よし! あとは……!」


 俺は制御盤に駆け寄る! しかし、そこには複雑怪奇な古代文字の操作パネルが! どれが停止ボタンか分からない!


「落ち着け、俺……どんな複雑な機械システムにも、必ず『緊急停止』のための最終手段があるはずだ! それは、複雑な電子制御よりも、もっと単純で確実な……物理的なスイッチのはず!」


 俺は【設備神の眼】を凝らし、制御盤のさらに奥、配線が集中する部分を探る! あった! 他の部品とは明らかに違う、古めかしいデザインの、赤いレバーのようなものが! これだ! 古代のビルメンが、万が一のために設置したに違いない!


「見つけたぞ、ヴァルモン! これが、お前の野望の『ブレーカー』だ!」


 俺は、魔力を最大限に込めたモンキーレンチを振り上げ、その赤いレバー――緊急停止スイッチに、渾身の力で叩きつけた!!


 バキィィィン!!!


 けたたましい破壊音と共に、制御コアの輝きが急速に失われていく! タイタン全体の振動が止まり、外部の破壊音も聞こえなくなった。


「システム……強制シャットダウン……完了……!」


 俺は、その場にへたり込んだ。やった……やったぞ!


 同時に、地上では、暴走寸前だった大魔力炉も、ルミナとボルガン、そして王国の技術者たちの必死の作業により、新しいハイブリッドシステムへの切り替えが完了していた。王国のエネルギー危機も、瀬戸際で回避されたのだ。


 タイタンが沈黙し、ヴァルモンは駆けつけた騎士団によって捕縛された。彼の仮面は割れ、その下からは野望に歪んだ老人の顔が現れていた。


 王都に、ようやく静寂が戻った。空には、二つの月が穏やかに輝いている。俺たちの、長い長い一日が終わった瞬間だった。



 ◇◇◇



 古機兵タイタンの脅威が去り、宰相ヴァルモンの陰謀が打ち砕かれてから、数ヶ月が過ぎた。王都ルミナス・キャピタルは、戦いの爪痕が少しずつ癒え、復興への道を歩み始めていた。


 俺、吉田 タクミは、救国の英雄として、国王陛下から直々に破格の爵位と莫大な報奨金を提示された。だが、丁重にお断りした。


「陛下、身に余る光栄ですが、俺には貴族の暮らしは似合いません。それよりも、まだこの国には直さなきゃいけない『現場』がたくさんありますので」

「……そうか。君らしいな、タクミ殿」


 国王は苦笑しながらも、俺の意志を尊重してくれた。代わりに、俺の発案で、王国のインフラ整備と管理を一手に担う新しい組織が設立されることになった。その名も「王国設備管理局」。……まあ、俺と仲間たちの間では、もっぱら「タクミズ・ワークショップ」と呼ばれているが。俺はその技術顧問という、まあ、実質的な現場リーダーみたいなポジションに収まった。


 王国のエネルギー問題も、俺たちがダンジョンから回収・解析した古代技術と、ルミナがもたらした精霊魔法、そしてボルガンが開発した高効率な魔力変換装置を組み合わせた、新しいハイブリッド・エネルギーシステムのおかげで、安定供給への道筋が見えてきた。王都だけでなく、地方都市にもその恩恵は広がりつつある。アイゼンフェルスも、リリアが領主代理として辣腕を振るい、ますます発展しているようだ。


 俺の知識と技術を学ぶための技術者養成学校も設立され、多くの若者が入学してきた。教壇に立つのは……なぜか俺ではなく、ボルガンとルミナだったりする。


「いいか、若造ども! 技術ってのはな、魂でぶつかるもんなんだドワ! まずは腹から声を出せ! ロックだ!!」

「んぅ……今日の授業は、マナの流れと同調して、いかに楽にサボる……じゃなくて、効率よくエネルギーを循環させるか、について……。えーっと、教科書の3ページ目から……あとは読んでおいて……むにゃむにゃ……」


 ……まあ、教え方はともかく、二人ともなんだかんだで楽しそうだ。俺は時々、特別講師として現場での実践的な技術を教えている。


 そして、気になるのは……。


「タクミ様、こちら、本日の報告書ですわ。ご確認を」

「あ、はい、セレス王女。ありがとうございます」


 王女セレスティーナは、復興事業の責任者として、頻繁に俺のワークショップを訪れるようになった。その聡明さと行動力は相変わらずだが、時折見せる俺への個人的な興味(?)のような視線には、まだ少し戸惑ってしまう。


「それから、これ。先日お話していた、王宮の新しい噴水設備の設計案ですの。タクミ様のご意見を伺いたくて」

「なるほど……拝見します。ふむふむ……あ、ここ、配管の取り回しをもう少しこうすれば、水の流れがもっと綺麗に見えますよ。あと、夜間照明は魔晶石LEDを使って……」


 ついつい、仕事の話になると夢中になってしまう。セレスはそんな俺の様子を、楽しそうに微笑みながら見ている。


 一方、アイゼンフェルスから時々王都へやってくるリリアは、セレスと俺が親しげに話しているのを見ると、むすっとした顔で間に割って入ってくる。


「タクミ! あなた、また王女殿下に変なこと吹き込まれていませんか!?」

「え、いや、仕事の話を……」

「セレス様も、あまりタクミを甘やかさないでください! 彼、すぐ調子に乗るんですから!」

「あら、リリアーナ様。わたくしはただ、タクミ様の素晴らしい才能を、国のために役立てていただいているだけですわ? ふふ」


 火花を散らす(リリアからは実際に冷気が漏れている)二人の間に挟まれ、俺はタジタジになるばかりだ。……まあ、平和になった証拠、なのかもしれないな。


 その日も、俺は王国設備管理局――タクミズ・ワークショップで、山積みになった報告書と格闘していた。王国中から、インフラに関する様々な相談や依頼が舞い込んでくるのだ。


「えーっと、次は……『西の鉱山町、坑道内の換気不良改善依頼』か。なるほど、粉塵対策も必要だな……」

「その次は……『南の港町、灯台の魔法灯光量アップと自動点滅化の要望』ね。ふむ、霧の中でも遠くまで届くように、特殊レンズも設計するか……」

「あ、これは緊急! 『王宮の厨房、オーブン(魔導式)が爆発!?』……って、またかよ!」


 思わず頭を抱える。平和になったとはいえ、ビルメンの仕事は異世界でも楽じゃない。


「おーい、タクミ! ちょっと休憩しないか? 新しいエールが入ったドワ!」ボルガンが豪快に声をかけてくる。

「タクミ、さっき頼んでた『全自動おやつ運搬ゴーレム試作機』の設計、これでいい……?」ルミナが眠そうに設計図(?)を持ってきた。

「タクミ! 午後からは、例の『下水道に住み着いた巨大ミミズ』の駆除作戦の最終打ち合わせよ! 忘れないで!」リリアがカレンダーを指差す。


 個性的な仲間たちに囲まれ、相変わらず騒がしいが、どこか心地よい日常。


「やれやれ……」


 俺は苦笑しながら立ち上がり、愛用のモンキーレンチ(もちろん【万能工作】で強化済み)を手に取る。


「よし、いっちょやりますか! 皆さん、今日も一日――」


 俺は、かつての上司の口癖を真似て、高らかに宣言した。


「ご安全に!」


 青い空の下、活気を取り戻した王都ルミナス・キャピタル。そのどこかで、今日も異世界のインフラを守るため、伝説のビルメンとその仲間たちの、終わらない『点検』は続いていく。


(……たまには、ゆっくり風呂にでも入りたいもんだな……)


 そんな小さな願いを胸に秘めながら。

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