遺族
花岡市。
……国民乗車率6位を誇る、JR花岡駅を中心に、幅広い年齢層の人間が暮らす古い街である。
30年前までは人口の多さから治安が悪く、暴走族やら覚醒剤が横行していた。
それを、元県警所長、本間忠和が市長に就任してから、「警察検挙率0」を目標とし、
それは夢物語だと最初のうちこそ謳われていたものの、
彼は11年でそれを達成した。
この19年、花岡市の犯罪発生率は0であり、県内で住みたい街NO1を維持し続けている。
警察署長時の本間のあだ名は、『仏の本間』であり、
非行少年、凶悪犯罪者への更生を決して諦めないことで有名だった。そして、最終的には犯人を『許す』のが本間のポリシーだった。
本間の姿勢は多くの人間の支持を得て、出版した本はいくつかベストセラーになり、
いっときはバライティー番組のコメンテーターとしての顔もあった。
……さて、一方の池田ヶ丘市である。
花岡市の隣に位置しているにもかかわらず、負のイメージが付き纏うのは、
実は地名が由来している。
江戸時代、統治していたお殿様が貧しい村の口減らしのために、定期的に村人を間引き、
池が死体で埋まったことから、『池捨て山』という不名誉な名前がついた。
その過去を隠蔽する理由で平成元年、『池田ヶ丘』と改名されたが誰も寄り付かなかった。
結果どうしたかと言うと、人口の約3割に及ぶ外国人労働者を住まわせた。
さらに大きい悪因は、このご時世で未だ反社会組織『吉住会』が土地を仕切っていたりで負のイメージの払拭に失敗し、
反社会組織、と県警に太い繋がりがあるために池田ヶ丘署には制御ができなかった。
限られた職場で、よその地に越そうにも「池田ヶ丘」出身の名前を聞くだけで倦厭されるので働き口もない。
その癖家賃が安いので日本中のならずものや、逃げてきたもの、駆け落ちしたものの駆け込み寺のような市となっており、
人口は多い。
若者たちには仕事がなく、ユース・バルジと化していた。
池田ヶ丘警察の田沢も、半ば左遷のような形でこの場所にやってきた。
彼の生まれ持った反骨精神で上司に噛み付いたのだ。
しかし、事件が発生してもまずは、反社会組織に筋を通さないといけないという独特の署風に、半ば警察でいることが嫌になっていた。
そんな田沢が、花岡市を目の敵にするのは自然なことだったのだろう。
こちらは年に1度は銃器が使われる事件が起き、一般市民が巻き添えを受けても警察が動けないのだ。
夜の街を行けば、売春や、闇営業の店、違法なレートでの雀荘が堂々とネオンを灯す。
道端には、罵声を浴びせ合いながら割れたビール瓶を振り回す若者たち。
視点の定まらない目で遠くをじっと見つめ、しゃがみ込んでいる幼女。
その隣で、犯罪発生率19年間0件の市なんて、あり得るわけがない。
田沢はそう思っていた。
比較的、給料の高い仕事についているものは、窓に鉄格子をはめており、
マンションの庭もオートロックの鍵がかかっている。
田沢は家に帰って、犬に餌をやり、冷たい水を胃のなかに流し込むと、
机の上に、ここ10年で花岡市で発生したとされる事件のリストを広げた。
花岡市:過去10年の事件発生リスト(抜粋)
12014年5月3日:
◦発生:住宅街で深夜の騒音事案。女性の悲鳴と思しき声が3分に渡り響いたと通報。
◦罪名:不審騒音事案。
◦対処:巡回警官が現場確認後、「カラスの鳴き声」と判断し、解決。
◦備考:近隣住民から「■の叫び声だった」との証言複数あり。
22015年11月22日:
◦発生:花岡中央公園にて男性が血まみれで倒れているのを発見。
◦罪名:軽微な転倒事故。
◦対処:男性は「覚えていない」と証言し、傷の原因は不明のまま処理。
◦備考:当日の監視カメラ映像は「■■■■」で記録なし。
32017年2月18日:
◦発生:マンションのゴミ置き場に切断された動物の死骸が複数発見。
◦罪名:野生動物の迷入事案。
◦対処:警察は「アライグマの仕業」と発表し、防犯カメラの映像を公開せず。
◦備考:住民数名が「■■■の■がゴミ置き場を出入りしていた」と証言。
42018年6月30日:
◦発生:学校近くの歩道で、制服姿のフィリピン系少女が失踪。
◦罪名:行方不明事案。
◦対処:捜査後、「家庭の事情で転居」と発表。
◦備考:母親親は「■■■■■■■」と■■に訴えるも、捜査打ち切り。
52020年10月15日:
◦発生:繁華街の路地裏で火災発生後、焼死体が発見。
◦罪名:ガス漏れ事故。
◦対処:ガス管の破損が原因と発表。
◦備考:被害者は「花岡市役所勤務」との情報ありも、公表されず。
62023年3月5日:
◦発生:夜間、住宅街で「外国語での口論」が通報される。
◦罪名:外国人労働者同士のトラブル。
◦対処:通報者に「誤報」と説明し、記録を抹消。
◦備考:翌日、近隣の壁に■■が残っているのが発見されるも「ペンキ」と発表。
……この資料は花岡市警のホームページから印刷した。
誰も読んでないと思っているのか、堂々と編集の跡がある。
……きな臭い街だな。
そして、きな臭さの露骨さに、田沢はイラついていた。
いくら隠しても人は死ぬ。死体は普通、勝手には消えない。
しかし花岡市では、殺人で死ぬと言うことは認められないのだ。
うんざりして田沢は寝る準備をはじめた。
咄嗟の物音に田沢は資料を伏せた。携帯電話が振動している。
電話の主は相方のベテラン刑事杉本だ。
「悪い。今からこられるか」
「……どこにですか?」
「例の遺体のとこだよ」
「…… ……まだそのままなんですか!?」
あまりにもの異常さに田沢は目を伏せた。
「仕方ねえだろ。そんなことよりちょっと厄介だ。
ホトケさんの『娘』を名乗る人物が事件現場に来てる。
市民への説明責任を果たすようにとの上からのお達しだ」
娘、と言われて一瞬田沢の頭に疑問符が湧いた。
遺体が、娘がいるような年齢にしては若すぎると思ったのだ。
「……了解」
田沢は、今脱いだばかりのコートを羽織り、部屋から出ていった。
外は、雨が降り始めていた。




