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寛容な國  作者: SBT-moya
2/11

死体の押し付けあい


 花岡市と、池田ヶ丘市の市境に少女の遺体が放置されたまま、深夜になってしまった。


 捜査線、立ち入り禁止テープの貼られている、『池田ヶ丘市側』の警官二人が、

例の放置された遺体からやや離れた場所から、現場の様子を伺っていた。


 これは片方のベテラン刑事、杉本が言い出した事で、

この季節でも死体に近づくと臭いから、と言う理由である。


 杉本がパトカーから夜食を食べながら、暗視ゴーグルで現場を眺めている隣で、

若い刑事田沢があくびをしてしまった。


「池田ヶ丘 5ー13付近のあたりの路地で女性が血を流して倒れている」


 と言う通報を受けたのが今朝の7時。

現場に急行したはいいものの、池田ヶ丘市警から調査の中断、待機を命じられてそのまま16時間、パトカーの中から同じ場所で同じ死体をただ見ている。

若手には辛い仕事だ。


 田沢には、なぜこのような状況になっているのか、

なぜ、行くことも引き返すこともできないのか、まるでわからなかった。杉本が何も言ってくれないからである。


 動きがあったのは、25時30分のことだった。


 ウトウトしていた田沢を、杉本は肘で小突き、「おい、いくぞ」

と言ってパトカーを降りた。


 

 ……遺体にたかるカラスを追い払おうと、花岡市警の刑事数名が遺体の元にやってきて、刺股を振り回す。

カラスが逃げていくと、刺股で遺体の位置を調整しだした。

池田ヶ丘市に遺体を押し出そうとしているのである。

杉本がパトカーを降りた目的はこれだった。


「それはないんじゃないですかい」


 杉本が、花岡市警の警官に話しかける。

警官は動じずに、


「誰かと思えば、自分の管轄の反社会組織にも逆らえないサボタージュ警官たちじゃないか。

 本来はそちらの管轄のものだろう。早くなんとかしたまえよ」


「……こちらの管轄ってんなら、現場に立ち入らんでもらえますか。

 遺体にイタズラでもされたらたまったもんじゃない」


 ふん。と言いながら警官は立ち入り禁止テープの向こう側に消えていった。


「……帰るぞ」


 杉本も、池田ヶ丘方面に立ち去ろうとして、


「え……これ、なんとかしないんですか?」


 思わず田沢が呼び止めた。


「そういう命令は来てないんだ帰るぞ」


「なんでですか?」


 若手はベテランに食い下がった。19時間もパトカーで待機させられていたのだ。

疑問くらい持って当然だろう。

杉本は面倒臭そうに立ち止まった。


「それはな、この事件はウチの管轄じゃないからだ」


「そう言う状況じゃないでしょう! 1日放置されてるんですよ!? この御遺体!

 どうなってるんですか!」


 なかなか熱い若手だ。いい刑事になるだろう。……だが今の池田ヶ丘市警には『いい刑事』は必要ないのだ。


「管轄管轄って、さっきから言ってますけど、

 市が県警に捜査の中断なんて聞いたことないですよ!? 」


「お前は、花岡市長が誰かも知らんのか」


「誰なんですか?」


「自分で調べろよ」


 杉本に冷たくあしらわれ、田沢は遺体を眺めた。

遺体の目は乾ききっていた。もちろん何も見えていないだろうが、無念そうにこちらをみている気がする。

日本人にはみられない、薄い茶色の、アーモンド色の瞳だ。


「 この子、日本人じゃないんですね。

 かわいそうに……まだ身元もわからないんだもんな」


「オイ、変なことに興味をもつな」


「なんですか? 僕はただ『日本人じゃない』って言っただけですよ」


「それだよ。 御遺体が外国人だと、『じゃあ池田ヶ丘か』と言う話になりかねねえだろ」


「だから、なんなんですか! この死体の押し付け合いは! 花岡市警が何もしないんだったら、ウチが対処すればいでしょう!

 何を管轄にこだわってるんですか!!」


「おーい……寝れねえのが自分だけだと思ってイラつかないでもらえるか?

 お前さっき、『市は県警に逆らえない』って言ったな?

 それが唯一逆らえちゃうのが、花岡市と池田ヶ丘市だったってことだよ。実に運の悪いことにな。

 わかったら帰るぞ」


 杉本は大きくあくびをして、パトカーに戻っていった。


「この子……いつまでここに置いてかれるんだろう……」


 田沢は、遺体をしばらく眺めて、やはり杉本の後についていった。

このまま雨でも降れば、少しは遺体の乾きを抑えられるだろうか……。

雨。……田沢はうんざりし、考えるのをやめた。

 


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