四個目 おにぎりとおむすび
プロローグ
「グモォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「こんな強い聴儡器は、初めて……」
「ご主人様が心配です……」
「くっ……織に指一本、触れさせはしない!!」
オーリ、煎歌、繚の三人の目の前には、全長五メートルを優に超える巨大な怪物が立っていた。
三人は全身ボロボロで、あちらこちらから血を流している。
一体、何が起こったのか。それは、今から五時間ほど前に遡る。
五時間前。
オーリと煎歌は、とある建物を訪れていた。
「ここが、ご主人様の ″本当の家″……」
「えぇ。主様が物心つく前に引っ越してしまったので、主様は覚えていないけれどね」
二人がやって来たのは、表札に「和」と書かれた家。
二階建ての普通の一軒家で、特に変わった所や特別な所はない。
「行くわよ」
「は、はい!」
二人は、そんななんの変哲もない一軒家に、緊張した面持ちで入って行く。
中に入ると、やはりそこは普通の内装だった。
木目調のシンプルな造りの内装で、人間なら誰しもが安心感を覚える、ごく普通の家だ。
しかし、その中を進んで行く二人は、なぜか緊張しており、辺りを警戒している。
一体、この家に何があると言うのだろうか。
「鮭さん、本当にここに ″スイッチ″ があるんですか?」
「えぇ。おばさんの話によれば、前の家の ″どこかに″ スイッチを隠したと。でも、それはおばさんしか知らない。時が来たら私達に渡す予定だったらしいんだけど、まさか ″死んでしまう″ とは思わなかったから、私も隠し場所を聞いてないのよ」
「そうだったんですね……」
二人の表情は浮かないものだった。
「どこにあるのか……取りあえず、全部の所を調べましょう」
「はい!」
二人は手分けをして、家の中の捜索を開始した。
☆ ☆ ☆
捜索を開始して二時間。オーリ達が巨大な怪物と対峙するまで残り一時間を切った頃。
家の中を捜索している二人の左耳に付いているイヤホンのような通信機に、着信が入った。
「いくらさん? すみません。まだ収穫はなにも……」
と、オーリが連絡してきた繚に報告を行い始めようとすると──、
『それより、そこから早く退避して!』
「「え……?」」
慌てた様子で繚が、そう叫んだ。
二人は訳が分からず、ただその場に留まってしまう。
『いいから早く!』
「「は、はい!」」
二人は急いで家の外に出る。すると──、
ドガァァァァァァァァンッッッッ!!!
「「っ!?」」
先程まで中に入っていた家が、突如大きな音を立てながら爆発した。家はボロボロに倒壊してしまった。
「な、なんですか、これぇ!?」
「一体、何が……!?」
と、二人が戸惑っていると──、
「あれぇ? おかしいわねぇ。建物と一緒に木っ端微塵になるはずだったのに、なんで生きてるのかしらぁ?」
「「っ!?」」
突如、女の声が聞こえてきた。
二人が声がした方を向くと、そこには黒と水色のマーメイドドレスを身に纏った女が立っていた。
「あなたは……?」
オーリが尋ねると──、
「私はヒューリナ。【ライザー】四天王の一人よ」
「し、四天王の一人!? そんな人がなんで!?」
煎歌が驚愕と戸惑いが混じった声を上げる。
【ライザー】には、選兵、準幹部、幹部補佐、幹部、上級幹部、四天王と言う、序列がある。
四天王はその序列の中で一番上。つまり、最強と言う事だ。
四天王は滅多に表に出ることはなく、その姿を見た者は一人としていないと言われてきた。
だが、今、オーリと煎歌の目の前には四天王と名乗る者が立っている。
「四天王……【瞬拷のヒューリナ】【験忌のリューカーリナ】【縛塵のドゥージリナ】【麗虐のジューギリナ】。その内の一人が目の前に……」
「って事は、本物の四天王って事ですかぁ!?」
「本物も何も、私は正真正銘の四天王なのよ。まぁ、表に出なかったから疑うのも無理はないけどねぇ」
ヒューリナは少しおちゃらけた口調でそう言う。
「あ、ちなみに後ろにいるこの子は四天王ではないから、勘違いしないでねぇ」
と、ヒューリナは、後ろに控えているリュウタリナの事を説明する。
「あの人は……!?」
「ツナマヨ、知っているの?」
「はい! あの人は前に遊園地で小型の聴儡器を生み出していた人です!」
「っ! あんたが……! 昆布をどうした!?」
「知らん。オレに聞くな」
昆布こと華瀧 政と連絡が取れなくなってから、すでに数十日が経過していた。その為、【おむすび】から捜索隊が派遣され、現在進行系で政を捜索していた。
「もう。そんな話よりも、ここにいるお互いの話をしましょうよぉ。ねぇ? 【おむすび】のNo.3とNo.6」
「私達のナンバリングまで把握されてる……」
「ど、どうしましょう……!?」
オーリが油断なくヒューリナ達を睨み、煎歌が慌てふためいていると──、
「はぁぁぁぁぁ!」
「おっと」
ヒューリナの背後から女性が殴りかかってきた。ヒューリナはそれをノールックで軽々と躱してしまう。果たして、殴りかかってきたのは──。
「いくらさん!?」
いくらこと、繚だった。
「二人共、大丈夫?」
「は、はい!」
「いくらさんのおかげで」
「あいつらはヤバい。三人で行くよ」
「はい」「は、はい!」
「うふふ♪ いいわぁ♪ 今日は私が特別に相手をしてあげる。特別な聴儡器を使って、ね♪」
ヒューリナがそう言うと、ヒューリナの背後に巨大な聴儡器が出現した。
その全長は五メートル以上はあるだろう。
「「「…………」」」
「*******************!!!」
三人が声を発するより前に、聴儡器が咆哮を発した。その咆哮は衝撃波を生み出すほどで、その衝撃波により三人は吹き飛んでしまった。
「うっ……!?」「ぐあ!?」「ぐっ……!?」
地面に打ち付けられた三人。咆哮を浴びただけで三人はすでにもうボロボロだった。
「さぁ〜て。この三人の相手はこの子に任せて、私達は ”鍵” を保持している人がいる所に向かおうかしらねぇ」
そう言ってヒューリナとリュウタリナは、姿を消した。
「待てっ! くっ……」
「こんな強い聴儡器は、初めて……」
「ご主人様が心配です……」
「くっ……織に指一本、触れさせはしない!!」
三人は、痛む体に鞭を打ちながらなんとか立ち上がる。そして、巨大な聴儡器と対峙する。
「行くよ、二人共!」
「「はい!」」
繚が言うと、二人が返事する。
「【アーマーセレクション・パリ皮!】【ウェポン・スカルティング!】」
「【アームセッティング・水流油!】」
「【弾灯翼、展開!】【顕現、弾灯弓!】」
三人は、各自が保持している【おにぎり】の力を使用した。
オーリの【鮭おにぎり】の力。皮を【パリ皮】か【ふにゃ皮】のどちらかを選択でき、選択した皮の鎧を身に纏う。今回選択した【パリ皮】は、鋼鉄の鎧で、スピードは落ちるが、防御力が高いので、大体の攻撃なら防ぐ事ができ、攻撃を通さない。
そして、出現させた【スカルティング】。これは、魚の骨のような形をした槍で、選択した鎧によってその力と形状が変化する。
今回の【パリ皮】の場合は、槍の持ち手が短く、刃が長い。敵に接近して振るうタイプの形状に変化していた。
力としては、強度がとてもあり、岩や鋼を砕く力が【パリ皮】の時はある。逆に【ふにゃ皮】の時の形状では強度は落ちてしまうが、伸縮性があり、自由に刀身を伸ばしたり縮めたりする事ができる。
煎歌の【ツナマヨおにぎり】の力。両手に拳の鎧を装着する。
右手に【水流】、左手に【油流】と、それぞれ違う力を宿した拳を装着して、敵と戦う。
右手の【水流】はその名の通り水の力を宿しており、大量の水を放射したり、逆に水を吸ったりする事ができる。
左手の【油流】はその名の通り油の力を宿しており、油を相手の足元にこぼして滑らせたり、敵の攻撃を受け流したりなどができる。右手の水の力と組み合わせると最強。
繚の【いくらおにぎり】の力。深紅の羽を背中に生やし、空を自由に疾駆する。【おむすび】の中で唯一自由に空で戦える力。
【弾灯翼】は、一見軽そうでふわふわな羽に見えるが、実際は十キロの重さがある。なぜそんなに重いのか。それは、相手の攻撃を羽で防ぐためだ。いくらのように弾力があるので、相手の攻撃を容易く跳ね返せる。
そして、武器の【弾灯弓】は【弾灯翼】と同じく深紅の色をしており、これまた六キロと言う重さがある。弓だけで矢はなく、【弾灯翼】の羽を矢にして攻撃する。【弾灯翼】の羽は、抜いても次から次へと補填されるので、なくなる事はない。
「私が空中から気を引く! その間に二人は攻撃を仕掛けて!」
「「了解!」」
繚の指示に二人が返事をする。そして、繚が跳躍し、オーリと煎歌が左右に散開する。
「さっさと片付けて、織のとこに行くんだから! 【いくら・弾!】
繚が【弾灯弓】に【弾灯翼】の羽をセットして、技を放つ。
その技は、聴儡器に命中。したが──、
「き、効いてない!?」
聴儡器は全くの無傷だった。
「だったら私が! 【ツナマヨ・油潜流!】」
地上で右に走っていた煎歌が、両手のアームを地面に打ち付け、技を放つ。
地面がひび割れていき、聴儡器の真下でヌルヌルの油が溜まった穴が現れる。が──、
「お、落ちないってどういう事ぉ!?」
聴儡器はその穴に落下するどころか、その穴を見て何も気にせず立っている。まるで ″宙に浮いている″ かのように。
「だったら! 【鮭・スティングリール!】」
左に走っていたオーリが、武器のスカルティングを使い技を放った。
スカルティングの先端から釣り糸のような物が出現し、聴儡器を巻き付ける。
「はぁああああああああああ!!!」
オーリが叫ぶ。本来であればこれで聴儡器が体勢を崩し倒れるのだが──、
「ぐっ……キャッ!?」
聴儡器はビクともせず、逆にオーリが引っ張られてしまった。
「くっ……!?」
空に打ち上げられてしまったオーリ。そのまま落下するかと思われたが、その前に──、
「大丈夫?」
「は、はい……すみません……」
繚が助けてくれた。
「謝らないで。今はあいつをどう倒すか、考えるよ」
「は、はい!」
オーリと繚の二人地上に降り立ち、聴儡器を見上げる。二人の側に煎歌がやってくる。
「鮭さん! 無事ですか!?」
「えぇ。大丈夫」
「ねぇ、二人共、私にちょっと考えがあるんだけど、乗ってくれる?」
「もちろんです!」
「はい!」
繚が二人を呼び寄せ、作戦を伝える。
「それはかなり……」
「いくらさんが危険ですぅ!」
「でも、早くあいつを片付けないと、織が危ない」
「…………分かりました」
「はい! 私も頑張ります!」
「ありがとう! 行くよ!」
「「はい!」」
三人は、巨大な聴儡器へと立ち向かっていった。
☆ ☆ ☆
織は今、家に向かっていた。
今日は学校は休みなのだが、図書館に本を借りに行った帰りだった。
もう少しで家にが見えてくる、というその時──、
「見つけたわ。 ″鍵″ の持ち主さん」
「っ!?」
突如、織の目の前にヒューリナとリュウタリナが現れた。
「『驚いてるわね。まぁ無理もないわ。怖いかもしれないけど、痛い事はしないから、大人しくしててね』」
『しゅ、手話!?』
「『手話を使えるのがそんなに意外? 私達【ライザー】は、みんな使えるわよ』」
『ら、ライザー……?』
「『まぁ、そんなのはいいの。あなたの中にある ″鍵″ 貰うわ』」
「っ!?」
ヒューリナは、右手を織に翳した。すると、織の体から、純黒と純白の光りが放たれ始める。
「っんん!?」
織は苦しいのか、苦悶の表情を浮かべ、悶絶の声を漏らす。
「っ!? こ、これが ″鍵″ の力……!? 凄まじいわね……!!」
「ヒューリナ様!?」
「もう ″侵食″ し始めているなんて……これが ″黒の真実と白の真実の力″ なのね……流石は ″この世界に初めて誕生した真実″ だわ……。吸収しようとしてるこっちの力が吸われていく……!?」
「ヒューリナ様!?」
「来なくていいわ! 今私に近づくと、あなた消えるわよ……!」
「っ!?」
ヒューリナの言葉に、リュウタリナは驚愕で目を見開く。
「くっ……もう右半身は完璧に ″侵食″ されたわね……このままじゃ ″乗っ取られる″ けど、ここで引く訳にはいかないのよ……!」
ヒューリナは、右半身が ″黒く白くなった状態″ でもなお、手を翳し続ける。
「んん〜〜〜〜〜!?」
織は涙を流しながら、苦痛の声を上げる。
「ふふ! 鍵が見えてきたわ! このまま、もう少し!」
織の胸から、金色に輝く ″鍵″ が徐々に姿を現していく。
「ふふ……もう少し、もう少し……! っ!?」
シュパッ! シュパパパパパ!
「ぐっあ!?」
「ヒューリナ様!?」
突如として、ヒューリナの右腕が肩から切断された。
「ぐっ……!? 貴様、何者だぁ!?」
「貴様に名乗る名などない。主は……無事だな」
突如現れた ″五本の刀を帯刀している″ 女性は、倒れそうな織を支え、安否を確認する。
織は気を失っているだけで、特に外傷はなかった。
織の無事を確認した女性は、安堵のため息をついた。その顔は外套のフードによって隠れている為、確認はできない。
「おい、貴様! ヒューリナ様が尋ねてるんだ! 答えろ!」
リュウタリナがヒューリナの元に駆け寄り、体を支える。そして、激怒しながら尋ねる。
「それならもう答えたはずだ。貴様に名乗る名などないと。だがそうだな。一つだけ答えてやろう。私の【おむすび】のNo.を」
「あぁ……?」
「私は【おむすび】のNo.1だ」
「「っ!?」」
女性の答えに、ヒューリナとリュウタリナな目を見開き驚愕する。
「な、No.1だと!? ふざけるな! 【おむすび】のNo.1と2は ″存在しないはす″ だ!」
「教えるのは一つと言った。これ以上の会話は必要ない。それに、早くそいつを連れて帰ってやれ。出血多量で、死ぬぞ?」
「くっ……! ヒューリナ様、行きましょう」
「え、えぇ……」
リュウタリナはヒューリナを支え、姿を消した。
「やはり、動き始めたか…… ″スライ″ よ……」
女性は空を見上げ、そう呟いた。その声音には、寂しさ、悲しさ、切なさが込められいるような気がした。
エピローグ
「お姉様、主様は?」
「安心しろ。主は無事だ」
「良かったです。それで、やはり……?」
「あぁ。奴が動き出した」
「″一万年ぶりの始動″ ですね」
「あぁ。奴が動き出したとなると、現状の【おむすび】だけでは対処しきれないだろう。まだ調整には時間がかかかるが──」
「助けに入る、と」
「あぁ。とにかく急ぐぞ。 ″のり″ の準備を」
「はい。お姉様」
外套を身にまとい、目深にフードを被った ″刀を腰に帯刀した女性二人″ は、まるで瞬間移動でもしたかの如く、姿を消してしまった。