表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

三個目 おかかは邪道? それとも王道?

 プロローグ

「まだか……まだ、鍵は手に入らないのか……」

 雷が鳴り響く空間。その中に、薄暗い景色には似合わない屋敷がある。

 その屋敷の一室で。

「はぁはぁ……ぐっ、もう少し、もう少しだけ待ってくれ……私が ”鍵” を手に入れるまで……もう少し……。くっ…… ”命の限界” が近づいてきているか……」

 その人物は、苦しそうに呼吸を乱している。

 その人物は、汗を大量にかき、壁に寄りかかっている。

 しかし、その人物の姿は部屋が真っ暗な為よく分からない。そんな時、雷が鳴り響く。ピカッと外が一瞬光る。それにより、部屋の壁に人影が映る。

 その人影では男か女かは判断できないが、ただ一点。分かる事があった。それは──、

「ふっ、ふはは、ふはははははははははは!」

 その人物の頭部には、鋭利な角が二本生えていた。

 (ろう)学校に通う織。織は今、とある女子と会話をしていた。

『織先輩は、本が好きなんですね』

『うん。姉さんに本を読むと、字も文章も意味も覚えられるよって言われて、それから読むようになったんだ。そしたらすごく好きになっちゃって』

『そうなんですね。普段はなんの本を読むんですか?』

『魔法とかを扱うファンタジーで、ライトノベルが多いかな。姉さんから最初にもらったのがライトノベルだったから』

『私はあんまりライトノベル? は読まないので読んでみたいです』

『僕の貸そうか? この「沈黙の剣使」とか面白いよ。耳の聴こえないろう者が戦う物語なんだ』

『え! ろう者が! それは読みたいです! 貸してもらってもいいですか!』

『もちろん!』

 学校の廊下で、織と橙色のミディアムヘア少女が手話で楽しそうに話している。

()()ちゃんも気に入ってくれると思うな!』

 少女──(ささ)(みや)()()は可愛らしくにっこりと笑い──、

『はい! 織先輩がそう言うなら間違いないですね!』

 廊下で楽しそうに会話している二人。そろそろ授業が始まる時間なので、二人は各自教室へと戻っていく。

 雫湖の教室で。授業開始時間になったが、いつまで経っても授業を担当する教師が来ない。不思議そうにする生徒達。そんな中で雫湖だけは違った反応を見せていた。

(もしかして【ライザー】が何か仕掛けて来たのかな……? でも【(しょう)調(ちょう)()】の索敵機能に反応は無いし、鮭さんからの連絡もない。(ちょう)(らい)()の気配もしない……私の思い過ごし……?)

 雫湖は、一人で色々と考え込んでいる。机に両肘を突き、両手で頭を支え、目を瞑り考え込んでいる。それは端から見れば、頭痛が激しい人のようだった。

(いや、これはきっと私の思い過ごし。うん。そうだ。そうなんだ。…………でも、なんか嫌な予感がする……)

 この裏で、とんでもない事が起こっている事を、雫湖は……いや、【おむずび】達は知らなかった。そして、それを知る由もなかった。


 ☆ ☆ ☆


 それは、ある日の早朝に起こった。

 キュイィィィィィィィィィィィンッッッ!

 甲高い機械音が、どこからともなく日が昇り始めたばかりの空に響き渡る。正確には森に、だが。

「うふふ。楽しみ、楽しみだわぁ。この実験体はどこまで保つのか」

 森の中にあるとある小屋。それは小屋を呼ぶにはいささか大きすぎる気もするが、見た目は完璧に小屋なので小屋と呼ぶことにする。

 その小屋の中には、ベッドが複数台置かれており、その上には人らしきモノが乗っている。

 愉悦の笑みをこぼす女性は、とあるベッドの前に立っており、その眼の前には裸で横たわる男性が。

「今回 ”採取” できた ”素体” は十体。その内 ”九体” は失敗。残すは一体。成功してくれるといいんだけれどねぇ」

 九台のベッドの上に乗るのは、砂。

 先程の女性は素体と言った。つまり、ベッドの上には人間か動物がいた事になる。そして、女性が見下ろしているのは男性。つまりは九台のベッドの上に乗っていたのは人間(、、)と言う事になる。

 だが、今ベッドの上に乗っているのはただ(、、)()()

 これは一体、どういう事なのか。

「ふふ。 ”人間を聴儡器に変える” 実験も大分やって来た。それで見えてきた事が何個かあるのよねぇ。さて、この最後(、、)の実験で何か結論は見えるかしら」

 そう言って女性は、右手に持ったドリルを男性に向かって────。


 ☆ ☆ ☆


 織達が学校で授業を受けている中。

(かい)(まつ)(ざん)】の木々が生い茂る場所で。

「全く。あの女も派手にやってくれたわね。後始末を私がしなくちゃならないじゃない。ライズ様の命令でなければこんな事……」

「あ、あの。オレがやります」

「あら、そう? じゃあお願いするわ。でも決して──」

「証拠は残さない。ですよね」

「ふふ。分かってるならいいわ」

 その場所には二人の女性がいた。ヒューリナとリュウタリナだ。

 リュウタリナは小屋(、、)の中に入り()()()を始める。

 外にいるヒューリナは、スマホのような機械を取り出しそれを操作している。そしておもむろに──、

「そういえば、あなたの ”妹ちゃん” まだ見つからないらしいわよ」

「っ!?」

 ヒューリナの言葉に、中で作業していたリュウタリナは肩をビクッと震わせ、手を止めてしまう。

「ろ、ロリッタリナは無事なんですか!?」

 中から慌てて出てきたリュウタリナ。その全身には ”砂” が沢山付着しており、動く度に砂が舞い、砂埃を発生させる。

「ごほごほ。埃が舞うから動かないで頂戴。無事かどうかは私にも分からないわよ。でもそうね。一つだけ言えるのは ”裏切り者” に情けはない」

「っ!?」

 ヒューリナの答えに、リュウタリナは歯を食いしばった。

「ふふ。そんな顔しないの。せっかくの可愛い顔が台無しよ? まぁ、私はあなたの妹ちゃんの事気に入ってるから、他の奴らよりも先に見つけられたら、保護してあげるわ」

「ほ、本当ですか!?」

「えぇ。(無事ならね)」

 ヒューリナの最後の言葉はリュウタリナの耳には届かなかった。聞こえないように小さな声で言ったからだ。

「さぁ、さっさと作業を終わらせて」

「は、はい!」

 リュウタリナは慌てて作業へと戻って行った。

 ヒューリナは空を見上げ──、

「さぁ〜て、どうやって遊びましょうかしらね。うふふ」

 不敵な笑みを浮かべて呟いた。


 ☆ ☆ ☆


「はぁ、はぁ……」

 サファイア色の髪をした、ショートカットの少女が、木々の生い茂る森の中を走っていた。

「はぁはぁ……」

 どれほど長く走ったのかは分からないが、息の切れ方、汗の量を見ると、相当な距離を走ったのだろう。

「こ、ここまでくれば……」

 ガサッ。ガサガサッ。

「はっ!? お姉ちゃん、待っててね……私が必ず ”逃げるための秘宝” を見つけるから!」

 少女はそう言い、再び走り出した。その格好はボロボロだった。


 ☆ ☆ ☆


 織と繚の二人が買い物に出かけたので、オーリは家で掃除やら洗濯やら沢山の家事をやることにした。

「さて、掃除はこの程度かな。次は洗濯〜」

 と、オーリが洗面所に向かおうとした時──、

「っ! 誰!?」

 洗面所の方から人の気配がし、オーリは声を張り上げる。と、洗面所から気配が移動した。その移動先は──、

「主様の部屋……行かせない!」

 オーリは、一目散に疾駆した。謎の気配に織の部屋へ向かわせるわけにはいかない。

 もう二度と、失態は許されない。オーリは額に脂汗を浮かべ、全力で疾駆する。

「誰も、いない……?」

 織の部屋に入ったオーリ。しかし、そこには謎の気配はいなかった。先に謎の気配が部屋に入ったわけでもなく、まだ来ていないわけでもない。それはつまり──、

「この家からいなくなった?」

 そう。謎の気配は、この家からすでにいなくなっていたのだ。

「あの気配は間違いなく【ライザー】のモノ……この家は ”結界” を張ってあるから侵入できないはず……もしかして、幹部が? だとしたら、今まで以上に警戒を強めないと!」

 オーリはそう言い、家に張ってある結界の強度を強めた。


 織と繚が家に帰って来て、今は織がお風呂に入っている所。その間にオーリは、先程の報告を行った。

「そっか……侵入者か……」

「はい……すぐに消えたんですが、まさかこの結界を破って侵入してくるとは思ってもみなくて……その後、すぐに強度を強めたんですが、私が勝手にやって良かったのかと気になりまして、繚さんの判断を仰ごうかと」

「この結界は ”父さんが生み出して、母さんが張った物”。勝手は許されない。だけど、今回のは正しい判断だったと思う。それに ”今の” しゃっちゃんの実力なら、この家を囲う結界を一人で作っちゃってもいいくらいだしね」

「わ、私が一人で!? そ、それは流石に時期尚早では……」

「そんな事ないよ〜。しゃっちゃんは【おむずび】のNo.3なんだから、少しは自信を持ちなさい」

「はい……ありがとうございます。これからも邁進してまいります。それと、もう一つ報告がありまして。雫湖からなんですが、数学教師が授業に現れず、不審に思った為、警戒はしていたらしいのですが、別に変わった事はなかったそうで。ですが──」

「あの子は気になってる訳ね」

「はい」

「あの子のそういう勘は侮れないのよね。まぁ、この後家に来るから、詳しくはそこで聞きましょう」

「そうですね」

 ピンポーン。

 二人がそんな会話をしていると、インターホンが鳴った。

「お、丁度来たみたいね」

 オーリが玄関に向かい、扉を開けると、そこには雫湖ともう一人女性が立っていた。

「ツナマヨ? 今日あなたは呼んでないはずですが?」

「そ、そんなヒドい事言わないでくださいよ〜! おかかちゃんがご主人様の家に行くと言うので、付き添いとして付いてきたんですよ!」

「それはご苦労さまでした。それでは」

「ちょっと!? ちょっと待ってください!? ここまで来たんですから入れてくださいよ〜!?」

 雫湖の隣にいたのは織の同級生、(はす)()(いり)()だった。

「冗談です。入ってください」

「もう〜、鮭さんのは冗談に聞こえないんですから止めてくださいよ〜」

 二人は部屋の中に入る。

 リビングに入って来た雫湖に手を振る繚。それに対し、礼儀正しくお辞儀で返す雫湖。その後ろから煎歌が姿を現すと──、

「あれ? なんでツーちゃんがいるの? 呼んでないよね?」

「いくらさんまでヒドすぎませんか!? そんなに私はここに来てはイケないですか!?」

「あはは! 冗談冗談だよ。おかかちゃんの事見てくれたんだよね。ありがとう」

「は、はい。そ、それで? 今日はなんの集まりなんですか?」

「なんか最近織がおにぎりにハマっちゃったみたいでさ。おにぎりパーティーを開催するの」

「なるほど。だとしたらそれは【おむすび】に招集をかけなければいけないのでは?」

「いや、急に大人数が来たら、織が怖がるでしょ。あの子人見知りなんだし、怖がりなんだから」

「そ、そうでした。……だとすると、やはり私はいない方がいい、でしょうか?」

「いやいや。ツーちゃんは別に大丈夫だよ。織も心開いてるんだから。本隊の人間を知らないから、そっちはダメだけどね」

「あ〜なるほど、理解しました。それで、鮭さん、おにぎりパーティーとの事ですが、ツナマヨはありますよね?」

「…………一応用意しております」

「一応ってなんですか一応って! 前にも言いましたが、ツナマヨはもう王道なんです!」

 オーリと煎歌のやりとりを見て ”ろう者の雫湖” は首を傾げている。

『ツナマヨは王道かどうかで言い争ってる』

 繚が手話で通訳をする。と──、

『おかかは王道ですか? それとも邪道ですか?』

 と、スマホから音声が流れてきた。雫湖がオーリ達と会話する時はいつもこうしている。

『ん〜……おかかは邪道だと、私は思います』

 煎歌が答える(手話)。

『私は王道だと思いますよ』

 オーリが答える(手話)。

『うん。私も王道だと思うな』

 繚が答える(手話)。

『ツナマヨさんだけ、反対意見……悲しいです……』

 雫湖のスマホが、感情を込めてそう言う。

 雫湖が開発したこのスマホは、使用者の感情を理解し、それをそのまま相手に伝えてくれる。

「ツーちゃん、ヒドいね〜」

「はい」

「なんか今日、私の扱い雑過ぎませんか〜〜!?」

 煎歌の悲しみの声は、外まで響き渡った。

 エピローグ

 時は、オーリが家で謎の気配を捉えたところまで遡る。

 オーリが謎の気配を追いかけ、部屋まで疾駆した時の事。

 家の外で──。

「っぶねぇ〜。まさか気配を悟られるとは」

 まるで忍者装束のような格好をしている女性が、壁に背中をくっつけ、額に浮かんだ汗を袖で拭っている。

「【おむすび】のNo.3だからって侮ってたのが、仇となっちまったな。No.3の肩書は伊達じゃねぇって事だな」

 女性は、軽い身のこなしで近くにあった木の枝に飛び乗ると、家を見つめ──、

「これからはしっかりと警戒してやるよ。 ”姉ちゃん”」

 そう言って、目には視えないスピードでどこかへ去って行ってしまった。

 この女性とオーリとの関係は一体……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ