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一個目 鮭はパリパリの皮が美味しい

 プロローグ

 私には、(あるじ)がいる。

 その(あるじ)は、他の人と少し違う。

 その(あるじ)は、二十歳と言う若さでこの世を……。

 この物語は、私達が(あるじ)を守る物語。

 私達は、(あるじ)に心救われた。


 (あるじ)よ、この想い、届いてますか?

 ジリリリリリリリリ!

 とある部屋で、目覚ましの音が鳴り響く。

「ん……んん……」

 ベッドの上で金髪の少女が、腕を上にあげ、伸びをしている。

「はぁ……ん……」

 少女はまだ眠いのか、コクコクと船をこいでいる。

「んっ! ふぅ……顔洗お」

 少女はベッドから降り、部屋の中にある別の部屋へと続くドアを開けた。

 そのドアを開けた先には、洗面所があり、その横には大きな浴槽がある。

 パシャパシャ。

「ふぅ……スッキリ〜」

 少女は顔をタオルで拭き、ベッドのあった部屋へと戻る。

「やば、もうこんな時間。急がなきゃ」

 少女は時計を見て(6:40)慌てて壁にかけてあった服を手に取る。

 丈の短いワイシャツに下着一枚と言うラフな格好から、スリットの入ったスカートが特徴的な服(メイド服のような)に着替えた。

「よし、準備オッケー。っと、忘れちゃいけないよね、眼鏡眼鏡〜」

 少女はベッドの上に置いてあった丸眼鏡をかける。

「ん。よし」

 少女は姿見で確認すると、部屋を出て行った。

 少女が掛けた眼鏡は、少女にとって必要不可欠だった。


 ☆ ☆ ☆


 現時刻、7:20。

「今日もよく出来た」

 金髪(長い髪を後ろで束ねている)で眼鏡を掛けた少女は、キッチンで可愛らしいお弁当箱に料理を詰めていた。

「そろそろ、起こす時間かな?」

 少女は時計を見て、首を可愛らしく傾げた。と、そんな時──、

 ガチャ。

 リビングの方の扉が開く音がした。リビングには目を擦りながら欠伸をしている、白髪の少年が立っていた。

 少女はリビングに移動し──、

「『おはようございます、主様』」

 と ”手話” で挨拶をした。そして、少年も手話で返事を返す。

『おはよう、オーリ。起きるの早かった?』

「『大丈夫です。そろそろ起こしに行こうかと思っていたので』」

 少女は首を振り、手話で伝える。

『良かった。顔洗ってくるね』

 少女──オーリは頷き、少年は洗面所へ。オーリは朝食の支度に取り掛かった。

 少年はオーリの用意してくれた朝食を食べていた。

『今日も凄く美味しい』

「『良かったです。今日の帰りはいつも通りで?』」

 頷く少年。

『いつもごめんね。迷惑かけちゃって』

「『いえ。これは私がしたくてしている事ですから、気にしないでください』」

『ありがとう。ごちそうさまでした。着替えてくるね』

「『支度を整えておきます』」

『ありがとう』

 少年は着替える為、一旦自室に戻る。その間にオーリは鞄に先程のお弁当箱を入れたり、時間割を確認して教材を入れたりと、支度を整えている。

 7:55。少年が部屋から出てきた。

「『準備、終わりました』」

『ありがとう。僕も終わった。行こう』

 頷くオーリ。

 二人は一緒に玄関を出て、家を後にした。その家は豪邸。としか言い表せなかった。

 家を出た二人。楽しそうに歩く少年の横でオーリは左耳に手を当て──、

「主様が出発された。いつも通りに」

 と、低い声で言うと──、

『了解!』

 と、複数の声が重なった返事が返ってきた。

 二人が歩道を歩いていると、後ろから自転車が迫って来る。その自転車の運転手は両耳にイヤホンをしており、よそ見運転をしている。

 その自転車が少年に近づく。衝突してしまうかと思われたが──、

「ぐふっ!?」

 急に自転車が止まり、前方に運転手が放り投げられてしまった。その際、顔面を地面に思い切り打ち付けてしまう。運転手の男性の鼻からは血が垂れている。

「な、なんだ!?」

 運転手の男性が、何が起こったのか分からず困惑の表情を浮かべキョロキョロしていると、どこからともなく少女が現れた。

「よそ見運転にイヤホン装着。れっきとした違反行為です。あなたのちょっとした不注意で、大事故を招く。人が死ぬ事もある。本当に気をつけて」

「あ、は、はい……」

 少女は淡々と告げる。そして、一言付け加える。

「あと、イヤホンのし過ぎは厳禁。耳の中の細胞が傷ついて聴こえなくなる。せっかく五体満足に生まれてきたんだから、自分の体は大事にして。不用意に、不本意に、不必要に自分の体を傷つけないで。失った物は二度と、元には戻らないから」

 少女はオーリと楽しそうに話しながら歩く少年を見つめる。その目には慈愛、悲しみ、様々な感情が混じっているように思えた。


 ☆ ☆ ☆


 少年が通う学校に到着した。

『行ってきます』

「『お気をつけて。行ってらっしゃい』」

 満面の笑みで頷き、校門をくぐって行く少年。その後ろ姿に手を振るオーリの隣に、どこからともなく少女が現れた。その少女は少年と同じ服を着ており、オーリの隣で跪いている。

 その少女は先程、自転車に乗った男性に注意した少女だった。

「今日もお願いね」

「はい。お任せください」

 そう言って少女は、校門をくぐり少年に近づき声をかけた。二人はとても楽しそうに手話で話している。かなり仲がいいようだ。

 そんな二人が校舎の中に入って行くのを見届けたオーリは──、

「さて、あそこでこちらを見ている不届き者を始末しに行きますか」

 そう言ってオーリは、瞬間移動でもしたかの如く、その場から姿を消した。


 ☆ ☆ ☆


「『織君、この前のノート、ありがとうございました』」

『どういたしまして』

 少女は少年──(にぎ) (おり)にノートを手渡した。

 そのノートには「数学」と書かれている。

『もう体調は大丈夫? 風邪を引いたって聞いて心配しちゃった』

「『心配かけちゃってごめんなさい。もう大丈夫です』」

『良かった〜。お昼一緒に食べよ?』

 元気よく頷く少女。二人は食堂へと向かった。

 二人が通う学校『遥風瞬神聾学校はるかぜしゅんじんろうがっこう』。

 この学校では、耳が聴こえないろう者達が勉強して、運動して、友達を作る為の制度が充実している。

 ろう者以外の生徒もいて、手話を本気で学びたいと言う人達が通っている。

「『今日も美味しそうですね』」

『ありがとう。オーリには感謝しなきゃ』

「『お──その方は料理上手なんですね』」

『うん! 毎日美味しいご飯を作ってくれるの! オーリが作る料理は全部美味しいんだよ!』 

 嬉しそうに語る織を見て、少女は可愛らしくはにかんだ。

 昼食を終え、残りの五限目、六限目を終えた織と少女は、下駄箱で靴を履き替えていた。

「『お迎え来てるよ』」

『本当だ。今日はいつもより早い気が?』

「『心配だったんじゃない?』」

『心配し過ぎなんだよね〜。織ももう高校生なのに』

「『高校生になっても心配なものは心配なんだよ。それが親心ってものなの』」

『オーリは織の親じゃないよ。それに、煎歌(いりか)ちゃんはなぜ親っぽく言ってるの?》

「『それは私が親だからだよ!』」

『親と違うでしょ!』

 など、漫才のように盛り上がる二人。

 校門に立っているオーリに近づくと──、

『ごめん、お待たせ!』

「『お帰りなさいませ、主様。今日もお疲れ様でした』」

『ありがとう。…………ん? オーリなんか疲れてる? 顔色悪いけど……?』

「っ!?」

 オーリは織にそう言われ、慌てて自らの顔を触る。

「『そう、見えますか……?』」

『うん……なんか、すごく具合悪そう……。今日は何もしないで休んで。織なら大丈夫だから』

「『い、いやしかし……』」

『姉さんが今日は帰ってくる日だよね? 出来ないことは姉さんに頼むから、オーリは何も心配しないで休んで。…………これ、主命令!』

「っ! 『わ、分かりました』」

 織はオーリに主様と呼ばれるのが本当はあまり好きではなかった。なので普段なら主命令など絶対言ったりしない。だが、オーリの今の体調を鑑みると、絶対に休ませなければならない。

 だが、オーリは頑なに休むと言わないだろう。そう分かっていた織は、絶対に言わない『主命令』を言った。それにより、オーリは従うしかなくなる。織は言った後、複雑な表情を浮かべた。

(主様が、主様が命令と! しかもご自身の事を『主』と言った! こんなの嬉しすぎる! 主様が私に『主命令』を出したのは ”あの事件の日” 以来だ。それだけ私に休んでほしいんだ……主様は本当に優しいな)

「『今日はゆっくり休みます。(りょう)さんには私から連絡しておきます』」

『うん。じゃあ、帰ろう』

「『帰りましょう』」

「『じゃあ、また明日ね』」

『また明日、煎歌ちゃん』

  少女──蓮部煎歌(はすべいりか)は、織とオーリに別れを告げ、別の道に向かった。織達とは帰る方向が逆なのだ。

『姉さんと会うのも久々だね』

「『そうですね。沢山お話してください』」

 頷く織。

 二人は楽しく会話しながら帰路についた。


 ☆ ☆ ☆


 家に着いた二人。洗面所で手洗いうがいをしている織とオーリ。

 すると、玄関が開く音が。それに気が付いたオーリが──、

「『繚さんが帰って来ました』」

『本当! 行ってくる!』

「『走ると危ないですよ』」

『大丈夫!』

 そう言って織は走り出し、玄関へと向かった。

「『織! ただいま〜!』」

 玄関先で靴を脱いでいた大人の女性が、織が走ってくるのに気が付き、両手を大きく広げて織を抱きしめた。

「ギュ〜〜〜〜〜〜〜! 織〜〜〜〜〜〜!」

「んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 女性──(にぎ) (りょう)は、大好きな弟を力いっぱい抱きしめる。それに対し、織も力いっぱい抱きしめ返す。

「お帰りなさい。繚さん」

「あ、ただいま。しゃっちゃん、留守を守ってくれてありがとうね」

「いえ。私でお役に立てているのか、分かりかねますが」

「もう、な〜に言ってんの! しゃっちゃんがいてくれるから、私は安心して仕事に向かえるんだよ〜。でも、今日は織から連絡が来てビックリしたよ。しゃっちゃんの具合が悪そうだって。…………何があったの?」

 繚は抱きしめていた織を離し、オーリに向かって尋ねる。その声はおちゃらけていた時の高い声音ではなく、真剣な低い声音だった。

「主様がいらっしゃる前では……」

「そうね。織のいる前ではそういう話は禁止だったね。まずはご飯食べましょう。今日は私が腕によりをかけて作っちゃうから。その後、お風呂に入りながらでも話しましょう」

「はい」

「『織、何が食べたい?』」

『オムライス! 姉さんの作るオムライスが食べたい!』

「『分かった。じゃあオムライス作ってあげる。ケチャップで熊さん描いてあげるね』」

『もう〜そこまで子供じゃないよ〜。でもありがとう!』

「んふふ! 可愛いな〜!」

 繚は再び織を抱きしめ、頭をわしゃわしゃとかき乱す。それに嫌がる素振りを見せる織だったが、本当に嫌がってるわけではなかった。

「ほら行こう、ご飯食べよう〜」

 繚は織の肩を掴み、歩かせる。そしてそのままリビングへと向かった。

 一人残ったオーリは──、

「私は、失態を隠せなかったんですね……」

 一体、オーリに何があったと言うのだろうか。


 ☆ ☆ ☆


 夕食を終え、織が入浴中に。

「それで。何があったの? しゃっちゃんが不調なんて珍しいじゃん」

 繚は、キッチンから出てきてオーリが腰掛けているソファに座る。そして、そのままオーリに尋ねる。その口調は優しいものだった。

 その問いに、暗い表情を浮かべ、俯き黙る。

「黙ってちゃ、分かんないよ?」

 繚は優しく問いかける。首を可愛らしく傾げながら。だが、その目には感情が宿っていないようにも思えた。

「主様を学校へ送り届けた後、ずっと我々を監視していた者がいたので、その者のお始末(そうじ)に向かったんです」

 時は遡り、オーリが織を学校に送り届けた後。

〘さて、あそこでこちらを見ている不届き者を始末しに行きますか〙

 そう言ってオーリは、瞬間移動でもしたかの如く、その場から姿を消した。

 オーリが姿を現したのは、ビルの屋上。

 オーリの視線の先には、覆面を被った全身真っ黒のボディスーツを身に纏った女性がいた。

 なぜ、女性と言う事が分かるのかと言うと、ボディスーツなので、体にピッタリと密着している。その為、胸の形やお尻の形がハッキリと浮き出てしまっている。そこで女性であると言う事が分かる。

〘何をなさっているのですか?〙

〘っ!?〙

 オーリの声に驚いた女性が、慌てて後ろを振り返る。

〘あ、あ、あ……あなた、は……!?〙

 その女性の声はくぐもっている。恐らく、被っている覆面の効果なのだろう。

〘私を知っている。と言う事はやはり、あなたの狙いは主様、と言う事ですね?〙

〘あ、いや、その、あの……〙

〘主様を狙う不届き者は、ここでお始末(そうじ)させていただきます〙

〘あ、あ、あ、ちょっと待って〜〜!?〙

 オーリは、スリットの入ったスカートから覗く足に短刀を仕込んでいた。それを引き抜き女性に肉薄する。

〘た、助けて〜〜!?〙

 女性は逃げ惑う。が、その逃げはただ逃げ回っている訳ではなかった。

〘(何か、臭いますね)〙

 そう。先程から変な臭いが充満してきているのだ。

〘(この臭いの正体は分からない。でも、このまま嗅ぎ続けたらマズいのは分かる。だから、短期決戦で行く!)〙

 オーリは息を止め、スピードを上げた。

〘い〜や〜! 助けて〜〜!?〙

〘(ニヒッ♪ 釣れました♪)〙

 女性は不敵な笑みを浮かべ──、

〘(”(むらさき)真実(しんじつ)” 毒の空域)〙

 女性は少し離れた所で立ち止まり、オーリの方に向き合う。そして、両手を突き出し、その両の手の平から紫色の煙を吐き出した。

〘っ!?〙

 それを吸うまいと、オーリは急停止して息を先程よりも力強く止める。

〘どこまで息を止め続けられるか、試してみましょうか〜〜!〙

〘(くっ……このままじゃ持たない……もってせいぜい一分が限界……こうなったら、多少吸ってもあいつを!)〙

 オーリは呼吸を浅くして攻撃を加えようとする。が──、

〘ぐっ!?〙

〘あ、吸いました〜? あはは! この毒はね〜、少量でも吸うと内蔵が損傷して、気道が詰まり、呼吸困難を引き起こし、全身が痺れ、脳が溶け、そして、死に至るんです〜! どうですか〜? 苦しいですか〜?〙

〘ぐっ……ぐふっ……〙

 オーリは吐血し、その場に膝をついてしまう。

〘ふぅ……ふぅ……〙

〘(呼吸ができない……あいつが言う通り、内蔵もかなりやられてる……でも、こんな所で負けられない!)〙

〘無駄な抵抗はせず〜あは♪ このまま死んじゃってくださ〜いぃ!?〙

 女性は、愉悦に染まった表情を浮かべていたが、目の前にオーリが迫って来ていたので驚愕の声を上げた。

〘毒に侵されようとも、私は負けない! あの人を守る為に!〙

 オーリは短刀を女性の腹部に突き刺した。

〘ぐっ……!?〙

 女性は、腹部から大量に出血した。

〘こん……のぉ!〙

〘くっ……〙

 女性は、オーリを突き飛ばした。短刀は腹部に刺さったまま。

〘まぁ、いいでしょう……どうせこの毒を解毒する方法はありません……あなたはいずれ死ぬ……はは。私はここで退かせてもらいます〙

 そう言って女性は真っ黒な空間を出現させ、その中に姿を消した。

〘はぁはぁ……〙

 オーリは両膝をつき、両手をつく。額には大量の汗が浮かび、汗が頬を伝い、顎から地面に滴り落ちる。

〘(この毒は、かなり強力、ですね……そろそろ、買い出しに向かわなければ……ぐっ…… ”自然(みどり)真実(しんじつ)” 体内の森浴)〙

 オーリの体が、綺麗な翡翠色(ひすいいろ)に光り輝き、その光りがオーリを包み込む。

〘(ふぅ……完璧な解毒は出来ていないけど、でも落ち着いてきた……このままかけ続けていれば、毒は完璧に解毒できるはず……)〙

〘はっ! 早く買い出しに行かなければ!〙

 そう言ってオーリは、ビルの階段を利用して下に降りていった。


 時は現在。オーリと繚がソファで座っている。

「なるほど、ね。敵の毒にやられたあげく、逃げられた、と。しかも、与えたダメージは致死ではなく軽いもの……」

 力なく頷くオーリ。

「ねぇ」

 低い声を発する繚に、ビクッと肩を震わせるオーリ。

「あんたってさ、一番織に近いよね? 一番警護を任されてるんだよね? 一番守らなきゃいけないんだよね?」

「…………」

 冷や汗をかきながら頷くオーリ。その汗は頬を伝い、顎に溜まっている。

「あんた言ったよね? 織の警護は私に任せろって。私達が ”研究” に専念できるように、織は自分が絶対に守るって」

 繚の顔、瞳、声から感情が消え──、

「何もできてないじゃん。ねぇ。口だけで、全然行動に起こせてないじゃん。その場面であんたが毒にやられて、死んでたら織、今頃どうなってた? ねぇ? ねぇ? ねぇ? 織は、どうなってた?」

「な、亡くなって、いました……」

「そうだよね? もしそうなったら私、絶対に許さないから。そうなったら私があんたを殺すから。【おむすび】の連中も。誰だって織を危険にさらしたり、怪我を負わせたり、ましてや死なせたりしたら、私があんたらを殺す」

「は、はい……」

 オーリは体を震わせる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 と、そんな時、織がお風呂から上がってきて二人の元に訪れた。

『お風呂上がったよ。何話してたの?』

「『なんでもないよ〜。じゃあ次は私が入るね』」

 頷く織。

「じゃあ私入ってくるね〜。…………あんたも一緒に来なさい。お説教だ」

「はい……」

「『二人で一緒に入ってくるね』」

『いってらっしゃ〜い』

 そうして、オーリと繚の二人はお風呂へと向かった。織は自室へと入って行った。


 ☆ ☆ ☆


 ゴロゴロと雷が鳴り響いている。

 薄暗い空間に、背景とはまるで合わない大きな屋敷があった。その中のとある一室で──、

「あ〜もう! なんなんですかあの女は! 私の毒で死なないなんて信じらんない!」

 オーリと戦っていたボディスーツを着た女性が、服を脱ぎながら怒っていた。

「はぁ! お腹痛いじゃん! もうこのナイフ腹立つわ! なんで持って帰って来ちゃったかな、もう!」

 女性は相当怒り心頭のようで、下着姿のまま服を着る事もせず、文句を言っている。そのお腹には傷跡が少しだけあった。が、深い傷はなかった。

 致命傷までは行かずとも、それなりに深く刺されたはずなのだが、なぜ女性のお腹は治りかけているのか。それはまだ分からない。

「もう〜このスーツ気に入ってたのに穴開いちゃった〜。換えなきゃな〜」

 女性は真っ黒な服に着替え、廊下に出る。

 そして、とある部屋に向かう。その部屋は、この屋敷の中で一番広く、部屋の端から端まで行くのに走って三十分くらいかかるほどの広さだ。

「はぁ〜疲れた〜」

 と、女性がその部屋に入り、真ん中にある座布団に腰掛けようとした時──、

「敗北して、のこのこ戻ってきた者が、何堂々と座ろうとしているんですか?」

「っ!? あ、アキタリナ様!?」

 女性の背後に突如として現れたのは、深い朱が特徴的な髪をした女性だった。

 その女性は胸元が大きく開いた真っ黒な服を着ており、大人っぽい顔と相まってセクシーさが醸し出ていた。

「あなた、敗北したんでしょ? 【おむすび】の一人である ”(しゃけ)” に」

「は、はい……」

 セクシーな女性──アキタリナの問いに、女性は表情を暗くして俯いてしまう。

「パリタリナ、あなたが今回 ”鮭” に与えられたダメージを言ってみなさい」

「うっ……え、え〜っと……私の毒を吸い込んだんで恐らくは内蔵とか駄目になってるはず、なん、です、けど……」

「曖昧、ですね」

「す、すみません!」

「あなたは仕事を舐めているんですか? 自らの仕事をきちんと全うしなさい!」

「あいでっ!?」

 アキタリナが女性──パリタリナの頭を引っ叩く。

「いだいですよ〜!? なんで叩くんですか〜!?」

「あなたがちゃんと仕事をしないからです!」

「う〜! パワハラ! パワハラです〜!」

「お黙りなさい! 仕事ができない部下に喝を入れるのは上司の役目です! ハラスメントだなんだと甘えるんじゃありません!」

「う〜! ヒドいです〜!」

 と、二人が言い争っていると──、

「騒がしいな」

「「っ!?」」

 部屋の最奥にある、仰々しい座椅子に、姿も何もかもが確認できない人物が座っていた。

 その人物の前には幕が垂れており、天井に吊るされている照明により照らされ、シルエットだけが浮かび上がっていた。そのシルエットは人間のような、鬼のような、何か分からないシルエットだった。

 その人物は、室内にいる二人に気づかれずにこの部屋に入ってきていた。

「ら、ライズ様!? い、いつからそこに!?」

「まぁ、先程だな。貴様がそやつの頭を叩く所からか」

「っ!? お、お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ございません!」

 アキタリナが頭を下げる。二人はすでに跪いており、恭しく頭を下げている。アキタリナはそれよりも更に深く頭を下げたのだ。

「まぁ、よい。が、あまり部下に厳しくしすぎるなよ。我には貴様らが必要だからな」

「は、はい!」

「そうだそうだ。もっと優しくしろ〜」

 パリタリナがそう小さく呟くと──、

「あんま調子乗んなよ?」

「す、すんません……」

 アキタリナがギロッとパリタリナを睨んだ。パリタリナは慌てて謝罪をし、視線を下に戻した。

「それで ”鍵” の入手状況はどうなっている?」

「そ、それは……その、まだ、進展は何も……」

「何も……?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

「「っ!?」」

 アキタリナの報告を受けた人物が低い声で呟いた瞬間、部屋が振動し始めた。

 屋敷全体が揺れており、まるで地震でも起きたかのよう。

 そして、人物がいる場所からとてつもない負のオーラが溢れ出し、二人は背筋を凍らせた。

「なぜだ? なぜ進展がない? 貴様らは何をやっているのだ? ”あの日からすでに五年は経っている” んだぞ? 五年だ五年。五年もあって何も進展がないとは、どういう事だ!!」

 謎の人物が声を荒げると、天井の照明が全て割れ、部屋が暗闇に包まれてしまった。

「ライズ様。落ち着いてください。無能な部下に任せてしまった私達が悪いのです。申し訳ございません」

 と、照明を瞬く間に直した人物が。その人物はドレスのような服を着ており、裾部分にはヒラヒラと水色の布が垂れている。

「ヒューリナか……悪い、取り乱した」

「いえ。ライズ様が落ち着いてくださったのなら大丈夫です。それより、次は別の者に任せたらどうでしょうか?」

「…………それもそうだな。リュウタリナ辺りに任せてみるか」

「えぇ、いいかもですね。アキ、パリ、あなた達はしばらくお休みね。ふふ。この言葉の意味、分かるわよね?」

「「は、はい……」」

 ドレスの女性──ヒューリナが不敵な笑みを浮かべそう言うと、二人は黙り込んでしまった。

「では、ヒューリナ。リュウタリナに指示を出しておいてくれ。くれぐれも失敗は許されないと」

「はい。畏まりました〜」

 絶対的な存在感を放つ人物は、ヒューリナにそう告げると、姿を消してしまった。

 そしてヒューリナは──、

「じゃあ、負け犬ちゃん達。自室で、お・と・な・し・く・ね♪」

「「っ!? はい」」

 ヒューリナの小悪魔的な表情と声音に、二人は背筋を凍らせ、返事をした。そして、二人は各々自室へと戻った。部屋に入った瞬間に部屋の扉は、頑丈な鎖のようなもので施錠され、閉じ込められてしまった。

「さ〜て、どうやって ”鍵“ を手に入れようかしらね。ふふ♪」

 一人残ったヒューリナは、楽しそうに、それでいてどこか退屈そうに呟いた。

 エピローグ

 オーリと繚がお風呂から上がると、織がアイスを食べていた。

「あ! 『いいなぁ〜姉さんも食べよう』」

『一緒に食べよう。オーリも』

「『はい』」

 そうして三人でアイスを食べていると──、

「『織、明日どこか行きたい所ある?』」

『遊園地! 遊園地に行きたい!』

「『いいよ〜。じゃあ明日三人で行こうか』」

『いいの? やった〜!』

 織は飛び跳ねて喜ぶ。

「『明日、お弁当持って行くけど、なんか食べたいのある?』」

『おにぎりが食べたい』

「『おにぎり……本当にいいの?』」

 頷く織。

『おにぎりが食べたい』

「『分かった。じゃあ、明日おにぎり持って遊園地に行こう』」

 満面の笑みで頷く織。

「『じゃあ、ほら、早く寝ないと』」

『分かった! ごちそうさまでした。歯磨きしてくる〜!』

 織はアイスを食べ終わり、そのまま洗面所へと向かった。

「じゃあ、私達は明日の仕込みでもしますか」

「ですね」

 二人はキッチンに向い、明日の下準備を始める事に。

「鮭に塩振っておいたいいよね。織、鮭好きだし、しょっぱいのが昔から好きなのよね」

「はい。でも少し控えめにしないと」

「そうだね。病気もあるからあんまりしょっぱいのはね」

「はい」

「あ。明日さ、どっちが先起きるか分かんないけど、鮭は──」

「皮はパリパリ。ですよね?」

「そうそう♪」

 そうして二人は、明日の下準備を進めて行った。

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