最低な気分
いまだに主人公の名前が出ない件
昨日の場所に近づくにつれ、血香りはその強さを増していく。口が、喉が、肺が腐りそうだ。
しかしこれほどまでに強い血の香りがして、何故誰も騒がないのだ。適当な教室を覗いてみたが、特に変わった様子もない。この場所ならいくらなんでも気づくはずなのだが。
もはや違和感どころの騒ぎではない。これは異常なことだ。
「(どういうことだ?)」
思いながら歩を進め、俺はようやく昨日の場所に着いた。
血の香りは最高潮に達し、比喩なしで眩暈が、そして胃を叩かれたような吐き気もする。
正直気が進まないが、ここまで着たなら確認だけでもしていかねばならない。
この場所からは見えないが、階段の下に野沢の死体が転がっているはずだ。一息ついて、俺は階段に近づこうとする。だがどうしても躊躇ってしまう。昨夜は飽きもせず死体の写真を眺めていたのだが。
しかし時間にもう余裕はない。意を決した俺は、階段を見下ろした。
俺は言葉を失った。
野沢の死体がない。
「何だと……!?」
やはり警察が着ていて、もう野沢の死体は回収してしまったのか。
だが釈然としない。俺はその場に立ち尽くし、混乱する頭を精一杯動かす。いやに血臭が鼻につき、俺の混乱を増長させる。
「ふふ……」
その時だ。背後から唐突に笑い声が聞こえてきた。
俺は弾かれたように振り向く。
「……!?」
これは目の錯覚か。いやいや、それとも頭がおかしくなったっていうのか。
ありえない。なんでここにお前がいるんだ。
野沢。
「ふふふ……」
野沢は生前同様の美しい容貌で、口の端を少し上げて俺を見た。気が狂いそうだ。
喉がやけに渇く。溜まった唾を飲み込み、俺は努めて冷静そうに言った。
「何でお前が生きているんだ?」
混乱で頭が破裂しそうだ。声が上ずるようなみっともないことがないのはせめてもの幸いだ。
一方野沢は会いかわらず口元に微笑を浮かべ、静かに言った。
「聞きたいことは山のようにあるんでしょう? 放課後この場所で、まとめて答えてあげるわ」
猫撫で声、いやこれはそんな生易しいものではない。悪魔の囁き、とでも形容しようか、何か得体のしれない邪悪なものしか感じられない。
「放課後だと?」
「そう。絶対に着てね」
念を押すようにそう言うと、野沢は踵を返しその場を立ち去った。
俺はしばらく呆然と立ち尽くし、やがて鳴ったチャイムの音で我に返った。
「放課後、か」
まるで死刑を目前に控えた囚人にでもなったような気分だ。
泣き出したい衝動に駆られる。だが駄目だ。そんなことをしたら、俺が壊れる。