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消えたとしても

作者: 天谷ハルト

僕らの先生はとても面白い。勉強も教えるのがとても上手で、わかりやすい。でも、たまにドジを踏む。抜けてるとこもあるけど、僕らはそんな東先生のことが大好きだった。

「春斗、おはよう。宿題やってきたか?」

「おはよう、悠翔。もちろんやってきたよ、お前こそ大丈夫なのか?」

「う…ま、まあ、大丈夫だって。…多分。」

そう言って、バツが悪そうな顔をした。悠翔のことだからどうせ、数問だけ解いて寝てしまったんだろう。

「はぁ、教室に着いたら見せてやるから。早く終わらせろよ。」

「サンキューな、春斗。」

先程とは打って変わって、満面の笑みだ。現金なやつ。

「二人とも、おはよう。」

後ろから声をかけられた。この声は。

「佳奈、おはよう。」

「おはよう。それで、悠翔はまた春斗の宿題写そうとしてるのかな。」

「か、佳奈。違うんだ、これには深い理由が。」

「また始まったよ、二人とも。そんなことしてると遅刻するぞ。」

しめた。とばかりに悠翔が走り出す。僕らもそれを追いかけて学校へと向かった。教室に着くと、もう鐘がなる1分前だ。

「春斗、プリント貸してくれ。」

「お前、今からやって間に合うのかよ。先生のドジがない限り多分無理だぞ。」

「大丈夫だって。プリントありがとな。」

鐘が鳴った。悠翔のやつ、やっぱり間に合わなかったか。それから、5分、10分と時間が過ぎていく。おかしいな、いつもなら先生はとっくに教室に来てるはずなのに。みんなも先生が来ないことに疑問を感じていたとき。教室のドアが開いた。

「先生、おはようござい、ます。」

現れたのは東先生ではなく、教頭先生だった。

「皆さん、おはようございます。突然ですが、今日から一週間東先生は学校に来れなくなってしまいました。」

教室が一気にざわついた。学校に来れない、どういうことだ。

「東先生は先日、交通事故に巻き込まれてしまいました。」

「先生は大丈夫なんですか。」

「大きな怪我はないそうです。ただ、事故にあったときに頭を強打したため、記憶障害を引き起こすかもしれない。とのことで、今は病院で経過観察中です。先生のことが心配だとは思いますが、とりあえず一時間目は自習とします。」

それから、一週間が終わりまた月曜日。朝、始まりの鐘が鳴ると、また教頭先生が入ってきた。

「皆さんに東先生のことで話しておかなければいけないことがあります。先週の交通事故で先生は、徐々に記憶が消えていく病気にかかってしまいました。」

「記憶が消えていくってどういうことですか、もう先生はここに来ないんですか。」

悠翔が教頭に問い詰める。みんなも次の発言を息を呑んで待つ。すると、教室のドアが勢いよく開いた。

「みんなごめん、遅れちゃった。」

緊迫した雰囲気のなか、東先生の元気な声が教室中に響く。

「先生、もう大丈夫なんですか。」

「え、記憶消えちゃったんじゃ。」

「東先生、話の途中で入ってこないでくださいとあれほど。」

「すみません、教頭先生。でも、やっぱり自分で言ったほうがいいかなぁ。と、思いまして。」

そう言うと、先生は僕らの方を見てこう伝えた。

「僕は確かに事故で記憶をなくしてる。と、思います。というか、何を忘れたのかわからないからなんとも言えないけど。でも、中学校生活最後の一年。僕はみんなを卒業させたい。なので、教師は続けます。すべてを忘れるその時まで。」

それから先生は、いつものように授業を始めた。僕らは始めこそ混乱していたけど、記憶が消えていくということが嘘なんじゃないかと思うほど、先生はいつも通りだった。でも、それは本当に先生の身に起きていることだと僕らは気付かされた。ある日の朝。先生はいつものようにみんなの出席を確認していた。

「えっと、次は。佳奈けいな。」

先生のその言葉に、教室が一気に静かになった。もう一年以上経っているのに、名前を読み間違えた。その理由は一つしかない。

「え、あの先生。私、佳奈です。」

「え、あぁ。ごめん、うっかりしてた。」

そう言って先生はいつもの笑顔で笑った。僕らにはその笑顔がとても怖く感じられた。今は8月。もしこの調子で先生の記憶が消えていったら。先生は、僕らのことを覚えているのだろうか。もしかしたら。

「あの、先生。先週僕が話したこと覚えてますか。」

すると先生は、困ったような顔で答えた。

「ごめん。覚えてない、と思う。実は、最近記憶が消える量が増えている気がするんだ。でも、何を忘れてるのか思い出せなくて。」

先生は今、佳奈の名前を忘れていた。先週の悠翔との会話も。その事実にみんな何も言えなくなっていた。もしかしたら明日は自分が忘れられているかもしれない。その日はずっと、そんな考えが頭の中を埋め尽くしていた。

家に帰ると、僕らのクラスのグループ通話が開かれていた。メッセージには、「先生のことで相談。時間がある人はできるだけ入ってきてほしい。」と、書かれている。僕も通話に入ると、ちょうど話が始まる頃だった。このグループに入っているほぼ全員が通話に参加している。

「今日の先生の出席確認のことで、思ったことがあるの。出席表の名前のところに読み仮名を入れたほうがいいと思うんだけど、みんなはどう思う。」

司会は、学級役員の佳奈だった。

「それでいいと思う。」

「うん、俺もそれでいいと思う。それと、テストの日程とかその日にあったこととかも書いたほうが先生助かると思う。」

「悠翔、たまにはいいこと言うじゃん。よし、とりあえずそれでやってみよう。他に何かアイデアとかあったらここに書いてね。やれそうなことはとりあえずなんでもやってみよう。それじゃ、今日はこれでお開きだよ。それじゃあみんな、また明日学校で。」

次の日。僕らは昨日話したことを早速実践してみた。出席表に読み仮名をふって、黒板の横に昨日あった出来事を書く。その他にも、掃除の当番をわかりやすくするためにカードを作った。教室に入ってきた先生はそれを見て、涙ぐみながらお礼を言っていた。

9月に入り、外の景色が赤く色づいてきた頃。僕たちは修学旅行で、京都に来ていた。自由行動ではそれぞれが行きたいところへ行った。美味しいものを食べたり、きれいな景色を背景に写真を撮ったり。そして、宿泊先のホテルに帰るとクラス全員が一つの部屋に集まっていた。

「よし、やっぱりこういうとこで話す話題と言ったら恋バナだよな。」

「まあ、どうせ普段からこの様子じゃあの二人、全然進展なさそうだけどね。」

と、誰かが言った。それに対してほぼ全員がうなずいていると、佳奈が口を開いた。

「えっと、それって私達のことだよね。多分。」

「そうに決まってんだろ、それでどうなんだ。やっと付き合ったか。」

少し言いづらそうにしたあと、佳奈が耳打ちしてきた。

「自由行動のときに悠翔に言われて、その、今はちゃんと付き合ってる、はず。」

思わず大声で叫びそうになった。悠翔のやつ、やっと言ったんだな。あいつだいぶ前から好きだったもんな。よし、佳奈のこと大事にしろよ。そう思っていたら、悠翔が立ち上がってみんなに言い放った。

「何いってんだ、ちゃんと告白して返事もらったぞ。」

「え、いつ。悠翔そこ詳しく。」

「うん、先生も気になる。悠翔くんもっと詳しく教えてくれ。」

「悠翔、それ以上何も言わないで、って先生。なんで先生まで聞き出そうとしてるんですか。」

「いいじゃないか。どうせ、消えちゃうんだし。」

「そういう問題じゃないんですよ。そもそもいつからいたんですか。」

「『よし、やっぱりこういうとこで』のとこから。」

「始めからじゃないですか。」

その後は先生も混じってトランプだったり、恋バナだったり色々なことをやって、気がついたらみんな寝てしまっていた。

僕は夜中に目が覚めてしまい、周りを見渡すと、先生の方が少し明るくなっていた。

「先生、何をやってるんですか。」

「うわっ、春斗か。あぁ、日記に今日あったことを書いてるんだ。それならもし忘れても読み返して何があったのかわかるだろ。ほら。」

そう言って、先生は日記の1ページ目を見せてくれた。そこには、その日の授業日程の他に、僕らが先生と話したこと。その日にあったトラブルなどが事細かに書かれていた。

「先生は、記憶が消えていくのが怖くないんですか。」

「怖いに決まってるさ。でも、君たちを最後まで見届けたいから。せめてそれが終わるまでは教師を続けるよ。さあ、まだ暗いからもう少し寝ていなさい。」

「はい。おやすみなさい、先生。」

それから、何ヶ月か過ぎてとうとう僕らの卒業式がやってきた。その頃にはもう、先生から、クラスのほとんどの人の記憶が消えていた。それでも先生は、僕らの名前を呼び、今までと同じように接してくれた。卒業証書授与。先生は、僕らの名前を次々と言う。そして卒業式が終わった。僕らは教室に戻り最後のホームルームをやっている。先生はまだ教室に来ない。その間に僕らは学級委員を中心に、最後の挨拶を考えていた。

「終わりの挨拶をするときに、今までありがとうございました。って言うから、みんなもそれに続いて、ありがとうございました。って言ってね。」

それから数分後。先生が教室に入ってきた。

「みんな、卒業おめでとう。なんとか卒業まで一緒にいることができて本当に嬉しかった。事故にあってから色々と迷惑をかけてすまん。もう、ほとんどみんなとの記憶は残ってないけど、多分今日の卒業式は最後まで覚えてると思う。最後に先生からみんなに、渡したいものがある。名前を呼ぶから呼ばれた人からもらいに来てくれ。」

そう言うと、先生は廊下から大きなダンボールを持ってきた。次々と名前が呼ばれていく。自席に戻ってくる人の手には一冊の本のようなものがあった。

「春斗。」

僕の名前が呼ばれた。先生から日記を受け取って自席に戻る。先生が渡し終わると、気恥ずかしそうに言った。

「目の前で読まれるのは恥ずかしいから家についてからゆっくり読んでくれ。」

そう言われると余計読みたくなるものだ。しかし、ここで読んで万が一泣いてしまったら恥ずかしい。家に帰ってからゆっくり読もう。佳奈が先生と向かい合い、最後の挨拶をする。

「どうか私達のことを覚えていてください。先生、今まで本当にありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

みんなの声が一つに重なる。先生が僕らのことを忘れませんように。そんな願いを込めて。

「こちらこそ、今までありがとう。みんな元気でな。」

そして僕らの中学校生活は幕を閉じた。

家に帰って先生から渡された日記を開いてみる。

◯月✕日 佳奈から聞いたぞ。春斗たちで企画して先生サポートしてくれたらしいな。ありがとう。

◯月✕日 理科のテスト頑張ったな。苦手な範囲だったはずなのにいつも以上にいい点数取れてたぞ。その調子で模擬テストもがんばれ。

◯月✕日 佳奈と悠翔やっと付き合ったんだな。まさか、修学旅行中に付き合い始めるとは思わなかった。先生の読みではもっとあとだと思ったんだけどなぁ。あの二人のこと見守ってやれよ。春斗にもいつか良い人が見つかればいいな。

そこには、今までの日付とその日あった出来事がびっしり書かれていた。読んでいるうちに段々と視界が滲んでいく。そして最後のページ。

「みんなのお陰で最後まで先生としてみんなを送り出すことができた。今までありがとう。」

先生。僕も最後まで先生の生徒で良かったと思いました。次に会うことができても多分先生は僕らのことを覚えていないと思います。先生の記憶がすべてなくなってしまっても、僕らが覚えている限り先生はずっと消えません。先生、どうかお元気で。

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