僕の目指した夢の先
2020年の春、期待と不安を胸に募らせ臨んだ入学式の日、僕は彼女に出会った。入学式が終わり担任からの連絡事項が告げられ解散指示が出た後、教室の中は新たな仲間との出会いや馴染みの仲間との再会で盛り上がっていた。他人事のように言ってはいるが、僕もそのうちの1人だった。中学が同じだった友人たちと話をし、そんな友人たちと共に馴染んだクラスの中に彼女はいた。僕と同じように友人と話してはいたが、僕は彼女を見た瞬間思わず見惚れてしまった。それほどまでに彼女は美しかった。綺麗、華奢、妖艶、優雅、かわいい、様々な言葉が脳裏をよぎる中、ただ一つ心に残ったのは「美しい」だった。友人と話す所作の一つ一つが、その立ち振る舞いが、その人に見える全てが美しかった。僕は彼女に惚れてしまった。
それから約一年、僕は彼女のことをいつも目で追い続けた。彼女はまさに才色兼備、文武両道を体現したような人物だった。テストでは常に上位に立ち、部活動では一年ながらにして早々にレギュラーを勝ち取っていた。僕もそんな彼女に並べるような人間になろうと頑張った、だが結果はいつも中の上くらいだった。僕はいつも彼女のことを見ていた、だがきっと彼女の眼中には僕なんて微塵も映ってはいないのだろう。彼女と僕では見る景色が違うのだ。
そんな僕にも転機が訪れた。高校2年の夏、生徒会長選挙だ。もちろん彼女は立候補した。そんな彼女に追いつきたくて、僕も後を追うようにして立候補した。僕は彼女に勝ちたくて、彼女の視界に入りたくて、必死に努力した。毎日演説を行い、如何にしてじぶんが掲げた公約を成し遂げるかを具体的に説明した。次第に演説を聞く人は多くなっていった。そして確かな手応えを持って臨んだ選挙当日。僕は初めて、彼女に僅差まで追いつき、そして敗北した。当たり前といえばそうだろう。選挙前から名の知られた彼女に対し、僕は選挙戦で急に現れた新人。知名度で勝てるはずもなかった。それでもなお、彼女に僅差まで追い付けたのは僕の努力の結果だと胸を張って言えるだろう。初めて僕は彼女の視界に入れたのではないだろうか。そう実感した。しかし、この程度で諦めはしなかった。会長がダメなら副会長になろう。少しでも彼女に近づいて認識されたい、そう思った僕は生徒会に入る決意をした。生徒会メンバーはなりたい人がやりたい役職に立候補し、その立候補者の中から会長が選ぶシステムだった。その結果僕は副会長に選ばれた。初めて彼女に認められた、そう思うととても嬉しかった。
それからというもの、僕は副会長として彼女を補佐するように必死に頑張った。彼女もきっとその頑張りを見ていてくれたのだろう、時折彼女がかけてくれる労いの言葉がどんなに難しいことを達成した時よりも嬉しかった。そんな中で僕と彼女との会話は次第に増えていった。最初は事務的な連絡しかしていなかったが次第になんでもない日常的な会話をするようになり、今では友人のような関係になっていた。一年前の僕からは想像もできないようなことが実現できていたのだった。彼女と日常的な会話を繰り返すにつれて、僕はますます彼女のことが好きになっていった。笑った時に見せる笑顔、何気ない会話から見えてくる彼女の素の部分、会長としての責務に真面目に取り組む一生懸命な姿、その全てが僕にとっては美しく見えた。そして生徒会の業務も終わりを迎えた3年生の夏。僕と彼女の関係は大きく進展した。
新しい生徒会が発足し、僕たちの業務の引き継ぎが全て終わった日、僕は彼女を放課後の誰もいない教室に呼び出した。これからきっと僕たちはそれぞれ別の道に進むことになるだろう。だからこそ、この高校三年生の短い間だけでも僕と彼女は特別な関係でいたかった。その日、僕は思い切って彼女に告白した。
最初こそ困惑したような表情を浮かべた彼女だったが、次第に笑顔になっていき最後には笑いながらOKをしてくれた。晴れて僕たちは恋人になったのだ。
その後、彼女から聞いた話は恥ずかしいものだった。なんと彼女は僕の好意に気づいていたのだった。生徒会として話している中でなんとなくそんな雰囲気を感じていたそうだ。だからこそ、何ヶ月も告白してこないことを焦ったく思っていたのだという。だからこそ、今日呼び出された時もどうせ告白はしてこないだろうとたかを括っていたのだという。
僕と彼女の恋人生活は非常に充実したものだった。付き合ったのが夏休み前ということもあって様々なイベントがあった。
互いの家で勉強会をした。僕は彼女よりは勉強ができなかったから彼女に教えてもらうことがほとんどだったけど、それでも彼女と共に時間を過ごせた。それだけでとても有意義な時間だったと思う。
彼女と一緒に流行りの映画を見に行った。彼女とシェアするポップコーンはいつもの何倍も美味しく感じたし、映画もいつもよりもものすごく楽しめた。その後2人で感想を話し合っている時は友人とは話すのとはまた別の充足感を僕に与えてくれた。
彼女とショッピングに行った。今度彼女と一緒に行くプールで着る水着を買うためだ。正直女性用の水着コーナーは僕1人で待っている時は恥ずかしかったが、彼女の水着姿を見た瞬間にどうでもいいと思えた。
彼女とプールに行った。彼女の水着姿はとても美しかった。ただ、見ず知らずの他人に彼女の水着姿を見られるのはモヤモヤしたが、そこをグッと堪えて一緒にプールを楽しんだ。疲れて帰った後は2人で寝るまで通話をした。その日はとっても満たされた気持ちになりぐっすりと眠ることができた。
夏休みが明け二学期、ここからは2人で心機一転一気に受験勉強へと取り組んだ。僕は地元の公立校を志望したがだったが、彼女は県外の大学を志望していた。目指す進路が違う分、すべき勉強が違うのは当たり前のことだった。だが、共通テストなど2人で勉強できる部分は2人で切磋琢磨し頑張った。そのおかげで、11月の模試では2人とも志望校にB判定が出るまでになった。
冬。世間はクリスマスで賑わっていた。正直僕もその波に乗って彼女と一緒にクリスマスを祝いたかった。だが、それ以上に僕たちは受験生だ。結局クリスマスイブもクリスマス当日も彼女と僕は勉強漬けだった。でも帰り道に別れる時に互いにプレゼントを交換したときは少しだけ恋人である特権を味わえたような気がした。
程なくして年が明け、正月がやってきた。初詣は彼女と一緒に地元の神社に行き、そしてそのまま共に自習室へと向かった。
そして遂にやってきた共通テスト本番。僕と彼女は互いに激励の言葉を交わし試験へと臨んだ。一日目の試験が終わり、僕は確かな手応えを感じていた。急いで彼女の元へ駆け寄ると、彼女も満足そうな顔をして手応えがあったことを伝えてくれた。二日目もこの調子で行けると思っていた。しかし二日目の試験の最中、僕は猛烈な腹痛に襲われていた。意識も朦朧とする中テストを終わらせたその時だった、見直し作業をしようと思った瞬間、緊張の糸が切れてしまったのか僕はそのまま気絶してしまった。起きた時にはもう夕方だった。幸いにも最後の試験を解き終わった後だったので見返しができなかったことを後悔しながらも全て解き終わったことから来る安堵を噛み締めていた。養護の先生が言うにはストレス性の腹痛なのでこれからしばらく腹痛は続くだろうが命に別状はないそうだ。その日僕は家に帰ってから自己採点を行わずすぐ眠りについた。翌朝、起きてスマホを見てみると彼女からものすごい量の着信が来ていた。ただ一言大丈夫だと伝えたくて僕は彼女に電話をかけた。彼女はすぐ出てくれた。繋がってすぐ、僕が声を発するよりも早く彼女が心配そうな声で僕の体調を気遣ってくれた。僕は現状を簡単に説明しながら、大丈夫であることを告げた。彼女から安堵のため息が漏れる。その後僕は彼女と通話をしながら自己採点を行った。結果は上々だった。これなら自分の志望している大学に問題なく志願できる。彼女の方も余裕だったそうだ。
それから間も無く二次試験に向けての追い込みが始まった。彼女とは志望している大学が違うから互いに会う時間は減ったけど、それでも夜寝る前にはメッセージでやり取りし、交流を続けていった。
そして二次試験当日。彼女はすでに大学の二次試験を受けるために県外のホテルに泊まっていたが朝、わざわざ電話をかけてくれた。とてもやる気が出た。その日はベストパフォーマンスが出せたと思う。自己採点の結果も良く、後は結果を待つだけだった。
その翌日、今度は彼女が二次試験の日だった。僕は彼女を応援するため彼女のいる県まで駆けつけた。彼女ならきっと受かるだろう、そう思い彼女を見送った。しかし帰ってきた彼女は元気がなかった。話を聞けばあまり手応えを感じられなかったのだという。一緒に自己採点をすると、確かに合格の目安となる点数ギリギリだった。それでも終わったことは仕方ない。僕ら2人は共に結果を待った。
合格発表当日、僕は心臓が破裂しそうなほど緊張していた。そして彼女と一緒に結果を見に行った。結果は・・・合格だった!その日は彼女に選挙で僅差をとった日に次いで嬉しかった。これで僕の努力は報われたのだ。
今度は彼女の発表当日。僕はまるで自分のことかのように緊張しながら共に掲示板へ向かった。結果は・・・合格!こちらもまさに自分のことかのように喜んだ。
時は過ぎ卒業式、僕らは皆それぞれの道を決め歩み出した。ある者は就職を、ある者は高みを目指すため大学へ、あるものはスキルを磨くため専門学校へ、あるものはより自分を極めるため浪人、それぞれが決断を下しそれぞれの道へと向かっていくその日、僕は再び彼女を呼び出した。彼女は少し困惑しながらも約束の場所へと来てくれた。これは僕を信じて共に歩んできてくれた彼女へのケジメだ。そう覚悟を決めた僕は彼女に告げる。結婚を前提としたお付き合いを。これまではあくまでも学生としての交際だった。だが彼女との日々を歩んでいく中で、いつしか僕はこの決断をしようと決めていたのだ。彼女はまた、驚いたような表情を浮かべたが、少しして頷いてくれた。僕は彼女に大学を卒業したら絶対に迎えに行くことを約束した。
別れの日、彼女は未来への期待と不安を胸に旅立った。そして僕も新たな道を歩み始めた。彼女を迎えに行くその日のために。
あとがき
みなさんお久しぶりです。新作はどうでしたでしょうか?いつものように自分なりのルールに従って書いていきましたが思った以上に筆が進んで自分でも驚いています。さて、彼らがどんな未来へ辿り着くのか、そこは未知数ではありますが、きっと素晴らしい未来へ辿り着いてくれると信じましょう。
最後に彼らにもこの言葉を送りましょう。彼らの人生に幸多からんことを