欠損奴隷を治して売ったら金儲けできると思った最強ヒーラーだけど、治した奴隷が可愛いすぎて困っている
2022年11月29日現在こちらの作品の連載版を執筆しております。
それに関しまして話の内容が変わった部分もございますが、こちらを読んで面白いと思ってくださった方にも満足していただけるような話にするつもりです。
連載が始まった際にはよろしくお願いします。
「勇者ハイド万歳!勇者パーティ万歳!」
そんな賞賛を馬車の上で受けながら、これからどうするか考えていた。白いローブまで頭にすっぽりと被っている俺に対して、街道からミステリアスで素敵とか言ってる声が聞こえてくる。
俺、赤坂裕理は地球から召喚された日本人だ。二十五にもなって定職にもつかずにフラフラしていた俺は、夕飯の卵かけご飯を掻き込んでいる最中に異世界へと召喚された。
おお!成功したか!なんてテンプレをかましてる王様から説明を受けた後、尻を叩かれるように魔王討伐へと駆り出された。
「僕はハイド。よろしくねユーリ!」
一つテンプレと違ったのは勇者は別にいて、俺は回復役だったことだ。これで勇者が嫌な奴だったら途中でトンズラかまそうかと思ったけど、ハイドはびっくりするくらい良い奴だった。
仕方ないからいっちょ頑張るかと勇者ご一行に加わったんだが、俺の回復がまぁ凄いこと。傷が治るのは当たり前で、片腕になった兵士を見つけた時に試しにヒールをかけてみたら、ニョキニョキと腕が生えてきた。
そのお陰で一人も欠けずにあっさり魔王討伐を果たした。ただ一つ誤算だったのが女戦士も女魔法使いもハイドにゾッコンだったことだな。くそが!
「ありがとう!ユーリがいなければ魔王を倒すことは出来なかった!でも本当に行ってしまうのかい?僕としては城の魔道士として支えてくれたら嬉しいんだけど」
「誘ってくれるのはありがたいよ。でもごめんな。俺の魔法を必要とする人は世界に沢山いるはずなんだ。だから俺はそんな人達を助けたい」
「ユーリ……。分かった!もう引き止めたりしないよ!君には君の大義があるんだ。でも僕たちはいつまでも親友だから!助けが欲しければいつでも呼んでくれ。君がどこにいようとも絶対に助けに向かう」
嘘です。本当はお前がこの国の姫を含めた三人と結婚するのが悔しいだけです。王様になったハイドがイチャイチャしてるのを見ながら働くなんて考えられないね!
「あー。これからどうすっかなー」
いつまでも手を振り続けるハイドに見送られた俺は、あてもなくぶらぶら歩いていた。勇者ご一行の時はフードで隠していたから、こんな風に顔を出しながら歩いたって誰からも指をさされない。
「……くそ。なに寂しくなってんだよ」
ハイドは俺が異世界に召喚されてから、何ヶ月も一緒にいた相手だ。まぁだからって別れた途端に寂しくなるなんて情けないったらない。
「つーか金がねえ」
式典や結婚式やらと面倒ごとに出たくないと飛び出してきたせいで、報奨金を貰い損ねた。かといって今更貰いに戻るのもクソダサいし。
「ひい。ふう。みい。全部で銀貨八枚か。やべえな。なんか仕事探さねーと」
日本円にして八万円ほど。明日明後日で無くなるもんじゃねえが、早めに金を得る手段を見つけないと野垂れ死ぬ。
とはいっても教会なんかに就職したら勇者ご一行様だってすぐバレる。なんせ腕を生やせる白魔道士なんて他に存在しないからな。それなら手を抜いて回復すりゃいいかと思ったが、そのせいで患者に死なれたら目覚めが悪い。
「やっぱ金受け取りに戻るか?いやでも万が一ハイドに見つかったら、やっぱり手伝ってくれるんだねとか言われて、ズルズル就職ルートに引き摺り込まれそうだ。……ん?なんだあの人だかりは」
遠くに見えた人だかりが気になった俺は、金がないという問題をそこら辺に置いといて、そっちに向かうことにした。
「あぁ。奴隷商館か。おいあんた。皆してここでなにやってんだ?」
「あ?なんだ珍しい髪の色の兄ちゃんだな。今からこの商館でセールをやるんだってよ。勇者様達が魔王を倒した記念だっていってな」
「そうなのか。教えてくれてありがとな」
「いいってことよ。兄ちゃんもなんか掘り出し物ありゃいいな」
気になった俺はセールとやらを見物するが、なるほどこれはセールとかこつけた処分市だな?見目麗しい女性なんて出てくることなく、見目汚らしいおっさんや枯れ枝みてえな婆さんばかり登場しやがる。
値段も銀貨三十枚とかで人に付く値段にしちゃあ安いが、だとしてもあんなのが欲しいもんかね?なんて思っちゃいたが物好きはいるもんだな。誰一人残らず買われていったわ。
「さぁ!これが最後の商品となります!これは目玉も大目玉!なんと齢十四の生娘でございます!値段は金貨一枚から!」
いや、そんなのがなんでここで売られるんだ?それに若い女がたったの百万くらいなんて。どう考えても高値が付くもんだろ。周りの奴らも目の色変えて歓声上げてやがる。
「あー。そういうことか。趣味わりーな」
出てきた女を見てすぐに理由は分かった。顔は抉られたように潰れて無事なパーツなんて一つもありゃしない。まともな飯を貰えなかったのか、ガリガリの体は色気なんてあったもんじゃないし、髪は栄養失調のせいかまばらに抜け落ちている。片腕もない上に足を悪くしてるのかヒョコヒョコと歩く姿は哀れだ。
「とは言ってもそこまで悲鳴をあげることないだろうよ」
さっきまで興奮に顔を赤くしていた奴らが、顔を真っ青にして悲鳴を上げて逃げていってる。王国でのうのうと暮らしてる奴らだ。魔物に襲われてズタボロになる奴を見たことがないんだろうな。
「待って!待ってください!それなら銀貨九十!いや、銀貨五十でどうでしょう!くそっ!それなら銀貨二十五で!」
驚きの速さで下落していく値段にも耳を貸さずに観客達は帰っていく。後に残されたのは所在なさげに立ち尽くす少女と頭を掻きむしる奴隷商。そしてそれを遠巻きに見ている俺くらいのもんだった。
「あー!くそ!勢いで売れると思ったのにまた残りやがったな!いつまでも売れ残りやがって!こんなやつ引き取らなきゃよかった!」
辛うじて耳は聞こえるんだろう。悲しそうに少女は顔を俯かせてる。しかしもったいねえな。欠損は酷いとはいえ女の子なのに小汚ねえおっさんより安いなんて。顔とかが無事ならきっとすげえ高値が付くんだろうなー。……いや待てよ?
その瞬間俺の脳みそに電気が走った。これは金になると。おっさんで銀貨三十なら、どんなに器量が悪くても若い女なら金貨にはなるんじゃねーかと。つまりあの子を買って、俺が治して売れば大儲けだ。
俺は金が手に入ってよし。少女は体が治ってよし。奴隷商は売れ残りがはけてよし。おいおい皆ハッピーじゃねえか。
「おいおっさん。困ってるみたいだな。だからその子を銀貨一枚で買ってやるよ」
「いえいえ。この子はこんな見た目ですが若い女です。せめて銀貨十枚でお願いします」
その後はお互い数字を言い合って、最終的に銀貨五枚で買うことになった。人が五万で買えるなんて嫌な世界だよほんと。
少女に話しかけたが返事は帰ってこない。ただ口は動かしてるから、きっと喉がやられてるんだろう。前が見えないだろうから手を引いて歩いてやる。申し訳なさそうに俯く姿に少しだけ胸が痛んだ。
「お前は悪くねえよ。だからもう責めんな」
誰に言ったわけでもない言葉を呟いた俺の耳に、すんすんと鼻を啜る音が聞こえてくる。参ったな。女の涙には弱いんだ。
宿を取った俺は少女を椅子に座らせた。予めその目をタオルで縛っておく。ずっと暗闇の中で生きてきたんだ。久しぶりに光を見たら目に悪いからな。
「よし。俺からお前に命じるのはたった一つだけだ。これからやることを絶対誰にも話すな。約束できるか?」
コクリと頷いてくれたし早速やるとしますかね。
「ヒール」
はは。我ながらすげえもんだ。失った部分が時を戻すように生えてきやがる。そこで俺は違和感を覚えた。違和感というかなんというか……要するにこの子めちゃくちゃ可愛くねえか?
まばらに生えていた髪は西洋人形のような輝く長い金髪に生まれ変わって。栄養失調のせいでカサカサだった肌は白磁のようにシミひとつない。鼻はツンと尖って、唇はプルプルの淡いピンク色だ。待て。落ち着け。まだ目を見てないじゃねえか。
「タオル外すぞ?」
まだ自分が治ったことが分かってないんだろう。返事ではなくコクリと頷くことで了承してくれた。それなら遠慮なく取らせて貰うと、俺は自分の目を疑った。
「あ、あれ?なんで、私見えて、それに声も出てる。あ、う、うっ。ぐすっ。うぇぇぇぇぇぇぇ」
空みたいな真っ青な瞳はサファイアみてえだ。それなら溢れる雫はダイヤモンドか?見たことないくらい綺麗な少女に、俺はしばらく固まっちまった。
「どうだ?泣き止んだか?」
「ぐすっ。はい」
固まる俺と泣き止まない少女。先に動き出したのは俺の方だった。おっかなびっくり頭を撫でてみると、極上の絹糸みたいな手触りをしていた。しばらくその感触を楽しんでいると、安心したのか泣き声は小さくなる。
「貴方が私のご主人様ですか?ご主人様が私を治してくれたんですか?」
「あー。まぁそういうことになるか。俺はユーリだ。お前の名前は?」
「私はシンシアと申します。ご主人様、治してくれてありがとうございました。私ずっと怖くて。真っ暗で。皆冷たくて。このまま死んじゃえばいいのにって思うのに、死ぬのが怖くて」
「もういい。大丈夫だから」
「ぐすっ。はい。だからご主人様が買うって言ってくれて嬉しかったんです。私を必要としてくれる人が、まだいたんだなって思って。それだけじゃなくてこうして治してくれて。お願いです。一生私の側にいてください」
やっべぇ。早くも俺の目論見が崩れたかもしれねぇ。背中を滝のように汗が流れ落ちてるのが分かる。シンシアは俺のことを雛鳥が親鳥を慕うような目で見ていた。そのキラキラとした蒼い瞳は、俺が奴隷商に売りに行こうとした時にドス黒くなるんだろう。
「アハハ。モチロンダヨ」
ダメだ。言えねえ。俺の日本人な部分が空気を読んで肯定しやがった。そんな言葉にシンシアはパァッと顔を輝かせると、俺の胴に抱きついてグリグリと頭を擦り付けてくる。
まぁこいつも今まで散々苦労しただろうしな。立ち直るまでの少し間だけなら一緒にいてやるのもありか。二人の生活が成り立たなくなるくらい金が無くなったら、そん時は売るしかないだろうけどな。そんなことを思いながら、シンシアの頭を撫でてやった。
「んみゅ。気持ちいいです。もっと撫でてくだしゃい」
「おっと。おねむにでもなったか」
体を治すってのは体力がいるもんだ。気持ちよさそうに撫でられていたシンシアだったが、眠たそうに目がとろーんとしてきた。呂律も回ってないしベッドに寝かせてやるかね。
お姫様抱っこでベッドに寝かせるとシンシアはすぐに寝息を立てはじめた。にしても軽いなこいつ。しっかり飯を食わせて健康的にさせて高く売れるようにするか。部屋を出た俺は馴染みの商店へと向かった。
「おや。ユーリじゃないか。今王城で式典やってるんだろ?なのにこんなとこほっつき歩いてなにしてるんだい?」
数は少ないが俺のことを知っている人間は存在してる。このヒースリー商会を経営してるヒースリー婆さんもその一人だ。
「いや。俺は魔王を倒した時点でお役御免だと思ってな。ハイドに城勤めを勧められても嫌だし逃げ出してきた」
「相変わらずのへそ曲がりだね。にしたってなんでうちに来たんだ?」
「奴隷の子どもを買ったんだがガリガリで今にも死にそうでな。なんか食わせてやりたいんだが、生憎と金がない。そこで前みたいに婆さんから食材貰おうと思ってよ」
昔ここを偶然通りかかった俺は腰を痛めて困っている婆さんを目撃した。そのまま素通りするのもなんだと思ってヒールをかけたら、婆さんに感謝されて食えないくらいの食べ物を分けてもらったことがあった。今回もそれを狙ったって訳だ。
「なんだそういうことかい。たかられてるような気もするが、ユーリの回復はよく効くからね。最近腰が痛くて困ってたし丁度いいさね」
「さすが婆さん話が分かるな。毎度あり」
こうしてヒール一回で持ちきれないくらいの食材を分けてもらった俺は、えっちらおっちらと汗だくになりながら部屋に運んだ。
そして部屋に入った俺が目撃したのは、暗い部屋で地べたに女の子座りで座って、どこから取り出したのか包丁を見つめるシンシアの姿だった。
「おまっ!何やってんだ!」
シンシアが包丁を逆手に持って首元に持っていくのを見た俺は、食材を放り投げて慌ててシンシアの元へと走った。そしてシンシアが首に包丁を突き刺すのを、手を挟み込むことで止めることに成功する。
「あれ?ご主人様がいる。でもこれは私が見てる幻覚ね。だって私はご主人様に捨てられたんだもの。でも最後に幸せな幻覚が見れて良かった」
おい!完全にレイプ目になってるじゃねえか!たかが三十分目を離しただけでえらい変わりようだな!
「落ち着け。俺はここにいるから。シンシアを一人にして消えるわけないだろう?」
丹念に頭を撫でる。頼むシンシア帰ってきてくれ。頭から頬に手を動かして優しく輪郭をなぞる。涙の跡を拭うように目の下に触れた頃、やっとシンシアに反応があった。
「ご主人様本物?本物なの?良かった!捨てられてなかった!ご主人様ご主人様ご主人様!もうどこにもいかないで。シンシアを一人にしないで」
瞳のハイライトが戻ってきたと思ったら俺に抱きついて大泣きしながらそう懇願していた。参ったな。シンシアのヤンデレっぷりもそうだが、そろそろ痛みを我慢するのが限界だ。
「え。嘘。ご主人様どうして?そうだ。私が刺したんだ」
「大丈夫。シンシアは悪くないから」
包丁の柄を握って一気に引き抜く。気絶しそうなくらい痛いがヒールを唱えるとすぐに傷は塞がった。相変わらずのチートっぷりだが、手が血まみれだし早く洗いたい。そう考える俺の手をシンシアの小さな手が掴んだ。
「待て。それはダメだシンシア」
俺の血まみれの手をシンシアが舐め始めた。小さな舌を精一杯伸ばして傷口を慈しむように舐めていく。
「んれろ。私が刺したんですから。ぺろっ。もう治っちゃったけど。んちゅ。綺麗にはさせてください」
口の周りを血で汚しながら、恍惚の表情で手を舐め続けるシンシアはめちゃくちゃエロかった。上目遣いで見せつけるように舌を出し、舐めた血を嚥下した白い喉がこくりと鳴る。
暗い部屋でぴちゃぴちゃと音を鳴らして、時折酸素を吸うように喘ぐシンシアの声が響く様子は、側から見たら男女の情事をしてるようにしか見えないだろう。
「はい。綺麗になりました」
シンシアが涎まみれになった手を離してくれた後も、俺はしばらく動けずにいた。十四歳の少女が出していい色気じゃないだろ。それにとびっきりの美少女が。
そんな呆然とする俺の顔をシンシアは抱き寄せ耳元でこう囁く。
「別の場所も舐めましょうか?私はご主人様になら、なにをされても喜んで受け入れますよ?」
小悪魔のような囁きに頭が沸騰した俺は、急に体の自由が効かなくなって後ろに倒れ込む。手から血を流しすぎたんだと気付いた頃には意識を失った。
◇◇◇
トントントン。そんなリズミカルな音に目を覚ました。音の方を見ると包丁でなにかを切るシンシアの後ろ姿が見えた。ポニーテールか。分かってるじゃねえか。鼻歌でも口ずさんでるのか、ご機嫌に揺れる体に合わせてポニーテールもゆらゆらと揺れている。
「あ、ご主人様起きましたか?もうすぐご飯の支度が出来ますよ」
どうやらシンシアは俺が気絶している間に、ほっぽり出した食材を使って料理をしてくれたみたいだ。テーブルに着くと美味そうな豚の生姜焼きが出てきた。キャベツの千切りに山盛りのご飯も添えてある。
「いただきます。うまっ!シンシアお前やるな!めちゃくちゃ料理上手じゃねえか」
生姜焼きの濃いめの味付けでご飯が進むこと進むこと。
「えへへ。お口にあってなによりです」
ニコニコとはにかんで食べている俺を嬉しそうに見ているシンシアは、先程のヤンデレな雰囲気を微塵も感じさせないほど清楚で可憐な少女だった。
手料理を食べながら、シンシアのことを考えてみる。ヤンデレの気はあるが、可愛くて、料理ができて、俺に依存している。最後のは良くないかもしれないが、愛されてると思えば悪くはないな。
え。シンシアめっちゃ彼女にしたい子じゃん。それなのに俺は売るのか?こんなに可愛くなったんだ、きっと中年変態貴族にでも買われて、ドチャクソエロいことされるんだ。それを俺は耐えられるのか?NTRは脳を破壊するんだぞ。
でもなぁ。二人で暮らすにはとにかく金がないんだよなぁ。稼ごうにも手持ちが銀貨三枚を切った今、早急に金が必要だ。そんなことを考えていると遠くから爆発音が聞こえた。
「うおっ。なんだ!?」
窓から見ると遠くに煙が立ち上っているのが見えた。あれは城の方じゃねえか!なにがあったんだ?ハイド達は無事なのか!?
「何かあったんでしょうか?」
今すぐにでも城まだ駆け出したいがシンシアのことが心配だ。買い物に行った数十分の間に命を絶とうとするくらいだから、時間をかけたらどうなるか分からない。ただハイドも俺にとっては大切なダチだからな。どうするか悩みに悩んで決めた。
「シンシア」
「なんでしょっ!?」
俺はシンシアの唇を奪った。突然のことに目を白黒とさせているシンシアの頭を優しく撫でながら、念入りに唇を合わせる。初めは驚いていたシンシアも、途中からうっとりした表情で夢中になってキスを楽しんでいた。
「俺はこれから爆発が聞こえた方に行ってくる。少し時間がかかるかもしれないが、必ずここに帰ってくるから。だから俺を信じて待っていてくれ。シンシアは俺のものだ。他の誰にも渡さない。俺のことを待っていてくれるか?」
「ふぁい」
少しとろけすぎている気もするがいいだろう。もう一度軽くキスをして、白ローブを着た俺は王城へと走り出した。これで帰ってきたら血の海の中にシンシアが倒れてたとかあったら、絶対恨んでやるから今は無事でいろよハイド!
城に着くと戦ったのだろう。無数の兵士たちが倒れていた。
「エリアヒール!」
回復を広範囲にかけると兵士たちが目を覚ます。良かった、誰も死んでないみたいだ。
「う。ここは?そうだ!魔王軍の残党が攻めてきて!って聖者様!?」
どうも聖者です。なんて軽口を叩けたら良かったんだがな。大体の事情は分かったから城へと駆け出す。
「エリアヒール!エリアヒール!エリアヒール!」
倒れてるやつを見かけたら片っ端から叩き起こして先に向かう。エリアヒールは並の術師なら一回で目を回すくらいの魔力を食う呪文だ。しかし俺は少し息の上がる程度で済む。チート万歳というところだが、その代わり俺は攻撃魔法が使えなかった。
そして俺はこの世界で最初に呼ばれた場所、謁見の間へと辿り着いた。扉を開けるとハイドと魔族の男が対峙していた。その周りには女戦士や女魔法使いが倒れている。血まみれになったハイドが何とか庇いながら戦っているが、その代償に自分の身を守りきれずに魔族の攻撃を受けていた。
「さすが勇者と言いたいですが、流石に守りながらでは分が悪いようですね。魔王様の仇は、この魔王軍参謀のディアドラが取らせていただきます。これで終わりです!」
「させっかよ!ヒール!」
「なっ!貴様は勇者パーティの!」
「ユーリ!?来てくれたんだね!」
「待たせたなハイド」
あぶねぇ。血溜まりに足を滑らせて体勢を崩したハイドに、ディアドラと名乗った魔族が剣を突き刺す所だった。ヒールを受けたハイドは剣を受け止めると、俺を見てパッと表情を輝かせている。きっと俺が助けに来るって信じて戦ってたんだろうな。そんな真っ直ぐなハイドといると、俺も柄じゃないようなことを言っちまうんだ。
「エリアヒール!とりあえず周りの奴らは回復させといた。じきに目を覚ますだろ。だから俺たちはあいつの相手をしておけばいい」
「相変わらず頼りになるなぁ。ユーリがいれば僕も思う存分やれる!」
聖剣ルーラシアを片手に駆け出したハイドをディアドラは迎え撃つ。勇者の攻撃をしっかりと防ぐ技量は流石といえるな。ただ悪い。こっちは二人なんだわ。
「ハイド!あれやるぞ!」
「分かった!」
皆まで言わなくてもいい。阿吽の呼吸でハイドは少し下がって俺への射線を通してくれる。
「ライト!」
「何かと思えば苦し紛れですか!こんなものでどうすると!」
俺が繰り出したのはライトだ。周りを照らす程度の生活魔法に分類される代物でしかない。だからだろうな。初見の奴は皆侮ってくれるんだ。
シュバンッ!
「なっ!?目が!」
ふわふわと飛んだ光の球は、ディアドラの目の前で小さく収縮して爆発した。即席のスタングレネードの完成だ。
こんな大事な局面でただのライトを撃つわけないだろ。ましてやこんなチートを持った俺が撃つライトが普通な訳がない。軍師なら警戒しろっつーの。
「ぐふっ。魔王様、申し訳ありません」
ディアドラの左胸をハイドが貫いた。聖剣に貫かれた魔族は死体を残さない。灰のように崩れ落ちたディアドラは風に飛ばされていく。
「はぁ。疲れた」
勇者パーティの物語は終わったってのにとんだ残業だ。まぁハイドも周りも死ななかったしいいか。
「ユーリ!ありがとう!君のおかげで助かったよ!」
「間一髪で間に合ってほんと良かったわ」
あー。安心したら思い出した。俺金集めなきゃいけないんだった。ほんとどうすっかな。シンシア手放すの惜しくなったし。
「はい、これ」
そんな頭を悩ます俺にハイドがアイテムボックスから皮袋を取り出した。受け取るとずっしりと重くて、なにやらジャラジャラと聞こえてくる。
「ユーリがそんな顔してる時はお金に困ってる時でしょ?魔王討伐の報奨金だよ。きっちり金貨百枚!」
「マジか!助かった!取っといてくれたんだな!」
これで悩みは全部解決だ!金があれば全て解決ってのは本当だな!
「ユーリ。本当にありがとう。君が助けてくれたおかげで、大切な者を失わずに済んだ」
「嫁さん達大事にしろよ?結婚式は行かないけどな」
「はは。冷たいなぁ。もしまた僕に危機が訪れた時は助けてくれるかい?」
「何言ってんだ。親友は駆けつけるもんなんだろ?」
はぁ。本当に柄にもないな。
◇◇◇
「やっべ。結構遅くなっちまった」
ハイドを救ってなるべく早く戻ったつもりだったが、気がつけば日は落ちてすっかり暗くなっていた。宿の扉を開けると部屋は真っ暗だ。
これマジでバッドエンドあり得るんじゃね?祈る気持ちで部屋の明かりを付けた。
「シンシア……」
疲れていたんだろう。シンシアは椅子に座ったまま眠っていた。テーブルには鶏の唐揚げが置かれている。先に食べててもいいのにシンシアは自分の分に一切手をつけていない。きっと椅子に座って俺を待っていたんだな。
「ご主人様?お帰りになりましたか?」
物音に目を覚ましたシンシアを俺は強く抱きしめる。
「ただいまシンシア。ご飯作ってくれたんだな」
「はいっ。きっとお腹を空かせて帰ってくるだろうなって思ったので。でも冷めちゃいましたね。温めましょうか」
「このままで大丈夫だよ。美味しそうだ」
日本じゃ負け組だった俺のことをご飯を作って待ってくれる女の子がいる。最高の人生じゃないか。
「美味しいよ」
「えへへ。良かった。」
「なぁシンシア」
「なんですか?ご主人様」
「これからもよろしくな」
「はいっ!」
最初はクソみたいな理由で買ったシンシアだったけど、これだけは言わせてほしい。うちの奴隷可愛すぎるだろ!