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不死鳥の唐揚げはレモンをかけるな

作者: ゆずあめ


「だぁかぁらぁ! 不死鳥の唐揚げはレモンをかけるなっつってんだろぉ? 折角の旨みが消えるだろうが!」


 居酒屋のカウンター席。ジョッキを呷った男が言う。

 隣に座る女の前には、レモン汁がかけられ、衣が少し湿った人気メニュー『不死鳥の唐揚げ』が鎮座している。

 2人の職は“間引き屋”。突如としてこの世界に現れようになった、モンスターを間引く人間だ。


「先輩はぁ......そうやってぇ、人の好みにケチつけるのが良くないんですよぉ! だからぁ、顔は良いのにモテないんですぅ」


「誰もモテるモテないの話はしてない。ねぇやめて?」


「......へっ、顔だけは良い男。顔だけ野郎」


「言って良いことと悪いことがあるだろ後輩ッ!」


「しらな〜い。ふひっ」


 金曜日の昼下がり。いつものように小さなモンスター、ゴブリンやスライムを間引いた2人は、行きつけの居酒屋で労い合う。

 日本の間引き屋トップの2人がこの店で飲んだくれているのは、常連客と店員の秘密だ。


 そんな2人は今日、普段より多く飲んでいた。


「はぁ。子供が3人、大人が5人」


「なんだ、思い詰めてんのか。ありゃしゃーないだろ」


「でもですよ。もう少し早く到着していれば、最低でも2人は助けられました」


 後輩の溜め息には、今日の間引きに間に合わなかったショックがこもっていた。

 午前10時4分。モンスターに襲われると通報が入ってから3分で到着したのにも関わらず、3体のゴブリンが人間8人を撲殺した。


 ゴブリンとは、緑色の肌をした小学生くらいの身長のモンスターで、こちらの世界に来る時は硬い木の棍棒を持っている。

 この世界では食物連鎖の頂点に立つ人間でも、どこかの世界からやってくるゴブリンにとっては、ただの肉でしかない。


 そんな市民を守るために、間引き屋がいる。


「俺たちぁカミサマじゃねぇ。いくら両手で水を掬おうと、指の隙間から零れ落ちんだよ。完全こそ不完全。今日間に合わなかった1件を、次に繋げるしかねぇ」


「でも......」


「でももクソもねぇ。この仕事は人の役に立つ。この力は人を守れる。俺たち“スキル持ち”は、そうやって社会に貢献すんだろうが」


 後輩の頭を撫で回し、新たにビールを飲み干す先輩。

 この世界にヒビが入った頃、人間にスキルが与えられた。それは物理法則をも無視して世界に干渉する、不思議な力。

 人間はその力を使い、モンスターと戦っている。


 2人は特別強いスキルを授かったわけではないが、スキルの使い方が並外れて上手く、日本最高の間引き屋と言われている。


 そんな2人でも、心はただの人間だ。


「ほら、飲め。酒に溺れろとは言わんが、今日のことは酒で飲み込め」


「......はい! ってこれ、水じゃないですか!」


「ぶははは! 薬は水で飲むのが常識なんだよ!」


「もう!......ありがとうございます」


 毒は使い方次第では薬になる。

 後輩は冷えた水で喉を潤すと、火傷しない程度に冷めた唐揚げに手を付けた。

 ザクっと良い音を立てて齧られた肉から、高級鶏でも真似出来ない上品な旨みが溢れ出す。


 レモンの酸味が油のしつこさをサッパリと流し、喉を通る。そしてジョッキのビールでググッと押し込む。


「ぷはぁ! 最高っ!!」


 この日は先輩の奢りで幕を閉じた。

 会計はなんと、156,000円である。






 翌週、また2人は居酒屋に現れた。

 こちらの居酒屋『バッカスの庭』では、ビール以外にも焼酎やワイン、日本酒など、様々な酒を取り扱っている。

 今日の2人はスーツに身を包み、いつものカウンターに座っている。


「......式典か?」


 珍しくワインを頼んだ2人に、店主が聞いた。


「オヤジ、鋭いな。コイツが昇進したんだよ」


「えへへ、先輩の一個下の階級に上がりました!」


「よかったな。これは祝いだ」


 狐の面を着けた店主が、後輩の前にユッケを出した。

 これは10年に一度しか流通しない、100グラム3,000万円の高級肉。ドラゴンの肉だ。


 ルビーの様な赤く透き通った肉に、食欲を唆るごま油の香り。ほんの少しにけ振られた岩塩と黒胡椒、そしてこれまた1つ2,500万円で落札されるほどの卵黄、不死鳥の卵だ。


 レベル1の勇者に最強装備を授けるが如く、背徳的でバカみたいな金が動くユッケを前に、後輩は固まった。


「こ、ここ、こ、これ......や、やば、やばい」


「オヤジ......流石に俺も」


「俺からのサービスだ」


「でもよ......」


「フッ、活躍は知ってるぜ。今までアンタらに何人の命が救われたと思ってる。この程度、安いもんだ」


 2人は店主の顔を見たことがないが、ハッキリと分かる。今の彼は、笑顔であると。普段表情ひとつ見せない彼の笑顔に、2人は深く礼をした。


 そして、赤茶色の箸がスっとユッケに入る。


「先輩、見て......お肉が透けてる......!」


「本当に宝石みたいだな」



「い、いただきまウマァァァァ!!!!!」



 肉の1番美味い食べ方は生。寄生虫など一切存在しないドラゴンの肉を、店主が思う1番美味しい食べ方で口にした瞬間、この世の物と思えない優しい、されど強烈な旨みが体を支配した。


 とろりとうなだれる小さな宝石は、舌に乗せた途端に蒸発する。その柔らかさと内包する旨みは、爆弾と呼ぶには弱すぎるほどに。


「よかったな!」


「はい!......先輩も1口、どうぞ」


「いや、悪いな。これはお前のモンだ」


「いいえ。私がここまで来られたのは先輩が居たからです。先輩と一緒に味わいたい、そう思ってるんです」


「......じゃあ、1口だけ」


 後輩の説得に応じ、1口だけ箸で掬い、口に運ぶ。

 刹那、口内でドラゴンが火を吹き、不死鳥が降臨した。



「あ、あぁ、そうか......俺はここで............」



「死なないでください! 先輩!」


「ッハァ! ここは誰? 私はどこ?」


「あなたは後輩。ここはバッカスです」


「サラッと嘘つくな後輩」


「てへっ」


 あまりの旨みに天に召されかけた先輩は、ちびっと水を飲んだ。舌に残った旨みが、ただの水を数段階もグレードを上げた。


 水がこれほどまでに美味く感じることは、この先の人生で無いだろう。そう思う先輩なのであった。






「先輩、そろそろ決着を着けるべきです」


「あぁん?」


「不死鳥の唐揚げはレモンが必要か、否か」


「ンなもん好みだろ」


「そうですね」


 話題の終わり。しかし、静かに、本当に静かに、後輩の中で小さな火種が燻っていた。そしてそれは先輩が唐揚げを頼むと同時に、大きな炎と化したのだ。


 箸で唐揚げを挟み、口に入れる瞬間──




「食らえッ! ポ○カレモンスプラッシュ!!!」


「ぐぁぁぁぁぁぁ!! 何すんだテメェェェ!!!!」




 後輩の懐から飛び出た黄色い容器から、先輩の唐揚げ、そして先輩の目へと、酸の雨を撒き散らした。


「目がぁぁ! 目がぁぁぁぁ!!」


「はい、ヒール。私が履いてるのはスニーカー」



 後輩はスキルを使い、先輩の目を癒した。

 彼女のスキルは至極単純。身体の活性化だ。今しがた行使したヒールは、先輩の治癒能力を爆発的に活性化させて癒すという力。


 活性化は代償として、大量のエネルギーを使う。

 それ故に後輩は、間引き屋の中で誰よりも多く食べる。



「......お前、俺を殺す気か!?」


「ははは!」


「バッキャロゥ!」


 強烈な勢いで治癒能力を活性化させられた先輩は、腹の虫が大きな唸り声を上げた。否、それは虫と呼ぶには弱すぎる。ジェットエンジンの如く大ボリュームだ。


「ったく、ガキかお前は」


「すみません。で、お味の方は?」


「......まぁ、サッパリしてた」


「美味しかったですか?」


「そりゃあ元がコレだからな」


 今日の不死鳥はなんと、2人が仕留めたモノだ。

 東京のビル群に現れた不死鳥に、街が大パニックになる前に仕留め、納品したのだ。

 その鮮やかな2人の連携とパワーに、今日の出来事は大量の動画が投稿されている。


 後輩が不死鳥を撹乱し、先輩が一撃で仕留める姿は、全ての間引き屋の憧れの的になった。


「不死鳥の10ある心臓を同時に停止。腕を上げたな」


「オヤジ!? まぁ、後輩が上手いことヤツの動きを止めたんで、俺だけの手柄じゃねぇっすよ」


「またまたぁ。先輩の力はヤベーんですからぁ」


 先輩のスキル。それは小さな衝撃波の発生だ。

 手のひらから放出する衝撃波は、普通に使えば立てた鉛筆が倒れる程度だ。


 しかし、衝撃“波”というのは、2つあれば無限に増幅することが可能で、先輩は増幅させた衝撃波を不死鳥の心臓にぶち当て、倒したのだ。


 人生の波にも乗った彼だが、未だ恋人は居ない。


「で、先輩。レモンありとなし、どっち派ですか?」


「......食べ比べよう」


 いつものジョッキで舌を洗い流し、まずはそのままの不死鳥の唐揚げを1口。

 サクサクの衣を切っ掛けにじゅんわりと溢れ出す旨みの大瀑布。スッキリとした肉の油に不死鳥独特の仄かな秋の匂い。


 まるでまだこれから美味くなるかの様な演出と共に喉を通ると、ビールを飲まずにはいられない。



 次にレモンをかけてからバクっと1口。

 熱々だった衣はレモン汁で少し冷まされ、ちょうど良い温度に。僅かに食感の失われた衣を超えた先のむね肉はプリップリの歯応えで分かたれる。


 ほどける肉の繊維はまるで絹織物のよう。

 優しくスルスルと喉を通り抜けると、レモンの酸味がサッパリと1つの公演に幕を下ろす。


 まぁ悪くない。しかし......。



 悩む先輩に、後輩はジョッキを渡した。

 グググッと飲み干された元気の源は、どちらがより優れていると判断するのか。



「決まった」


「「......お?」」



 一呼吸おいて、先輩は口を開く。





「どっちも美味ぇ。おかわり!!」


「......あいよ」

深夜テンションが生み出した劇物小説をご覧くだり、ありがとうございます。当方、唐揚げに付いてるレモンは齧り、ビールではなくコーラで頂くバケモンでございます。


初めてのローファンタジーがこの作品で良いのか悩みますが、深夜テンションで書いた物語が1番狂ってて楽しいので、良しとします。


最後に。

楽しんで頂けたなら嬉しいです。またどこかで会えることを、楽しみにしています。


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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルに惹かれて読ませて頂きました。 食事描写がとても美味しそうでした。 二人のさっぱりした関係もいいですね。
[一言] (*´ч`*)カラアゲェ
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