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第十二話 わたしの勇者

 弁当屋はすっかりご近所に馴染んだ。

 最初こそ「あれって勇者だよな」「勇者がなぜに弁当屋?」と不思議がられていたものの、物珍しさが通り過ぎた今は、純粋に弁当屋として評価をされている手応えがある。

 予約が入るのはもちろんのこと、おかずのリクエスト制まで常連客内では定着していて、周は新たな称号《地域に根ざすおかんの味》まで手に入れた。

 雪丞のアドバイスもあり、夜は弁当の数は抑えめにして惣菜をパック売りにすると、これも大いに好評を博した。あたらよ宿の周囲は冒険者向け施設の少ない住宅街なので、日々の食卓に気楽に一品追加できるとして住民たちに歓迎されたのである。


 そしてこの日は自治会の集まりがあるというので、昼は予約だけで弁当三十セット、食後のデザートまで頼まれている。デザートはおこぼれに預かりたい雪丞の提案によって久しぶりにアップルパイを作ることにし、宿の入り口には「本日昼は予約分のみ、夜は通常通り」と張り紙を貼ってもらった。


 冒険へと出かける須玉を見送ると、早速りんごをコトコト煮ながら、弁当のおかずを多様に仕込む。正式な会に出すとあって、幕の内風に塩サバやエビ天がメインだ。受け取り時刻は十一時。普段は正午が販売開始時刻なのでてんてこ舞いであったが、抜かりなく箱詰めして、無事代表のおばさまにお渡しすることができた。わざと余分に作ったものが、そのまま雪丞と周の昼食である。

 が、雪丞は用事があるらしいので部屋では食べず、本当に弁当として持っていくことになった。「おやつタイムには絶対に戻るからの」と意気込みながら、周から弁当の包みを受け取った。


「この際だ、マーケットにも寄ってアップルパイに合いそうな紅茶でも見繕ってくるかのう。他にもなにか、必要なものでもあれば買ってくるが?」


「あ、じゃあナスだけ買ってきていただいてもいいですか。今夜はカレーの予定なんですけど、素揚げしてトッピングにしようかなって」


「おお、カレーもナスも大好きじゃ。任せておけい」


 ばちっとウィンクを残し、雪丞は出かけていった。 

 周はひとり後片付けを済ますと、五郎八のベッドサイドへと向かった。


 五郎八は今日も弁当屋稼業の騒がしさを気にも止めず、変わらぬ姿勢で眠り続けている。ただ最近はサカキを二馬力で賄っているだけあって、腕の爛れは言われなければわからぬ程度にまで回復をしていた。

「徐々に体内に神通力が満ち始めた証拠」と雪丞は言った。相変わらずGPはゼロ表記のままではあったものの、目覚めの日は近そうだと予想している。


 周も、今後の身の振り方をいよいよ決めておかねばならなかった。


 おそらく五郎八は、旅をやめろとは言わないだろう。自分が最後まで責任を持つ、と今回死にかけたことは責めすらしないだろう。問題は周自身の気持ちだ。今後も護ってもらいながら、冒険に同行し続けてもいいものか。


(ちびっ娘の言う通り、弁当屋になった方がいいに決まってる)


 理性ではとっくに結論を出していた。それでも、悩むのをやめない自分がいることにも気がついていた。


(旅を続けたいってのが本心なんだろうなあ、やっぱし)


 そのための理由なり根拠なりを、ここ最近探してばかりいる気がする。

 結局周は、このおかん勇者業を楽しんでいるのだ。楽しいことはやめたくない、当然の心理だ。だがそれでは五郎八に迷惑がかかる。それでいつも心にブレーキがかかる。さて、どうしたものか。

 相談に乗ってくれそうな秀恵は、まだご縁が繋がらないらしく、あれ以来姿を見かけたことはない。自分でしっかりと、問題に向き合わなければならなかった。


「──鍵になりそうなのは、やっぱりこいつだろうなあ」


 周は首から下げた勾玉に手をやった。

 勇者の特権、願いによって武具に変化する白勾玉。最近はもっぱらステータスチェックにしか使用していなかったが、もしこれを武具として発動させられたなら。まだ勇者でいていいのだと、自分で自分にゴーサインを出せるのではあるまいか。


「よっし!」


 周は気合い十分に、部屋の中央に立った。

 祈り手の中に勾玉を封じ込め、目を閉じると、伝説の武器をイメージしながらひたすらに念を送った。


「エクスカリバー! グングニル! ぐぬぐぬぐぬ……!」


 しかしなにも起こらない。


「村正! 正宗! えいやえいやえいや!」


 素振りっぽく手を振ってみたが、やはりなにも起こらない。


「伸びろ如意棒! ふんにゃー!」


 たけのこポーズよろしく、自分が伸び上がって勾玉を頭上高く掲げてみたが、変化なし。

 念のため何セットか繰り返してはみたものの、いい汗をかいただけで終わってしまった。


「さすがにこんなんじゃダメか……はあ」


 周はその場に足を投げ出して座り込んだ。

 こんなことなら発現のコツをオモイカネにもっと聞いておくべきだったと思っても、今更である。


「あーあ。立ち止まっている場合じゃあないんだけどなあ」


 周は勾玉を眼前でぶらぶら揺らしながら、話しかけるように独り言ちた。


「おれ自身が旅をこんな形で終わらせたくないってのはもちろんなんだけど、多分五郎八さんもちびっ娘も、おれがいなくなったところで無茶をするのは変わらないと思うんだよね。食事も面倒がってまともにとらなくなりそうだし、節約のために野宿とか平気でしそうだし、ちょっとの怪我も薬代節約とか言って放置しそうだし。神さま界隈じゃそれが普通なのかもしれないけど、なんか痛ましいやり方っていう感じがしてどうも……。うん、やっぱりついていかないと、心配のあまりおれの胃がもたない気がする」


 自分の言葉に賛同するように、何度も大きく頷いた。


「か弱い人間のおれだからこそ、ふたりのブレーキにならないと。でも、ついていくには弱いままではいられない。矛盾しているようだけど、なんとしてでも叶えなくちゃ──」


 と、勾玉を強く握り直したそのときだ。

 指の隙間から光の筋がいくつも立つ。勾玉が、白い光を放ちながらみるみるその形を変えていっていた。


「まさかの、もしかして、武器に──!?」


 突然のことに困惑しながらも、周はしっかりとその行く末を見守った。


 勾玉は細長い形状へと伸びていく。とは言え如意棒のように長々とは伸びず、菜箸ほどのサイズで止まった。かわって先端からはふさっと豊かな布の束が生えた。まるでハタキのような形状だったが、周はぴんと来た。神社でお祓いやなんかでよく振っている、白い布のついたアレ──大麻(おおぬさ)ではないだろうか。

 武器でないのは残念だが、イメージ的に回復アイテムっぽいし、五郎八を目覚めさせるのに一役買えるかもしれない。周は期待に胸を高鳴らせた。


 しかし光が去った後、真っ先に周の目に飛び込んできたのは、発色の良すぎるピンク色の布だった。神事には不向きなけばけばしさに眉をひそめて手触りを確かめると、明らかにナイロン布である。


「……いや、ほんまもんのハタキか──い!」


 さすがに冗談だろう? と、諦め悪く色々な角度から検分したが、やはり昔ながらのハタキという結論以外にない。


 ふわふわ素材で埃を巻き込んでくれるのが今時のハタキだというのに、それですらない。確かにオモイカネはレベルに見合ったものになるとは言っていたが、まさか武具ではなく、日用品だとは。やっと叶った具現だっただけに、がくっとくる周であった。


「……しかたないか。下手にエクスカリバーとかが出ても、扱いきれなくて逆に怪我してたかもしれないし。もうすぐ雪丞さんも戻って来るし、とりあえず部屋をまるっとはたいておくか」


 いざ掃除をはじめると勇者のハタキはとても布なびきが良く、埃をよくとらえて離さない。周も納得の高品質なのであった。



     *



「これは……?」

 今日もたっぷりのサカキとともに帰宅した須玉は、扉を開けるなり、部屋に満ち溢れる清潔感に目を見張った。

 日頃から周がこまめに清掃をしていたので、もともと汚れてもいなかった室内なのだが、なぜだかいつものきれいさとは次元が違う。有り余った清潔感がキラキラと、エフェクトさえ放っているように見えるのだ。おかげで窓の外はとっぷりと夜に沈んでいるというのに、電球以上の明るさが室内に満ちている。

 と、凛と澄んだ空気が、廊下に突っ立ったままの須玉の身体を誘うように包み込んだ。つられるように一歩を踏み出すと、涼やかな幕をくぐったような手応えがあった。


「いったいこれは」


 困惑しながら入り口を振り返ると、室内からだと本当に光彩の幕が見えた。改めて手で触れてみると、シャボン玉の表面のように七色がツヤツヤと揺蕩った。


「まさか、結界?」


 須玉の出した結論に、「ご明察」と答えたのはソファに座る雪丞だった。

 雪丞はアップルパイを頬張っていて、須玉は知るよしもないが、本日すでに三切れ目。糖分の満ち足りたうっとり顔で言った。


「いやあ、結界内があまりに居心地がよくってのう。長っ尻させてもらっとるぞい」


「それは構いませんけど──なんで急に結界が? 宿の新仕様ですか?」


「まさか、まさか。結界の発動者はほれ、そこにおる周じゃもん」


 言われて須玉がキッチンを向くと、周はカレー鍋をかき混ぜながらへへっと誇らしげに鼻の下をこすった。


「実は勇者の勾玉が、ついに変化したんだ」


 須玉は目を丸くした。


「武具になったんですか! それで、この結界が発動を? すごいじゃないですか」


「え? えへへ……」


 須玉に褒められるのは下手したら初めてなので、周は照れ切って鼻の下を益々こすった。

 しかし請われるがまま、目の前で勇者のハタキを具象させると一転、須玉の目がすうっと白けた。


「なんですかこれ」


「ハタキ、だけども」


「ハタキが武具ですか。はあ。さすが無能男(ノーマルレア)は裏切りませんねえ」


「確かに見た目はアレだがな。結界自体は高性能だぞい」


 雪丞が空になった皿を流しに運びながら、周を擁護した。


「まだ検証段階だが、どうやら害意を汚物と判断して、立ち入りを阻む造りになっているようだ。なんとも使い勝手の良さそうな結界じゃぞ。いっそ宿全体にかけてほしいところだが、今は継続時間を知るために経過観察中で──およ」


 雪丞の声とともに、光のエフェクトがすうっと消えていく。入り口に張っていた幕も、溶けるように色彩が下方へと吸い込まれた。


「六時間ってところか。優秀だのう」


「優秀……なんでしょうか。寝る前にかけても起きる前に解けてしまうんじゃあ、セキュリティとしてはザルなんじゃ」


「なにを言う。結界はそれなりに高度な技なんじゃぞ? 強度もこれから調べてみるとして、戦闘で攻撃を一度でも防げれば充分有用であろ。おぬしの成長に、ヒメも目覚めた時には驚くじゃろうて」


 雪丞が「成長」とはっきり言ってくれたことが嬉しかった。そのうえ、


「まあ確かに。今みたいな清涼な空間は、神事でもしない限り滅多に作り出せるものではないですね。結界内はヒメさまの神気にも良い作用があるでしょうし、よければ食事の前に、もう一度かけてくれませんか?」


 と須玉に認められ、頼りにされたことはたとえようもないほどに嬉しかった。

 周はカレーの火を止めて蓋をすると、さっそく寝室サイドからハタキをかけはじめた。かけたところには、光の粒がちらちらと舞い始める。須玉はしげしげと粒の様子を眺めてから、


「実はあたしも、ひとつ良い報告があるんです」


 と、バッグの中をまさぐった。


「じゃじゃん! なんと、今日はサカキの上枝(ほつえ)が買えたんですよ」


 須玉は上機嫌に、葉がピンピンに立った枝を周に見せた。


「ええっ、入荷したのか。お手柄だな!」


 サカキシリーズはGP回復量50の種にはじまり、100の葉、300の下枝(しずえ)、600の上枝(ほつえ)、全回復の瑞枝(みずえ)とランクが上がっていくのだが、残念ながらショップで買えるのは上枝までだ。

 価格は種の100ヨルにはじまり、葉が200ヨル、下枝が600ヨルと順当な設定になっているのだが、上枝になると少しお得になって、下枝の倍の回復量があるというのに1000ヨルで購える。そのため毎回上枝を買うのがお得なのだが、いかんせんはじまりの街では過剰なレア度にあたるので、上枝はもちろん下枝も取り扱いがなかった。それでしかたなく葉ばかりを買っていたのだが、毎日通う須玉の姿からなにかを察したのか、店主が上枝を一振り、よその流通ルートから確保してくれたらしい。しかも手持ちでは足りなかったところを、残りはツケにしてくれたそうだ。


「人情が身にしみるなあ」


 周がじんと胸に温かみを覚えたところで、ハタキは寝室を一周し、小さな結界が作動した。

 光のエフェクトがベッドまわりを囲う中、須玉が上枝を五郎八に捧げる。枝から出る黄金色の光のシャワーは、やはり葉と比べると光の量が圧倒的に多かった。


「おお……!」


 二人して感嘆の声を上げた。そのせいで、大事な瞬間は見逃した。

 光がすべて出切ったとき、五郎八はすでに目を開けていたのである。


「ヒ、ヒメさま!」


 気付いた須玉ががばと、枕元に張り付いた。声を聞いた雪丞も急いでベッドサイドに駆けつける。周は、驚きと感動のあまり微動だにできずにいた。

 目覚めた。ついに、目を開けてくれた──!


「ヒメさま、聴こえますか。あたしが誰だかおわかりですか」


 須玉の必死の呼びかけに、五郎八はかすれ声で応じた。


「……もちろん、わかるぞ。私の大事な須玉だ。どうも、ずいぶん迷惑をかけたらしいな……?」


 目の焦点が、須玉とうまく合っていない。目は覚ましたものの、目の光まではいまだに戻っていないのだ。

 須玉は、五郎八の手を大事そうに握って言った。


「迷惑など。むしろこの瞬間を迎えるのにおおいに手間取って、申し訳ありませんでした」


「私は永く不明であったのだな?」


「はい、二十日ほどになるでしょうか。生きた心地がいたしませんでした」


「そうか。すまなかったな、私が至らぬばかりに」


 五郎八は弱々しく、首を振った。


「周殿にも、ずいぶん心配をかけてしまったろうな。すまない。私はきちんと、周殿を助けられたのだろうか? どこも痛むところはないか?」


 周の同席を疑いもしない優しい問いかけに、ぶわっと涙が溢れてきて、周は慌ててメガネの下に腕を突っ込んだ。


「なに言ってるんです。おれなんて、無事に決まってるじゃないですか。五郎八さんだけそんなに傷ついて──おれ、すみませんでした。うっかり死にそうになってしまって。護られるのがどういうことか、わかりもしないで呑気に勇者を気取って」


 話すうちにいよいよ感情が溢れて、声まで涙色に染まっていた。みっともなく鼻水をすすっていると、五郎八がふふっと微笑む気配がした。


「まるで呑気がいけないことのように言ってくれるが、私は周殿の呑気さが好きだぞ。なにを押しても三食きっちり取るところとか、良い鉄鉱が手に入ったときよりも、良い食材が手に入ったときにこそ生き生きしているところとか。翌日の打ち合わせをしていても問答無用で二十二時に消灯して、六時にはカーテンを開けるところとか……」


「それって、勇者としては美点ではないような」


「いいや。目的のためには不眠不休で進まねばならないとまで思い詰めていた私に、周殿は日常をしっかり過ごすことの大事さを教えてくれたんだ。神の過ちを正すなんて、並みの人間にできることではないぞ? 私は確かに周殿を危機から救ったが、周殿だってそうやって、我々の日常を護ってくれている。呑気だからこそ、周殿は充分勇者なのだと私は思う」


 それに、と女神は確かめるように大きく息を吸った。


「この清涼な空気──これは、結界だろう? 周殿が張ってくれたのだよな?」


「その通りじゃぞ。勇者の勾玉が発動して、できるようになったのだ」と、雪丞が答えた。


「おお、雪丞殿。あなたも宿泊客が不明となって、きっと困惑したことだろう。すまなかったな」


「わしはたいした迷惑は被っておらんぞい。宿代の延滞もなかったし、変わらず飯もうまかった」


「そうか──ふたりとも、本当にがんばってくれたんだな」


 五郎八は手さぐりに須玉の頭を探して、撫でた。


「勇者の勾玉の発動も、簡単ではなかっただろう? 発動したのが結界具というのは、なんとも周殿らしい。結界は他者への慈しみがあって初めて扱えるものだからな。周殿が動けぬ私とどれだけ真摯に向き合ってくれていたか、そのことからもよくわかる。そうだろう、須玉?」


 問われて、須玉は少し迷い顔をしていたが、


「──確かに、ちょっとレアながんばりでした」


 と言ってくれたのだった。五郎八は満足げに頷いた。


「周殿。須玉と勾玉が認めた通り、あなたはこれからも私の勇者だ。今後もともに旅を続け、支えあいながら、ともに強くなっていこう。それが私の望みだ」

 きっぱりと告げられた途端、雪丞まで温かく肩を叩いてくる。勇者を続けていいのかどうか、迷っていた自分がばかみたいだと、周はまたメガネをずらして目をこする。

 すると、雪丞が耳元で囁いた。


「そろそろナス、揚げるんじゃろ?」


 おかん勇者には、余韻にひたる暇はないのだった。


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