実家に行く
「はい、完成。行こっか」
ミキストリアにリップを塗っていた祥子もなぜか顔を赤らめており、塗り終わった後は急に視線を泳がせるのだった。
「で、でね、買い物に行く前に実家に寄って車をとってそれで行こうと思うの。荷物も多くなるだろうしね」
「車、ですか?」
「そう、車。あ、わかんないか。えー、馬車はそっちの世界にもあるよね。馬なしで自動で走る馬車って感じかな。だから自動車とも呼ぶのよ」
「自動で走る馬車……」
ミキストリアは、馬も御者もなしに、馬車の車体が勝手に動いていく姿を想像して困惑した。
(勝手に動くそんなものに乗って大丈夫なのでしょうか? どうやって行きたい場所に行けるのでしょう?)
自動というのは単に馬がいないというだけで、御者に相当するドライバーはまだ必要だということをミキストリアが知るのはもう少し後のことだった。
祥子は、実家につくと、苦い薬を飲んだかのような顔で説明しだした。
「昨日、わたしは喪服、ミキが修道服と勘違いしたやつ、あれを着ていたじゃない? あの日はわたしの両親のお葬式だったのよ。両親、事故でこの前、亡くなってね………」
「祥子……、そんな……、なんと言って良いか……」
「そ、それでこの家を片付けたり、いろいろな手続きをしたりしないといけないので休みを取っているのよ。ちょっと長めにしてもらったからあと2日、週末も入れると4日ね。その間にできるだけやって、後はちょっとずつやろうかな、って」
「祥子……」
「なので家の中はちょっと散らかっているけどごめんね」
「なんて言葉をかければ良いのか思いもつきませんわ」
「ありがとう、でもいいの。悲しいことだけど、終わったこと、済んだことなのよ」
「わたくしでできることなら力になりますので、言ってくださいませ」
ミキストリアは、なんとか祥子の力になりたかった。祥子が辛い顔をしているのを見るのは辛かった。明るく笑ってそばにいて欲しいと感じていた。
「ま、今はできることしましょう。車の鍵はこれね。ついでに寝室にまとめておいたゴミを捨てるわ」
そう言って祥子は主寝室に入っていった。ミキストリアは値踏みするような目つきで辺りを見回すと祥子の後を追って主寝室へ入った。
「ところで祥子、この家ですが……」
「ん? なに?」
(祥子の力になるんだったらきちんと理解する必要がありますわ)
ミキストリアは一歩踏み出すつもりだった。ただ祥子の隣にいて黙って流されているのはダメだと感じていた。
「立ち入ったことに踏みこむようですけど、この家の方が祥子の家よりも大きいですわね」
「そうね。こっちは家族用、わたしの家は単身者用だから」
「見たところ、調度類もこちらの方が上質ではありませんこと?」
「さ、さすがは侯爵令嬢ね、その通りよ」
「祥子、なぜこちらの家は気に入らないのですか?」
祥子はミキストリアから視線を外すと、俯いてボソボソと言った。
「気に入らないってわけじゃ、ない、のよ。
大学に行くまではここに住んでたんだしね。
そうね、ここは東京から遠いからね。大学も会社も東京だから、ここからだと遠いのよ」
「それだけ、ではないのではありませんこと?」
祥子はハッとしたようにミキストリアを見ると、顔を赤らめて言った。
「両親のことは好きよ。
わたしのことを愛してくれた事も、大事に育ててくれた事もわかってるし、感謝もしてる。
でも、どうしても、どうしても相容れない点があって、その溝にどうしても耐えられなくて……」
両手を握りしめ肩を細かく震わせながら祥子はうつむいた。そんな祥子を見たミキストリアは、自分の質問が祥子を追い詰めてしまったことで狼狽していた。
ミキストリアはゆっくりと祥子に近づくと、優しく祥子の肩を抱くと優しく引き寄せた。うつむいたままの祥子の頭がミキストリアの肩にあたる。祥子は泣いているのかもしれなかった。
「祥子、申し訳ありません。祥子を追い詰めるつもりはまったくありませんでしたの。祥子のことをもっと知りたくて、もっと知ったうえで力になりたくて、祥子に無理に話をさせてしまいました」
「……」
「祥子の気持ちは祥子のもので、祥子だけのものなのです。祥子の気持ちはそれで良いのですわ」
しばらく祥子はミキストリアの肩に顔を埋めていたが、両手でミキストリアの肩を押すようにして顔を挙げた。視線は外したままだった。祥子の顔は真っ赤で、ミキストリアにも祥子の心臓の音が聞こえてくるような気がした。
ミキストリアが腕の力を緩めると、祥子はミキストリアの腕の中から出て行った。行き場のなくなった腕はミキストリアに不思議な寂しさを感じさせた。
「祥子、個人的なことに立ち入ってしまい、申し訳なかったですわ。でも話してくれてありがとう」
「……。いいのよ。わたしも話せてよかったわ。溝はあったし分かり合えなかったし、それは今更もうどうにもできることではないけど、わたしが愛されていたということも変わらない。今はそれでいいんだわ」
「祥子……」
「それにこの家のことも、よ。わたしと両親の間に溝があったことは、この家を今後どうするかとは関係ない事だわ。それが良くわかったの」
「無理はしないで……」
「大丈夫よ。ミキのおかげ。目が覚めたわ。こっちの家が広くて上等というのもミキの言う通りだし、こっちに住むのもいいかもね」
「遠いというのはどうするのです?」
「ああ、そのことはそんなに心配いらないのよ。今どきはリモートワークって言って、自宅から仕事することも増えてきているの。
逆に家で仕事することを考えると、わたしのあの家は広くないから都合はあんまりよくないのよ」
「そうなのですね。わたくしは祥子が決めた家についていくだけですわ」
ミキストリアがそう言うと、祥子は慌てたように応えた。
「そ、そう。ありがとう。まぁ今すぐにどっちに住むか決めないといけないわけではないし、ゆっくり考えましょう。ただどちらにしてもこの家はさっさと片付けるのが良いわね」
「片付けるというにはどういうことをするのでしょう?」
「そうね、先ずは要るもの要らないものを分けて、要らないものは捨てる、要るものでもすぐに使わないようなものであればしまっておくってところかしらね」
「なるほど。では例えばこのベットはどちらですの?」
「このベッドは両親のもので、私は使わない。自分のベッドもあるわけだし。なのでミキが使うか捨てることになるわね」
「わたくしは祥子が使いたくないものを使うという気はありませんわ」
ミキストリアはそう言うと収納魔法を発動してベッドを収納する。二人の目の前でベッドは光の粒子になって消えた。埃が舞う。
「え、なに? なんで? 埃凄っ!」
「<クリーン>」
ミキストリアは続けてクリーン魔法を発動した。無詠唱でも十分なはずという思いはあったが、中途半端な結果になったらカッコ悪さでいたたまれない。ミキストリアはここで失敗するわけにはいかなかった。
埃も、落ちていた小さなゴミも、きれいに消えてなくなった。
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