初めての朝
SP=スキルポイント=魔法やスキルを行使するときに使うという設定だったのですが、判りにくいので一般的なMPに変更しました。今までの部分も変更しています。
これに合わせてSLVも魔法LVに変更しました。普通に経験値を積むとLVが上がり、魔法を使いまくると魔法LVが上がるという設定です。よろしくお願いします。
ミキストリアは物音で目を覚ました。部屋はほぼ真っ暗で、ベッドの感触は慣れ親しんだものではなかった。咄嗟に生活魔法のライトを発動した。元の世界では鎧戸の隙間も大きく朝になれば光が漏れてくるし、そもそも侯爵家の屋敷の窓にまで近づくことのできる侵入者もいないため、鎧戸を閉めずに寝ることも多く、朝になれば明るい。部屋が真っ暗だったことでまだ夜だと、ミキストリアは判断した。夜にしてはこの物音はおかしなものだった。
(ここは……祥子の家。わたくしはこちらの世界に飛ばされてきたのでしたわね
まだ暗いというのにこの音は?)
ミキストリアは手早くステータスを見て、HP、MP共に回復していることを確認した。寝室のドアを開けて部屋を出る。リビングの鎧戸は既に開けられて朝日が差し込んでおり、奥の厨房では祥子が何か作業をしているところだった。
寝室から出てきたミキストリアを見つけて祥子が笑顔を向けてきた。
「おはよう、ミキ。よく寝れたようね」
「おはようございます。お陰様でゆっくり寝られましたわ。
祥子はもう厨房で料理ですの?」
「よく寝れたなら良かったわ。
それにしても厨房って……。なんかミキの言葉は古臭いわね」
「なっ……」
ミキストリアの言葉が古臭く聞こえるのは、異世界言語理解スキルが勝手に変換しているからであったが、ミキストリアのイメージする内容が、現代日本に当てはめるとやや古いものだということもあった。
「はい、朝ごはんできたよー。冷蔵庫空っぽだから簡単だけどね。運んでおくから、ミキは手洗ってきてー」
と言って祥子がカップを手にキッチンから出てきた。
ミキストリアが手を洗って戻ると、テーブルには、黒い液体が入ったコップ、ベーコンエッグ、砕いた穀物が入ったカップが並べられていた。
「この黒いのがコーヒーっていう飲み物で、苦いけどシャキッとするから飲んでみて。わたしは牛乳だけ入れるけど、もし苦くてダメだったら砂糖入れるのもいいよ。もちろんダメだったら残していいし。
でこっちがシリアル。グラノーラっていって体にいい食べ物だよ。リンゴも入っててシナモンで香り付けされてる。牛乳掛けるね。
で、これがベーコンエッグね。
フォークとナイフはあっちでも同じ?」
「ええ、それは一緒です。祥子は随分と高級なカトラリーを使うのですね。このフォークとナイフは我が家の最高級品よりも輝いていますわ」
「あー、それはね、材質が違うんだと思うわ」
「材質が?」
「そう。これはステンレスって言って、錆びにくくてピカピカする様に鉄に色々混ぜた合金なのよ。侯爵家は銀でしょう?」
「ええ、基本カトラリーは全て銀ですね」
「銀のカトラリーの方が何倍も高級よ、さ、食べましょう。いただきます」
「女神よ、日頃の糧をお与えくださったことに感謝します」
ミキストリアは、いつもの感謝の祈りを捧げた。祥子が、ご飯を用意したのはわたしだけど、というような顔でこちらを見てきたがミキストリアは無視した。コーヒーという黒い液体は牛乳を入れると泥水のような色になって口にするのを躊躇わせるが、香りは良く味も悪くなかった。
「今日なんだけど、ミキは何か予定というか、何かしたいとかある」
「わたくしの生活は祥子任せというか祥子次第ですわ。祥子がここを出ていけと言うなら、食べ物と寝るところを探すのが今日の予定になりますわ」
先ほどのニヤけた顔つきが少々気に障ったのでミキストリアはつっけんどんな対応をした。
「もう、なんでそんなこと言うのよ。出て行けなんて言うわけないでしょ。わたしが考えた予定を押し付けるのもなんだから聞いただけよ」
「……」
「昨日の今日で、スラスラと予定が出てきたら逆に怖いわよ。まぁミキが自分から出ていくって言うのなら予定を聞く必要もないんだけどね」
少々言い過ぎたかも知れなかった。
「さきほどのことは謝罪いたしますわ」
「わたしもミキと喧嘩したいわけじゃないからそこはわかってね」
「はい」
「それで今日なんだけど、ミキのここでの生活の準備をしたらどうかと思うの」
「生活の準備……ですか?」
「そう。なんにせよ当面の間はこちらで生活しないとでしょう? キツイ言い方になっちゃうかもだけど、実際、いつ元の世界に戻れるかもわからないし。そうなると、例えば服とか靴とか、いろいろ揃えないとダメだと思うのよ」
「そういうことですのね」
「うん、寝るところも何とかしなきゃだけど、これは明後日でも大丈夫。あとは、食材も買わないといけないけど」
「祥子、わたくしの生活の準備に付き合っていただけるのは大変うれしいのですが、実際祥子がいないとわたくし一人ではなにもできないのですが、祥子のお仕事はよろしいのですか? 会社というところで働いているのですよね?」
「仕事? あぁ、それは大丈夫。
ちょっと訳あって、それも後で話すけど、休みを取っているの、休みは後2日あって、週末土日の2日もあるから4日は会社に行かないのよ。
ただやることもあるから、もしよかったらだけどミキにも手伝ってほしい。
ここで一人で居るっていうのも無理だと思うから、一緒に来て手伝ってほしいのだけど……」
「わたくしに何ができるのかわかりませんけど、できることは力になりますわ」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」
そういうと祥子はにっこりと笑った。ミキストリアは自分が力になることで祥子が笑顔になるのが自分でも不思議なほど嬉しかった。
「よし、そうと決まれば行動開始ね。
ミキが昨日着ていた服はそこのカゴに入れて置いてくれる? 洗濯するわ。あ、洗濯機の使い方も教えるわね」
食器や服を自動で洗いし、乾燥まですると言う食洗機、洗濯機に、ミキストリアは目を見張った。ミキストリアの元の世界で、一年前から急激に進歩しだした魔道具も、洗濯機までは出てきていなかった。
「服はこのワンピースが良いわね。ミキは背が高いからちょっと寸足らずかもだけどこのデザインならOK。ミキのブーツともなんとか合うわ。お化粧したら出かけましょう」
「け、化粧ですか?」
洗濯機に驚いていたところに虚をつかれて、ミキストリアは慌てた。侯爵令嬢として失態だったがそれを省みる余裕もない。
「え? したことあるよね」
「ええ、もちろんです。ですがキチンと化粧するのはお茶会や夜会の時でしかも侍女が……」
魔物討伐も任務で行う宮廷魔法師団では、作戦中の化粧は避けるべきとされていた。匂いが強いものは魔物の行動にも影響を与える可能性があること、遠征時に荷物になること、化粧に使う時間があるのであれば怪我人の手当や睡眠などの回復に当てるべき、という理由だった。このためもあって宮廷魔法師団の女性団員は、研究や魔道具・魔法薬作りを行う内勤部署に偏っており、討伐も担当する実働部隊に所属するミキストリアは例外中の例外であった。
「夜会……、侍女……。さすが貴族って感じね。
今日はお茶会ではないし、ミキは肌も綺麗で美人だからリップだけでも大丈夫よ」
と祥子は言うと、次々と基礎化粧品を出して使い、ミキストリアに渡してきた。ミキストリアは祥子を真似て基礎化粧品を使った。軽いベースメイクを終わらせると祥子が言った。
「はい、こっち向いて」
祥子はそう言うと、オレンジがかった赤いリップをミキストリアのぷっくりとした唇に塗った。急に顔を近づけてきた祥子に、ミキストリアは妙にドキドキする気分を抑えられなかった。
(顔が近いですわ。侍女に化粧してもらってもこんな気持ちにならないのに、祥子だとドキドキするのはどう言うことでしょうか)
ミキストリアは、侯爵令嬢という立場とその闇属性から、避けられていると言うほどではないにしても、距離を置いた付き合いしかなかった。侍女や魔法師団のように親しくなったとしても、それは仕事上の付き合いという範囲のものであった。祥子のように、対等の立場で、親近感を感じる存在は初めてだった。
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