魔道具師の引越
領都に向かう前日の午後、ミキストリアと祥子は、約束通りアキトの店を訪ねた。実質ここでの販売は最終日ということで、前回来た時よりも多くの客が並んでいるのだった。
「前回よりも人が多いですわね」
「ああ、今日が最後って張り紙があるからじゃない?」
祥子が指さす先をみると、店の壁に張り紙がしてあり、貴族からの横やりが耐えられなくなったので、侯爵家領地に店を移すこと、王都へは商会を通じて商品を提供する予定であること、詳細は未定で決まり次第また告知するというようなことが書いてあった。
「これをみたら、早めに買うかってみんな思うよね」
祥子が長い列を振り返って言う。2人とも今日も前回と同じ服装である。さすがのミキストリアも商人風のワンピースをそう何着も持っていないし、作るにしても間に合わなかった。なにせ、出入りの仕立て屋にはすでにいろいろと頼んであるからである。
「よう。来たな」
店の中からアキトが出てきて挨拶をした。ミキストリアは、隣で護衛している騎士がピクリと眉を顰めるのを見たが、言い含めていた通りにそれだけで済ませたので咎めたりはしない。
「ミキが許してるからって大っぴらに気安くしないでくれる? いろいろ迷惑する人もいるから」
「おいおい、それをショーコ、あんたが言うか?」
「わたしは良いの」
「なんだそりゃ。まぁいい。こっちだ」
アキトはそういうとミキストリアと祥子一行を店に入れた。
「商品はまぁ、ある分は今日、全部売れると思うからお願するつもりはねえ。今日残っても明日にはすぐなくなるからな」
アキトは倉庫にしているらしき部屋に詰められた商品を見せながら言った。
「それ、1個貰うっていうのは……」
「ダメだ。買うなら並んでくれ」
祥子が試しにとばかりに聞くと、アキトは祥子に最後まで言わせず断ってきた。そのあたりはきちんと線を引くつもりのようである。ミキストリアは、見た目のわりにはしっかりしていると、やや失礼な感想を思っていた。
「それでは領都に持っていくのを順に言っていただけます? こちらのジョンがそれを記録に記載したら収納していきますわ」
そうしてミキストリアは、アキトが指定する半完成品、材料、道具、工具、作業台などを次々と収納していった。都度都度クリーンもするが、粉末状の素材だったりすると後々面倒になるので、ほこりや明らかにゴミなものだけをクリーンの対象となって消えていった。侯爵家の従者であるジョンはミキストリアの収納魔法のことは知っていたものの、次々と収納される品々、ちょっとしたゴミが出るごとにさも当たり前のように発動される無詠唱クリーンに目を見開いて驚きつつも、記録をとる作業を続けていた。
アキトはさすがに驚いて、呆れたようすを隠さなかった。
「おいおい、収納で引越したとか言うからそれなりに入るのは予想してましたけど、これ全部平気な顔で入れますか。バカ容量ってのはホントだな。全部入るとは恐れ入ったぜ」
「だから言ったでしょ」
「なんでショーコがどや顔なんだよ」
「小金貨や銀貨の入った革袋は収納しなくてもよろしいのですか?」
ミキストリアが言うと、急に話を振られたアキトは動揺を隠せない様子だった。
「え、今言ったけどこれで荷物は全部ですぜ」
「そうですか。重そうな革袋なので、収納に預けるのかと思っただけですわ。入れなくてもいいのなら入れませんわ」
「……」
「あ、さてはどこかに隠してあるのね? それをミキにバレた、と。重い革袋もって移動なんてできるの? 護衛は雇うんでしょうけど」
「おいおい、なんで隠してある革袋まで、しかも小金貨、銀貨とかわかるんですか!? おかしいでしょうが!」
「魔法ですわ」
「そんな魔法があるなんて聞いたことねーですよ!?」
「侯爵家の秘匿事項ですわ」
「なんだよ……」
「で、どうするの? ミキに頼むの? 危ない思いして自分で持ってくの?」
「くっ、わかったよ。お願いするよ。確かに重いし危ねーしな」
「最初からそうすればよいのよ」
アキトは、祥子のジト目を浴びながら、隠し戸を開けると銀貨などが100枚単位で入っている革袋を出してきた。
「いちいち枚数は数えなくてもいいだろ?」
「そういうわけには参りません」
アキトがそういうと、記録を取っていたジョンが遮り、革袋を開けて硬貨を数えはじめた。
「お、おぅ、さすが侯爵家はシッカリしてるな。っていうか、数えるの早すぎじゃねーか!?」
「この程度できなくては侯爵家では勤まりません。小銀貨100枚の袋が3つ、銀貨100枚の物が2つ、大銀貨100枚の物が1つ、小金貨28枚の袋が1つで、よろしいですね?」
「おお、その通りで結構だ」
「意外とたくさん持っているわね」
「お、気が変わったか? 俺はいつでもいいぜ」
「ないから。しつこいのは嫌われるわよ」
「アキト殿、こちらがミキストリア様がお預かりした品の一覧です。両方の記録にサインを」
革袋の情報を記載し終わったジョンが、この場をさっさと終わらせようとするかのように記録を差し出した。
「じゃあ、領都に来たら侯爵邸に来てね」
「なんでショーコが仕切るんだよ」
「アキトをミキから遠ざけるためよ!」
「ミキストリア様は、範囲外だって」
「何ですって!? 失礼ね!」
「おいおい、勘弁してくれ……。なんでこうなる」
ぐだぐだになってきたアキトと祥子をどうこうするのはあきらめたのか、ジョンが両者のサインが入った資料を渡し、場を切り上げようとする。さすがは侯爵家のできる従者である。
「アキト殿、これが控えです。当方のサインも入っています。領地邸にお出での際にはお持ちください」
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ミキストリアと祥子が領都についてから数日後、アキトがミキストリアを侯爵邸に訪れてきた。アキトは、領都の使用人たちのちょっとした意趣返しで、一番こじんまりとしたサロンに通されていた。客用ではなく業者打ち合わせ用である。使用人たちは「範囲外」発言を聞いて腹を立てていたのである。範囲内でミキストリアに声を掛けようならそれはそれで使用人たちは腹を立てるのだが。そんなことは知らないアキトは、小さいとはいえ十分広いサロンと過剰ではないが優美な装飾を施された室内に、きょろきょろしながら感心していた。
「アキト、ごきげんよう。領都にようこそ」
「アキト、元気そうね」
「よぉ。侯爵の屋敷に入るのは初めてなんですが、さすがだな!」
「もう、お店の場所は決めていらして?」
「マルキウス商会もさすがですね。いつでも入れるようになっている場所をいくつか見せてもらって、さっき決めてきましたぜ。手付も侯爵家の紹介ってことで無しにしてもらったですしね」
「それはよかったわね」
「おうよ。それで荷物の礼ってわけでもないんですが、ドライヤーを2つ持ってきましたよ」
「それは嬉しいですわ。領地用にも買っていたらしいのですが、数は足りていませんでしたから」
「そうか。必要ならどんどん買ってください。並んでね」
「アキトもそこはブレないわね」
「そこはな。前に話してた次の新商品ですが、自動車ってのは面白いが、今は無理です。道が酷ぇし、地図も怪しい」
「道についてはいろいろと考えているので少しづつやりますわ。自動車のほうも少しづつ進めてくれれば良いですわ」
「お、おぅ」
「アキト、馬車の揺れを何とかしてくれない? あれは無理」
祥子が懲り懲りしたような声でアキトに頼む。
「それは俺も思ったが最終的には道が何とかならないと無理だな。まぁその部分だけ先に考えるか……」
「ホント、そうして」
「その件と同時に、公衆浴場を考えてほしいのですわ。これはお父様にも話ていない、サプライズなのですわ」
「公衆浴場か……」
「まだ内緒だけど、石鹸の生産も考えているのよ」
「なるほどねぇ。まぁ考えときますぜ」
そのあと、ミキストリアと祥子は、前回のように護衛とジョンをつれてアキトの新店舗に行き、記録を確認しながら預かっていた品を出していくのだった。侯爵家に行くのは恐れ多いと、店で待ってた店員達も目を見開いてミキストリアの収納に驚いていた。
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