ユリウス・マルキウス侯爵
ミキストリアと祥子が、サロンで祥子の魔法について話していると、王都侯爵邸の家令 サントスがサロンに入ってきた。
「ショーコ様、ミキストリア様、お館様と奥様がお着きです」
ユリウス・マルキウス侯爵と侯爵夫人の到着を告げたのだった。そのすぐ直後にサロンに姿を現した侯爵は手を広げながらミキストリアに近づいた。
「ミキストリア! よく戻った! 無事でよかった!」
ミキストリアは侯爵に抱きしめられた。
「お父様、苦しいですわ。それに祥子もおります」
「おお、ショーコ殿、話はフィリップから聞いている。心から感謝する。フィリップも伝えたそうだが、侯爵家を自分の家と思ってくれ」
「本当に良かったこと。わたくしからもお礼を言わせてください」
侯爵は、フィリップが出した早馬から道中で情報を仕入れているようだった。ミキストリアの抱擁を解き、祥子に向かって頭を下げた。合わせて侯爵夫人も頭を下げる。
「おやめください、もったいないことでございます」
「お父様、お母様、お気持ちはわかりますが、紹介もまだですわ」
「おお、そうだったな。ミキストリアの父 ローレンス ユリウス・マルキウスだ。本当にありがとう」
「ソフィアですわ。感謝の言葉が見つかりませんわ。わたくしのことはソフィアと」
「侯爵様、ソフィア様、ショーコ カツラギです。よろしくお願いいたします」
「うむ。私のこともローレンスでかまわん。ショーコ嬢は侯爵家の恩人だからな。
立ち話もなんだ。座ろう。フィリップからも聞いているが、詳しく話を聞きたい。茶の用意を頼む」
侍女はすでにお茶の用意を始めており、すぐに提供された。ちょうどそのタイミングでフィリップがサロンに入ってきた。
「父上、お早いお着きで」
「おお、フィリップか。急がせたものでな」
「父上、詳しい話も良いですが、その前に手紙の件……」
ローレンスはフィリップに最後まで言わせなかった。
「わかっておる。おおむねフィリップの考えた通りでよかろう。
ただ、ダニエルの婚儀は早めたほうがよかろう。事が大きすぎて婚約者では話せん。だからといってデキウス侯爵を後回しにするのも良策ではない。ダニエルとアレシア嬢の婚姻を進め、侯爵家の一員としてかかわってもらう必要がある。デキウス侯爵にも親戚として2人の保護の輪に加わってもらう」
「そうですね。それがいいですね」
フィリップがしまったという顔をしたのをミキストリアは見逃さなかった。
(お兄様、手抜かりましたわね。時間も足りなかったですし、無理もないですが)
「婚儀も王都ではできん。婚儀にミキストリアとショーコ嬢が出るとなれば、どんな輩がからんでくるとも限らん。規模は小さくなるが領都がいいだろう」
「この話のためとあれば、デキウス侯爵も反対されないわ」
ローレンスとソフィアはこの件を道中話し合ったようで、対策がすらすらと出てくるのであった。
「さぁ、辛気臭い話はお終いだ。ショーコ嬢とミキストリアの驚くような話を聞かせてくれ」
「お父様、驚きすぎて腰を抜かさないでくださいね」
「大丈夫だ、馬車の中で手紙を読んでもう腰を抜かしたからな」
「自慢げに言うことですか……」
ミキストリアは項垂れて言った。
「もう、大変だったのよ」
堪らずに噴出した祥子にソフィアが説明した。
「ソ、ソフィア、私の話はいいだろう? 今はショーコ嬢とミキストリアの話だ」
「はいはい」
「父上、ダニエルも呼びましょう。臭しい話を聞きたくて業務を休んでいるのです」
「そうか。ダニエルを呼んでくれ」
「マルティナも呼んでくれ」
マルティナと「待て」をくらっていたダニエルが喜び勇んでやってくるのを待ち、ミキストリアは祥子と1年足らずの異世界での詳しい話をした。
ミキストリアが魔法の開発の話をすると、何度聞いても驚きだといわんばかりにフィリップが頭を振る。
「何度聞いても驚くな、この話は」
「さすがに攻撃魔法はここではお見せできませんが、例えば<サークルライト>」
ミキストリアはライト魔法の魔改造版である、サークルライトを発動した。直径2mくらいの円形の光がサロンの隅に出現する。
「おお」
「こんなことが……」
ミキストリアは少し調子にのり、席を立ってテーブルから離れると、ダニエルにコインを投げるよう頼んだ。
「ダニエル、背中を向けたらコインを2つ投げてくれる? <イージス>」
ダニエルが両手で山なりに投じたコインは、ミキストリアに近づいたところで光の粒子になって消えた。
「なんと!」
「これは……」
ミキストリアの収納魔法を知っている侯爵家としても、「背面キャッチ」は常識外であった。
「ミキストリア、もう一度聞く。その力をどう使うつもりなのだ?」
「お父様、わたくしのこの力だけでなく、祥子の知識と力は、王国に大きな変化をもたらす可能性があります」
「そうだな」
「それは良いことも悪いことにもなりえるでしょう」
「その通りだ」
「ですので、わたくしと祥子は、女神様の使命のためだけにこれを使おうと思っております」
「だがその使命はまだわかっていない。そうだな?」
「はい。わかっておりませんが、わたくしが非道なことに力を使えば、女神様の導きも失われるものと思っていますわ」
ミキストリアがそう応じると、侯爵は目をつぶり、腕組みをして考え込んだ。数秒後、腕組みをほどき、ミキストリアを見つめてくる。
「そうか。では、われらは女神派を作るとしようぞ」
「女神派? ですか?」
ソフィアは何かを悟ったようだったが、ミキストリアも他の誰もが、ローレンスの意図をくみ取れなかった。
「そうだ。ショーコ嬢とミキストリアの保護は4貴族で完全に行えるものでもなかろう。味方は多いほうが良い。
女神が争いを好むとは思えんから、その使命は進んで戦を起こすものではあるまい。受けて立つことは必要かも知れんがな。
貿易派の中にも戦を好むものはおる。逆に内治派でも戦を好まぬものも居よう。戦に頼らず国を強く、富ませていけるのか。それを問われているのではないかな? 女神がただの戦や国を滅ぼすためにミキストリアを使うとも思えん。違うか?」
「そのようなことはありません」
ミキストリアはきっぱりといった。
「わたしも同じ考えです」
祥子が付け足してくれた。ミキストリアは祥子に笑顔を向けた。侯爵は2人に笑顔で頷くと言葉を続けた。
「であろう。女神の使命の具体的な中身はわからぬが、その行きつく先は王国のよりよい未来であるはずだ。それを目指して共に行動する新しい一派である」
「父上、侯爵家が無くなる未来をどうお考えですか? ショーコ嬢の話ではショーコ嬢の国に貴族はなく、すべて平民であると」
フィリップの爆弾発言にマルティナとダニエルは思わず息をのむ。針一本落ちてもその音が聞こえそうなほどサロンは静まり返った。
「うむ。本来貴族は民を護り、王を助けて政を行うのが役目だ。その役目のために特権を持っておる。民を護る役目や政を行う役目は、ショーコ殿の世界ではなくなっているのかな?」
「いえ、それぞれを行う組織があります」
「そうか。であればよいのではないかな? 仮に貴族がなくなるとしても今すぐではなかろう。永いうちに貴族が無くなったとしても役目は変わらず残る。我が家はその役目を担い続ければよいではないか」
「父上、ご賢察、恐れ入りました」
「無能な貴族が役目を追われるのであれば、逆に良いかもしれんな」
「お父様、黒過ぎます……」
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お茶の準備を終えて遠ざけられていた侍女たちであったが、それでも時折聞こえてくる侯爵家にあるまじき驚きの大声に、いったい何を話しているのだろうかと噂になっていたと、ミキストリアは後で侍女マリアから聞いて苦笑いをするのだった。
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