兄との話
「ミキストリアもショーコ嬢も疲れているだろう? 今日はこのくらいにしよう」
兄フィリップの声でサロンでの話はお開きになった。
ミキストリアは湯浴みをし、一休みすると、侍女に言った。
「マリア、ガウンをお願い。祥子と話してくるわ」
「ミキストリア様、夜も遅いですし、第一その格好では……」
「いいのよ。あなたもサロンで話を聞いたでしょう? 祥子はまだまだ不安に思っているはずだから」
「そうかもしれませんが……」
「行くわよ」
「ミキストリア様!」
渋るマリアを置いて部屋を出ると、諦めたのかマリアはミキストリアの前に出て先導し、祥子がいる客間に向かった。客間を担当していた侍女サマンサも、ミキストリアに付いた侍女マリアが来たことで驚いたが、祥子何か言われたらしくドアを大きく開けた。
「ミキストリア様、あまり驚かさないでください」
「あ、サマンサがついてくれたのね。安心だわ。よろしくね」
祥子についた侍女サマンサは侯爵家勤も長くミキストリアもよく知った顔であった。兄フィリップの計らいだったかもしれない。
「祥子、何か困ってない?」
「ミキ、来てくれたのね、ありがとう。困っていると言えば、侯爵家の流儀が全くわからないことかな」
「ふふふ、直ぐ慣れますわ」
その後ミキストリアは侍女を遠ざけ、明日以降のことについて祥子と話をした。
〜〜〜
翌朝の朝食の席上で、兄フィリップが何気ない雑談から話題を変えて言った。
「昨日グレータにも知らせておいたから、昼前にでも来るだろう。ミキストリアとショーコ嬢は相手をしてやってほしい」
「グレータお姉様ですか? もちろん構いませんがお兄様は会いませんの?」
「私はルキウス様と昨日の話をしてくるつもりだ。ルーカス様も同席されるかもしれない」
「わかりましたわ。あ、祥子、説明すると、ルキウス様はグレータお姉様の夫で、ヴァレリウス公爵家長男、次期公爵。ルーカス様は現ヴァレリウス公爵よ」
「午後には戻ってくるつもりだから昨日の話を詳しく聞かせてほしい」
「私も楽しみにしています」
「ダニエルは勤務に行きなさい。早ければ明日には父上も戻ってきて同じ話になるからそこで聞けばいい」
「はい、兄上……」
「宮廷魔法師団にも話をしに行くつもりだが、ミキストリアはどうしたいのかな」
「退団扱いになっているということでしたので、そのままでお願いします」
「復帰の意思はないということだね?」
「ええ」
兄フィリップの予想通り、姉のグレータが前触れの直後に本人が訪れるという荒技で現れた。ミキストリアと祥子はにこやかに対応し、情報隠匿を約束してもらった上で昨日と同じ話をした。
この日のメインは午後の兄との話だった。最近の流行などありきたりな話で昼食を終え、サロンに移動する。サロンには、マルティナも同席した。マルティナは侯爵家と同じ貿易派であるマリウス辺境伯家から嫁いできており、ミキストリアと祥子の話は実家の辺境伯家の将来も左右するものだったので、フィリップに頼んだのであった。
「グレータは嵐のようだったそうだね」
「ええ、大嵐のようでした」
「まぁ無理もないだろう。許してやってくれ」
「気にしておりませんわ」
「さて、昨日の話は衝撃的すぎたが、私なりに考えても不思議なことがある」
「不思議ですか?」
「そう。ミキストリアは幸い帰ってくることができたが、今までもいなくなった人、異世界に行ったのかどうかは別にして、そういう人は何人もいても、帰ってきた人はいない。帰ってきた人がいれば噂になるから必ず知られることになる。ミキストリアが帰ってきたことも大きな噂になっているそうだよ」
「そうなのですね」
「しかも今回はお世話になったショーコ嬢も一緒だ。これが全部偶然の、たまたまの出来事だとは信じられない」
この話が出ることはミキストリアは予想していた。
「……そのお話をする間に、お兄様にお聞きすることがあります」
「なにかな?」
フィリップはミキストリアの様子を面白そうに見ながら聞いた。
「わたしの今後の身の振りようをどうお考えですか?」
「ミキストリアのことは父上から任されているが、さすがにそれは父上の領分だ。相談が必要だよ」
「ファビウス辺境伯とのお話はどうなりましたの?」
「無くなった。辺境伯も既に再婚しているよ。ミキストリアが第二夫人でと望めば話は出るだろうが、父上はいい顔をしないだろう。私も推奨しない」
「望みませんわ。王家とはどうなさいますの?」
「難しい質問だね。ミキストリアが帰ってきたことは噂になっているし、衛兵や宮廷魔法師団からの報告もあるだろうからこちらからの報告は必要だ。実は、帰って来たということと状況が詳しくわかれば追って報告する、と一報してあるよ。ミキストリアの心配は何かな?」
「王家に嫁ぎたくありません。侯爵家のメリットもありません」
「なるほど」
侯爵家のメリットと聞いて不思議そうな顔をした祥子にフィリップが説明を加えた。
「ショーコ嬢には話していなかったが、ショーコ嬢ももう侯爵家の一員だから知って貰ったほうが良いだろう。実は王国の貴族は3つに割れていてね」
王国の貴族は3つに割れていた。王国を発展させていくという点では一致しているが、その志向する方法は全く違っていた。
内地派とされる派閥は、肥沃な土地を有する貴族が集まっており、農業を振興、拡大させることを重視している。農業の拡大には肥沃な土地が必要であり、好戦的とまではいかないものの、周辺国とのトラブルは戦争によって決着をつけ領土の拡大を狙う方向に傾きがちだった。自国での戦争を好むものは誰もいないが、出て行って戦うのを良しとする風が強かった。
貿易派とされる派閥は逆に、鉱業や加工業など商品価値を高め、貿易によって王国を富ませるという考えの貴族が集まっていた。定期的に交易し、継続的な利益を上げるには平和であることが必要であり、周辺国とのトラブルは戦争よりも交渉によって解決する方向に傾きがちだった。貿易を守るための戦争は厭わなかったがそれは権益を守るためであり領土のためではなかった。
さらに、中立派といえる一派があり、どちらの派閥にも与せず、その都度状況に応じた判断で動いていた。
ユリウス・マルキウス侯爵家やマルティナの実家であるマリウス辺境伯家、姉グレータが嫁いだヴァレリウス公爵家は貿易派である。ミキストリアの嫁ぎ先に上がったファビウス辺境伯家は中立派で、中立派を味方に付けたいという貿易派の思惑も絡んでのことだった。
ここで厄介なのは王家で、どの王の時代でもそれぞれの派閥が王族の主要人物を担ぎ上げるため、王宮は安心できる場ではなかった。特にミキストリアと祥子の持つ異世界の知識は、力関係を激変させることは間違いなく、軋轢や裏工作が比例して激しくなるのも容易に想像がついた。その争いで消耗するくらいなら、侯爵家で異世界の知識を活用し、結果として王国を利するという方がいいはずだ、というのがミキストリアの言い分である。
「その意見には賛成だな。で、私の疑問への答えはあるのかな」
「女神様の導きです」
「くっくっくっ。これは想定していた中にはない回答だよ、ミキストリア」
ミキストリアの直球の回答をフィリップは面白がってみせた。目は笑っていない。
「あちらに飛ばされたとき、力をつけろ、と。その後、戻って使命を果たせ、と。そう告げられたのですわ」
「なるほど。もしかしてショーコ嬢もかな?」
「わたしは、ミキストリアを頼む、と言われました。次の時には、女神様に頼み込んでこちらに連れてきてもらいました。ミキを助けたいからって」
「そうか。ミキストリアが恩人というのも頷ける。ありがとう、ショーコ嬢」
フィリップが頭を下げると、ミキストリアの横で祥子が慌てて行った。
「おやめください、フィリップ様。当然と言いますか、わたしの好きでしたことですので」
フィリップは顔を上げると言った。
「それでもありがたいことには変わらないよ。先程は、侯爵家の一員と言ったが、本当にそう思ってくれて構わない。父上にもその旨伝える」
「ありがとうございます」
「さて、2人の力を侯爵家でというのはいいが、何か考えがあるのかい?
まさかとは思うが、侯爵家の害になったり、ひいては王国に仇するような事ではないと思うがそこはどうなのかな?」
「お兄様、何をするかなどは全てこれからです。ですが、女神様の導きで行うことが侯爵家の行く道と違うのであれば、侯爵家がその道を変えるべきなのではないかと思案しますわ」
「ふむ。そうくるか。言い分はわかるが、2人の行いが女神様のお眼鏡にかなっているのか、というのは見ていく必要があるよ」
「ええ、もちろんです」
「マリウス辺境伯家にもいえることですわ」
「ヴァレリウス公爵家にもだね。ダニエルの婚約者のデキウス侯爵家もだ。この範囲にはこの話をする必要があるよ。母上の生家のランバート侯爵家もだ」
「承知しております」
「いや、思った以上に大事だった」
「ミキストリア、女神様のいう使命はわからないということだけど、力を、というのはわかったの?」
「お義姉さま、たぶんそれは魔法のことかと」
「魔法?」
「はい、攻撃魔法が使えるようになりました」
「何だって!?」「何ですって!?」
フィリップとマルティナの声が被った。
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