侯爵家に帰る
ミキストリアと祥子は、セバスチャンの乗ってきた馬車で、王都の侯爵邸に向かった。セバスチャンは御者の隣に乗り、車内はミキストリアと祥子だけである。
「なんか緊張してきた」
「そんな必要なありませんわ、祥子」
「え、だって貴族だし。侯爵だし」
「祥子はそのままで良いのですわ」
「ひぇん」
「わたくしが居りますわ」
侯爵邸に着くと、ミキストリアはセバスチャンのエスコートで馬車を降りた。ミキストリアは、祥子が慣れないエスコートでまごついているのが微笑ましくなった。
「ミキストリア様、お帰りです」
セバスチャンが玄関の大きな扉を開けると、ホールでは家令、使用人、侍女が並んで待っていた。ミキストリアは帰って来たことを実感した。
「お帰りなさいませ、ミキストリア様」
「ミキストリア!」
「お義理姉様……」
列から出てきたのは兄嫁のマルティナだった。
「よく無事で……」
マルティナは涙ぐんでいた。
「ご心配をおかけしましたわ」
「こちらは?」
「後で説明しますが、不在の間に大変お世話になった恩人で、祥子ですわ」
「ショーコ カツラギと申します」
「まぁ、ミキストリアがお世話になったのですね。大変ありがたいことですわ。わたくしのことはマルティナ、と。さあ2人とも中へ。フィリップも急遽仕事から帰って来て、サロンでお待ちですわよ」
「ミキストリア!」
「お兄様、ただいま戻ってまいりました。ご心配をおかけしました」
「本当にみんな心配して大変だった。それもミキストリアが戻ってきたなら済んだことだ。こちらは?」
「わたくしが不在の間、大変お世話になった恩人で祥子です」
「ショーコ カツラギと申します」
「恩人。それはそれは。ミキストリアの兄のフィリップだ。ミキストリアが世話になった。侯爵家からの心からの感謝を」
「いえいえ」
「まぁ、掛けてくれ。ミキストリアももう居なくなったりしないのだろう?」
「フィリップ、悪い冗談が過ぎましてよ」
「ははは、すまない。父上にも連絡を入れたので直ぐに飛んで来られるだろう」
「お父様はどちらに?」
「ミキストリアの件以来、父上は落ち込んでいてな。今は母上と領地でゆっくりしていたのだよ。こっちに居ると色々と煩くてね」
「それは申し訳ないことを……」
その時、サロンの入口から騒がしい音と共に声が聞こえてきた。
「姉上! 戻られたのですね!」
「まぁ、ダニエル」
「ダニエル、何度も言っているが、屋敷の中とはいえもう少し礼儀を弁えてくれ」
「兄上、ミキストリア姉上が戻ってきたと言うのにそんな場合ではありません」
「ダニエル、相変わらずで何よりね」
「姉上もお変わりな……? 変わってなさすぎではありませんか?」
「ダニエル、ミキストリア。話の腰を折ってすまないが、食事の用意ができたようだ。続きは食事をしながらにしよう。ショーコ嬢も一緒に」
「お兄様、その前に1つお願いがあります」
「なんだい、ミキストリア」
「わたくしがこれからする話には、非常に重要な情報が含まれます」
「ほぅ」
ミキストリアは兄フィリップの眼が光ったように感じた。兄は笑顔を絶やしていないが眼は笑っていなかった。話を真剣に聞いている証拠だとミキストリアは判断した。父である現侯爵家当主がいないこの場で、兄フィリップが責任者であり、兄の支援は絶対に必要だった。
「その情報は侯爵家の将来を左右し、ひいては王国の先行きを左右するかもしれません」
「それは大きく出たね」
「ですので情報の秘匿をお約束ください」
「なるほど」
「それに加えて、祥子のその部分の知識、経験についてはわたくし以上です。侯爵家で祥子の身の保証と保護をお願いしたく」
「それだけのことを願うだけの話ということで間違いないね?」
「その通りです」
「わかった、願いは2つだったが……」
ハッとしたミキストリアは礼儀を無視して割り込んだ。必死だった。
「2つで1つです」
「あははは。ミキストリア。言うようになったね。面白い。随分と貴重な経験をしたようだね。
わかった。これから聞くミキストリアとショーコ嬢の話は侯爵家の秘匿情報とする。父上も反対はないはずだ。いいね?」
フィリップはそう言うと、念を押すように居並ぶ面々を見回した。フィリップの目線を受けた人は次々に頷く。
「そしてショーコ嬢、あなたのことは侯爵家が保障しよう。この家を自分の家と思ってくれていい」
ミキストリアはホッとして息を継いだ。祥子に生活の糧があり、祥子の心一つで安全に生活を送れたあちらの世界とここは違う。侯爵家のサポートは必須なのだ。父や兄なら問題ないとは思っていたものの、第一関門とも言うべき課題が一つクリアできたことでミキストリアは安心できたのだった。
〜〜〜
ミキストリアは侯爵家の使用人の能力を疑っておらず特別な指示はしていなかったが、使用人たちはその期待に十分すぎるほど応えた。ミキストリアと称する者が現れたと衛兵隊の連絡を受けてから、使用人たちはマルティナの指示のもと、領地にいる父である現侯爵と兄フィリップ、弟ダニエルに連絡を入れ、まだ残されていたミキストリアの部屋を整え、普段より豪華な食事の準備をしていた。ミキストリアが祥子を伴って帰ってきた時には驚いたが顔には出さず、サロンでのお茶の間に急ぎ夕食のセッティングを変え終わっていた。今も祥子用として客間の準備が続けられているはずだった。
夕食の席でミキストリアは祥子を横に呼んだ。ミキストリアはその際、
「2人が離れて座ると、わたくしと祥子をみんながキョロキョロすることになって首が疲れますわよ」
と冗談を言って笑わせた。祥子は小さくありがとうと言うのを聞いて、ミキストリアは気遣いが伝わったことを知った。
こちらに飛ばされる前に夕食はとったはずだが、普通にお腹は空いており、盛大に出てくる料理を少しずつ残しながらミキストリアは料理を楽しんだ。祥子も緊張していた様子ながら楽しめているようでミキストリアは気が楽になったのだった。
ミキストリアは、宮廷魔法師団の任務の帰りに見た白い光の話、異世界である祥子の家で目覚めたこと、祥子に衣類や食事、お金などで大いに世話になったこと、あちらは科学文化の高度に発展している世界であることを話した。行った先が異世界であると言う話は、突飛すぎて流石の侯爵家の面々も息を呑むほどであった。滅多なことで表情を崩さない侯爵家の使用人ですら、一瞬その動きを止めたほどである。
ミキストリアは自分と祥子のワンピースを指し、この見たこともないデザイン、柄、生地などは異世界のものだと言って説明した。さらには収納から七海のシャンパングラスをテーブルに出して見せた。
「これが、あちらの世界で使われているシャンパングラスですわ。この品はあちらの世界でも上等な品なのですが、王侯貴族専用というわけでなく、一般の人の手の届く値段で売られているのですわ」
侯爵家で使われているグラス類を作る職人も、技術だけを見たら地球の職人と遜色ないかもしれないが、道具や材料の品質、材料や作成工程についての科学的な知識の裏付けという点では比較にならなかった。侯爵家の誰が見てもあり得ない見事さだった。
「これほど見事な品は見たことがない」
兄フィリップが唸るように言った。
「ドライヤーやエアコンなどの斬新な魔道具もあちらの世界から来た職人が作ったのではと、2人で話していたのですわ」
「それは頷ける話だね。いや、これは驚かせてもらったよ、ミキストリア。秘匿情報というのも当然だ」
「ええ」
「ショーコ嬢の身をというのも、その通りだ」
「ありがとうございます」
ミキストリアと祥子の日本での生活についての話は、食食後にサロンに移っても続いた。ミキストリアと祥子は馬車で打ち合わせた通り、女神関連とミキストリアの魔法開発の話はせず、生活の様子などに限定した。それでも目端の効く貴族であれば、新規事業や新商品開発などのヒントが満載されていたのだった。
ミキストリアがあちらでは1年しか経っていないという話はさらに驚きを誘った。
「ということは、ミキストリア姉上は私より年下ですか?」
「なっ! わたくしが年下でもあなたは弟よ!」
末子ダニエルのなぜか嬉しそうな台詞と、ミキストリアの必死そうな物言いは皆の笑いを誘った。
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