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異世界ヒーラー世界を治す  作者: 桂木祥子
2章 修行編
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さらに新たな魔法


その日は夏の暑さも和らいだような陽気だったが、夕方になるとあっという間に荒れ始め、夜には急な豪雨となった。ミキストリアが、まだ帰宅しない祥子の心配をしだした時、玄関が開く音がした。


「ふぅ、参ったわね」


玄関には全身を濡らした祥子がいた。


「バスタオル持ってきますわ」


ミキストリアは慌てて脱衣所へ向かう。


「連絡くれれば行きましたのに……」


ミキストリアがバスタオルを渡しながら言うと、祥子が笑顔を向けてきた。この笑顔にミキストリアは弱い。


「ありがとう。ミキに連絡することも考えたんだけど、すぐだし大丈夫かと思ったのよ」


祥子の笑顔で一瞬ほんわりとしたミキストリアだったが、その顔色が青白かったことに気づくと、即ヒールをかけた。


「祥子、顔色が悪いですわ。<ヒール>」


だが祥子の顔色は変わらなかった。祥子は雨でずぶ濡れになり体温も下がって顔色が悪いのだが、低体温症とまではなっていない。要するに病気にはなっていなかった。病気ではないのでヒールでは治らない。ミキストリアのいた世界でもこの程度の症状でいちいちヒールなどしない。火に当たって体を温めろと言われて終わる程度である。


「ありがとう、ミキ。さすがにここまで濡れると夏でも寒いわね」


バスタオルを使いながら、何でもないような口調で祥子が言うが、ミキストリアは気が気ではなかった。焦った。魔法しか取り柄のない自分のその魔法が効かないのは、自分が価値を失ったような気がした。祥子のこのセリフでようやく体が冷えていることに気づいたミキストリアはもう一度ヒールをかけた、術者の意図を変えて。


「<祥子の体を温めて!ヒール>!」

「もう一回魔法掛けてくれたの? 大丈夫よ。でも体が暖かくなってきたわ。う、冷たっ!」


魔法の出現位置や対象など、術者の意図通りに魔法が発動するよう訓練するのは当たり前のことである。意図していない対象に魔法の効果が及ぶなど論外で、魔法が使えるとは言えない。とはいえ、魔法の効果は術式で表されているので、術者が意図すればなんでもできるというわけでも無い。ミキストリアの世界の常識からすると異常であるが、ミキストリアはMPを過剰につぎ込んで術者の意図を補強し、術式にない効果を出すことを覚えはじめていた。この時も祥子の状態を見誤り、焦った挙句、通常とは違う効果となるヒールを使っていた。ミキストリアの意図通り、祥子の体温は戻り、むしろ平熱よりも少し上になるくらいだったので、祥子は逆に冷たいびしょ濡れの服が気になったほどである。


(ヒールが効いて良かったですわ)


ミキストリアは何が起きたか、自分が何をしたか、気づいていなかった。


~~~


ある日の夕食の後、祥子とミキストリアはコーン茶を楽しんでいた。


「ちょっとぬるくなっちゃったけど、これはこれで悪くないわね」

「ええ、そうですわね」


ふと祥子がリビングの天井を見つめて考え込んだ。


「祥子?」

「え? あぁ、そういえばこの前、ずぶぬれで帰ってきてミキに温めてもらったなぁ、って思い出してね」

「そういうこともありましたわね」

「コーン茶も温まったりするのかしら? あ、やってくれって言っているわけじゃないのよ、ふと思っただけ」

「やってみますか? <ヒール>」

「……」

「無理っぽいですね。そもそもヒールは人にしかかからないですし」

「そりゃそうよね」

「温度……。温度ってなんでしょうか?」

「いきなり哲学ね!

…… そういうのは七海の担当だわね」


祥子はスマホを取り上げると、3人のグループチャットにメッセージを書き込んだ。


(祥)七海、温度って何?

(七)いきなり何? いみふ。

(祥)ははは。温度ってなんで上がったり下がったりするのかな

(七)エネルギーが入ったり出たりしたから

(祥)なるほど

(祥)わかんない

(七)w

(七)ちょま

(七)<URL>

(祥)Thank You!

(祥)みてみる


ミキストリアも、次々と通知音を上げる自分のスマホ画面を見ていたが、とてもではないが割り込めるスピードではなかった。ミキストリアは教えてもらったウェブサイトを見てみたが、よくわからず、その後何日か、ネット情報を読みふけることになった。結局のところよくわからないままではあったが、すべての物質は分子というものでできていて、その分子は物質の中でも動いており、その動きの激しさが熱となっているということのようだと、さっくりと考えた。寒い場所でじっとしていると寒いままだが、作業するなど動き回ると体が温まるのは知っていたので、そういうことなのだろうと思ったのだ。ミキストリアは七海に聞くことにした。


(ミ)そう思ったのですわ

(七)まぁそんなかんじ

(七)だから動いていないのが絶対零度でそれ以上冷たくならないんだよ

(七)でも熱いほうは無限に熱くなる

(ミ)ふしぎですわね

(ミ)ありがとうございした


大雑把な理解ではあったが、ミキストリアは自分の考えがあっていることがわかった。あとは実験するだけだった。


「<水の分子よ。激しく動け! ヒール>!」


ミキストリアはコップに水を入れると、500 MPをつぎ込んで魔改造版ヒールを発動した。宮廷魔法師団の上司が聞いたら休暇を取って頭の疲れを取れと命令されること間違いなしの非常識な詠唱である。ミキストリアはこれまでの経験で、魔法の魔改造には大量のMPが必要なことを知っていたが、多すぎるMPが予期せぬ効果を発揮してしまうことも知っていた。


嫌な予感がして500にした。この予感がミキストリアを救った。もっと大量のMPをつぎ込んでいたら水蒸気爆発が起きてもおかしくなかった。コップの水は湯気を出していた。


そんなことは知らないミキストリアは成功に気をよくした。


「<水の分子よ。止まれ! ヒール>!」


水はぬるくなった。もう一度詠唱すると水が凍り付いた。コップにも霜が付くほどだった。ミキストリアがここでも幸運だったのは、ほどほどの量のMP、とはいえミキストリア基準だが、でやったため、素手で触ると危険なほどには温度が下がらなかったことである。ヒールで治るとはいえ、怪我をするような実験をしていたことを祥子が知ったら、数時間のお説教タイムが待っているのは間違いなかった。


祥子と七海にこの話をしたミキストリアは、新しい魔法に喜んでもらえたが、それ以上に説教されることになった。


「ミキちゃん、水蒸気爆発っていうのがあってね」


七海のお説教は長かった。ミキストリアは全身に氷水をかけられたような思いだった。無茶なMPをつぎ込んでいたら起きていても不思議はなかった。


「あと、温度のめっちゃ低いものに触ると手がくっついたりするんだよ。知ってた?」


(危なかったですわね。少な目のMPでやっておいて正解ですわ)


ミキストリアはあまり反省していなかった。ヒールで治すことができると知っていたからである。


(とはいえ、実験は発動しないかもしれないぎりぎりのMPから始めるのがいいですわね)


翌日からミキストリアはさらに実験を重ねた。遠くの目標物には効果が及ばなかったが、50cm 程度に近づけば温度制御することができるようになった。


「ミキ、これは絶対に人に使っちゃだめよ」

「ミキちゃん、これってもう立派な近接攻撃魔法じゃん。むしろ暗殺用?」

「ミキは攻撃魔法ばっかり覚えて、何するつもりなの?」


ミキストリアは何も言い返せなかった。


温度制御魔法「ヒートアップ」「クールダウン」の完成である。暗殺にも使える? 便利な魔法であった。


読んだいただき、ありがとうございます。評価、感想おまちしてます。

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