女神様からの指示
「まさかこんなことになるとは思ってなかったからおにぎりしかないのよ。ピザがすぐ届くはずだから、食べながら待ちましょう」
そう言いながら祥子がカップと皿をミキストリアの前に置いた。カップはお茶が入っているようだった。初めての香りだが嫌な感じではない。皿には、黒い紙のようなもので白い麦を固めたものを巻いたものが乗っていた。
これは本当に食べられるものなのか?
思わずミキストリアは皿から視線を上げ祥子を見た。
「カップはジャスミン茶よ。ティーバッグだけどね。
それはおにぎり。黒いところを持ってこう食べるのよ。中身は鮭ハラスだから美味しいわよ」
不審感が顔に出ていたのか、祥子が食べる真似をしてみせた。祥子はいただきますと小さく言って自分のおにぎりを食べ始めた。
(この状況で毒はないはず。この白い麦も生ではなく食べられるように調理してあるということ。何にせよこれを食べる以外の選択肢はないわ。
覚悟を決めなさい、ミキストリア!)
ミキストリアは内心で自分を叱りつけ、おにぎりに手を伸ばした。
「美味しい……」
「でしょ? 鮭ハラスは正義よね」
おにぎりは美味しかったが、祥子の台詞の意味はわからなかった。
呼び鈴が鳴り、祥子はピザを受け取って戻ってきた。お酒は大丈夫かと聞かれたのでうなづくと、王宮でも見ないような透明なガラスコップに黄色い飲み物を入れて渡してきた。
「ピザにはビールよね」
この意味はよくわかった。
ピザを食べ終わり、残ったビールを飲むと少し酔ったかもしれなかった。
(早めにステータスを見ておくべきですわね。魔法がこの世界で使えるのかも確認すべきですし)
ミキストリアは目の前の空間にステータスを表示させた。詠唱なしでも魔法は発動できるのだが、ほとんどの魔術師は魔法の発動も威力も安定するために詠唱するのが一般的であった。ミキストリアはレベルも高く、魔法の発動に必要となるMPの保有量も多いので詠唱しないこと多かった。そもそもステータスに威力は必要ない。
(とりあえずステータスは発動できますわね)
「何ということ!」
思わすミキストリアは小さく声を上げた。ステータス表示が思いもよらなかったのだ。
名前: ミキストリア ユリウス・マルキウス
年齢: 19
LV: 27
魔法LV: 33
職業: 異世界人(元侯爵令嬢)
状態: ほろ酔い
HP: 420/424
MP: 300/1259
スキル:
聖魔法、闇魔法
魅了 (パッシブ)
異世界言語理解(読む、聞く、話す)※チート
属性:
女神ユグラドルの導き(小)
(ステータス値が全部表示されませんわ。魔法の発動が完全ではない?
他の魔法も早いうちに試した方がよろしいですわね。
この、職業:異世界人というのは、ここが別の世界だという事で間違い無いということですわ。元侯爵令嬢、もそうですが実際こうして見せられるとショックですわね……)
(女神様の導きというのも今まではありませんでしたわ。これがどのような効果があるのかもわかりませんけど。小というのも……。
それから、この異世界言語理解というスキルで会話ができているということのようですわね。読む、聞く、話すということは、書くのはできないということかしら)
「どうしたの?何かあったの?」
「え?」
「だって急にびっくりしたような声を出すから……」
「失礼しました。ステータスを確認していたのですが、ちょっとおかしなことがありまして……」
「ステータス?」
「ええ」
「それって魔法?」
「生活魔法ですわ。こちらには魔法は無いのですか?」
「ないない、魔法なんてお話の世界だけだよ」
「そうなのですね」
「うん、で、魔法そのものも気になるんだけど、ステータスがおかしいってどういうこと?」
「ステータス情報は無闇に人に教えるものではないのですが…」
「あ、ごめん。聞かない方がいいなら聞かない」
「結構ですわ。ステータスには職業の欄があるのですが、異世界人となってまして……」
「それって……」
「ええ、わたくしが別の世界からここにきたということは不本意ながら事実のようですわ」
「……そういうことね」
「それと、……」
ステータス表示そのものが変な状態だ、ということをミキストリアが話そうとした時、部屋の隅に拳ほどの大きさの白い光が出現した。それに気付いた2人が目を向けると光は急に大きくなり、部屋を明るく照らした。
(この光は、まさかあの時と同じ……)
それはミキストリアが元の世界で最後に見た光とよく似ていたが、視界全てを覆うほどの大きさにはならず、目を閉じても眩しくていられないというほどでもなかった。
『ミキストリア、力をつけなさい』
(え、今のは……何?)
頭の中で小さく響く女性の声にミキストリアは困惑した。
「え、あ、はぁ、はい……」
祥子が気の抜けた返事をする声が聞こえた。祥子にもその光は語りかけたようだった。気づくと光は消え、部屋は元の通りだった。
(今のは何だったのでしょう……。力をつけろとは?)
「祥子は何か聞いたのですか?
返事していたようでしたが」
「え、うん、そ、そう。
『ミキストリアを頼みますよ』って言われた……」
「わたくしを、ですか?」
「うん、『そのための力も授けた』って言われたけど、力って何かな。別に強くなった感じはしないけど」
「力ですか? ステータス見てみますか?」
「他人のステータスも見られるの?」
「普通は見る必要もありませんし、場合によっては敵対行為となりますので見ませんが、同意があれば見られます。
怪我や病気で失神している時に治療のためにステータスを見るということもあるので、家族間は条件付きで同意しておくのが一般的ですわ」
「そうなのね。じゃあ一回だけ見てもらおうかしら。気になるしね」
「そうですか。それでは。<ステータス>」
ミキストリアはステータス魔法を詠唱した。本来は詠唱する必要はないのだが、自分のステータスがすべて表示されないということがあったので念のためであった。元の世界でも知られていなかったが、実はステータス魔法は鑑定魔法の簡易版・機能限定版で、魔法全体の効果が減っているこちらの世界では詠唱なしで他人のステータスを見ることは出来なかった。ミキストリアは念のためにと詠唱したのでステータス魔法は無事発動して、ミキストリアの前に情報を映し出した。このステータス情報は発動者にしか見えない。
名前: 桂木 祥子
年齢: 23
LV: 10
魔法LV: 2
職業: 会社員、ミキストリアのお世話係
状態: ケガ(小)
HP: 10/101
MP: 2/14
スキル:
精神耐性
属性:
女神ユグラドルの加護(小)
(やはり、表示されるのは一部だけですわね)
「ど、どう? 何かわかった?」
「そうですわね、祥子が歳上ということがわかりましたわ」
「いやいや、今その話じゃないから!」
「職業は会社員? 会社員とは? 修道女ではないのですか?」
「修道女? 何でそんなことになるわけ? 会社員っていうのは会社に勤めてる人ってことで、ごく普通の職業よ」
「そうなのですね?」
「どこから修道女とか出てきたの?」
「その服装は修道服ではないのですか? てっきり闇教会の修道服とばかり」
「修道服? 闇教会? 意味わかんない、全然違うわ。これは喪服って言って、ちょっと訳があって……。
もう、その話はいいわ。それより他の情報は見えたの?」
「他ですか? 職業に『ミキストリアのお世話係』というのもありますわね。うふふ」
「お世話係? お世話係ってなによ。しかも職業? なってないでしょ……、あ」
「ええ、たぶん」
「『頼む』って言われてつい返事しちゃったんだった……」
「ええ、おそらくそれかと」
納得いかないとばかりの祥子であったが、そんな祥子を見てミキストリアは不安が少し減った気がした。