祥子の説教
ミキストリアは目を覚ました。ベッドで寝ていた。
いつものルーチンでライト魔法を発動しようとして、普段は消して寝るはずのナイトライトが点いていることと、誰かに抱きつかれていることに気づいた。横を見るとそれは祥子で、ナイトライトの薄暗いオレンジの光の中で、目が腫れていて泣いた跡が残っていることが見えた。
(祥子? 泣いていた?
いったいどういうこと?
わたくしは昨日、ライト魔法の実験で、MP切れになって倒れたんですわね。あれは失敗でした……。
ただ、最後のアレは成功していましたわ。ふふふ。後は、MP消費をどうするか、どの部分が成功の鍵だったのかがわかれば……)
ミキストリアが身動きしたことで祥子も目が覚めたようだった。
「ん……」
「おはようございます。祥子これはどういう……」
ミキストリアは最後まで言えなかった。祥子はミキストリアの顔をじっくり見るとミキストリアの言葉に被せて言った。
「ミキ!
あぁ、目を覚ましたのね。よかった。本当によかった。一時はどうなることかと……」
「あの、こ、これは……」
祥子はゆっくり上体を起こしてあぐらをかいて座った。ミキストリアの無事を確認した祥子は起きるなり激おこであった。
「あれもこれもないわよ!
いったい昨日のあれはどういうこと!?
びっくりしたじゃない!!
心臓が止まったかと思ったわよ!」
「え、あの……」
「今日は、ゆっくりと、説明してもらうわよ」
祥子は、地獄から来た使者のように言うと、スマホを取り出して何か操作した。
「今日は一日休みをとったわ。いくらでも話せるわよ」
祥子の笑顔は怖かった。目が全く笑っていなかった。
〜〜〜
ミキストリアは全てを祥子に話した。祥子の話をヒントにライト魔法の研究をしていたこと、蛍光灯の形状はなかなかできなかったこと、最後にヤケを起こしてしまいMP切れになったことも全て話した。
「と、最後はわたくしとしたことが、ちょっとやり過ぎてしまいましたが、結果は大成功だったのですわ。これで………」
「ミキ?」
ミキストリアは今度も最後まで言えなかった。
「ミキ?」
「なんですの?」
「ちょっとの失敗じゃないと思うんだけど」
祥子の声は低かった。笑顔はさらに怖くなっていた。
「いえ、あの、それは……」
「ちょっとやり過ぎって、ちょっとじゃないでしょ!」
「ですから……」
「MP切れって、宮廷魔法師団の魔術師としてもどうなのよ? ダメでしょ!」
「ぐぅ。……ですけど魔法師団ではそういったMP切れの訓練も定期的にしてますの。ですから……」
「訓練?」
「ええ、そういう状況に慣れるためにもあえてMP切れを起こすという……」
「そういう訓練って、2人1組とか、救護班がいるとか、そういうバックアップがあってやるんじゃないの?
1人でもやるわけ?」
「いえ、危ないので1人では……」
「やっぱり危ないんじゃない!!」
墓穴だった。ミキストリアはこってり2時間叱られた。
MP切れが危ないのは、倒れかた次第では大怪我をするとか、下手な場所で倒れると身ぐるみ剥がされるとか、二次被害のほうで、MP切れで身体的に問題が出るわけではない。というような説明をする余地は、ミキストリアには全く無かった。
「わたしだって本当に驚いたんだから!」
怒り冷めやらぬ祥子は、ミキストリアにあの後の状況を聞かせた。祥子が帰宅した時、リビングでライト魔法が光っていたこと。その下でミキストリアが倒れていたこと。それを見て心臓が止まるかと思ったこと。慌てて駆け寄って声をかけたけど反応が無かったこと。呼吸は安定していてちょっと安心したこと。でも顔色は真っ青で体温も低かったこと。慌てて部屋を暖めたこと。救急車を呼ぶべきか真剣に悩んだこと。寝室にミキストリアを運んで着替えさせたことを話した。祥子は話をするうちに、昨日の状況を思い出したのか涙ぐんでいた。
祥子に叱られているときは、ただのMP切れでこんなに怒られるなんてと内心少々反発していたミキストリアだったが、祥子がどれほど驚き、また辛い気持ちになったのかを知って申し訳ない気持ちで一杯だった。
「祥子、ごめんなさい。本当にごめんなさい。祥子にこんなに心配させるようなことはすべきではありませんでしたわ」
「もう、本当にやめてよね」
「ええ」
「約束よ」
「善処しますわ」
「約束できないってこと?」
「ええ、MP切れは最悪ですが、それ以上の最悪を避けるために、MP切れまで魔法を使うこともあり得るのですわ」
「そんなコワイ状況にならないでよ!」
「……善処しますわ」
「もう、相変わらず固いわねぇ。まぁ、嘘でハイって言われるよりは全然いいんだけどさ。
ふぅ。
で、成功したんでしょ?」
ミキストリアは満面の笑みを向けた。
「ええ、ついにやりましたわ」
「嬉しそうねぇ。お小言言いにくくなるじゃない」
祥子がようやく笑顔を見せたことで、ミキストリアの心も軽くなった。祥子に心配をかけてしまったという思いは、苦く辛かった。祥子の笑顔を見て、ミキストリアの苦い思いは軽くなる。
「まだ一回成功しただけですが、コツは掴んだと思いますわ」
「もうMP切れにはならないってことでいいのよね?」
「ええ、多分」
「多分?」
「あ、きっと」
「きっと?」
「あ、そうではなく、えー、ならないようにしますわ。ええ、なりませんわ」
「もう、本当にお願いよ」
その後、祥子との話の中で、MPが減ってだるさを感じるような状況や、MPが切れる寸前の朦朧とした状態を祥子が把握しておいた方が良いのではないかという話になり、後日ミキストリアは祥子の前でMP切れを起こして見せるのだったが、説明を聞いていたにもかかわらず祥子は焦りふためくことになり、目を覚ましたミキストリアはMP不足になるほど魔法は使わないと約束させられるのであった。
(祥子を泣かせてしまったのは大失敗ですわね。祥子にもわたくしの気持ち的にもまずいですわ。
今後は厳しくMP管理もしませんと。ヤケを起こすなど論外ですわ。
しかし、MP量が必要だったというのは盲点でしたわ。まだまだ、魔法はわからないことが多いですわね)
その後、ミキストリアは実験を重ね、ライト魔法の4倍程度の消費MPまで減らしても、筒状や筒を円状に丸めた光源を作ることができるようになった。星形はできなかった。MP全量を注ぎ込めば成功する予感がミキストリアにはあったが、祥子との約束を守る方を優先したのだった。
新魔法「バーライト」「サークルライト」が完成した。この魔法は光源を直線の筒状あるいは円形の筒状に変えるというだけである。広い空間をより均等に照らすという効果はあったが、通常のライト魔法でも照らすだけであれば問題なくできるので、4倍のMPをかけてやるまでのことではなかった。つまりはお遊び魔法だった。
祥子が起こしたハプニングで次の展開が見えてくるまでは、ミキストリアもたまに使うちょっと変わった照明としか思っていなかった。
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