七海の訪問 2
「どう? 信じる気になった?」
乾杯を終えるとグラスを置いた祥子が七海に聞いた。
「信じるも何も、ここまで見せられたら信じるしかないでしょ。あー、わかった、最初の友情云々もこれを黙っておけってことね?」
「ふふ、お願いする手間が省けて助かるわ」
「いやー、驚いた、マジで」
「どっきり成功ね」
「成功どころじゃないよ! 一生分驚いたよ!」
立ち上がっていかに驚いたかをアピールする七海に、ミキストリアは、この新しくできた友人を信頼してもいいとなぜか思うのだった。
「七海に話したのはね、まぁ、その腕が治ったらいいなってこともあったんだけど……」
「あ、お礼言ってなかったよね。驚きすぎて全部吹っ飛んでたよ。ごめん。ありがとう、ミキちゃん。すごく助かった」
「いえ、何でもないことですわ」
「あ、七海の腕の話を先にすると、ギプスはもういらないと思うけど、しばらくはそのままがいいと思うわ」
「……」
「急に治ったらおかしいでしょ? だから1回か2回診察を飛ばして、その後で、急に治ったみたいですー、って感じがいいと思う」
「そうね、それでもおかしいけどそのくらいよね」
「で、話を戻すけど、これからも、ミキがいいって思う範囲でミキの力を使ったほうがいい場合もあると思うの。また七海が骨折ったり」
「いや、そう何度も折らないし。まあ、続けて」
「ふふ。あと、今後ミキがどう暮らしていくかっていうのも、ミキが自分一人で考えて見つけてって大変でしょう?」
「ああ、読めてきた」
「わたしだけでやるのも限界もあるだろうし、ミキのことを七海に秘密にするのもなんだし、いっそ、七海にも力をかしてもらえないかな、って」
「なるほどね。うん、腕のこともあるし、わたしにできることがあったら力になるわ。もちろん秘密にする」
「信じてたけど、言ってもらえると嬉しいわ」
「ショーコの大事な友達は、わたしにも大事だよ。ミキちゃん、改めてよろしくね」
「ありがたいことですわ。こちらこそ」
三人の話は長く続いた。途中途中でミキストリアがヒールをかけたので、ほろ酔いのままずっと飲み続けられるのだった。
祥子と七海がする昔話は、ミキストリアに複雑な思いを呼び起こした。自分が知らない祥子を七海が知っていることへの羨ましさとちょっとした悔しさ、自分の知らない祥子の様子を知ることとができた喜びだった。ミキストリアにとって幸いだったのは、喜ぶ気持ちの方が大きかったことだろう。今、祥子と同居している。その事実も大きかった。ミキストリアの中に、祥子が大事にする七海を悪く思う気持ちは一切なかった。
3人の話は、祥子と七海の思い出、ミキストリアの世界の事、魔法の事など次々と変わっては戻り、尽きることがなかった。
「いやー、ヒールすごいね、ミキちゃん。酔っぱらわないからずっと飲んでいられるよ」
「それはそれでどうなのよ。お腹いっぱいよ」
「つい食べすぎますわね」
「でも魔法って聞けば聞くほど面白いね。プログラムみたいだよ」
「プログラム、ですか?」
祥子と七海は中学、高校で同級生で、その後大学での進路は別れたが友誼は続いていること、七海はコンピュータ関係の仕事をしているというのは聞いていたが、ミキストリアはプログラムと聞いても理解が及ばない。そもそもコンピュータもわからない。
「プログラムだと説明が難しいね。えっと、レシピにも似てると思ったよ」
「レシピ……」
「そう、たとえば夕食を作るっていうのがあったとして」
七海が言葉を選びながらミキストリアに説明した。
夕食のコースが、前菜、魚、肉、デザートとすると4つのレシピでこのコースができる。魚か肉かのどちらかだけにする、あるいはデザートをなくすなどで3品のコースも作れるがその場合でもそれぞれの料理のレシピは同じだ。4つのレシピで、内容が違う4つのコース料理になる。
さらに肉料理のレシピがもう一つあれば、コース料理のパターンは3つ増える。さらにもっと肉料理のレシピが、魚料理が、デザートが、とそれぞれのレシピが増えれば、コース料理としてのパターンは何倍にも増えていく。
数種類ずつのレシピの組み合わせでコース料理のパターンが変わって増えていくというのは、火や水といった属性と、アロー系やウォール系といった事象の組み合わせで魔法の効果のパターンが増えるのに似ている、というのだ。
「か、考えたこともありませんでしたわ」
ミキストリアは雷に打たれたかのような衝撃を受けていた。
「んー、魔法のことなんて全然わかんないから、あてずっぽうなんだけどね。
でも、属性魔法だっけ? 火とか水とか。それが別々の属性なのに、同じ動きをする魔法があるなんて、いかにも同じレシピを使いまわしてる感ない?
その、術式っていうの? 部分的に同じような記述が別の魔法に共通にあっても、驚かないかな。
逆に、同じ動きになる魔法が、全部全然違う術式なんだとしたら、なんて面倒で無駄なんだって思うかもね、ITの人としては。
シェフも同じだよきっと。3品コースと4品コースで同じ肉料理のレシピが全然違ってたら、やってられないんじゃないかな」
「……」
ミキストリアは言葉もなかった。
七海の与太話は正解を言い当てていた。魔法の全体の術式は、コース料理での各料理のレシピに相当する多数の部品のような術式で構成されており、その部品の術式は複数の魔法で共通に使われていた。部品の術式の入れ替えや、追加削除で異なる魔法として発動するのだが、ミキストリア初め魔術師は術式を意識していない。複数属性持ちは多くない上に活躍の場が多いので、それが必要とされる現場に出ることが多くなる。また魔術師の方でも、複数属性持ちが必要とされる難易度の高い仕事をスキルの高いものが受け持つのは当然と考えられてもいたし、名誉ともされていた。
宮廷魔法師団には術式を研究する部署もあったが、他の部署で手が足りなくなると優先的に支援要請がくる、予備役的にみられており、なかなか研究実績が出ないのも無理はなかった。
複雑な術式で魔法を発動する魔術師も、実際に術式を意識して発動しているわけではない。逆上がりをするときに、個々の筋肉の動きを細かく意識しなくても練習によってできるようになるのと同じで、魔法の発動も教官の手本に従って訓練しできるようになるという習得をしていた。術式は結果として体得するもので、術式を覚えて魔法の発動ができるようになるということではなかった。
何かの運動の際に、全ての筋肉の動きは意識できなくても、いくつかの重要な筋肉の動きに意識を向ける事でパフォーマンスが見違えることがある。同じことが魔法と術式との関係にも当てはまったが、それを理解し実践するまでには、まだまだ長い道のりが必要であった。
ミキストリアは、その長い道の、最初の一歩を踏み出しそうとしていた。
(こちらの世界の人の想像力はどうなっているのでしょうか……
ともかく、魔法の幅が広がるかもしれないとなれば、試さない理由はございませんわね)
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