ヒール魔法の魔改造
スクショ魔法でステータス情報を保存することに成功したミキストリアだったが、同時に取り組んでいたヒール魔法の改良は、ブレークスルーが起こせずに苦戦していた。苦戦の原因の一つはテストできないことだった。
ヒール魔法の改良のきっかけはラノベにあった。スクショ魔法開発の間、ミキストリアは魔法のヒントを求めて異世界ラノベを読み漁った。魔法に関わる記載だけ集中して読むという邪道であった。全ての物語で、ミキストリアの世界での魔法と一致する話はなかったが、科学的な知識の裏付けで魔法の威力が上がるという話と、術式を組み合わせることで新たな魔法を創り出せるという話は不思議と心が躍った。
ミキストリアは科学的な知識を求めてスマホや祥子に借りたパソコンでネット上の情報を読み漁った。週末には祥子とともに科学館で骨格標本を見たり、水族館で解剖された状態で展示された魚を見たりして、ネットで得た知識を補完していった。新しく知識を得ることは純粋に楽しかったし、祥子が仕事に戻ったことで2人で外出する機会も減っていたので、外出そのものも心待ちにするイベントだった。
問題は実践だった。
「ダメよ、ミキ。それはダメ。許せないわ。
あ、いや、わたしが許す許さないの話じゃないのかもだけど、そ、そうね、えー、見過ごせないわ!」
ミキストリアが、今まで得た科学的、解剖学的な知識を活かして回復魔法ヒールを改善したいと言った時、初めは喜んで賛同していた祥子だったが、ミキストリアが自分を傷つけてそれを治す計画だと知って盛大に反対した。
顔を赤らめて反対する祥子に、ミキストリアは狼狽えた。反対される理由も思いつかない。
「ですが、祥子も読みましたわよね、あのお話」
「読んだわ。科学的な知識を持って回復魔法を使うとびっくりするような効果が出るって話でしょう?」
「ええ、眉唾物の空想だとは思いますが、試してみるのも良いのではなくって?」
「だからって自分の体で試さなくても!」
「怪我した状態でないと試せませんわ」
「だからって!」
「もし上手くいかなくても、普通のヒールで治るから何の問題もないのですわ」
「そういう問題じゃなくってね!」
「……」
祥子は何か苛立っているようだったが、ミキストリアにはその理由はわからなかった。話し合いは平行線だった。
何かを思いついたようなちょっと悪い顔で祥子が言った。
「わかったわ! わたしがやる。わたしが怪我してミキが治せば良いんじゃない!!」
「そんなことできませんわ!」
ミキストリアは唖然として言った。なぜ祥子が傷つかなければいけないのか。わざわざ痛い思いをすることはない。ミキストリアは焦った。反対に、祥子は急に落ちつきを取り戻したような態度で返した。
「いいじゃない。普通のヒールでちゃんと治るんでしょう? わたしがやっても何の問題も無いはずだわ」
「いやそうでは無く……」
「じゃあ何よ?」
「祥子が傷つく必要はないではないですか」
祥子はニヤッと笑うと言った。
「ミキのため、なんていうとミキはもっと嫌がるから言わないけど、ミキはわたしが傷つくのを見たくないってことでしょう? わたしも同じよ。ミキが傷つくのは見たくないわ」
「……」
「もしミキが隠れてやってたらわたしもやるわよ。そんなのは嫌だから、やらないって約束して」
祥子がミキストリアを思ってする行動は本心からのもので、それがわかるミキストリアには勝ち目はなかった。
「約束しますわ」
「ありがとう、ミキ。でも、そうなると違う方法を考えないとだわね……」
「……はぁ」
ミキストリアは、放心したようにため息をついた。回復魔法の改善という重大な話のとっかかりが無くなって脱力していた。
「痛くない部分で試してみるのはどう?」
「痛くない部分といいますと?」
「そう、例えば……髪の毛とか爪の先とかどう?」
「髪の毛……」
「髪の毛って実は複雑な構造になってるのよ。それで実は結構傷んでいるのよ。詳しいことはちゃんと調べた方がいいけど、そういうのを知って、髪の毛にヒールかけたらツヤツヤ、サラサラになったりとか」
「……」
「爪も複雑な構造になってるらしくて、乾燥したり傷んだり、それで折れちゃったりって結構あるのよ。それがヒールで健康で強い爪になるとか良くない?」
それは、回復魔法であるヒールを美容に使うというアイディアだった。このアイディアは祥子とミキストリアの間で何回か話し合っていたのだが、ここでそのヒールの改良に美容視点で試すというアイディアは、ミキストリアは出せなかった。
「それは、試してみる価値がありますわね」
ミキストリアはゆっくり、笑いながら言った。祥子の柔軟な発想には感謝していたが、敵わないという思いと、このまま負けてはいられないという思いが混ざっていた。
ミキストリアは、早速髪の毛についての情報をネットで調べた。情報は氾濫していて、ミキストリアは簡単に色々な情報を知ることができた。
ミキストリアも祥子もきちんと髪の毛の手入れをしており、髪が傷んでいるという状態でもなかったので、敢えて髪に悪いと言われることをし、ヒールで治すという実験を繰り返していった。しばらくして祥子に荷物が届いた。
「おー、やっと来たよー」
「それはどう言ったものでしょうか?」
「これはね、デジタル顕微鏡って言って、小さなものを大きく見せてくれるのよ。しかも写真も撮ってくれるという優れものなの! 手に入れるのは結構面倒だったのよ」
「そんなものがあるんですね。小さなものが大きく見える……」
「そう、キューティクルが見えるのよ!」
「!」
「そう。ミキの魔法で髪がすこしツヤッとするのようになったじゃない? でも、どのくらい治っているものなのか細かいことがわからなかったでしょ?」
「そうですわね」
「で、これを使って傷んでいる時とか、治っている時を見ればもっとわかるかなって」
「そう言う事ですのね」
ミキストリアのヒールの技術は急速に進化しており、今ではヒールの対象を限定することでMP消費を減らすことができるようになっていた。ミキストリアも祥子も怪我をしなかったので試せなかったが、試すことができたら今まで以上の効果が出ただろう。
デジタル顕微鏡の威力は絶大であった。ミキストリアの髪へのヒールは効果はあったものの予想していたほどではなかったことがわかった。これは髪の毛が「生きていない」ことに関係していた。指を欠損するような怪我の場合、強力なヒールであれば指を再生することはできる。しかし、指から残りの体を再生することはできない。体から切り離されてしまった指は「生きていない」からだった。ヒールは生きている人にしかかからないのである。効果が多少なりともあったのは、ヒール魔法が効率化したのにも拘わらず通常のヒールよりも多くのMPを注ぎ込んでいたからである。
悪戦苦闘の末、髪の根本に近いほうは髪ダメージを回復することができるようになった。根元に近いほうが「生きていない」状態になってからまだ長い時間がたっていない部分だからであった。
さらに試行錯誤することで、毛先までダメージを回復できるようになった。デジタル顕微鏡に移る画像は、ネットなどにある正常な髪の画像よりもきれいにキューティクルが並んでいた。
宮廷魔法師団としてのプライドもあるミキストリアは、最適化にも拘った。小さなネズミ一匹を退治するためにあたり一面を焼土としてしまうような大きな魔法を使うのでは三流以下、宮廷魔法師団として失格である。目的にあう適正なMP消費量を突き止める必要があった。
その様子を見た祥子はヘアサロンを予約し、髪を少し明るく染めて帰ってきた。髪は少し艶を失っていた。
しばらくの間、色々な髪のダメージを作り修復していたミキストリアはついに髪用ヒール魔法「リペア」を完成させた。ミキストリアはすっかり気にしなくなっていたが、「生きていない」ものにヒールの効果を及ぼすと言う、実は天地がひっくり返るほどの衝撃的な内容であった。
カラーリングした髪も問題なかった。2人はシャンプーしか使わなくなった。
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