スクショの保管
ミキストリアはここしばらくの間、ずっと悩んでいた。
ステータスの、状態:片思い、の表示についてである。
この状態表示は、ミキストリアを混乱させ、困惑させもしたが、心を暖かくし、ミキストリアを前向きな気分にさせるものでもあった。初めて経験する恋心をミキストリアは大事にしていた。
同時に、いつかは元の世界に戻りたいという気持ちも強かった。戻りたいのだが、戻った時にこの気持ちがどうなるのか、ミキストリアは不安もあった。もし戻ることができたら、年齢にもよるが、辺境泊あるいは別の貴族に嫁ぐことになる可能性は高い。そうなったら、片思いの気持ちを抱えたままではいられない。侯爵家の一員としての誇りある行動を取る覚悟はミキストリアにはあった。
もし将来そうなってしまうとしても、変わってしまうとしても、今のこの気持ちは大事にしたかった。
要するにミキストリアは今のステータス表示をなんとか保存したかったのである。思い出として。
3週間もの間、ミキストリアは使える時間を全て使って試行錯誤したが手がかりすら見つかない。
ミキストリアは諦めきれなかった。スマホのカメラで写真を撮ってみてはと1週間ほど試行錯誤したが無駄だった。ミキストリアにも何故だかわからないが、ステータス表示は発動者本人しか見えないのである。それからすると、スマホのカメラに映らないのも当然であった。
何のヒントもない中、6週間目になってもミキストリアは諦めていなかった。ステータスの表示は変わらず「片思い」で、その点ミキストリアはホッとしていた。恋愛という観点からは何も進捗していないということにミキストリアは気づいていない。
7週目、祥子とのなんでもない日常会話で、スマホのスクショ機能を教えてもらった。写真を撮る他にも、スマホの画面に表示された情報は、スクショとして保存し後から簡単に見返すことができるのだ、と。
8週目、ミキストリアはまだ諦めていなかったが、進展はなかった。魔法も、恋も。
ある日、祥子が、友達からもらったという見事なシャンパングラスをミキストリアに見せた。フルートタイプのそのシャンパングラスは、透き通るように透明で、薄く、凝った飾りはないが上品で、優雅だった。
「ミキ、見て見て。凄いのもらっちゃったよ」
「これは見事ですわね」
ミキストリアは、これまでの生活で、現代社会の高度な工業製品に慣れつつあったが、それにしてもこのグラスは見事であった。
「引越し祝いってことなんだけど、引越ししてきた経緯を考えるとお祝いってどうなのよ?
しかも、4脚あるってことは、これにあうようなお酒を用意して招待しろってことだわね」
「ええ、美味しいお酒で使うべきですわ」
「そうよね、じゃあ美味しいお酒を手に入れるまでミキストリアが保管しておいてくれる? その辺に出しておいて割れたら大変だわ」
「保管……ですか?」
「あ、ごめんごめん、収納に入れてって意味だった。ミキの収納の方が安全だから」
「ええ、なんでもない事ですわ」
ミキストリアは頼まれた通りシャンパングラスを収納した。
ミキストリアはソワソワしていた。これが、今までずっと悩んでいたことのヒントだと感じたからだ。
ミキストリアは急いでトイレに駆け込むと、ステータスを表示した。そのままステータスを睨むように見たまま収納魔法を発動した。ステータス表示は消えた。この時、普段の収納魔法の発動より6倍多いMPを消費していたが、集中し、緊張もしているミキストリアは気づかなかった。
ミキストリアが恐る恐る収納の一覧を確認すると、ステータス情報スクショというアイテムがあり、今日の日付が付いていた。収納から取り出してみると、先ほど見ていたステータス情報と同じものが出てきた。実体化はしていないので、おそらくカメラには映らないだろう。
「で、で、できましたわ!」
思わずミキストリアはトイレの中で大声をあげ、どこで覚えたのかガッツポーズも取っていた。ミキストリアの2ヶ月にわたる苦労がようやく実った瞬間であり、ミキストリアは気づいていないが、複合魔法の開発発展の第一歩となる偉業であった。
「ど、どうしたの、ミキ! 大丈夫?」
トイレで大声を出すというミキストリアらしからぬ破天荒な行動に、祥子が驚いて駆けつけてきた。
「だ、大丈夫ですわ。何でもありませんの。お騒がせしました」
ミキストリアはひたすら謝った。開発の動機も、そもそもステータスに表示されている「片思い」も、祥子に話せるわけがなかった。
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