祥子のお礼
祥子とミキストリアが一緒に暮らし始めてすぐに、祥子が提案してきた。
「ねえ、ミキ。一緒に暮らすにあたって色々なルールを決めた方がいいと思うの」
「ルール、ですか?」
「そう。まず、わたしはミキにお礼として毎月10万円払うわ」
「はい? 意味が全くわかりませんわ。なぜですの」
「その代わりにやってほしいことがあるのよ」
「……」
「毎日ヒールかけてほしいのよ。そうしたら怪我も病気もないでしょう?
それからクリーンでお部屋の掃除ね。
あとは、洗濯物は乾燥まで自動でできるから、その後わたしのものとミキのものを分けておいてほしいのよ。
これが最後だけど、ときどきでいいから布団を干しておいてほしいの。
この4つね。どう?」
「祥子、その程度ならお金を貰うまでもないですわ。やりますわ」
ミキストリアにしてみれば、一緒に住まわせてもらうことの代わりとして、どれもやって当然のことだった。
「気持ちはありがたいけど、それはダメよ」
祥子も喜んでくれると思い込んでいたミキストリアは驚いた。
「な、なぜですの? わたくしがやるというのに祥子はなぜ断るのです?」
「ミキはわたしの使用人じゃないし、わたしはミキの主人ではないからよ」
「そ、それは……」
「別の理由もあって、ミキ、あなたは今、自由に使えるお金があるじゃない」
「ええ、お陰様で」
「でも、当たり前だけど使えばお金は無くなるわ」
「……」
「お金がないのは辛いわ。そんな思いをするあなたを見たくないのよ。毎月のこのお金でどうなるかはわたしにもわからないけど、入ってくるお金があると言うのは長い目で見て安心できることだと思うのよ」
「その10万円というのはどのくらいの価値があるのです?」
「そうね……、初任給、つまり初めて仕事について貰う最初の1月分のお金なんだけど、そのざっと半分ってところかしら」
「多すぎるのではないかしら」
「キリがいいからいいのよ」
「祥子は大丈夫なのですか?」
「大丈夫。前の家の家賃はもっと高かったのよ。その分の支払いがなくなっているから。代わりにこの家の税金を払うんだけどそれを含めても大丈夫」
「祥子は色々と将来を考えていて凄いですわ」
「じゃあ、それで決まりね」
「いえ、お断りしますわ」
「ちょ、ちょっと待って。今の話の流れでどうしてそうなるのよ!」
ミキストリアが断ると祥子は驚いたように言った。
「多すぎますわ。お金はお断りしますが、ヒールもクリーンもしますわよ」
「うー、なんでそう固いのよ。
そんなこと言うなら、わたしも決めた!
ミキのヒールは絶対受けない! 怪我しても病気になっても死にそうになってても断る!」
「ちょ、ちょっと、なんでそうなるのですか!?」
思っても見ない祥子の反撃だった。祥子が怪我や病気になった姿を想像しただけでもミキストリアの心臓は破裂しそうである。
「祥子! そのような話は全く理屈に合いませんわよ」
「理屈じゃなくてわたしの気持ちよ!」
ミキストリアの完敗であった。そもそも祥子の話はミキストリアのためを思ってのもので、ミキストリアもそのことはわかっていて、内心で感謝もしていた。ただ、少しずつでも祥子に恩返しをしようとしていたミキストリアにとってヒールやクリーンはやって当たり前で、それでお金を貰うのは論外であったのだ。とはいえ、恋する相手から「死んでも断る」とまで言われたら、他に選択肢はなかった。
「わ、わかりましたわ。祥子の勝ちですわ」
「いや、勝ち負けの問題じゃなくってね……」
「いえ、いいのです。確認ですがいただくお金はわたくしの好きにしてよろしいのですわね?」
「もちろんよ」
「では、その話をお受けしますわ。わたくしはそのお金を祥子のために使いますわ」
「ちょ、な、なんでそうなるのよー」
「理屈ではなくて、わたくしの気持ちですわ」
「何よそれー」
とりあえず最初のルールは無事決まった。
「ミキがどんどん悪い子になってる気がする……」
「回復魔術師にヒールするななどと言うからですわ」
「まぁ、あれはわたしもちょっと言いすぎたから謝るけど、そういえはヒールって元気な人にかけたらどうなるの?」
「元気な人と言っても、大抵は気づかなくても体のどこかに不調があるので、それが治りますわね。
その状態でもう一度かけても何も起きませんわ。かけられた人に害が及ぶことはないですわ」
「なるほどそう言うことね。ちょっと思っただけなんだけど、美容効果はないのかなって。
いや、もちろん美容より健康優先だから、体の不調が治るのが優先よ。
でも例えば、例えばだけど、美白効果がある、とか、歯のホワイトニング、とか、シワがちょっと減る、とか、ないかなーって」
ミキストリアは唖然としていた。ミキストリアの世界では、ヒールは生死を分けるものであり、そのような時のために温存しておくものだった。美白など生死に直結しない美容にヒールを使うと言う考えはそもそもなかったのだ。もっともそのような考えがあっても実行に移すことはできなかっただろう。ヒールを必要とする怪我人病人は多く、ヒールを使える魔術師は絶望的に少なかったのだから。
ミキストリアは頭を強く殴られたかのような気がした。実際はミキストリアにはそんな経験はなかったのだが。
「そ、そうですわね。その考えは正直ありませんでしたわ。
原理的に、その人の持つ白さ以上に美白になると言うことはないとおもいますが、その人の本来の肌に回復する、というのはあるかもしれませんわ」
「もしそれができたら凄くない!?」
「ええ」
「それと、ミキは知らなくて当然だけど、こっちの世界には、本来の肌というのを改善して美肌にすると言う研究も進んでいるのよ」
ミキストリアは驚きのあまり声も出なかった。
「そ、それは、研究する価値がありそうですわね」
「ええ、是非頑張ってほしいわ。わたしはできるっていうか、そういう効果もあるものだと思っているのよ」
「それはまたどうしてですの?」
「ミキの肌が綺麗だからよ。
ミキは魔法師団で討伐にも行って遠征もして、外でのお仕事も多かったのでしょ?」
「ええ」
「化粧品はこっちの方が良いのでしょう?」
「ええ、そうですわね」
「ということは、ヒールで美肌が回復しているってことだと思うのよ。ミキは自分にヒールかけてるでしょ」
「ええ、魔法チェックとしてかけてますわ」
「それよ、それがミキの美肌に役立っているのよ、きっと」
ミキストリアは、「祥子のお礼」ルールの中にヒールの回数が決められていないことに気づき、祥子に朝晩ヒールをかけまくった。結果、祥子の美人っぷりが上がり、別の騒動が起きるのだが、それは少し先のことであった。
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