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異世界ヒーラー世界を治す  作者: 桂木祥子
1章 出会い編
11/135

引越しは手続きが大変


「でさ、月曜は、引越しの手続きに市役所に行くのよ。その時にミキのことも相談できるかなって」

「わたくしのことですか?」

「そう。前もちょっと言ったけど、ミキの銀行口座はあった方が良いの。そのためには本人であることを証明できる証拠がいるの」

「本人の証明ですか……」

「そう、普通は免許とかパスポートなのね。で、どちらを入手するにしても住民票とか戸籍とかが要るのよ!」

「免許ですか?」

「そう運転免許」

「それなら持っているみたいです」

「ミキもいずれは免許取った方が……、え、今なんて言ったの?」

「運転免許なら持っていますわ、たぶん」

「はぁああああ〜〜〜〜!?」


祥子が驚いて大きな声を出した。立ち上がって掴みかかってくるような勢いだった。ミキストリアは思わず手で耳を塞いだ。


(ですが、こういう祥子も珍しいかもしれませんわね)


「声が大きすぎますわ、祥子」

「いや、だって、声も大きくなるわよ。

 いつ取ったの? どうやって? どこで?」

「落ち着いてくださいませ。

 わたくしにもわかりませんが、免許というものは持っているのです。

 こちらに来た時に、元々収納に入れていたものは全て無くなっていたのですが、替わりにこれが入っていたのです」


ミキストリアは、収納から免許を取り出して祥子に渡した。ミキストリアがこれが免許だと知っているのは、収納の一覧にそう表示されているからである。


「免許だね。本物っぽい。原付用かぁ」

「交付日となっているのはここ最近ではありませんか?」

「うん? そうだね。この日付だと、えーっと、わたしがミキを部屋で見つけた日の3日前ってことになる」

「やはりそうでしたか」

「あと住所が千代田区千代田1丁目って、確かそのあたりは人が住む場所は無いんじゃなかったかな? どうしてこんな住所で免許取れるのかわからない」

「わたくしもさっぱりですわ」

「交通ルールをまだ知らないミキが運転するのもマズいけど、身分証明としてもこの住所はどうなんだろ、ヤバい気がする」

「それはわたくしにはわからないのですが、収納に入れると『運転免許 (チートアイテム)』となるのですわ」

「チートアイテム……」

「ええ」

「女神様がらみってことよね」

「ええ、わたくしもそう思いますわ。

 そもそも収納は他人が出し入れできるものでは無いのです。

 元々入れていたものが無くなり、替わりのものが入ると言うことはあり得ないことなのです」

「なのにそれが起きた、と」

「ええ。ですからわたくしにはこれが、女神様のような超上位者の手によるものとしか思えないのですわ」

「そうね。そうなるとこの免許もちゃんと使えるものだってことね。チートアイテムだし」

「ええ、女神様が一目で不正なものとわかってしまうような使えない物を持たせるわけがありませんわ」

「そうね。そうよね。きっとそうよね。

 じゃあ、女神様を信じて、月曜はミキの引越しも手続きしよう。

 千代田区でミキの転出、川崎でわたしの転出、こっちに戻って2人を転入すれば、晴れて住民だね」

「ふふ、楽しみですわね」

「あちこち行くから大変だよ。

 あ、転入したら直ぐに銀行行って口座も作れるね」

「祥子の頭痛のネタが一つ減りますわね」

「あ、ミキは自分の名前をこっちの字で書けるように練習だよ。他はともかく名前だけは自署って多いから」

「え、ええ、頑張りますわ……」


〜〜〜


住民票に関する届出を処理する、千代田区区役所の総合窓口課は、ミキストリアを伴った祥子が転出の手続きを始めた瞬間、それまでの雰囲気を一変させ、どよどよとした重苦しい雰囲気に包まれた。ミキストリアは、とっさに魔物の出現を予想して、即警戒態勢に移ったほどだった。総合窓口課の担当は誰もが操り人形のように、意思を奪われたかのようにのろのろと業務をする。


チートアイテムだという免許の記載通り、千代田区にはミキストリアの住民票も戸籍もあった。戸籍は侯爵家当主の戸籍から抜ける形でミキ個人の戸籍が作られていた、と手続きを進めてくれた祥子が教えてくれた。


ミキストリアは、どんよりした雰囲気が手続きが終わると薄れてきたことに気づいたが、気味の悪い感覚はなかなか抜けなかった。区役所を出ると幽霊に遭って逃げてきたかのような表情をした祥子が小声で話しかけてきた。


「わたしも別に戸籍とか詳しいわけじゃないんだけど、どう考えてもおかしいのよ。

 ミキのお父さん、ユリウス・マルキウス侯爵の戸籍から抜けたミキが、1人で戸籍に入っているのね。

 ってことは侯爵の戸籍もどこかにあるってことなのよ。でも、もしそうなら、侯爵だけじゃなくて侯爵夫人とか、ミキの兄弟とか、先代侯爵とか、侯爵家全員分の戸籍があるってことになっちゃうはずなのよ」

「……」

「流石にそれは無理があると思うわ。

 だから、どこかで無いはずのものがあるってことになってて、そこからミキの戸籍が作られたんじゃないかな。

 で、そんなおかしなことに、誰一人として気づいていないのよ!

 素人のわたしでも不思議なのに、本職の係の人が変に思わないなんて、絶対何か変なのよ!」

「……よくわかりませんが、おかしなことになっているということですわね」

「ものすごくおかしなことが起きていると思うわ」

「次の目的地に急いだほうがよさそうですわね」

「え、ええ、それがいいわ」


2人は逃げるように区役所を離れた。


2人は終生知ることがなかったが、これは「女神ユグラドルの加護(小)」の効果であった。本来は、幸運値上昇(ミキストリアの生活が軌道に乗るまでの不都合を減らす)という効果だったのだが、ミキストリア名義での銀行口座の開設を思いついた祥子が、住民票の移動という日本国民としては真っ当な行動に出たため、幸運値では説明がつかないような効果が発生してしまっていたのだった。


2人がこのことを知ったとしたら、たとえ相手が女神であっても「そうじゃないから!」と盛大なツッコミを入れていたはずである。それほど不気味な体験であった。実際問題としては、ミキストリアの戸籍を一から作る方が比較にならないほど苦労したはずなので、不都合をなくす効果は確かにあったのだったが。



川崎の市役所での祥子の手続きは問題も不審なこともなかったようで、祥子はほっとし、笑顔に戻っていた。ミキストリアも冷えていた心が暖かくなるような気持ちだった。


祥子の実家のある鎌倉市での手続きの際、書類に記入していた祥子がふとミキストリアに振り返って聞いてきた。


「2人一緒でいいよね?」


ミキストリアには、他の選択肢があるのかないのか、他の選択肢と「2人一緒」でなにがどう違うのかなど、細かい知識は全くない。いいかと聞かれても答えようがないのだが、祥子の「2人一緒」という言葉で十分だった。考えるまでもなく答えは決まっていた。


「ええ、もちろんですわ」


満面の笑みでミキストリアは答えた。


その後警察署に寄り、ミキストリアの免許の住所変更の手続きをし、銀行に寄って、ミキストリアの口座を作った。


銀行を出たところで、祥子が眉を顰めて話しかけてきた。


「さっきさぁ、ミキの免許出したでしょ?」

「ええ」

「その時、一瞬銀行の人が、おや? って顔したのよ」

「そうでしたの?」

「うん。多分だけど、千代田1丁目の住所が気になったんだと思うのね」

「あぁ」

「直ぐに裏の、こっちの住所見て納得というかほっとしたような顔してたんでよかったんだけど、一瞬ひやっとしたよ」

「……」

「最初に行った千代田区みたいにどんよりするのかと思って身構えちゃった」

「あそこは異様でしたわ」

「うん、あれはもう勘弁よ」

「同感ですわ」

「ミキも、この免許で原付って言う1番小さいバイクに乗れるんだけど、交通ルールとかは当たり前だけどわからないでしょう?」

「ええ、そうですわね」

「だから車の免許とった方がいいかもね」

「車ですか?」

「うん。そうしたら免許の住所も新しくなるし、なによりこの車だって自分で運転できるし。好きなところに行けるじゃない。良くない?」

「ええ、それはいい案ですわね。楽しいかもしれませんわ」

「まぁ、ミキがやりたかったらやるってことで良いけどね」

「ええ」

「さてっと、これでもろもろの手続きも終わり!

 わたしたち2人とも名実ともにあの家の住人になったわ」

「嬉しいですわ」

「うん、だから今日はパーっと行こうか!」

「ええ、いいですわね」

「あ、ミキはお酒はダメよ? 20前だからね」

「祥子、それはずるいですわ」

「「ふふふ」」


ミキストリアには将来が輝いて見えていた。


読んだいただき、ありがとうございます。感想おまちしてます。

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