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斎月千早の受難なる日常4

作者: 四月一日

 プロローグ


 私は「斎月」という姓名が、嫌いだった。読み方は「イツキ」普通なら「差サイゲツ・サイツキ」だろう。「斎・イツキ」だけ読んで「月」は読まない。『名』は『呪』であり、カタチを顕わし、示すモノ」という考えのもと、代々、その姓名で来ている。斎月家は代々『拝み屋』そして、地域の社寺の管理を担って来ている。明治以前は、ソレが普通で一族の仕事だった。戦後になり、その辺りの制度が大きく変わったせいで、現代では、神職や住職のいない社寺の管理を請け負っている。斎月の血筋は霊能力を持っていると伝えられていて、神仏と共にあるとされていた。それを強く思い抱いていたのは、祖母の焔だった。祖母は「業界」では有名人物だったらしく、名前を知らないのは「モグリ」だと言われる程だった。霊能力が高く『力』を上手く使えない神職や僧侶に『力』の使い方を指導し、数人の弟子がいた。祖母には、息子と娘がいるが、息子には殆ど力はなく、娘の方も力は半分しか受け継がなかった。『血筋』に拘っていたので『力』を継がなかったのは予想外だった上に、病で子供を産む事が出来なくなった。息子は、私の父親。母との間には、私を含めて四人子供がいる。その中で、私だけが『力』を持って生まれ、祖母は、私を後継者として育てる事にしたのだ。

 私にとっての『日常』は、他人にとっての『異常』だった。父は無関心。母や、兄弟からは気味悪がられた。祖母の期待は重く、私を縛った。ただでさえ「斎月」の名は、地域で有名だった。祖母を知る人からは、祖母と同一視される事もあり、それが嫌で堪らなかった。祖母の後継ぎ、その様な目で見られてしまう。だから、余計に祖母が拘っている『斎月』の名と家が嫌で堪らなかった。私にしか、視えないモノ・聴こえないモノが常に周りにいた。だから、私は、何時も一人だった。友達も出来なかったし、作る事も無かった。だからと言って寂しくは無く、虐められる事も無かった。誰かに関わるコトで、ナニかに巻き込まれてしまうコトの方が怖かった。『誰か』に関わってはいけない。何時しか、そう思うようになり、最低限の関わりしか持たない様にした。

 戦後から現代まで、神社を護る為、神社本庁のやり方に疑問を持ちながらも、地域の神社を護ってきたのは『斎月』が、そういう存在だからと、よく言っていた。神仏に仕えるのに「資格」が必要というのは理解出来ない。そもそも、神仏は、常にすぐそばに在り信仰してこそのモノだと思うが。斎月の家系として、仕方なく資格を取り、神仏に仕えているけれど。私的には、そのコトも理解出来ない。

 祖母が余にも『斎月』の家系に拘り尊重するあまり、母と姉は家を出た。兄と弟も一応、神職の資格は取ったものの、家を継ぐ事は無い。私もまた、継ぐ事はしない。血筋に拘り過ぎた為か、女系に病が出てしまうコトになってしまった。遺伝的な偏りからなのか、祖母も伯母も私も病を発症してしまっていた。祖母が二人しか産めなかった事や伯母が唐兄一人しか産めなかった事も、私が子供を産めないのも、血筋の悪影響だ。祖母は、血脈が絶える事に失望したらしい。血筋の中で『力』があるのは唐兄だけだ。『斎月』の血筋に拘っていた祖母も、今や鬼籍の人。今となっては、もう何も言えない。



   エピソード1


 婆ちゃんの葬式は、密葬。仏式でも神式でもなかった。ただ、清めて送る。婆ちゃんの遺言通りのやり方での葬送。参列者も、身内の一部だけ。それ以外は、参列は不要だった。だから、母も姉も弟も顔を出す事は無かった。婆ちゃんも本人達もソレを望まなかった。そういうコトを考えると『斎月』家は、バラバラだ。数百年にも及ぶ、血脈を重視し重んじていたばかりに、ここにきて、そのツケがきたのだろう。私は、血脈だけが大切だとは思わない。「霊能力」なるモノが生物学的に遺伝するのかは不明。むしろ、人の中に宿る魂に『力』が秘められているのだと考えている。遺伝的に『力』が継がれるのなら『私』だけが、特別ではなく、他の兄弟にも『力』がある筈だ。だけど、『力』は血筋に宿るだけでないというコトを、潮上島で、あの闇の浪間で、初代巫女と邂逅したことによって、知った。それから、私は『力』と『宿命』を受け入れた。だから、私はカミとモノと人間を繋ぐ者になり、この国の古き信仰を受け継いでいきたい。

 婆ちゃんを見送り、私は日常へと戻る。忌中は定めていなかったが五十日とした。それには、特に意味は無い。世間的なものとして一応と言う感じだった。

五月も終わりに近づき、相変わらず大学と編集部を往ったり来たりの生活。『悪夢病』と『マヨヒガ金蚕』の論文と原稿を書く為に部屋に籠りたいのだけど、人使いの荒い教授は、お構い無しに雑用を押し付けてくる。マヨヒガに閉じ込められ、危うく金蚕の餌にされそうになった細川君は、しっかり回復して元気だ。

「教授の弟子にして貰う」と公言している彼に、教授からの雑用を任せ、私は自分の論文を書いていた。秋葉教授の弟子になりたくば、この位の雑用は片づけて貰わないと、私が直接しないといけないコト以外は、彼に丸投げ。

『金蚕』の件は、ゼミ内部でも口外無用となっている。それは“障り”もあるし、裏の世界にも関係するから。細川君は、教授を説得し論文にするという。もちろん、その論文は『裏』のもの。卒論には出来ないので、教授も私も、ソコは、チェックし指導する。

 新しく、秋葉ゼミに入って来たのは三人。その人達が『こちら側』の人間か、そうでないかは、まだ判らないが秋葉ゼミに入るくらいだから、きっと周囲から浮いているタイプだろう。

  

 井是栄夏史の事故死ニュースは、暫く騒がれていたけれど、それもすぐに他の話題へと移っていった。左京さんは、井是栄の事を除いた上での記事ならよいと、樹高さんから許可をもらい特集号用に書いているという。左京さんが書くなら私は書かなくてもいいかと、思っていたら編集長に

「千早ちゃん目線の記事も、欲しいわ」と言われてしまい、書く事になってしまった。

 婆ちゃんは婆ちゃん。『力』の師には変わりないけれど、私は私の価値観で生きていく。大学・編集部、マンションの一室に安置している社や、各地の小さな神社を廻って、神様の御世話や神社の管理をする。個人的なコトとして頼まれている事もある。色々とあって、それに手が回らなかったコトを埋め合わせしないと。忙しいけれど、そういった事が、一般的な日常なのかもしれない。人間が原因となる、怪異事件は充分だ。


 婆ちゃんの葬式の後、お悔やみにと潤玲が来てくれたけれど、時間がなくて少ししか話せなかった。水龍から色々と聞かされていたらしく、すごく心配された。私は、何時も心配かけてばかりだ。それに、潤玲との出会いが無ければ、今の私はいなかったと思う。また、あの頃のように、じっくりと語り合いたい。そんな思いがあるが、想い出に浸っている時間はない。論文も記事用の原稿も溜りに溜まっている。


 六月に入っても、晴天続き。梅雨の気配まだ無く、予報すら出ていない。私は、ゼミの部屋で、調査に使う計器機材の手入れをしていた。これは、地学部の水谷教授のアドバイス。星来村での一件以降、必ず調査環境をチェックしろと言われたのだ。確かに、箱神社の神職達に「危険だから」と強く止められた。秋葉教授は、予測していたのか、水谷教授に廃坑に入る為の装備を、放射線防護服などを持って来てもらい、装備して中へ入った。あの場所は、信仰的禁足地と同時に、物理的禁足地だった。後の調査で判明したのが、あそこには未発見のウラン鉱脈があった。狭いエリアに純度の高いウラン鉱石があった。無知は罪というが、その通りの場所だった。装備無しで入れば、命は無かっただろう。あれ以来、フィールドワークには、何処に行くにしろ計器は携帯している。それに、昨年の廃病院事件も、廃病院の地下は廃坑に繋がっていて、そこには、危険な廃棄物が棄てられていて、防護服無しでは入れ無かったと、樹高さんから聞かされた。怪異から身を護る術はあっても、物理的危険に対しては知識が足りない、だから計器の重要性は大切だ。そういうコトを、部屋にいるゼミ生達に説明しながら、機材のチェックをしていた。部屋には、細川君と四人のゼミ生がいた。

「ガイガーカウンターが必要なフィールドワークって、怖くないですか?」

と、三回生の梅田君が問う。人の話を聞いていなかったのか? そもそも、その論文を読んでいなかったのか? 彼は、他のゼミ生から疑問視の視線を向けられている事にも気付いていない。秋葉ゼミに在籍していて、星来村の件を知らないコトは、自滅したいとしか思えない。星来村の事を詳しく話せない以上、彼に私の口からは説明出来ないけど。

―こちら側では無いのかもしれない。

彼の問いをスルーして、それぞれの計器の電源をオフにしながら片付けていると、まだ電源の入っていたガイガーカウンターが、急に反応した。誤作動にしては、おかしい。そう思いながらガイガーを手にしたと同時に、大きな木箱を抱えた三回生の木瓜さんが、部屋へ入って来た。すると、ガイガーの数値が上がる。

「斎月先輩。曰く付き人形を手に入れたので、視てくれますか?」

と言い、彼女は木箱を抱え部屋の中を歩いて来る。近づくにつれて反応している。私は、彼女が抱えている木箱にガイガーを近づけた。数値が上がる。というと、線源は木箱の中身?

「木瓜さん、それをすぐ、机の上に置いて離れて」

私は、慌てて言った。驚いた木瓜さんは、部屋の中央にある机の上に木箱を置いた。やはり、ガイガーを近づけると数値が上がる。危険レベルでは無いけれど。木箱を開けると、赤ちゃんサイズの日本人形が入っていた。日本人形にしては、妙な作り。素人が造ったのか、そういうデザインの人形なのか。線源は、その人形からだった。放射線物質には、基本的な知識しかない。私は、フタを閉めると机には近づかない様に言い、放射性物質に詳しい水谷教授に連絡した。水谷教授は、すぐ行くから線源から離れていろと言った。

 数分程して、ドタドタという足音をたてて、水谷教授が部屋に入って来た。

「何処にある!」

と、言ったので、私は机の上にある木箱を指した。水谷教授は、鉛のエプロンを着て、木箱の中の人形を自前のガイガーで測っていた。どこからどう見ても、有り合わせ的な材料で造った様な人形にしか見えない。

「木瓜さん、この人形の曰くって、何?」

と、問う。

「フリマサイトの説明では、前の持ち主や、その前の持ち主が皆、その人形を手にしてから、体調を崩したり幻覚幻聴に悩まされたとか。あとは、蕁麻疹になったとか、色々書いてあった。曰くに興味があったから、参考までに買ってみたの」

木瓜さんは、たどたどしく答えた。

―それって、

「なんだか、ウランのネックレスの都市伝説みたいだ」

私が言おうとしていた事を、細川君が言った。

「まさか―」

その場にいたゼミ生が言う。

「そのまさか、だ」

水谷教授が言った。

「この人形の中に、なにかしらの放射性物質が入っているのは間違いない。材料に混入していたのか、仕組まれているのかまでは判らないが。とりあえず、オレが預かって調べる。この数値なら大丈夫だが、どれくらいコレを持っていたんだ?」

「一週間程です。箱からは出していません」

「そうか。念の為、病院へ行け。知り合いの医者に診て貰え。オレから連絡を入れておく」

水谷教授は、人形を木箱に戻すと木箱ごと金属製のケースに入れた。

「秋葉には、オレから説明しておく。斎月からも、連絡をして、あの医者の所へ連れて行け」

そう言い残し、ドタドタと大きな足音をたてて、去って行った。

「ど、どうしよう。放射線って」

木瓜さんは、泣きそうになっていた。

「大丈夫。病院へ行こう。細川君、車で来ていたよね」

「はい。出します。あの医師の病院ですよね」

「うん、お願い。皆は、このコトは教授から話があるまでは、口外はしないで。ヘタをしてパニックになると、大変だから」

一同、頷く。さすがにこのような物理的危険は、始めてだろうな。


 細川君の車で、一円兄ちゃんの病院に向かう途中で、一円兄ちゃんに直接連絡しておく。そして、もう一度、木瓜さんから、詳しく話を聞く。

「暇つぶしに、フリマサイトを見ていたら、変なデザインの日本人形があって、持ち主に体調不良をもたらす曰く付き人形って説明があって。そろそろ研究テーマも決めたかったのもあったし、値段も安かったので。でも、それが、ウランの首飾り都市伝説だったなんて。私、被曝してないよね」

「大丈夫。水谷教授も言ってたし。私は知らずに、ウラン鉱脈の中央に入っていたけれど、今もなんともないよ」

と、木瓜さんを励ます。あの時は、完全装備だったが。後で、その装備でも数分長くいたら危険だったと言われたが。被曝していなかったのは、運が良かったのかもしれない。死にかけた細川君も、フィールドワークで死にかけたし。秋葉ゼミで『こちら側』にいる人間は、死にかけてしまうジンクスでもあるのだろうか。


 あらかじめ、一円兄ちゃんに連絡をしていたので、すぐに診てもらう事ができた。

「大丈夫、被曝の心配は無い。でも、細かい事は検査結果が出ないと。水谷教授の言っていた数値なら問題は無いよ。CT一回くらいかな。人間、そんなにヤワでは無いからね。それより、その人形の件は他にもあるんだよ」

木瓜さんから、私に向き直り一円兄ちゃんは話し始める。

「ここ一か月程の間、ネットで手作りっぽい人形を買った人の中に、体調を崩して入院している人がいる。僕が診ただけで、三人。一人は、今も入院中。二人は通院している。症状が、急性放射線障害と似ていて詳しく調べたら、影響がね。それで、話しを聞いたら「ネットで人形を買った」という共通点。その人形を調べたら、放射性物質の反応があった。人形は『機関』が回収している。思ったより早く動いたから、それなりに『情報』を持っていたのだろうな。病院の機密な情報サイトにも『人形』からみの被曝事故? がある。僕が個人的に調べたら、人形は手作り・人形作家より趣味で造っている。第三者が、フリマサイトに出品している。出品は数時間でアカウントごと取消している。『機関』の人達はどう見ているのかは知らないけれど、僕的には、意図的な悪意を感じるね」一円兄ちゃんは言って、不敵に笑う。『機関』ね、一円兄ちゃんは、その人達と繋がっているのか。まあ、ここで、それ以上は話せないんだろうけれど。私に向けた情報だ。何かが起こっているか、これから起きるかだ、な。

「放射性物質入りの人形って、テロみたい」

木瓜さんが、呟いた。

「まあ、そういう考え方もあるかな。悪戯にしては、用意周到。それなりに知識と技術設備も必要だし。オカルトをネタにしている感じだし。事故として考えるなら、手造り人形の材料に混入していた、それを知らずに使っちゃったて、感じかな」

淡々と、一円兄ちゃんが言う。

「あの廃病院の、サイコパス野郎を思い出す」

昨年の事件。その同類なのか?

「千早ちゃん、気を付けて。先走って巻き込まれないように。それに、ややこしい人達と関わりたくないでしょう?」

ニヤッと笑って言う。―絶対、何か知っている。

「一応、念の為に、安定ヨウ素剤を渡しておく。木瓜さんは、明後日には結果が出揃うから、また来てね」

本性を知っているから、医者らしく振る舞う一円兄ちゃんは、胡散臭く見える。


 なんだかんだで、私の望む様な日常は崩れていく。『曰く付き人形』の『曰く』が、怪異的ではなく『物理的』な恐怖。ゼミ生の木瓜さんが、巻き込まれて、他にも被害者がいる。そして、オカルトを利用しているらしい。ソコが、気になる。例の情報サイトには、何か「人形」に関して情報は出ているのだろうか。検索してみても、まだ一円兄ちゃんの話と、さほど変わらなかった。情報によれば、フリマサイトで『曰く付き人形』を買った人は、五人はいる。そこには、木瓜さんも入っているのだろうか? 買った人形は回収され、放射性物質が検出された。極微量とあるが。現段階では、人形の材料に混入していたか、されていたか、というもの。そうだとすれば、その人形を造っていた人は無事なのか? その辺りの情報は、まだ出てはいない。悪意なのか、不注意なのか? それとも、何も知らないまま材料を仕入れて、そこに混入されていたのか。ここに情報がまだ出ていないのは、錯綜しているのだろう。

 放射線障害。あの廃病院に侵入した野次馬が、地下に放置されていたレントゲン機材を触ったからだと、発表されていたが、真実は違うと思っている。レントゲン機材は、確かにそのまま放置されていたが分解されたり破壊された形跡は無かった。地下に繋がっていた廃坑には、大量に『危険な廃棄物』が棄てられていたが、汚染は無かった。地下の廃棄物の中身も伏せられているが。今回も、その様な方向になるのか?

木瓜さんが、持って来た『人形』は、曰く付きどころか、何も無いカラッポだった。造り主の想いも念も、持ち主の念すらも感じなかった。魂入れされていない仏像の様な『カラッポ』と呼んでいるものだ。この件は、生きた人間が仕組んでいることだ。私が、使命だと信念を抱いているコトは、カミやモノと人間を繋ぐ事。生きた人間が行っている事に対しては、私の信念と反する。放って置けばいい、そう思うが、既に巻き込まれ関わっている以上、真相をハッキリさせたいと思うのは、性格なのだろう。それに気になるのは、『曰く付き』というオカルトワードを使っている理由。そこが、引っ掛かる。―仕方が無い。我ながら、溜息が出た。

 ネット上にどれだけ、手作り系の日本人形が出回っているのか、フリマサイトやオークションサイトを見て回る。素人が趣味で造った人形。それを出品し、買い手が着く事で、自分の趣味と実力を認めてもらいたいのか。もし、趣味で造っている人を狙っているのかもしれない。だから、一円兄ちゃんは『混入説』を言ったのだ。それにこれは、オカルトを利用して何かを企んでいる。そう思うのは、何時もの直感なのか。これは、考え過ぎではない。この先も、きっと同じ事が起る。私は、PCの画面を見つめた。

 木瓜さんの検査結果に異常は無く、心配は無い。他の被害者の事もある以上、「機関」は何時までも、この件を抑えてはおけないだろう。今頃は『裏』で、色々忙しく動いているのだろう。少し、探りを入れて感じた『悪意』が、気掛かりだ。



  2


 『悪夢病』事件の原稿が書き上がったので、編集部に顔を出した。何時もは、閑散としているのに、今日は人が多い。殆どが知らない人だ。でも、ここに居るというのは、オカルト系の専門家なのだろう。普通の人に見えるけれど、半数は、視えたり聴いたり出来る『こちら側』だろう。その様な力が無くても、知識と熱意が本物なら、この編集部は最適だ。私が来たら、編集長の部屋へ来るようにと言伝があり、私は、そのまま編集長の部屋へ。部屋へ入ると、左京さんが編集長と話していた。打合せなのか、それとも『井是栄金蚕』の話なのか。

「おはようございます」

「千早ちゃん、おはよう。原稿、あれでOKよ」

編集長は、ニコニコ笑って言う。OKなのは良いけれど、こういう笑い方の時は、何か企んでいる場合があるので嫌な予感がする。先にメールで原稿を送っていたけれど、印刷した原稿を渡す。この辺りは、アナログ的だ。

「今、左京ちゃんから、金蚕の原稿を貰ったところ。何とか、説得して描かして貰ったの」

「私としては、もっと詳しく書きたかったんだけど、残念」

と、左京さんは苦笑い。

「まあ『裏』用は、きちんと書いて貰ったけれど、表に出せないね色々な意味で」

言って息を吐くと、編集長は背筋を正すと

「知っている? ここ一か月程の間、妙な人形がフリマサイトに出回っているのを」

その言葉に、ドキリとする。

「知っているの?」

左京さんが、私を見た。

「とりあえず、千早ちゃんの件は置いておいて。フリマサイトに出品しては、数時間でアカウントごと消している。そして、また別のフリマサイトに点々としている人間がいる。調べたけれど、その出品者についての情報は掴めなかった。『曰く付き』をネタにしているけれど、歴史ある人形ではなく、趣味で造った様な人形。趣味で造って買い手がつくかって、出品する人はいるけれど、その様な人とは違うのは、ハッキリしている。出所不明の自称『曰く付き』人形を買ってしまい、体調を崩している人が出ている。それを、どう思う?」

編集長は、左京さんに問う。編集長は、何処まで情報を持っているのかな。

「いえ、その話は初耳です。『曰く付き』人形って説明のある人形は、たまにネットで見かけますけれど、偽物ですよ。まあ、遺品整理とかで出品されている場合は、人形に念が入っていたりしているのは、見かけますけど。何か、問題が?」

左京さんは、知らないのかな。

「そう。千早ちゃんは、すでに巻き込まれているのよ。曰く付きでヤバいでも『ヤバい』の意味が私達のいう『ヤバい』とは違うのよ」

と、編集長は溜息を吐いた。

「千早ちゃん、相変わらずで?」

「ちょっと違うかな。悪戯にしては危険な遊びだし、人形を造っている人が使っている材料に問題があるのか。意図的なのか事故なのか……。ウランの首飾りを再現したいのか」

編集長は、淡々と言葉を並べるが、左京さんに本題を言わない。左京さんは、本当に知らないらしい。

「ヤバいっていうのはね、それらの人形に放射性物質が混入もしくは、仕組まれていて、買ってしまった人が被曝して入院した例もある。被害は無かったけれど、千早ちゃんのゼミ生も、その一人」

「え、なにソレ。ヤバくないですか? なんで、そんな人形が?」

左京さんは、整った顔を歪めた。

「ゼミの子は『曰く付き人形』として買った。それを、ゼミへ持ち込んだ。私が、その時、たまたま計器のチェックをしていたので、ガイガーが反応した。それで、詳しい教授に知らせたら「ヤバイ」つまり線源だった。あの時、計器のチェックをしていなかったら、ちょっとヤバかったかな。線源自体は弱く、被曝するレベルではなかったけれど。表に出れば、パニックになっていたかも。計器のチェックをしていなかったら、と思うと、必然かもしれない」

私の話を聞いていた編集長は

「私は、オカルトをネタにした事件なら、許せない。私も、そういう人形をチェックし追跡をしてみる。あと「曰く付き」人形の取材には、コレを持っていくこと。他のスタッフにも言って渡してある。それに、今回の件は『表』には出せないので、そこは気をつける事。それに、記事にするとしたら終わってから、ね」

編集長は、妙に苛立っている感じがする。渡されたのは、最新の小型ガイガーだった。編集長は、どういうつもりなんだ?

「裏では色々と動きがあるけれど、私達が探しているのは『本物の曰く付き』なモノ。だから“ニセモノ”は追ってダメ」

ニヤッと笑って、編集長は、私達を見た。

―それは「本物」を、探せということか。

「つまり、今度の企画は『曰く付き人形』ってことですか?」

左京さんが、問う。

「そう。 “本物”をね。似非オカルトは潰していかないと」

と、強気に答えた。編集長は、廃病院や金蚕の事を根に持っているみたいだ。

「人形の企画は、二人で組んでやってみて」

ニッコリ笑って、私達を見た。

「いえ、私は無理です。ちょっと、ある神社の『手入れ』を頼まれていて、その神社近くの仮住まいから通う事になるので」

慌てて、そう答える。

「―仕方ないね。でも、時間が空いた時でいいから。たまには、誰かと組んで仕事をするのも、いいと思う」

何時もの強引さで、言う。

「私は、何時でもOKよ。よろしくね、千早ちゃん」

左京さんは、ニコニコ笑って言うので、私は頷くしかなかった。

「ところで、何処の神社?」

編集長が問う。私は、神社の名前と場所を伝えた。

「あー。そこは、千早ちゃんにとっては、大変な場所だねぇ。なにせ、人間の欲と愛憎蠢く業の吹き溜まりみたいな所だから。まあ、それも経験、頑張ってね」

嫌味なのか助言なのか、そういう口調で編集長は言った。解っている。単に人づてに頼まれたのなら、断っていた。でも、その神社の祭神から頼まれたから、仕方がいない。

「暇があったら、遊びに行く」

左京さんは、笑って言ったが、私は内心、溜息を吐いた。

 

 神社の『手入れ』や管理を頼まれる事は、時々ある。そういうコトも、請け負っているからまあ、仕方が無いんだけど。神職や巫女の代役的な事から、神事まで。常駐神主がいない神社などからの依頼。多くは、その神社の氏子から。でも、稀に神様や神使から、直接の依頼があったりする。神様同士で、そういう話でもしているのだろう。今回、頼まれたのは人からだったから、断るつもりだったけど、そこに神様自身の依頼。だから、引き受ける事にしたんだ。

場所が、場所だけに、私には肌に合わないから、嫌だったけれど。


 繁華街の中にある、稲荷系の神社。その区画は、夜の街。加盟店の責任者である老舗の高級クラブの女将が、直接の依頼者。稲荷神社の神職が、高齢になり入院。後継者はいるけれど、すぐに来れないため神社は無人。境内の掃除は、当番制で店のスタッフがしていたけれど、神事を行っていないせいなのか、空気が悪くなってきたという。それで、責任者の女将は知人の拝み屋に相談したところ、その拝み屋が、私の名前を出したという。私と、その拝み屋は面識は無い。何故、私の名前を出したのかは、気になるが、私が人手の足りない小さな神社の手伝いをしている事を知っていたのか、御祭神が告げたのかは、判らないけれど『こちら側』の人間のあいだでは、私は有名らしい。その拝み屋が、自分ですればいいと思ったけれど、どうしても「私」でないと駄目らしい。御祭神自身が、私のもとに来たのも、私に行って貰いたいらしい。一週間と期間を決めて、引き受けた。神社内の空気と均衡を整えて、後継者に任せればいい。

 神社は、夜の街が、江戸の花街だった頃から存在している。近代的なビルに囲まれた裏路地に、その神社はある。小さいが森が残されていて、神社に面しているビルの面には窓が無いのは、今も信仰が残っている証拠。自宅マンションからは、二時間以上はかかるので、神職代理をする間は、女将がホステスの為に借りているワンルームマンションの一室を間借りする事になった。神社を信仰していて、神棚を安置している店の神棚のケアも、ついでにと頼まれてしまった。神様となら、別に構わないけれど、生きた人間と関わるのは、気が進まなかった。

 境内や社務所内は、キレイに掃除されてはいたが、本殿内部や祭壇は埃が積もっている。触れるのに躊躇いがあったのだろう。祝詞を奏上し、祭壇を始め本殿内を掃除して、清める。稲荷系神社とは聞いているが、神様の名前・真名までは聞かされていない。神様からも、名乗らなかったので、私は、仮名でイナリ様と呼ぶ事にした。境内の手入れはキレイにされているから、私が掃除する事はないけれど、神事を行っていなかったせいなのか。澱んでいる空気を祓いながら境内を歩いて回っていると、イナリ様とは別の神様の気配を感じた。その気配を辿る。―この気配は、淡島様? 歩いていると、本殿の裏に、小さく古びた祠があった。かなり古い祠だけど、今も信仰されている。ここが、昔から花街だった頃から、イナリ様と伴に信仰されていても、おかしくない。淡島様は、女人の守り神と言われるし、人形供養でも有名。淡島様の祠は、年月の為か朽ちかけている。この祠、新しく出来ないかなと思う。それにしても、澱みとは別にある、ゴチャゴチャした気はなんだ。場所的には「欲」系の願掛けのせいなのか? そういった『氣』とは、また別の「嫌な気」があったので、その元を探す。境内の奥、隅の方に小さな植込みに囲まれた一角に、小さな塚の様なモノがあった。人間特有の「嫌な空気」は、その塚からだった。

 ―縁切りの塚。

イナリ様の声がする。

―どうしても、切りたい相手との縁を切る。一切の関係までも切り無くしたい。でも、他の縁切りとは違い、切れたからといって新たな縁とは繋がらない。悪縁が良縁になるような、都合のいいモノではない。ここは、切るだけ。そして、今ある良い縁までも共に切れてしまう。この塚で、縁切りをするのなら、相応の覚悟がいる。

と、言い、クスクス笑う。

なるほど、この「嫌な気」は、縁切りが呪詛に近いモノだからなのか。

私は、石と土で作られた苔むした塚を見つめた。

客商売。一夜の夢。そんな仕事とは、物凄く面倒だなと思った。

それから、一通り境内を見て回り、社務所へ戻る。寄合も出来る様に造られているためか、トイレやキッチンも備わっている。神事や参拝者の事をしなくていい時間は、ここで論文や原稿が書ける。それもあって、引き受けた。ここは、繁華街の真ん中なのに、静かだ。このまま、何事も無く後継者に引継げる事を願う。それにしても「人形」に関わっていて、淡島様に出会うとは。やはり? と、思ってしまう。


 オカルトを物理的に検証している根本さんから、例の人形の件を受けて、念の為にと、色々な物を計測できるという計器を貸してもらった。なんでも測れる。磁場や電磁波、電波や放射線、紫外線。一通り試したけれど、一応測れるけれど、正確な数値は出ない。なんであるかと、大まかな数値だけ。無いよりマシだという。『放射性物質入り人形』の件もあり、私も自前のガイガーを持っている。今までのパターンを考えると、既に巻き込まれている以上、これからも的な。でも、その『人形』に関しては、私の「仕事」では無い。一日目は、掃除と神社境内全体を清めて、澱みを祓ったところで終了。この先は、業者から、御守りやお札が届いたら魂入れをして、お店へ。スケジュール通りなら、一週間で完了できる。

 仮宿として使わしてもらっている、ワンルームマンションの部屋で、論文を書いていると、依頼主の女将さんから電話があった。

「お疲れ様。ねえ、聞いた話だと、貴女、御祓いが出来るって本当? もし出来るのなら、お願い出来るかしら?」

物腰の柔らかな口調。客商売でも、ここまでキレイに喋る人は珍しい。

こういう頼みは、普段は受けないのだけど、それなりに良いようにしてもらっているので、一応、話しを聞いてみる。

「商売柄、お客さんから、贈り物を貰ったりするのだけど。その中に、人形や縫いぐるみなどもあって。貰ったのはいいけれど、なんだか気味が悪いって事があってね。あの神社、淡島様も祀られているでしょう。淡島様って、人形供養で有名っていうでしょう。その様な、人形を頼めないかしら」

―客から貰った人形が、気味が悪い?

「人形供養ですか? それとも、祓ってしまう方ですか?」

供養と祓いは違う。私は、そう思っている。

「とりあえず現物を、視てみないと判りませんが、街中で焚き上げは難しいかもしれませんが」

「解りました。そういう、怖いとか気持ち悪いっていう物を、まとめて持って行くからお願い出来る?」

私は「はい」としか、答えられない。通話を終え、大きな溜息が出た。

―なんだかんだで「人形」が絡んできている。そもそも、「あの人形」は関係ない筈だけど。編集長の「曰く付き人形」の企画のせいなのか? なんだか、心に引っ掛かるモノを感じながら、念の為に計器を用意しておく。そんなに、ヤバい人形は無いだろうけれど、もし直ぐに封印して焚き上げないといけない人形「本物」があったら、編集長に渡せば企画が進むだろうし、編集長の機嫌もマシになるか? 持って来られる人形を、視ようとすれば視えるけど、愛憎や欲望蠢く場所だと、嫌なモノまで視えそうでやめた。フツウの人間には視えないモノまで視える私にとって、この様な場所は苦手だ。思わず溜息が出る。

―気を付けた方がいい。

イナリ様が言う。

―淡島殿の手に負えない人形が来る。それは、呪具にも等しい。持ち主だけでなく身近な者にまで及ぶ、やっかいなモノ。花街で、昔から人間を見て来たけれど、変わらないものだな。昔以上に、人の負の念は強くハッキリしている。その人形、来たら、さっさと封印するんだな。かなり、タチが悪いぞ。

ソレは警告なのか? 呪具・呪いの人形も、編集長に渡してしまえばいい。


 翌朝、早朝から快晴だった。これが梅雨入り前の最後の晴天。私は、頼まれていた、社務所の物置・戸棚の整理をしていた。大きな神社には宝物殿とかあるけれど、ここは何もかも戸棚にしまい込んでいた。戸棚を開けると、独特の湿気とカビの臭い。もう何年も風通しすらしていない。高齢で手が回らなかったというが。その事自体、全国の神社仏閣で問題となっている、後継者の事がある。伯母さん達、唐兄の両親が全国の、そういった後継者のいない神社を廻っているのも、最近になって解ってきた。伯母さん達のような事を行っている人達を、何人か知っている。


 戸棚の中身は、昔使っていた祭の飾りが中心の他、神社とは関係なさそうな物が沢山押し込まれている。そういった物は、棄ててくれればいいと言われているので、社務所の前に広げたビニールシートの上に、必要な物と棄てる物を別けていく。すると、戸棚の一番奥から着物を入れる木箱が二つ出てきた。触った感じから桐箱かな。それを出して、シートの上に置く。箱の表には店の家紋が焼印が押されていて、墨で奉納と書かれていた。箱を開けると、カビ臭い。打掛を出してきて、箱の中の着物をそれに掛ける。重い着物。湿気を含んでいるだけではなく、着物に施されている刺繍の影響か。もともと花街。遊女などが纏う豪奢な刺繍のある着物。それも、かなり売れっ子じゃあないと着れないような物だ。二つ目の箱も、同じく豪奢な着物だった。これは、どうするか聞かないといけない。そう考えながら着物を見ていると

―昔、貰ったもの。

イナリ様の声がした。確か、男神のはず?

―どちらでもあるし、どちらでもない。人に、その様な者がいるように。これでも、私は、とてもモテたのだよ。遊女や陰間から。そういった者達との一時の恋もあった。その着物は、その様な時に貰った。あの頃は、まだ神と人が共にあったな。

と、少し淋しそうな気配。神様側も、私と同じ想いをしている。それなら、私は、ソレを再び繋ぎたい。

 棄てていい物は、段ボールに入れる。その作業が、半分ほど片付いた頃だった、女将さんの気配と伴に“呪詛”の気配した。なるほど、これは、解らない人でも不気味と感じるな、と思った。

「おはようございます」

と、作り笑顔で女将さんに挨拶。女将さんの背後に、同い年位か年上の女性が三人立っていた。その中の一人が、呪われているのが一目で判った。人形の持主か。

「おはよう。あら、その着物」

女将さんは、干してある着物を見つめる。

「まだ、残っていたのね」

と、懐かしそうに言った。

「御存じなのですか?」

「ええ、子供の頃、よく虫干ししているのを見ていて。懐かしいわ。イナリ様と人間の恋物語。でも―ボロボロね」

じっと、着物を見つめる。

「直すのは、難しいですか?」

「どうだろう。完全には無理かもしれないわ。職人さんに聞いてみるわ。この辺りの人は、イナリ様の恋物語は好きだから、協力してくれる。値段とか気にしなくても大丈夫よ」

その話を聞いて、各地には、まだまだカミやモノと人間の話が残り、伝わっているコトを知った。怪異や『裏』ではなく、そちらも探す。本来は、そうありたいのだけど。

「それより、持って来た人形を視て欲しいの」

ホステスさん達は、大きな鞄や紙袋を持っている。

「みんなで来るのは、ちょっとと思って。如何してもというコを連れてきたの。お願い出来る?」

彼女達は、不安そうに私を見ていた。うち一人は、ヤバいのが判る。雨が降らないのは、解っているので、そのまま本殿の方へ向かった。

 呪詛が絡んでいるなら、ヘタに祓えない。相手が死んだりすると胸が悪い。

持って来た人形の説明をしてもらう。全部で十体。そのうち、一つはテディベアのぬいぐるみ。年代を感じさせる市松人形。視ると様々な想いや念が宿っているが、悪いモノではないが、もう十年もすれば化ける感じだ。置いていると向きや表情が変わるという。霊感のある人に視て貰ったら「生きている」と言われ、以来、気味が悪い。ずっと昔から家にあった人形。その様な事が続き、無理なので持って来たと。この市松人形は引き取り、編集長へ渡す。

テディベアは、上客から貰った物。大きなテディベアが欲しいと言っていたら、くれたという。気に入っていたけれど、段々気持ち悪くなったと。なんとなく、人間の負の感情が入り込んでいるけれど、怪異とは関係無い。話を聞いていて、ふと、根本さんから借りた計器でテディベアを調べてみると、反応があった。計器が出したのは「電波・電磁波」関係。幸い、ガイガーの反応は無かった。欲しくてもなかなか手に入らなかった、テディベア。嬉しかったけれど、そこから急に馴れ馴れしくなり、話していない事まで知っていて、段々、気持ち悪くなったと。計器が出した「電波」つまり―。

私は、メモ紙に「盗聴器が入っている可能性」と書き、筆談を勧めた。

女将さんと彼女達は顔を見合わせ

「あー」と「やっぱり」という表情をした。テディベアは、本殿の外に出し、話しを続ける。テディベアは警察に持って行く方向と、人形はお寺で行っている人形供養に持って行く様に伝えた。残る一体が、問題の人形。

 人形の持ち主は、明らかに顔色が良くない。視えない人には、解らないが、彼女の全身に棘、太い荊の蔓みたいなモノが絡みついている。これは、呪詛の影響。日本人形の中でも一級品だと思われる、綺麗な人形。市松人形の一種なのか? 詳しくないけれど、着物も西陣とか手造り人形。自分で買ったのではなく、ある日、自宅に届いたという。もともと、日本人形が好きと店で話していたから、客が送ってきたのかとも思ったが、自宅の住所は教えていない。人形は、自分好みだった。妙に思ったけど、クローゼット用の部屋に置いていた。箱から出して、箱の上に座らせる様にしていた。差出人不明なのが、気になりどうしようかと考えている日々が続き、ある時、完全防音で上下左右の生活音は聞こえる事はなかったのに、子供が走り回る足音の様なものがする。それに、ヒソヒソと人の話し声が、部屋中から聞こえる。その声のもとを探すと、クローゼット部屋から、聞こえてくる感じ。その頃から、悪夢を見るようになった。内容は覚えていない、目覚めの悪い夢らしい。眠ると決まって、悪夢を見る。憶えている悪夢は、全身を釘で刺されるもの。その悪夢を見始めてから、体調が悪くなり、全身が痛む。霊感のある友人から、

「その人形、ヤバいから、早く神社か寺に持って行かないと」と言われた。

その話を聞いた、女将さんは、私が『そういう方面』にも詳しいという話を知り、その様な人形を、今日、持って来たのだ。

―そういうのには、そんなに詳しく無いのだけど。

その日本人形は、視るからに『呪物』として完成している。つまり、誰かが彼女を呪っている。気は進まなかったけど、少し探りを入れてみた。

 視えたのは、四十前位の男。世間一般的に言われる、イケメン風な男。私は、視えた男の特徴を、伝えた。全員が、互いの顔を見合わせる。どうやら、心辺りがあるようだ。

「ベンチャーの社長です。難があって、出禁にしたのですが、その人が関係しているの?」

と、女将。

「そこまでは、判りません。この人形の事は、その人に話さないでください。他の人にもです。人形の害は、周りにも及んでいます」

私は、人形を木箱に戻しフタをする。かなり、強い呪詛の念。

「それって」

彼女が青ざめる。

「人形は、こちらで処分します」

「お願いします」

女将さんは、頭を下げる。

 木箱に簡単な封印をし、念の為に用意していた、ヒトガタに全員のケガレと呪いの影響を移した。そして、神事と御祓いをした。あとは、本人達の気持ちしだいだ。自己流の方が、私としては力を発揮できるけれど、形式の方が大切な時もある。

「ありがとうございます」

来た時よりも、少し明るくなった表情で帰って行く。

私は急いで、呪いの人形に別の封印をする。年代物の念入り人形と、この呪いの人形は、編集長に渡す。なので、連絡を兼ねて報告をした。左京さんが、鳥に来るということと、他に見つけたら、また連絡を入れる事と、言われた。

―人形を、祓ってしまわないのか?

イナリ様が、問う。

「この様な物を、欲しがっている人がいるので」

答えながら、分別していた戸棚の物を、再び収納する。着物は、社務所内に出しておく。後日、来る職人さんと話て、どうするのかを決める。染物の着物と違い、刺繍の着物は重い。一番上に羽織る打掛っていう物なのかもしれない。

衣紋掛けに掛けているのを見ると、少しロマンみないなモノを感じる。

―これでも、私は、男女関係なく、モテていたのだよ。その様な頃に、奉納された。時代は移り変わっても、人間の本質である、愛憎だけは変わらない。あの、縁切り塚が残っているのも。この辺りで働いている者の殆どが、塚の言われを知っているが。たまに、知らない者が、一夜の夢を現実にしたいとか、その逆を塚に願掛けし、自滅する。昔は『理』を知り、わきまえていた。最近は、ソレを知らない者が多くて、私としては迷惑だ。塚に溜まる負の念、溜り過ぎるのを、いちいち祓うのも面倒。私は、場所柄、人間の罪穢れには、慣れているものの、理を知らず己の欲望を剥き出しにされるのは、不愉快だ。

と、溜まっていた不満を愚痴られる。

まあ、そうだよな。テレビやネットで、パワースポットが紹介されると、人が群がるのが理解出来ない。パワースポットの『氣』と自分の『氣』が合わないと、逆効果になるコトを解っていない。メディアもネットも、神社や寺を便利アイテムとしか扱っていないのを見ると、それは『こちら側』からすると、段問題だ。

 夕方近くになって、業者の人が、お札や神棚などを納めに来た。明日の午前中に、それらを祈祷して、魂入れをする。そして、それぞれの店が、受け取りに来る事になっている。聞いた話より、やるコトが多いのは、何故だ。ゆっくりできる時間があるから、引き受けたのに。人間のゴタゴタに巻き込まれるのは、簡便して欲しい。そのコトを、心底願った。


 街が、ざわめき始めた頃、左京さんが『人形』を取りに来た。

「なんだか、忙しそうね」

私の顔を見るなり、言った。

「話と違うので、論文が進まない」

思わず愚痴ってしまった。

「まあ、そうだね。この様な場所だと、飛び入りの仕事もあるだろうし。それより、話していた人形は?」

そう言われて、人形を入れている段ボール箱を出した。

「―なるほど。嫌がらせレベルじゃやなくて、本気ね。呪いの人形より、呪物に近いわ。周りにまで、呪いの影響を振り撒く呪術だし、プロかな? ところで、千早ちゃん。本気でやったなら、完全封印を出来たでしょう?」

「まあ、出来るけれど。気力を使うし疲れる。お札などに魂入れする気力を、温存したかったので」

「仕方ないわね」

左京さんは言って、箱の四隅を指先で叩いた。簡単に見えるけれど、専門は違うなと、思った。

「よし。コレは預かるわ。編集長が、納得するかは、分らないけれど。この人形に関する情報は?」

「出禁になった、ベンチャーの若社長らしい。そこそこのイケメン系。視えたのは、その人だけ。でも、呪術師ではないよ。多分、依頼したのでは?」

「なるほど。あとは、こっちで探す事にするよ」

答えた左京さんは、微妙な表情を浮かべる。

「なにか、あったのですか?」

問うと

「また、『例の人形』が、フリマサイトに出ていた。試しに買ってみた。差出人は、うちの出版社が自分宛で配送したとなっていた。出品者は不明だし、アカウントは、消されていた。届いた人形を調べたら、反応があった。だから、皆が驚いた。編集部に置いておくワケにはいかないから、編集長が回収して持って行った。編集長は、怒り心頭。オカルトに対する、似非や冒涜を赦せない性格だから、余計にね。真のオカルトを追及しているからね、あの人」

と、左京さん。編集長が、そこまでオカルトに拘るのは、如何してだろう? そもそも、本名すら知らない。編集長という通り名で、ずっときている。

「左京さん。『あの情報サイト』を知っていますか?」

「ああ、例の。許可した人しか入れない、セキュリティは国家機密レベルだという。知っているよ、時々、見ている。そのサイトが、どうかしたの?」

「すべての情報が、何処よりも早く出るって、いうけれど、『例の人形』に関しては、まだ詳しい情報が出ていない。放射性物質を含んだ人形が、フリマサイトに出回っている話しか。情報がつかめていないのか、謎の圧力か? でも、サイトは圧力に屈しないっていうから。やっぱり、放射性物質が絡んでいるから?」

「圧力は関係ないと思う。放射性物質も、関係無い。企業での、放射性事故は、直ぐにリークが載るし。多分、情報ハンターって人達が、まだ掴めてないのだと思う。千早ちゃん、その人形に探りを入れてみた?」

「やってみたけれど、よく判らない。少なくても『人形』に関わっているのは、二、三人はいるかな」

と、答える。

「どんな人? 視えた直感でいいから、教えて」

左京さんに、詰め寄られる。

「一人は、真面目そうな年配の男。多分、人形を造っている人かも。一人は、人形に囲まれて自分の世界に浸っている女。もう一人は、他人に嫌がらせをして楽しんでいる人。そんな感じ」

私的には、全員関わっている気もするが、それ以上、探るのは無理だ。左京さんは、暫く考え込む。

「その件は、一応、編集長に伝えておくわ。呪いの人形の犯人は、私が追って、呪いを解除するから、まかせて」

言うと、段ボール箱を風呂敷で包む。

「お願いします。しばらく、ここが忙しくなりそうなので」

内心、溜息。人間に関わるのは、嫌いなのに。

「頑張ってね、千早ちゃん。浮世に疎いんだから、たまには、この様な場所も良いのでは。人間観察、面白いよ。―それじゃあ」

左京さんは、ニコニコ笑っていう。

私は、鳥居まで、左京さんを送った。街は、夜の賑わいになっていた。

―現世・浮世に、疎いか。別に、疎いワケじゃあない。ただ、興味が無いだけ。怪異に巻き込まれた人や、神仏との関わりならまだ。生きた人間、欲望絡みのイザコザや、やっかい事には関わりたくない。それだけだ。

 帰りそびれたので、気を取り直し、翌日に行おうと思っていた、魂入れをする。手順を踏んで、祈祷を行い、お札や神棚に魂入れをする。それを、店ごとに別けて並べる。こういう仕事だけなら、いい。そう思いなら、終電で帰る事になった。論文も、進まない。雑誌の原稿も進まない。人の業に、晒されるのは疲れる。神社の外は、私にとっては、怪異いよりも、やっかいな世界だ。それでも、引き受けた以上は、やり遂げないと。


 翌朝。少し雨の気配を感じた。そろそろ梅雨入りかなと、思いながら、朝の神事を終える。御神酒や供物は、近くのお店の人達が毎朝届けてくれる。そのせいか、神饌には困らない。撤饌は、朝届けに来てくれた人に、渡す。店ごとに、当番が決まっているようだった。その人達が、この神社を大切に想っているコトは、伝わっている。神社での奉職経験で、その辺りのやりとりは、慣れている。

 午後から、各店の人が参拝に来て、お札や新しい神棚を受け取りに来た。商売人だけあって、きちんと“わきまえて”くれているから、さほど苦ではなかった。問題は、店にある神棚についてだ。その手順を考えていた。まず、店自体を清めてから、神棚を清めて更新する……。キレイに清められるかは、わからないな。と考えていると

「着物を取りに来ました」

と、外で声がした。出ると、女将さんと年配の頑固そうな女性が立っていた。二人を社務所へ通す。

「こちら、代々続く呉服屋の店主で、この道五十年以上の職人さん。昔ながらの、手法で着物を一から仕立てたりもするの」

と、紹介する。つまり、生地を織るところからってコトなのか。店主は、着物を畳の上に広げ、隅から隅までチェックする。

「直りそう?」

女将が問う。

「―これ以上、傷まない様にするのは可能だけど、直すのは無理ね。でも、これは、うちが仕立てたものだから、せめて表面的だけでも、なんとかしてみるけれど」

「同じデザインを造るとなると、また意味が違ってしまうよね」

と、女将。

「だろうね。この着物は、イナリ様の恋物語そのもの。出来る限り、綺麗にしてみる」

店主は言い、着物を箱に納める。

―私としては、それ以上、悪くならない様に出来るのなら、それでいい。

イナリ様の声がした。私は、そのコトを二人に伝えた。少し驚かれたが、納得してくれた。

 直すのには、それなりに時間が掛かるので、再奉納を改めてて神事として、頼まれて、またここへ来る事になってしまった。

 カミと人。そういった話は、各地に残されているけれど、今なお、ソレをしんじて行動に移しているのは、稀有なのかもしれない。そういう『縁』だったのかと、思う。

 残りは、店の神棚。前任者が高齢になり、外での神事が出来なくなり数年。商売は縁起を担ぐという。だから、神棚を新しくして、ついでに店も清めて欲しいと。頼まれている店を順に回り、夕方までに終わらせないといけない。どの店も同じ、欲望と愛憎が澱みとなっている。神棚を新しくしたところで、コレは消えない。私が、祓ったところで、また澱みは溜まるモノなので、あえて、祓いは行わなかった。店に入るコトでさえ、苦痛だった。

最後は、あるホストクラブ。神棚の神事を終えて、帰ろうとした時だった。

「あの、縁切り塚って、効くの?」

と、ホストの一人が問う。

「さあ。切るのは切れる。だけど、同時に良縁までも共に切る。そして、その先の縁は、定かではない。塚に縁切りを祈願するのなら、覚悟が必要ですよ」

答えると、彼は

「良縁まで、切れるのは、嫌だな」

困った顔をして、言う。

「あの塚は、簡単に言えば、呪いの塊ですから。それなりに、自分にも降りかかるモノがあります」

忠告する様に、伝えた。

「出禁にするのも、店のイメージが悪くなりそうだし、かといって」

店長の男が言う。

―そういうコトか。

「困った客を帰したいなら、ホウキを逆さまに立てておくといいとか。逆さホウキで検索すれば、やり方が出てきますよ」

と、伝えた。

「それ、お願い出来ない?」

「無理です。本人が、帰って欲しい来てほしくない相手に対して、行わないと意味がないので。―それでは、失礼します」

やっかいゴトに巻き込まれる前に、半ば逃げる様に店をあとにする。

―客とのトラブルまで、私に押し付けないでくれ。

内心、そう叫んでいた。

 空気が、湿気と共に重たくなっていく。もう梅雨入りかなと感じる。その前に、一雨きそうだったので、私は急いで、神社に戻った。


 雨は、夜になり降り始めた。なんとか衣を濡らす事なく、ワンルームマンションに戻れた。慣れない嫌いな空気の溜り場ばかりに、行ったせいか、何時もとは違う意味で、どっと疲れた。だから、生きた人間の相手は、嫌なんだ。

翌日の昼過ぎ。どんよりとした空と、じわっと生温かい空気に雨の臭いがしていた。ここ数日中に、梅雨入りするだろう。約束は一週間だったが、後任の遅れと必要以上の事まで任されてしまい、二週間目に入っていた。

「私」が「そういったコト」に詳しい人間だという変な噂が、広まり、あちらこちらの店から、御祓いの頼みごとが来ていた。予め、その様なコトは引受けないと決めていたし、そのコトを女将さんにも話していたので、女将さんが、ソレらを全て代わりに断ってくれた。縁切り塚に、逆さホウキ。客商売も、大変だなと思いながら、境内の掃除をしていると、今まで無かった、ドロッとした気配がした。何処からのモノだろうと、気配の出何処を探すと、縁切り塚の前で、同い年位の女が、ブツブツと何か呟き、塚に願を掛けている。店の人かと思ったが、客と思われる人だった。不自然までに濃いメイク。なんだか、ちょっとと思う様な人だな、と思っていたら。

「これって、縁結びなの?」

と、突然問われる。

「縁切りです」

答えると、その先の説明を遮るように

「だったら、ホスト君がぁ、他の客と切れて、私とだけ結ばれる様になればいいなぁ」

こちらを無視し、塚に話しかける様に言う。その同じ言葉を繰り返す。

 どういう思考なんだよ、ソレ呪いなんだけど。入れ込み過ぎた客は、こうなるのか? この人、塚の云われを理解していないし、そもそも説明を無視。そのホスト君とやらが、心配だ。とばっちりを受けなければいいけれど。あー、あの逆さホウキの店。そこの、ホストか。なんとなく、あの時のホストの顔が浮かんだ。縁切り塚に、呪詛にも似た自己中な願掛け。それは、他の客に対する、呪いでもある。その人のせいで、境内の空気が悪くなっていく。

―こんな、自分のコトしか考えていない人間は、始めてだ。色恋の願掛けでも、ここまで他人を、貶める様な願掛けは呪詛だ。悲恋に対する願掛けもあったが、他人を巻き込む様なモノでは無かったぞ。これは、酷い。あの女、自身の生霊に憑かれている上、精神を病んでいるぞ。あの女が帰ったら、キレイさっぱり清めてくれ。

神様が嫌悪する人間。その見本が、この女みたいな人間か。ホステスの盗聴器ストーカーもそうだけど、ホストの他の客に呪いを吐くホスト狂いの女。どちらも、最悪だ。水商売の人も、大変だなーと、シミジミ思った。

 神様が嫌う人間。そういう人間は、周りの人からも嫌われる。神様に好かれると、周りの人間から離れてしまう。塚に呪詛を吐く女を見て、そう思った。

一時間以上、呪詛を吐いていた女が、神社を出て行く。不自然な顔立ちに、濃いメイク。こういうのが整形依存の人なのかと、思うと同時に、何を思ってそこまでするのかが、理解出来ない。夜の街なんて、ファンタジーなのに。外見だけが人間を決めるのでは、無いと思っている。中身が無いと、そういう方向に転げてしまうのか、私には理解不能なコトだ。

 竹箒を持ち、境内を隅から隅まで掃き清める。念の為に、塚自体も清めておく。塚に纏わりついている呪詛の念は、簡単に霧散した。塚自体も、信仰の対象なので、護る必要がある。霧散したので、ホスト君や客まで影響はないと思うけれど、本人はどうか判らない。あのタイプは、自滅タイプだから仕方が無い。境内と、参道も掃き清めるついでに、裏路地も清めておいた。

 着物の再奉納神事を除けば、私の勤めは終わる。後任の人が来たので、私が行っていた事を紙に箇条書きしていたものを、渡す。後任の神職は、少し年上の男性。どことなくキツネ顔。全国の稲荷系神社を点々としながら、修行をしていたという。ここを継ぐ事は、決まっていたので、継げるだけの力を付けたかったらしい。そういう人だから、安心して任せる事が出来、ホッとした。



   3


 私が、繁華街の稲荷神社で色々と巻き込まれている間に、『曰く付き人形』の企画は少し進んでいた。相変わらず編集長は不機嫌だった。理由は『例の人形』のコトと、ソレと同時に『裏』が五月蝿いということ。『裏・機関』まあ、公安の事だろうけれど仕方がない。でも、編集長の不機嫌は、公安の動きより、似非オカルト配信者や、過激なオカルト批判配信らしい。オカルトをネタにしているのが、許せないとか。 『例の人形』は、今のところ、表のニュースにすらなっていない。公安が動いている為、人形は出品されると同時に回収されている。ただ、例の情報サイトには

「趣味で、人形を造っていた数人が、放射線障害と思われる症状で入院。当局は、人形の材料に放射性物質が混入していたとみて、調査を進めている。作者は、『安い材料を提供してもらった』と証言している。事故か意図か判断は、まだ判明していない。ある情報からは、微量のウランが検出されたとある。人形制作者の一人は、重症で話は聞けていないが、ウランガラスのコレクターであるという説から、間違えて使用した事故と、第三者の仕業である事件との両方で捜査している」と、あった。

 材料に混入。ウランガラスのコレクター。前者は、杜撰な国から安く仕入れた材料に混入されていたのか、含まれていたのか。輸入品なら、検疫で引っ掛かりそうだけど。そういえば、海外などでは、リサイクル資源に放射性廃棄物が混入されていた事故があったのを、思い出した。

―混入説か? 気になったら、どうしても首を突っ込みたくなる。これじゃあ、論文は進まないなぁ。

所謂、放射性物質の事故で有名なのは、ウランの首飾りの元ネタである、ゴイアゴニの事故か。廃病院に忍び込んで、残されていた放射線治療の機械。解体して鉄屑として売りさばこうとしていて、光る粉を発見して、それで遊んでいて、被曝したという話。暗闇で光る粉は、珍しかったのだろう。

 それ以外の、放射性物質の事故を調べる事にした。

恐ろしく危険な物質なのに、管理の杜撰さや無知が事故原因になっている。杜撰な管理状態の物を、窃盗団が盗んでリサイクル業者に転売。そこから、リサイクル品の鉄製品に混入。建築資材や家具などに使われ、原因不明の体調不良で病院に行ったら、被曝していて発覚するという。混入事故は、杜撰な管理と無知、貧困も関係している。でも、その様な再資源が輸入されるのは、まず無いだろう。輸入された時点で、検疫や税関で引っ掛かり、大きなニュースになるだろう。工場や研究所で使われる、放射線機器の部品の破損ですら、ニュースになるのだから。輸入品だとは、考えにくい。

それ以外を、考えると。国内で、何者かが『悪意』を持って意図的に仕組んだ。編集長の機嫌の悪さを、考えると、その可能性が高い。

 意図的に悪意を持って、行っている。その目的は? 何故、人形で、しかも日本人形なのか? 何かが引っ掛かり気になるが、その件は、私には、どうする事も出来ない。『悪意』があるのは、間違いない。その『理由』が判らない。

“安い材料”を提供。それを使っていた、趣味の人形作家は、重度の被曝だというが。それに、新人の日本人形作家として注目されていた、作家の家が全焼し、本人も焼死。殆ど何も残らずに、燃えたと。そして、現場は周辺よりも高い放射線量が検出された。作家は、他家より離れた一軒屋に一人住まい。死因は、焼死ではなく『本当』は、放射線障害だという説もある。放射性物質混入人形―以下『ウラン人形』の材料と関係しているかは、まだ捜査中。

例の情報サイトでは、そう綴ってあり、ある意味“テロ”と見解があった。

表裏、関係無く情報が集まっているサイト。リーク情報も色々とある。ここから、表に出るニュースは、三分の一程。ウラン人形の件が、表沙汰になれば、世の中が混乱するだろう。だから、ここでも慎重なのかもしれない。

『曰く付き』人形を、利用している存在。フリマサイトに、わざわざ『曰く付き』と表記する事が、ずっと引っ掛かって、モヤモヤしている。

 編集部では、左京さんが“本物”の『曰く付き人形』の企画を進めるついでに、ニセモノについて調べ探している。その『ニセモノ』は、今のところ見つかっていない。『曰く付き人形』は、伝承や伝説的に、それなりに存在している。だけど、実物の人形が残されているのは、僅か。曰く付きでも、呪いの人形という、実際に呪詛に使った人形なら、それなりに『保管』されているけれど、それでは、編集長的に満足出来ないらしい。左京さんには、悪いと思いながらも、編集部の企画は任せっきりになっている。


 以前から、ずっと断り続けてきた講演会を、仕方なく引き受ける事となってしまった。民俗学部長、表も裏も知っていて、オカルト好き。というか、あまり気にしない。民俗学の中でも、各時代における人間模様が研究がテーマの老教授。その老教授から、何度も打診されていたが、人前で喋るのが苦手な事を理由に断っていた、民俗学の後援会。私は『裏』の研究者なのでとか、理由を付けていたけれど

「民俗学の後継者を、育てる必要がある」と言われ

「最近は、オカルトブームなので、高校生が喰いつきそうな話でいいから、話して来い」と言われ、引くに引けず、やることになった。都心部の高校で、オカルト的な民俗学の話をした。三分の二は興味を持ってくれたであろう、反応。私の論文や記事を読んでいる様な、生徒もいたが、うちの大学に入るかまでは、わからない。とりあえず、学部長のメンツは守ったが、二度と行いたくないが本心だ。


 せっかく、都心に出てきたので、デパ地下巡りでもしようかと思っていたら、樹高さんから、着信があった。駅にいたので駅名を告げると、迎えに行くと言われた。話したい事がある、そうだ。

―例の人形の話かな? と思った。

そういえば、最近、視界の隅や夢の中に、ハイハイする赤ちゃんの様な日本人形や幼い女の子の姿が、見え隠れしている。何かに関係しているのだろうか?

三十分もしないうちに、風間さんが運転する車が来た。助手席に樹高さん。後部座席には、何故か左京さん。

―ああ、これは、やっかいゴトか。

なんだか、どっと疲れが出た。

 夕食がてら、話しをしようということで、一軒の食事処へと入った。店名は表には出していない。雰囲気から、割烹料理・料亭のような店。一見さんは、御断り。馴染でも要予約な店の様だ。別に、その様な店が始めてでは無いけれど、正直、驚いた。左京さんは「ほう」という様な顔をしていた。

樹高さんと風間さんは、慣れた感じで暖簾をくぐった。夕食には、まだ早い時間。私達は、一番奥の部屋へ通された。畳の香りがする。床の間には、掛け軸と一輪挿しが飾ってある。カフェやファミレスの様な、ざわめきやBGMは無い。静かな店。席に着くと、樹高さんが私達にファイルを渡した。

「話し、頼みというのは、その資料にある『人形』を探して欲しい。詳しい事は、読んでくれれば判る。どちらも、重要な意味を持つ『人形』だけど、盗まれてしまった」

相変わらず、気難しそうな顔で言う。

盗まれたのなら、警察の仕事ではないのか? ファイルを受け取り思った。

「もちろん、警察にも動いてもらっている。だが『モノが物』だけに、知識や手順を知っている者の方が良いとおもって、君達が浮かんだんだ」

人の心理を読むのが、上手い。樹高さんは、続けて

「君達も、編集部の企画で『人形』を扱っているのだろう? この以来が無事終わったら、記事にしても良い」

と、付け加えた。

内心、やっぱり、なと、溜息。

「それに、このところ“妙な人形”が、フリマサイトなどを点々としていますし」

風間さんが言う。

「その人形を、出品している犯人が絡んでいる可能性も、考えて、フツウの警察官には、荷が重いと結論し、お願いを」

食事をしながら、例の人形の話になる。これは、電話やカフェなどでは出来ない会話だ。

「君達には、その二体の人形を頼みたい。今のところ、意図は不明だが、例の人形は物理的に危険だ。二人とも、そちらの犯人を追う事だけは、しないでくれ。物が物だけに、一度被害が広がると収拾がつかなくなるから」

樹高さんは、柔らかな口調とは裏腹に、鋭い視線で釘を刺した。私と左京さんは、顔を見合わせて笑うしかなかった。

本来なら、お酒を飲みながらのコース料理なのか、少しずつ料理が運ばれて来ていた。そのあいだに、資料に目を通す。

 盗まれたのは、ある地方の神社の御神体となっている『人形』と、もう一体は、ずっと昔から呪物として扱われてきた『呪物人形』 御神体人形が盗まれてから、土地の均衡が崩れかかっているのと、呪物人形は封印が解かれたせいで、いつ暴走してもおかしくないらしい。その二体を、それぞれ、在るべき場所に、在るべきカタチに納めて欲しいというもの。左京さんが、専門であり、コレクター的立場として、呪物人形を探すと言ったので、私は、御神体人形を探し祀り直すというコトで、話しは着いた。


 帰り際に、お店で人気だという、太巻きとイナリ寿司を貰い、マンションまで送ってもらった。

「無茶は、するな」

別れる時、再びクギを刺された。言われていても、つい、突っ走るのは天性だと思っている。

 渡された資料には、盗まれた『御神体人形』について、詳しく書かれていた。這子人形という日本人形。赤ちゃんが、ハイハイしている姿を模した人形で、子供の健やかな成長を祈願した人形だとも謂われる。この『御神体人形』が作られたのは、江戸中期から後期。御神体の写真があるのは、珍しい。写真に写す事は禁忌だと思っている。余りにも、ボロボロになっていたので、職人に修復して貰った時の、写真らしい。着物だけ新しくして、お頭は、そのまま。なので、時代を感じる。盗まれた理由は、コレクターに売る為。窃盗犯と、転売ヤーが関わっている可能性。それが、判っていながら、私に探させなくてもと思うが。御神体人形が、失われた事で土地の均衡が、崩れかかっているので、祀り直す必要があるので、私に任すの事。腑に落ちないと思うが、論文と記事のテーマにはなるな、と思っていると、視界の隅で、ハイハイしている赤ちゃんが視えた。

―ああ、そういうコトか。

夢や視界の隅に現れる赤ちゃんは、この御神体人形だったのか。また“呼ばれた”のだ。そう思ったら、少し納得出来た。


 定期的に、チェックしているオカルト系の配信。殆どが、寄せ集めの似たり寄ったりか、的外れな持論。でも、極稀にその様な中にも『鍵』となるワードがあったりする。それに、知らずに本物を扱っている配信もある。時間がある時は、周回しチェックしている。オカルト関係の配信に進展はないかと、探していると、迷惑系で悪質配信で有名な配信者が「曰く付き人形」について、ライブ配信をするという情報を発見した。この配信者は、似非オカルトなうえ、オカルト肯定派を愚弄して楽しむ人物でも、有名。出来るだけ、関わりたくないが、『曰く付き人形』というテーマが、気になり、嫌々ながらチェックする事にした。

[最近、呪いだの曰く付きだのって、いう人形が出回っているウワサ、知っているかー]

と、軽いノリ。ワザとらしく自分を大きく見せようとする感じが噴出している。参考までに見ているが、腹立たしい。それにしては、何時もよりハイテンションだ。迷惑系・炎上系で有名な配信者。心霊スポット(ニセモノ)で、騒いでいる動画とかを配信している。

「オレは、そーゆーの信じていないが、聞いた話によると、そのヤバい人形が、フリマサイトに出ているんだ。素人が、趣味で造った様な変な人形。それを買った人達が、謎の体調不良になっているって。ただ、部屋に飾っているだけで、そーなるって、ヤバくねぇ」

喋り方自体が雑だし、ワザとらしくて、イラっとしてしまう。

「それってさー、呪いの人形とか曰く付き人形のせいじゃねぇ? そーゆーのが、フリマサイトに出回っているのって、怖くねぇ。ヤベェー人形を、フリマサイトに出すなんて、何を考えているんだって」

とか、言っている。

この人『何を』知っていて、話しているんだ? フリマの曰く付き人形は、まだ表には出ていないし、あの情報サイトに出入りしている人間でも無いのに。あの情報サイトは、顔認証でログインしないといけない。完全な会員制で、サイト利用者は、顔写真と本名が登録され、何処の誰が利用しているか、検索できる。書いて載せた記事は、匿名表記される。そこには、この配信者はいない。だから『知っている』のは、不自然。何故だと、考えている間も、彼は喋り続けている。

「見て見て、マジヤバいっていう人形の写真を、手に入れたんだ。コレ。馬ヘタっていうやつ? この手造り人形、これらがヤバいって話。売り出して数時間以内にアカウントごと消しているし。この人形を買った人は、謎の体調不良で入院しているって。なんで、ヤバい人形だして、すぐに垢ごと消すって、なんか怪しいし、色々とヤバすぎ」

言って、画面に、人形の写真を出す。

そこには、五体しか映っていなかったが、どれも『回収』された人形。

中には、木瓜さんが買った人形もあった。

―コイツ、この配信者が、ウラン人形に関わっているのか?

ここまで、派手に『裏』の情報を知っているのは。配信者について調べてみたが、本物の曰く付き人形や『例の人形』ウラン人形との関わりが、情報として無かった。ただ注目されたいのか。意図的に仕組んだ。それにしては、杜撰だ。ここまで、大っぴらに配信しているのなら、公安は知っていて、完全な証拠かボロを出すのを待っているのか、その為に泳がしているのか? 人形制作者は「安い材料」を提供されたと。その作家は、今も入院している。その「安い材料」を、提供した人物が犯人? 目的が、この配信者の様な理由でも、扱うには知識と設備が必要だ。考えている間も、彼は持論を展開していた。煩いので消して、その配信者の事を、教授や編集長達にメールしておいた。向こうも向こうでチェックし、探るコトだろう。この配信者の事を考えていても無意味そうなので、やめた。


 気分を変えるために、夜食に貰ったお寿司を食べる。そこに、イナリ様が現れた。

「大変な事になった―、それは!」

と、イナリ寿司を見ていった。

「よろしければ、どうぞ。それより、なにかあったのですか?」

「例の女、ホスト店で、客や店員を切り付けたり刺したりした上に、放火までしようとした。幸い、放火する前に取り押さえられたし、死者は出ていない」

お寿司を頬張りながらも、不機嫌そうに言う。

「あー。まあ、なるほど」

何となく、予想はしていたけれど、実際に実行するとは。それを、私に知らせに来る必要は、あるのかな。

「事件のせいで、あの辺りの空気が澱み、不安定だ。だから、近辺を祓って欲しい。澱んだ氣は、街に影響する。私は鎮守ではないから、その様な力までは無い」

イナリ様は、言う。

「ちょっと、今は無理です。盗まれた御神体を、探さないといけないので」

「―それに関する、情報を出すと、言ったら? これでも一応、稲荷神。日本各地に、知神はいる」

「わかりました。それは、女将さん達も同じで?」

「ああ。電話が来るぞ。それでは、頼む」

言って、イナリ様は消える。イナリ様が消えたと同時に、女将さんから電話があり、明日の昼にお願いしたいのこと。車で送迎してくれるので、直接、束帯を着ていく事にした。


 曇り空。梅雨入りのニュース。イナリ様に、頼まれたから引き受けたものの、現世の人間の犯した事には、関わりたくない。街の大通りを祓い、事件のあった店を祓う。

「あの女、御祓いしなくて、いいのか?」

例のホスト店の店長が言った。

「必要なのは、御祓いではなく、病院での治療ですよ」

と、答えておいた。実際、そうなのだから。他に気になる事があるのなら、今の稲荷神社の神職に、祓って貰えばいい。私が、祓ったのは、イナリ様に頼まれたからであって、別に街の為では無い。私が、そういう思考なのは、イナリ様は理解してくれているけど、街や店の人は不満そうだ。そもそも、後継の神職を差し置いて、私が街の神事を行うのも変だ。それに、コレは人間同士の、店と客とのトラブルの末に、起こった事。私が、この街に関わる必要は無い。あるのは、着物の修復が終わって再奉納を行う事。よく、薄情だと言われるが、そもそも、人間同士の関わり方が解らないだけだ。

 私は、これから『御神体人形』を探し出し、祀り直さないといけない。こんな事で、気力を消耗したくない。花街の祓いを終え、マンションの部屋に戻る。また、這子人形が視界の端を過っていく。

「呼ばれている、な」

とりあえず、その『御神体人形』が祀られていた神社、現地へ行く必要がある。そっちの方が、重要なのだから。

 人形を御神体として、祀っている神社はある。そもそも、余程の事が無い限り、御神体を納めている箱などは、開かない。たまたま、何かがあって、仕方なく箱を開いたら、人形だったという話もある。御神体ではないけれど、祀られている有名な日本人形は『御菊人形』だろう。今回、盗まれたのは、這子人形。江戸期の物。左京さんが探している、『呪物人形』も同時期に造られたものらしい。どちらも、有名では無いが、一部のコレクターにとっては、コレクションにしたい人形らしい。歴史的価値として、博物館や美術館に納められるような人形。その作家の人形が、オークションに出品されれば、数百万円近くまでになると、いう。コレクターや転売ヤーが犯人だとすれば、物がモノだけに、きっと障りを被っているに違いない。『御神体人形』が盗みだされたせいで、土地の均衡が崩れかかるというくらい、力のある人形を、フツウの人間が持っていて、大丈夫なワケが無い。盗んだ人は、どうなろうと、私の知った事では無いけれど、均衡崩壊を考えると、急いだ方がいい。渡された資料だけでは、不明な点も多く、新たに情報を集める事にした。


 ―かつて、山間に小さな集落があった。小さいけれど、街道の抜道が近くに通っていて、土地も豊かだった。農作物だけでなく、山からは木材、川も流れていたので、小さいなりに栄えていた。その集落の長は、人格者で皆から慕われていた。作物の育て方にも精通していて、自分も田畑に出て働いていた。集落の民は、困り事があると、長に相談していた。集落には、土地神を祀っている小さな祠があった。ずっと昔から、集落の守り神としても信仰され、神様に護られている土地であった。よくある、役人の嫌がらせとかも無く、大きな天災に見舞われる事も無かった。

 人格者として慕われていた長だったが、長年、子宝に恵まれなかった。妻と一緒に毎日、土地神の祠に参拝していた。数年して、女の子が生まれた。長は、娘を可愛がり、魔除けと健やかな成長を祈願した這子人形を買った。娘は、その人形を気に入って、何時も一緒にいた。集落の人達も、それを微笑ましく見守っていた。長は、他の子供と分け隔てなく可愛がっていた。そのまま平穏な日々が続くと、思われていた。ある日、長の娘は、幼くして亡くなってしまった。ちょうど、七歳になる前日だった。

『七歳までは、神のうち』七歳までは、神様の子だというもの。娘は、神様の子供だったので、七歳前に、神様のもとへ戻ったのだと、長は、寂しそうに呟いた。今までと変わりはなかったが、娘に与えていた這子人形を、娘の代わりに可愛がる姿が、時折り見かけられた。集落の人達は、何も言えなかった。みな、子を亡くす悼みは知っていたから。

 それから、数年が過ぎた。その年は、珍しく集落を天災が襲った。長雨に日照り。そして、疫病。蓄えていた物も、底をつきそうになっていた。集会では、こういう時は人柱を建てると、いう話になっていた。本当に、人柱を建てれば救われるのか、そんな話合いが続いていた。そんな、ある日の夜。長の夢に、死んだ娘が現れて

「土地神様の為に、新しい社を建てて、私の人形を人柱の代わりに、その社に祀って。そうすれば、皆、助かる」

と、いうものだった。

長は、幼くして亡くした娘が、神様の使いとして戻ってきた。その言葉をしんじて、夢の内容を実行した。民の中には、半信半疑の者もいたが、社を建てて、人形を祀ってから、天災も疫病も、ピッタリと収まった。以来、這子人形は土地神様の娘。御神体として祀られ続けて、集落は現在に至っている。


 今回、盗まれたのが、その『御神体人形』

よくある昔話とは、少し感じが違うが。もともと、集落には、力のある土地神なるモノがいた。人々は、そのモノと良い関係が築けていた。そんなカミに、子宝の祈願をし、子供を授かった。そういう、昔話のリアル版。「七歳までは、神のもの。七歳を迎えれば、人の子供」昔は、子供が幼くして死んでしまう事が多かったから、生まれた言葉なのかもしれない。「神様のもの」と、自分に言い聞かせる事で、哀しみを回避したかったのだろう。今も、その考え・信仰は、七五三として残っている。

 土地神から授かった娘は、土地神のもとに還った。でも、御守りとしての張子人形は手元にある。それを娘の代わりに大切にしていた事で、人形に想いが宿ったのと、娘が元々、土地神の化身だったと考えれば、人形を人柱替わりの御神体にした事で、力を発揮した。そして、集落は救われた。娘の代わりに大切にしていた人形に『想い』が宿っていて、それが集落を護る『力』となった。そういうコトだろう。その『御神体人形』により、集落の土地は、安定と平穏が約束された。その『約束』の象徴でもある『御神体人形』が盗まれた事によって、集落のある土地の均衡が崩れかかっている。時々、視えていた人形は、御神体だった。それは、私が流浪の巫女の末裔だからなのか、かつての巫女が流浪の途中に立ち寄っていたからなのか。それは、つまり、流浪の巫女が関係していた。だから、私の前に現れた。私が、探し出し、取戻して、再び祀り直す事が求められている。樹高さんの依頼は、偶然ではなくて『必然』だった。


 その集落は、地方の田舎。限界集落の中では、人口が多い方。近場の駅から、一日数便しかないバスで行く。主要駅に、レンタカーも無い地方だ。フィールドワークではないし、とりあえず、どの様な場所なのか、実際、見て見たかったので、来た。

 水田には、小さな苗が風に揺れている。山間の集落。豊かな土地の氣が、満ちている。何処となく、不安定な感じは、やはり『御神体人形』が奪われたせいだろう。とりあえず、土地神神社へ行ってみる。水田の中の道を、山の方へ歩く。水龍神社も、昔は、この様な風景の中にあった。最近は、水田から宅地になっていて、寂しいと、潤玲は言っていた。日本の原風景は、護らなければいけないと、私は思う。水田は山裾まで広がっていて、その先に、木製の鳥居があり、石段が続いている。一礼し、鳥居をくぐって石段を登る。そこに、小さな社殿が建っていた。参拝をし、ここへ来た理由を告げる。合祀されていない、古き日本のカミ・土地神様が祀られている。この集落ならではの、信仰。今も、信仰が受け継がれているのが解る。格子戸の隙間から見える祭壇には、鏡ではなく、小さな岩が安置されていた。あの岩が、もともとの土地神様の憑代だろう。資料によれば、社殿の奥、祭壇の後に隠す様に箱に入れて安置していた、という。月例祭の神事の時に、風に当てるのと虫干しをし、人形が痛まない様に管理していた。盗まれたのに気付いたのは、二か月程前。春祭りの準備の為に、神社へ来たら、鍵が壊されていた。社殿の中を確認したら、『御神体人形』が箱ごと無くなっていた。『御神体人形』が何者かに持ち去られた事で、集落は騒ぎになった。集落の人にとって『御神体人形』は信仰対象で大切に扱われている。なので、集落の人間による盗難では無いはず。問題は、ここに年代物の人形があり、その人形が正規に取引される価格を知っている人物が、いる。集落だけで、行う神事。人形の事は、集落の人間しか知らない。第三者が、人形の存在を知る事は、多分ないし、見てもないだろう。ちょっと、探ってみたけれど、参拝に来る集落の人しか見えなかった。その中に、犯人がいるのか? 考えるけれど、これは警察の仕事では? と思っていると、目の前を、幼い女の子が横切った。―実体は、無い。私に、探せということらしい。この集落で昔から大切にされてきた『御神体人形』を盗んで心が痛まない、抵抗の無い人間か? それより、何故、樹高さん達は、ここの『御神体人形』を探しているのだろうか? 樹高さんが絡んでいる以上、少なくても護国に関係がある。集落内を、探索すれば視えてくるモノもあるだろうけれど、車が無いと不便だ。

 一見、護国に影響するとは思えない集落。他の土地が、災厄に見舞われても、この集落は無事だった。その様なコトを考えながら、土地を探る。

―点。脈、レイライン・要石……。

小さいながらも、それに該当する土地だとしたら―ああ、なるほど。ここの集落は、加護を受けている土地なんだ。だから、小さくても均衡が崩れてしまうと、ソレは他にも及ぶ。これは、出来るだけ早く『御神体人形』を探し出さなければ。そう考えていると、背後で気配がした。

「あのぅ、どちら様?」

呼びかけられ、振り返ると、初老の女性が立っていた。神社の管理人か?

「御神体人形の件を、調べている者です」

一応、そう言って、相手の出方を見る。

「見つかったのですか?」

女性の顔色が、変わる。

「申し訳ありません。私は、その調査を受けた方から、頼まれて来た代わりの者。斎月千早と申します」

と、名乗る。

「それでは、まだ見つかっていないのですね」

「はい。盗まれた理由は、判っていますが、何者かまでは」

「理由?」

「そういう『物』を盗む人間。それを欲しがる人間。つまり、盗んだ人間は、ここの『御神体人形』が、お金になる事をしっていて盗んだ、ここに、あるコトを知っている人間の犯行だと思っています」

答えて、説明する。

「そんな、罪な事。―申し遅れました、神社の管理をしている、山原と申します。斎月さんの話が、本当なら、ここの事を知っている人だと?」

「はい。でも、私は、警察ではありません。だけど、ここの事を知っている人間で、その様なコトをしても、なんとも思わない人間の仕業です。私の仕事は、その犯人を捕らえる事ではなく、『御神体人形』を取り返し、祀り直す事です」

湿りっ気のある風が、吹く。多くの人が関わり過ぎていて、探れば探る程、余計なモノまで視えてしまい、思う様に探れない。何時もなら、神様が犯人を示してくれるのに。

「そうですか。もし、その様な事をする人間がいるとしたら、ここを出て都会に行った人間くらいしか、思い浮かびません。でも、そんなに、欲しがる様なモノなのですか?」

「世の中には、お金に糸目を付けずに欲しい物は、手に入れる人間がいます。その様な人間が、人を使って盗ませるのです。よく、仏像が盗まれたって、ニュースがあるように」

私の言葉に、山原さんは、深く大きな溜息を吐いた。

「そんなことが。ああ、せめて、赤の他人であって欲しい」

と、社殿に向かって言った。


 山原さんと別れ、私は東京へ戻る。やはり、集落を捨て出て行った人間の仕業なのだろうか。部屋に戻ったら、ちょくちょく姿を見せる女の子について、探りをいれてみるか。ネット上に『御神体人形』が出品されていないか、ゼミ生に探して貰っているが。それに、『御神体』で在る以上、場違いな所に置かれていれば、なんらかの障りなりが起っているはず。その辺りも含めて、範囲を広げて探ってみるか。


 マンションに戻り、仮の社と使っている部屋で神事を行う。もともと、この敷地に存在していた、土地神・鎮守的であり、賽の神的でもあった、神様を祀っていた神社。マンション建設で、手順を踏まず潰した結果、このマンションは、混沌化してしまい、事故物件に。この辺りの土地の均衡も狂ってしまっていて、それを戻す為に、空き部屋に社を設けて、その神様を祀り、取りあえず怪異などは納まった。その社は、定期的に管理している。このマンションは、霊道と神様が通る道の真ん中にある。それを利用して、あの集落の土地神様をコンタクトが取れるか、試してみる。時々、姿をみせていた理由。私のところに現れ、呼んだ理由を知りたいし、あの土地自体を知りたい。写真にある、御神体人形・張子人形の気配と、あの土地の気配、時々、姿を見せていた女の子の気配、それらを頼りに探りを広く深くいれる。

 昔の集落。女の子が生きていた時代。彼女の両親や集落の人々。これは、御神体人形・つまり、彼女の視点? 豊かで平穏な日々、感情が心に入ってくる。同調出来たのか。彼女・土地神視点で、集落の歴史が感じられる。ちょっと深入りしすぎたか、眩暈と伴に現実に戻される。あの集落がある土地は、確かに『脈』みたいだ。だけど、ソレを探るのではなく、御神体人形が今、ある場所と盗んだ関係者だ。日本人形の歴史を研究テーマにしているゼミ生が、言うには、二体の人形は、同じ人形師か師と弟子による物らしい。一部のコレクターの間では、数百万だしてでも欲しい物。ゼミ生は、金目的で盗んだ人と、転売ヤーがいて、最後に悪質コレクターがいるのでは、という意見だった。それが、一番しっくりくるが、犯人と人形がある場所が、視えてこないのが気になる。

 土地神様の神社を管理している、山原さんによれば、『御神体人形』が盗まれた事に、集落の関係者が絡んでいる事にショックを受けていた。『御神体人形』の昔話は、代々語り継がれている物語で、集落の人間なら誰でも知っている。山原さんは、集落の人間が犯人である事だけは、間違いであってほしいと言っていたが。集落の歴史を中心に、探っていく。長の娘、例の幼い女の子が、張子人形を抱えて、心の中を横切って行く。その瞬間、中年の男が、『御神体人形』である張子人形を抱えて、神社をあとにする様子が浮かんだ。盗んだ犯人。顔までは、見る事が出来なかった。気配はなんとか掴めたから、式を飛ばしてみた。本当に、その男が犯人なら、式は樹高さんに伝えるコトになっている。犯人捜しは、樹高さんの方が本職だ。そして、現在、手元に『御神体人形』を持っている人間を探す。深く探りと入れたり、式神を使えば追えるだろうけれど、『御神体人形』を取り戻したあと、祀り直す神事を行わないといけないので、気力は温存したい。『御神体人形』の情報は、まだ例のサイトには出ていない。それよりも、また、ウラン人形が見つかったと掲載されていた。『裏の機関』の人達も大変だろうなと、思う。怪異とは違い、確実に物理的な被害が出る。

 左京さんも、探すのに手を焼いていたが、あるところから情報が入った。

『障り』だ。原因不明の症状で寝たきり状態の人が、一円兄ちゃんの病院に入院している。情報もとは、一円兄ちゃんだった。医者として、あらゆる検査をしたけれど、どれにも該当しないので「そういうコトに詳しい」一円兄ちゃんのところに、やって来た。一円兄ちゃんが、言うには、

「呪いか、祟りを受けている」ようだと。左京さんは、私を呼び、一緒に病院へと向かう。


「やあ、二人とも久しぶり。ちょっと、視て欲しい患者がいるんだ」

スタッフ出入口で、一円兄ちゃんは、私達を出迎えた。そこから入って、隔離病棟とプレートがあり、大きなガラス扉がある。その扉の向こうへ。

「入って、大丈夫なの?」

問うと、

「今は、言っていた人が、一人だけ」

そういった意味で、問い掛けたのではないのだけど……。ある一室の前で、防護服に着替える様に言われた。建前で、着替えろの事。勝手に入り込むのは、いいのか? とツッコミたくなった。一円兄ちゃんは、例のウラン人形関係で、その様な症状が出ているのか、未知の感染症か、自己免疫疾患だとか、説明をして、隔離していると。そういうコトが、通せる権力があるらしい。『裏』とも繋がりがあるぶん、その辺は操作できるのかもしれない。天才と変人は紙一重というらしいが、まさに、その通りだと思った。例の患者が収容されている病室の前まで来ると、空気が変わった。部屋の中から、滲み出る嫌なモノ。左京さんも気付いたのか、私を見る。

―呪い? 障り? いや、誰かを呪うつもりが、自分で自分を呪っている? そんなイメージが浮かぶ。ドロドロとしていて、視えない。でも、盗まれた呪詛人形の気配ではない。それは、左京さんも同じらしい。一円兄ちゃんが、ドアを開けて中へと促す。

 そこには、カテーテルだらけで、全身を包帯で覆われた女が横たわっていた。白い清潔な包帯のはずなのに、私が視たのは、血膿が滲んで腐臭を放っている包帯。血とかグロイものには、慣れているつもりだけど、思わず吐きそうになる。

「千早ちゃん、大丈夫?」

一円兄ちゃんが言う。大丈夫の意味は、解っているようだ。左京さんは、鋭い目で、『ナニ』かを睨みつけていた。

「包帯の下には、水疱みたいなものが無数にあって、爛れやケロイド症状がある。でも、医学的には、在り得ないんだよね。色々と調べても。最初に診た医師は、ウラン人形の事件を知っていたから、被曝を疑った。でも、実際は被曝などしていない。次に診た医師は、感染症。でも、原因となる病原体は発見されなかった。未知の感染症だとしても、血液検査をすれば反応が出る。血液検査の結果は正常。だから、医学的には理解不能の疾患。で、僕のところに来た。名目上は、自己免疫にしておいた」

淡々と話す。これは、呪いの影響ですとは、現代医学では言えない。左京さんは、じっと女を視ている。

「包帯の下、見れますか?」

「いいよ。少しだけね。巻き直すの面倒だから」

と、一円兄ちゃんは、包帯の一部を捲った。

「なるほど」

左京さんは、小さく呟いた。私には、女の爛れた様な皮膚に、何かの文字が無数に浮き出ている様に視えた。

「呪ったつもりが、呪われたって、やつね」

溜息混じりに、左京さんは言った。

「人形、関係しているの?」

何気なく、問う。

「みたいね。おそらくは、一度、人形を手にしている。それが、呪いのアイテムだと知って、使った」

と、左京さん。

「盗み出した人から、買った人物。そいつが、人形が呪具だと知っていて、呪いたい相手がいた、この人に貸して、呪詛のやり方を教えたんだと思う。言われた通りにやってみたけど、失敗。一流の呪術師でも扱うのを躊躇う、最恐の呪物人形。そんなもの、フツウの人間に扱えるワケがない。盗んだ奴も、買った奴も、生きてはいないね。この人が、人形への手掛かりになるかと思ったけれど、無理ね。それに、この呪いは解けない、いかなる方法を使っても。もう、呪いに蝕まれて死ぬか、命があっても廃人ね。人を呪わば穴二つ。それどころのレベルではない、あの人形は」

左京さんは、冷淡だった。呪術の専門家だから、そういう言い方になるのか。たしかに、そうだけど。そんなレベルの呪詛人形を探ったら、私レベルでは、人形の影響を受けて、被ってしまう。

お金目的。コレクション。そんな風にしか、見れない人間は憐れだ。

「なんだか、難しそうな事だね。祓えないの?」

と、一円兄ちゃん。左京さんは、首を振る。

「無理です。それより、医療スタッフも、必要以上に関わらせない方がいいですよ。変に同情したりすると、呪いに巻き込まれます」

クギを刺す様に、左京さんは言った。

「わかっているよ。でも、こちら側でも、医者だ。医者として、やるべき事はやる」

一円兄ちゃんは、答えた。その辺りは、医師としてだろうけれど、多分、別の意味もあるのだろう。


 病院をあとにして、『人形』について話をするために、編集部に。そこで、入手した情報を、お互いに整理しまとめる事にした。

編集部内は、ピリピリしていた。理由は、編集長が不機嫌さを顕わにしていたから。原因は、ウラン人形と、あの配信者。あの後、別の配信で、かなりオルトをディスっていたらしい。『曰く付き人形』の企画は、進んではいるけれど、編集長の不機嫌さを、スタッフ相手に愚痴っているので、その先には進んでいない。それに、あの二体の人形も企画に入れるので、進んでは止まりの状態。

「まったく、オカルトをバカにして。表現の自由・言論の自由は、相手を尊重した上で出来る事なのに。それに、配信している以上、責任がある」

と、言った感じ。

「その配信者が、一連のウラン人形に関係している可能性って、あると思いますか?」

私が問うと

「思っている。配信で出した写真が証拠。でも「物理」的な証拠が無い。ウラン人形に関わっているのは、ほぼ間違いないね。犯人か公安かしか知らない事を、アイツは喋っていた。多分、でっち上げの事件を作り、それを配信する事で、バズらせる。そんなところかな。盗まれた人形も、ひょっとしたら、って」

溜息混じりに、編集長は答えた。

「御神体人形は、集落を出た人が、あの様な人形が金になる事を知り、盗んだ。それを、闇で取引するような転売ヤーに売り、その転売ヤーがコレクターに売った。その結論で、樹高さん達に動いて貰っています」

「なるほど、千早ちゃん、なんだかんだで公安の人間を使いパシリにしているわね。で、左京ちゃんは?」

「その人形を、呪いのアイテムとして使た人は、見つけました。でも、話の利ける状態ではありません。人形自体が、封印を解かれたところで、自ら持ち主を探している様な感じです。可能性として、呪物を欲している人間やコレクター。人形のコレクターも視野に入れて、探しているところ。探りを入れても、すぐに呪物人形は隠れる。もし、無知なマニアやコレクターが手にしたら、とんでもない呪詛の念が暴走し禍となる。あれは、呪術的な武器。それに、感染呪術にもなってしまう」

左京さんが、説明する。―暴走、感染呪術か。

「うーん。あの配信者を潰したいところだけど、呪物人形がヤバそうね。でも、もとに戻して終わったら、記事にする。本物を世の中に、伝えるべき」

不敵な笑みを浮べて、編集長は言った。転んでもタダでは、起きない。編集長にとっては、盗まれた人形ですら、記事のネタなのかもしれない。


 御神体人形を盗んだ犯人は、樹高さん達に任せる。犯人は、ほぼ確定している。そこは、私には関係の無いこと。なんだかんだのうちに、細川君達ゼミ生が、ある人形コレクターに至っていた。探りながら、そのコレクターの手元にあるのかを、確かめる必要がある。左京さんは、引続き呪詛人形を追っている。

 未だ、ウラン人形が出回っているのは、黒幕がいるから。ウラン人形の

出品と同時に、あの配信者は人形について配信していた。関係性は真黒。公安は、むしろ「材料」の出処を探しているようだし。鬱陶しい雨が、押し付けられている色々な事を、重く圧し掛からせている感じがする。私は、便利屋では無い。この数日、その様なコトを考えては、溜息を吐いている。これは、別の意味での『キガレ』穢れの語源『気枯れ』だ。

 そういえば、あのストーカー女は、あの後どうなったのだろう。施設に収容されたところまでは、知っているが。あの、縁切り塚に掛けてはいけない願を掛けたから、あーなった。いや、単に現実問題が彼女には、あった。イナリ様が、心底嫌ってたのは、身勝手な願が呪いであったからか。

例の情報サイトで、調べていみる。やはり、施設に収容されている。なんとなくだけど、あの呪物人形を使い呪われてしまった女と、関係してそうな気がしたが、それは思い過ごしだ。ただ、同じホスト店に出入りしていた。一方は、縁切り塚に禁忌な願をかけていた女、呪物人形を使い呪詛を行っていた女。どちらも、自滅。一夜の夢に、そこまでするのかと思う。情報を探すと同時に、少し探りを入れてみたが、ホストをめぐり客同士でのトラブル。それが、呪詛に発展。お互い呪いあっていた。そういう、コトのようだった。だから、イナリ様は、あの女を嫌い、境内を清めて欲しいと言ったのか。


 私には、解らない。リサが、あの時の黒幕を呪ったコトは理解出来るけれど。佐山野神を、はじめとし、あの土地を奪った人間を恨んで呪い祟ったコトも理解出来るけれど。でも、たかが一夜の夢をめぐって、呪詛とかは理解不能。俗っぽい。イジメなどに対抗し、呪ってしまうなら、まだ理解出来る。一夜の夢は、所詮ファンタジー。ホストは、ホスト店の中だからこそ、ホストである。店から出れば、ただの男性だ。そのファンタジーで、呪い合うのって、無意味だ。墓穴の掘りあいでしかない。私には、理解出来ない世界であり、関係の無い世界。よくいわれる、「薄情」だと。単に、興味が無いだけ。

 私は、この国の、古い古い信仰を護り現代へと繋げたい、そして、カミやモノと人間の橋渡しをしたい。それだけ。だから、現世への興味が薄いのかもしれない。

私にとっての『現世』って、なんだ?



   エピソード3



 私が『私』を受け入れるコトが出来たのは、潮上島で巻き込まれた怪異。あの時、夜闇の海で津波に飲み込まれて、波の闇間・現世と幽世の狭間にて、初代巫女、私の『前世』である魂に出逢ったから。そう、初代・流浪の巫女『斎月』に。『斎月』の原点であり“祖”でもある。

 あの頃はまだ、家系に血筋、自分の『力』に反発していた。名字で呼ばれる事に嫌悪すらしていた。今でこそ、秋葉教授を師として思えるが、あの頃の私にとっては、重たかった『斎月』の名、当代一と言われていた祖母や“業界”からも、縛られていた。潮上島で、出会った『御高流斗』は、所謂『闇の家系』私の立場からすると「対極」に在った。その立場から、互いに惹かれるモノがあり、結果、潮上島は滅んだ。その後、お互いに『二度と会わない』約束を交わした。彼は、御高家が行っていた『罪』を背負い生きている。潮上島には、現在、観測所と灯台があるのみだ。

 あの時、前世の自分と邂逅したコトで、私は『私』の、魂の歴史を識った。初代・流浪の巫女『依月』に創まり、一族一派の中で、転生を繰り返し『私』となった。現在の私が、この国の古い古い信仰・カミやモノに拘り、ソレを次いでいきたいと思っているのは、すべて『依月』が願っていたコト。その想いを『斎月』として伝え残したから。前世と現世。別人格でも、魂のコア的な部分が在るとしたら、そこに過去世の人格みたいなモノが刻まれているのかもしれない。生物学でいう「DNAに刻まれている」の、魂版みたいな理論なのかもしれない。私が、カミやモノに惹かれる様に、カミやモノが私を呼んでいると、『依月』が教えてくれた。

―だから、私は『カミやモノ』と共にあるコトを選んだ。今でも、ハッキリと五感が憶えている、激しい浪間。忌まわしくもあり、邂逅した世界でもあり、そして、決心した“場所”だ。その記憶をもとに、記憶を深く探る様にして潜り探っていく。前世の記憶を、探す。

 闇の中、幼い女の子が、何度も駆けていく様子が視えた。山間の小さな集落。

『私』の記憶では無いけれど、知っている。とても豊かな土地。前世の『私』は、あの集落へ行っている。そして、土地神様を祀り、女の子が大切にしていた『這子人形』を、両親に頼まれて『御神体』として、弱っていた土地を復活させた。だから『私』を呼んだのか。前世と繋がりのあるカミやモノが、現世の『私』を呼ぶ。あるいは『私』が、視つけてしまう。すべては、輪廻と伴にある『魂』の宿命。


 私は、視えないモノの姿をカタチにし、聴こえないモノの声となる。カミやモノと人間を繋ぎ、互いに築きあげれるモノがあるのなら、その力になりたい。古い古き存在と、人間が共に生きるコトが出来る様な。それが、私の『宿命』それを受継ぐ者・魂の中に、ソノ想いを残して来た。だから「あなた」は、そのまま、生きればいい。その声が、あの桜の古木の小さな島へと導いてくれた。


 

 寝落ちしていたのか、PCはスタンバイになっていた。起動させると、あるサイトが表示された。そのサイトを開いた記憶はない。サイトの内容は、ある人形コレクターに対する、批判サイトだった。コレクター同士の諍い系なのか、とりあえず、サイトの内容を読んでみる。批判されているのは、ある女性の人形コレクター。

亥南津子という、四十路の女。彼女は、欲しいと思ったら、手段を選ばずに『人形』を手に入れる。その人形が、他人の所持品だろうが売り物だろが、関係なく。中には、貴重な人形や文化財レベルの人形まで、手段を選ばず手に入れている。と、いった内容。

―示して、くれたのかな? と思う内容。

映し出されている彼女の写真、歳に似合わないド派手なピンクの服。こってりとした厚化粧。その上、加工アプリを使っている様な写真。本性が視えてしまうので、引いてしまう。部屋全体に、色々な人形が置かれている。飾るではなく、ただ並べて置いたという感じ。手入れもしているか、不明。多分、やっていない。一般的なコレクターは、丁寧に手入れをして飾る。だけど、手に入れる事が目的らしい彼女は、自慢する為に多くの人形を並べているだけ。大切にするとか、愛でるって事は関係無い。写真から、人形達の嘆きが聴こえてくる。

「もとの持主のもとへ、帰りたい」とか「埃を払って」「帰りたい」と、部屋一杯の人形の写真から聴こえて来る。彼女に関するSNSを見ると、思わず「うわっと」思ってしまった。彼女、亥南は『御神体人形』を腕に抱き、ニッコリと笑っている写真をアップしていた。

―みつけた。

それと同時に、『御神体人形』の嘆きが聴こえて来る。自慢げに人形と映っている夏中には、既に障りが出はじめている。祟る様な存在では無いけれど、嘆きが周囲に及んで、それは、無理矢理、連れて? こられた人形達の想いと同調して、障りを引き起こしている感じ。コメントには、批判意見ばかり。

[どこで、盗んできたんだ]

それに対して

[人形が、来てくれたのよ]と、返している。

少し、亥南津子について調べてみる。

人形系のコミュニティーで、最も嫌われている人物。まあ、聴こえて来る人形の愚痴からして、それは解る。写真を視ただけで、人物像は解っていたが。正直、しんどい相手だ。『御神体人形』は勿論、他の人形達も、本来在るべき場所や、人物のもとに戻さないといけない。その辺りのコトを、樹高さんに伝えた。他の人形達の事も適切に扱ってくれると、約束をしてくれた。私は、それ以上、人形探しをする必要は無い。樹高さんからも、私との約束は守るから、勝手に先走らない事を約束させられた。だから、時を待つ事にした。

亥南津子は、人形達の障りを受け、身を滅ぼす。呪物人形で呪詛を行った人とは、また別の意味での、因果応報が。でも、ソレは、私には関係の無い事だ。

 

 それにしても、『私』の『魂』である、流浪の巫女は代々、どれだけの土地を巡り訪れていたのだろう。自分自身の『魂』を探っていけば、解るのだろうか?

『御神体人形』の土地神様も、『悪夢病』と関係していた『月爪水大神』も、流浪の巫女、私の過去世と繋がっていた。自分の過去世を探れば、まだ“現世の私”が知らない、語継ぐべきカミやモノが、存在しているのかもしれない。やってみて、出来ないコトではないだろうけれど、『今』を生きているのは『私』であって、ソコに過去世などを曝け出すのは、きっと無意味なコト。もし、あちら側から、繋がりを求めているのなら、その時、対応すればいい。今、私がやるべき事は、書き掛けの論文を仕上げることだ。


 大学へも編集部へも行かず、数日間、部屋に籠って論文を書く。『裏』だけでなく『表』の論文も。連絡も緊急以外は、切っている。籠るコトは慣れている。他の事を一切断ち切っていれば、進むのは早い。溜まっていた論文は、思ったより早く書き上がった。と、いっても『悪夢病』の論文だけど。『裏』の論文は、伏せなくていいので、わりと早く書き上がる。『表』用は、伏せないといけない内容を、別の表現に変えないといけないので、時間が掛かってしまう。裏表両方とも出来上がったので、買い物がてら大学により、秋葉教授に提出した。教授の方は、何か話したがっていたが、何故か押し黙っていた。樹高さんから、聞いた話なのか、編集長の話なのか。前者だとしたら、教授が黙った理由は、解る。編集長だったな、強引に引き止めていただろう。雑用は、細川君が引き受けているから、大丈夫そうだ。


 梅雨らしい天気が、続いている。『御神体人形』は、夏中津子が持っている事が、確認されて、樹高さん関係が「御神体人形・盗難事件」という捜査をしている。盗んだ犯人は、かつて集落に住んでいた家族の人間。神社に祀ってある人形が、年代物で金になると知って盗んだ。ネットで売ろうとしたところ、夏中津子が、数百万で買った。盗んだ人物は、逮捕されたけれど、障りを受けている事だった。穏やかな神様でも、祟る。それは、神様に対して罪な事をした報い。天災や疫病を鎮めた人形でもある、その障りとくれば……。樹高さんは、詳しい事は、話してくれなかったが想像はつく。ソレは、何れ、亥南津子にも起こる事だろう。疫病、あの時代なら、天然痘か。他の人形の恨みも、障りとなって現れるだろう。でも、それは、因果応報の理。現実の罪の裁きよりも、大きな罪の代償として、現れるだろう。その時、『反省』出来るかだ。


 左京さんが、追っている『呪物人形』その人形と、『ウラン人形』が、同じ人物に接点があることが、判明した。例の、似非オカルト配信者で、非公開である『ウラン人形』について色々と、知っていたから。でも、ソレは、左京さんが、式神を使って情報を知ったもので、まだ“物理証拠”は出ていない。

「梅雨明けまでに、ケリをつけたい」

樹高さん達の、意見。すでに、公安の人間が動き、配信者の身辺捜査を終わらせている。そういう話をするのは「手を出すな」ということだ。

配信者に干渉することなく、『呪物人形』の障りが、他に及ばない様に見張っておくのが、左京さんの役目。

『御神体人形』も『呪物人形』も、同じ人形師の作品。『御神体人形』に、悪い影響があってはいけないので、樹高さん達が、夏中を何時でも押さえれる様になっている。他にも、神社や寺に安置されるべき人形があるので、それらも回収し戻す予定になっている。


 相変わらず、女の子の姿をしている土地神様が、部屋を出入している。特に何かするわけでも、私に何かを求めるワケでもないが。初めて部屋に現れた時より、表情が明るくなっている。『御神体人形』が、戻って来る事を理解してくれているみたいだけど、祀り直すまで、出入しそうだ。

女の子や、同一化する前の土地神様にも『私』は、出会っていた。そうかんがえれば、『縁』なのか『理』なのかもしれない。

 平安の頃には、既に各地を廻り、カミやモノを訪ねて巡っていた流浪の巫女。伝わる話と『記憶』によれば、初代・流浪の巫女は、集団で各地を廻っていた巫女達とは、別に独りでいるコトが多かった。たまに、集団と共に行動していたが。基本的に、独りで巡っていた。各地を放浪する巫女集団、信仰とは別に、行き場の無くなった女性や、口減らしに棄てられる女児などの集団とも、説がある。時代が進むにつれ、その様な巫女集団は、戦国大名の庇護を受ける代わりに間者の役目も、担っていた。社寺から直接、庇護を受けれる集団は少なかっただろう。だけど『依月』を初代とする『斎月家』は、どの集団にも属さず、一族の中で、各地を巡っていたのだ。その様な『斎月家』は、瀬戸内の穏やかな土地を里にした。錦原神社が中心となっている現代、より古い時代は、他の名も無き神を祀った神社が中心だったらしいが、明治維新や戦後・国家神道や廃仏毀釈で、斎月家が祀り管理していた神社も煽りを受け、他の神社と合祀された結果、今に至っている。古き信仰を護ってきた一族にとっては、激動だった。失われ忘れ去られていく、古き信仰。その一つが、佐山野神だったりする。潤玲の家・水龍神社の御際神・水龍には、まだ聞けていないけれど、きっと水龍は『依月』を知っているだろう。神様同士の付き合い・繋がりもあるのだから。

 人間が神様に求めるモノが、あるように、神様もまた、人間に求めるモノがあるのだ。記録と記憶は、平安時代となっているけれど、それよりも、ずっと昔、仏教伝来以前の昔、それが、この国に存在する『古い古き』信仰。自然信仰から創まり、独自の信仰感を抱いていた。いや、視えていて、その存在を識からこそ、その信仰があったのだ。それを受継いできて、カタチにしたのが『依月』。彼女が初代だけれど、それ以前のモノも受継いでいる。血脈が続いているというのは、建前だと思っている。受け継がれてきたのは『心』だ。『依月』の想いに賛同した者が一族。『依月』の魂は、その者達の中を巡り『私』に至ったのだと思う。

―この国には、護るべき信仰が在り、カミやモノが在る。ソレは受け継がれてきたモノなので、この先も、護り続けなければ。その信念が、今の私には宿っている。その様なコトから、私の意図とは別として、カミやモノが引き起こすコトや、人間との仲介事が、『私』に降りかかって来ているのかもしれない。

 色々と考えが、巡る。ふと、呪物人形を使い、呪いを受けた人が浮かんだ。あの女の症状は、急性放射線障害の皮膚症状と似ていた。呪いが物理的に、身体に症状が出るコトはある。それは、呪いの種類や手法で違うけれど。もし、あの呪い症状を見た人間がいて、それをモトにしたら? ウラン人形、放射線障害と診断された人が、呪物人形を使ったのなら。身体に出る症状自体は、似ている。呪物人形を知る者が、ウラン人形を仕組んだ?

いや、それは考え過ぎかな。私の直感は、あの配信者だと思っている。それとも、アイツは、巻き込まれただけで、呪物人形を手にしている人物が、真の黒幕なのか? どうして、あの配信者が引っ掛かっている。その様なコトを、考える余裕は無い。私は、神事に備えなくては。でも、一応、私の考えを皆に伝えておく事にした。

 しばらくして、一円兄ちゃんからの返信。すぐに返信してくるのは、珍しい。

『判っているよ。でも、物理的なモノと、オカルト的なモノは、実際に診察すれば、判明する。医学的か、呪術的か、あるいは両方かとかね』

一円兄ちゃんは、その“両方”を、診た。だから、言える。 

ウラン人形といっても、ウランガラスなどの美術品に使われる様な、無難なウランとは、別のウランらしいが。ウランガラスを造る材料をと、いうワケではなく、少なくても『害』のある材料。表向きに発表するとしたら、ウランガラス用のウランが、誤って混入でするのだろう。放射性物質が、誤って混入された事故や事件は、多い。調べていて、見つけた記事の中に、ネット広告にあった、ダイエットサプリ。それを、買って飲んだ人が、続けて死亡するという事件が海外であって、そのサプリに放射性物質が含まれていた。というもの。それは、意図的に混入された物で、痩せ薬は、トラップで、無差別殺人か実験目的だという、考察があった。もし、この海外の事件の考察を参考に、考えると。

“意図的に、呪いの人形を造った”と、いうこと。

そこに、理由をつけるなら、やっぱり、あの配信者しか浮かばない。でも、如何にネットで、何でも買えるといっても、本当に「放射性物質」手に入るのだろうか? それだけのリスクを負って、視聴回数や登録者を増やしたいのだろうか? 浮かんだ考えは、全て皆にメールしている。それに、今回のウラン人形の件が、片付かない限り、教授や編集長の機嫌が悪いままだ。何だかんだで、とばっちりを受けてしまう。左京さん、曰くだけど、

「千早ちゃんに愚痴って、千早ちゃんの直感を、アテにしている」

のことらしい。教授も、編集長も、私に押し付ければ解決すると思っているようだ。私の直感と、現実の物理的な証拠が一致、すれば一番良いが、そんなの稀だし、私を、そういうモノ扱いしないで欲しいと思う。


 神事に向け、心を平穏にしたい。一番良いのは、あの神社に籠るコトだけれど。小さな神社なので、籠れる場所は無い。集落に宿は無いし。その事を、樹高さんに、相談したら、集落の空家を用意すると言ってくれた。御神体人形は、回収出来ていて、今は人形に付いた穢れを祓っているのこと。だから、先に現地に行っていてくれれば、いいのこと。なので、私は、集落で神事まで過ごすことにした。それで、しばらくは、教授や編集長の愚痴からは解放されるし、ウラン人形の事も考えなくていい。

 集落へは、風間さんに送って貰った。樹高さん達も、御神体人形を祀り直す神事に参加する事になっている。道ながら話してもらったのは、亥南津子は、色々な人形を、盗んでいた。本人は、ちゃんと買ったと言っているが、人を使って盗ませて、報酬を払っていたという。亥南は、窃盗で逮捕されたが、不当逮捕だと騒いでいると。亥南の、人形の扱いが杜撰な上、埃塗れ。だから、御神体人形だけでなく、他の人形も結局、清めないと元の在るべき場所に戻せない状態だったと。人形の盗難に関わった人間は、障りを受けた。亥南にも、そのうち現れるだろうと。まあ、自業自得で自滅してくれれば、と、思ったりする。

 神社に一番近い空家。電気も水道も、使える。静かだ。蛙や虫、鳥の声が聴こえて来る。静かでいいが、土地の均衡が崩れかかっているせいか、少し不安定な感じがして、落ち着かない。それだけの力のある『御神体』と、土地神様がいるということ。そして、小さいながら『脈』や、レイライン的な場所なのだ。神事の為の下見を兼ねて、集落を歩いて回る。水田と畑しかない、両側は山。木材用の樹が育てられている。知らなかったけど、この集落で採れる農産物は、地域ブランドとして全国展開していると。すれ違う人は、いない。田畑で作業している人は、いるけれど。人が少ないけれど、寂れた感じが無いのは、土地に『力』があるからだろう。小さな祠や石塔が、田畑の中や路地にあるのは、古い信仰が残されていて、今も信仰されているということ。それは、土地神様、そして『御神体人形』が、いかに大切に信仰されているのが、解る。この様な集落や土地は、あとどれくらい残されているのだろうか? 限界集落の活性化とかいいながら、太陽光発電パネルや風力発電機を設置する。それが、エコ発電だというが、その機械を造るのに、どれだけのコストが掛かるのか、製造部品は結局、鉱山由来の物質だから、そういうエコ発電の方は、自然破壊だと思うが。その辺りを、本当に理解している人は、どれだけいるのだろう。だから、古い信仰が残っている様な場所は、護らなければ、この国は弱体してしまうだろう。樹高さん達も、そのコトを危惧していて、ソコは同じ。ただ、お互いの手段が、違うだけ。護りたいのは、同じ。そう、護りたいのだ。

 土地神様に仕える、小さな眷属達が、私の側に来ては『人形』が、何時戻ってくるのかを問う。私は「もう少しで」と、答える。眷属達は、囁き合っている。人間も精霊も、『御神体人形』のこと、土地神様となった少女が、還ってくるのを待っているのだ。盗まれた仏像や御神体が、戻ってくることは、殆ど無い。海外のコレクターに渡ってしまえば、まず不可能だろう。極稀に、海外のコレクターが「これは、本来の場所に在るべきだ」と、言って戻してくるコトもあったが。それに、障りなどがあって、恐ろしくなり返しにくる話も、幾つかあるけれど。大切にされ想いが籠った物を盗む奴には、罰が当たるべきだ。ソレ相応の罰が当たり、心底後悔し続けるべきだ。最近、そう思う事が多いような気がする。一連の事件のせいか、それとも、ずっと昔から抱いていたコトなのか、どちらなのだろう。あの似非配信者が、原因だと判っているが。今は、この集落のコトと神事。その様な感情は、封印しないと。

 歩いていると、汗まみれになった。水田を見ると、佐山を思い出す。今は、小さな森になっていて、唐兄や潤玲が神事を行っている。私も、そのうち、佐山へ行かなければ。『依月』と『斎月』の原点へ。集落を回って、小さな祠などを確認する。祠は風化しているが、今も大切に信仰されているのが解る。祠の主は、土地神様の眷属。賽の神や道祖神。そのモノ達に、『御神体人形』を祀り直す神事に力を貸してくれるように、頼んで廻る。皆、喜んで力を貸してくれる。皆が『御神体人形』の帰還を、今か今かと待っている。集落の人達も、この土地に住まう存在達も。私が、護りたいカタチは、この様なモノ。


 『御神体人形』は、樹高さんと風間さんによって、運ばれてきた。梅雨の晴れ間。『御神体人形』は、修復されている。それでも、歴史を感じさせ、生きている赤ちゃんの様に視える。社殿もリフォームされていて、『御神体人形』を納める処は、人形が痛まない造りになっている。『御神体人形』の、お披露目は出来ないけれど、きちんと戻ってきた事を示すため、納める前の僅かな時間を使って、遠目に見せた。神事なので、神社には、私と風間さん、山原さんだけ。祭壇の裏に、『御神体人形』を納める。そして、祝詞を奏上して、神事を終えると、集落内の空気が変わる。例えば、足場の悪かった場所が、踏ん張っても大丈夫な様な感じに。もとから豊かな土地。その力が湧き上がってくるのを、感じた。

―ありがとう。

何処からともなく、女の子の声がした。

『御神体人形』は、これで大丈夫。だけど『呪物人形』は、まだ取り返せていない。『御神体人形』の件は、論文として書く事になった。イナリ様の着物は、秋。それまでに、『人形』絡みの事件は終わらせたい。そう思っていると

―頑張って、ね。

と、声がする。

神様に、応援されるとは。私は、やはり、フツウの人達の様な日常は、おくるコトが出来ないのだな、と思った。


 『呪物人形』と『ウラン人形』のことを気にしながらも、『御神体人形』の論文を書く。こちらは、『表』だけでいい。「村における、信仰。子供を想う親と、村の事を想った子供。ここは、人形を御神体と、ソレが御神体となった理由が、伝承として継がれている。その様な信仰形態は、ここだけではなく、探せば各地にあるだろう。ソレら全てを、見つけ出す事は出来ないかもしれない。でも、縁があるのなら、過去世で関わっていたなら、何れ今世で関わるコトになるだろう。ここの土地神と女の子の様に。それに、この場所は、国の『脈』の一つ。樹高さん達が、護るとなれば、人形も盗まれる事も無いだろうし、太陽光や風力発電、廃棄物処理場になる事も、ないだろう。豊かであるからこそ、皆で護っていかないといけない。論文には、そのあたりの事を書くつもり。それも、護る為の手段。

 論文も決まり、一息。自宅マンションで、資料の整理。広かった部屋も、なんだかんだで、本や書物などが増えていき。書庫として使っている部屋も、そろそろ入りきらなくなりそうだ。大学や編集部に関係する物が、大半だけど、その中の一部は、私が個人的に集めている物があり、その中には『曰く付きの物』もある。本来なら、きちんと在るべき場所に、安置するのが良いのだけど、そういった場所も、既に開発とかで無くなってしまう。安置できるような場所を探してはいるのだけど、なかなか見つけれない。開発で、社寺や祠などを壊すなんて馬鹿だと思う。手順を踏んで、行っていれば問題はないけれど。でも、ソレを無視して、壊したり撤去したら、土地の均衡が崩れてしまい、おかしくなってしまう。それが、障りや崇りとなる。そうなってしまってから、私に、どうにかしてくれと言われても、私は引受けない。壊されてしまった、御神体や祠のカケラは、私が回収して保管している。物事の理、礼儀を知らないのが、いけないのだから。一つ、祀り直せれば、また、一つ増える。その繰り返しだ。拝み屋ではなく、信仰を護る道を選んだコトで、そうなっている。初代の『心』を受継いだ時から。生活をしている部屋には、置けないモノは、仮説の社を難治している部屋に、場所を作って置いている。人形の件が、全て終わったら、納めるべき場所を探そう。

 似非オカルト配信者は、相変わらずオカルトをバカにしたネタを、配信している。それも、何時までも続かないだろう。すでに、障りが出ている。少し霊感がある人でも、「オカシイ」と気付ける程に。この配信者の本名は『犬棚渥』個人特定は、例のサイトにあった。例のサイトでは『ウラン人形』には、犬棚が関係していると、載っていた。人形・日本人形の材料は色々とある。その中の粘土が共通していると。しかも、安いキットで売っていた物。だから、ネットで、その材料を買っていた、趣味で人形を造っている人を中心に、被害が出た。その材料は“アート材料の研究”をしているという人物から、安く買ったのだと。送り主は、架空。粘土だけでなく、骨格用のワイヤーや絵具もセットだった。配送された商品は、かなり念入りに梱包されていたという。その証言からすると、配送中の被曝は避けたかったという事だ。それに、趣味で人形造りをしている人を、ターゲットにしている。『曰く付き人形』をネタにしている、犬棚。そして、犬棚は、公表されていない人形を知っていた。おそらく、知っている。現れている『障り』は、何から来ているのか? 解る人で、耐性が無ければ、自分まで『障り』を受けるだろう。かなり、強烈だ。そして、生配信で、犬棚が映し出したのは、盗まれている『呪物人形』だった。

 不意に、映し出された『呪物人形』に、それだけで、全身がザワッとしたと同時に、鋭い負の念と恨みの念が、突き刺さる。人形自体は、一般的な日本人形。管理されていただけあって、江戸時代の物でもキレイだ。けれど、江戸の頃から、何代にも渡り人手を行き来して、呪詛に使われただけあって、凄まじい。『呪物人形』は、やはり、犬棚が持っていた。障りは、これだけでは済まないだろう。楽には死ねない。おそらく、生き地獄。この配信で、左京さんは動くかもしれないが、その前に、樹高さん達の方が先に動く。樹高さん達の目的は『呪物人形』の回収。だから、犬棚の『障り』に関しては、何もしないだろう。何かするなら、『呪い』の拡散の防止だけだ。この先、どんなコトが犬棚に起きても、報いだから仕方が無い。


 呪物は専門外だけど、この『呪物人形』に関する資料と、左京さんとスジの人から聞いた話からすると、始めの持主の死と人形が関係しているというもの。

最初の持主は、女性。あの御所人形の様に、健やかに育つ様に買い与えられた人形だった事。これも、よくある昔話のパターンだけど。商人だった一家、娘は、決まった結婚相手がいた。だけど、娘に横恋慕した男が、娘の相手を殺し、娘一家も殺した。死の間際、娘は人形に『想い』を託してしまった。親族が、その店を継いだが、人形の怪異が起り始める。事件を知っていたので、親族は、人形を寺に奉納した。その寺には『曰く付きな物』が多く、奉納されていて、中には金目の物もあったとかで、その人形を含めて色々と盗まれてしまった。そうして、人形は人から人へと渡っていく。手放される理由が『怪異』。人手を渡るうちに、負の感情を吸収していった人形。そうして、その人形は「人の恨みを吸ってくれる人形」として、民間信仰てきな宗教家のもとで、使われていて、そこで『人形』は、呪詛の為の道具とされた。呪いたい誰かがいる。そんな時、『人形』を手元に置き、呪いたい相手の話を聞かせる事で、呪いとなる。そのような形式の呪詛。宗教家は、ソレが金になる為、何度も何度も繰返した。実際、呪いを行うのは信者。だから、自分は大丈夫だと思っていたのだろう。信者が不審死しても、お構いなし。だけど、泡銭を稼いでいた宗教家は、ある日、全身の皮膚から血を流し、苦しみぬいて死んだ。それは、『人形』の祟りだとさた。畏れた人々は、『人形』を神社や寺に納めたけれど、何時の間にか『人形』が消えてしまったという。この辺りの記録は、町人の日記みたいな物として残っていた。そこから先の、伝承は不明。でも、『人形』は、ずっと呪術の中で存在していた。膨大な人々の念を吸収した『人形』は、国にとっても脅威となった為、護国の術者が封じた。封じて、吸収している念が薄まる時を待って、焚き上げる予定だった。その神事まで、あと少しといった時に、スキを付かれたのか、『人形』がそうさせたのか、封印を解かれて盗まれてしまった。犬棚が持っている『呪物人形』の封印は、完全に解けて暴走状態。取り戻しても、焚き上げるのは無理らしい。浄化どころか、念が霧散してしまう可能性が高いらしい。だから、犬棚が自滅すれば、少しはマシになるらしいと、いうのが樹高さん達の考えだ。

 この配信は、見ている人にも、少なからず障りの影響があるはずだ。力と知識、耐性がある人だと、見ているだけで、吐きそうになる。PC画面に張った結界が、ビシビシ音を立てている。ネットを介して広がる、呪い。その様な、モノだ。多分、物理的な障りが出る。それは、『人形』が造られた時代背景もある。度々、天然痘が流行していた江戸時代。障りは、皮膚に出る。一円兄ちゃんの病院に入院していた、あの女の様に。その呪いは、天然痘のようで、被曝の皮膚症状にも似ている。この配信を見ている人達の中にも、その様な『障り』が現れるだろう。その様な内容のメールが、教授を始め、樹高さんからも届いていた。

 例の情報サイトによると、犬棚は、物理学部卒で、一時期、放射性物質を取扱う会社で働いていて、よく物を壊したり、無くしてしまう不注意があり、クビになっていると、載っていた。つまり、『ウラン人形』の犯人。

ここからは、編集長からの話。犬棚が、黒幕だという事は、樹高さん「公安」が、少し前に把握していた。ただ「証拠」が「証拠」なので、かなり慎重に動かないといけなかった。放射能汚染を警戒しながらの、捜査だった。ようやく、その「証拠」を回収でき、周囲の安全も確保出来たので、犬棚を追いつめる事になった。ただ、本人が「現物」を所持している可能性も否定出来ないので、まだ気は抜けないのこと。


 犬棚の配信から、数日も経たないうちに、配信を見ていた人に『障り』が出た。一円兄ちゃんからの情報。それを、私的に探ってみるために、式を飛ばす。人により差はあるが、皮膚炎の様な症状。あの配信で使われた『呪物人形』の障りだ。酷い人だと、蜘蛛の巣の様なミミズ腫れが全身に出ている。なかには、血膿や水疱の様な症状も。『こちら側』で知識のある人が視れば、『障りか呪い』だと結論を出すが、フツウの医師は、解らないだろう。症状から診断する。それなりの効果は出るだろうけれど、『障り・呪い』が原因なら、それなりの『対応』を取らないといけない。一円兄ちゃんの様な医師なら、理解出来るかもしれないが。おそらく「原因不明」と言われるだろう。一円兄ちゃんは、この事は「表に出る」つまり、ニュースになると言った。既に、SNSに、

この「症状」の事が、拡散されている。「原因不明の皮膚炎が、流行?」と。その事は、ニュースにも流れた。しかし、犬棚の配信が『原因』には、至っていない。世間やネットの動きが、「原因不明の皮膚炎」に向いている間に、犬棚が隠し持っていた「放射性物質」を、回収すると同時に、犬棚を逮捕した。それなりに動画配信サイトで、名の知れていた犬棚の逮捕。理由は「人形の窃盗」という『表』向きの発表がされた。ウラン人形の事には触れず「配信のネタの為に、放射性物質を持っていた」という事も、発表されていたが、それ以上の事は、当たり障りのない内容。

 逮捕された時、犬棚は自身の『呪い』と『呪物人形』による『障り』で、全身から、血膿を垂れ流していたらしい。その症状は『天然痘』にも「放射性障害」の皮膚症状にも似ていた。それは、自ら招いた結果。本人の精神状態が、崩壊しているので、本当の動機は不明だが、樹高さん達の推論は、偽物の『曰く付き人形』を造るのに、放射性物質を混入させた材料を、人形造りをしている人に提供し、『ウラン人形』を造らせて、ネットに出す。それを買った人が、放射性障害で体調を崩すのを、自分の配信で、オカルトネタとして配信し、数を稼ぐ。「物質」は、大学時代や元仕事先から、盗み出した物。どちらも、管理が杜撰だったから、出来た事。現に、犬棚が働いていた会社は、放射性物質を一般廃棄物と一緒に回収に出したり、破損させたりする事が時々あり、何度も行政指導を受ける、杜撰な会社だった。だから、犬棚が盗み出す事が、簡単に出来た。

「犬棚は、『ウラン人形』を使い、似非オカルトを作り出したかったのでは?」

と、言うのが、樹高さんの答え。分量を間違えていれば、確実に大きな被曝……放射性物質テロに、なっていただろう。ウランの首飾りの都市伝説の、再現がしたかったのかもしれないな」

樹高さん達『公安』の出した、『表』には出せない答え。


 『ウラン人形』は、解決した。でも、あの廃病院と同じ様な結末。その事に、編集長の機嫌は、悪いままだ。『呪物人形』も、護国のもとで、清められているというが。私は、スッキリしない。左京さんも、オイシイトコロは、樹高さん達に、持って行かれた状態で、なんだか凹んでいたし。教授には、もう少し、ゼミ生の面倒を見てくれないかと、言われる始末。

私としては、『なにも、起らない日常』が、欲しいのだけど。

多分、この先の季節を、考えると、ソレは無理だと思い、大きな溜息が出た。


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