表 ー6ー
部屋の扉を叩く音で目が覚める。
がばりとリキドレイは起き上がる。
先程まで、腕に抱いていた温かさがなくなっていた。
「リキドレイ。起きているか」
扉の外でラドルの声が聞こえた。
「‥ああ」
内心の動揺を隠して声を出す。
「朝食の時間だ。来れるなら来い」
「分かった」
窓からは朝陽が差し込んでいる。
アカネとこの部屋へ入ったのは確かに夜ではあったが、それ程遅い時間ではなかった筈だ。
それなのにリキドレイは朝になるまで全く目覚めなかった。
アカネの温もりが消えていることにも気付かないなどということはあり得ない。
つまりは、アカネが何か魔道でリキドレイを眠らせたのだろう。
そこまで考えて、ベッドから立ち上がる。
浄化の魔道もかけられた様で、シャワーを浴びなくてもさっぱりとしていた。
「おはよう」
食堂へ下りていくと、アカネが一番に声をかける。
その笑顔はいつも通りで、昨日のことは彼女の中では無かったことにされているのを感じ、リキドレイは不愉快な気持ちになる。
しかし、それを口にする程子どもではないので、通常通り頷くだけの挨拶をして席につく。
「アカネ、随分と顔色が良くなったな」
アカネの隣に座っていた第一皇子が微笑みながら彼女の髪を撫でる。
「昨日は休めたか?」
反対に座っていた第二皇子も安心したように声を出す。
「うん。おかげさまでゆっくりできたから、また今日から頑張れるよ。我儘を聞いてくれてありがとう」
にこりと笑うアカネは確かに顔色が良く、昨日まで纏っていた張り詰めた空気もなくなっていた。
ただその瞳は幾分か潤み、頬も少し上気していてふわりとした柔らかな笑顔であるのに、隠しようのない色気が滲み出ており、皇子達は気づかれない程度にそっと目をそらす。
そんな彼女の様子に、昨夜その身体の温かさを知ったリキドレイはなんとも言えない気持ちになる。
分かっていた筈だ。
あれは一夜の幻。
二度はない。
それなのに、リキドレイはもう飢えていた。
またあの温かな身体を抱きしめたい。
自分の物であると象牙色の綺麗な肌に痕を残したい。
昨夜聞いた甘い啼き声をもう一度聞きたい。
元来、そういったことには淡白な方であると思っていたがそうではなかったらしい。
今まで感じたことがない程の飢餓感。
小さく漏れ出た溜息は誰にも聞こえなかったようで、リキドレイはそのまま朝食のスープを飲み込んだ。
悪龍との戦いは恐るべき速さで終結した。
魔素全てを己の力としたアカネと第二皇子が力を解放し、悪龍を足止めしている間に悪龍の弱点である二つの目を第一皇子とリキドレイが剣で突き刺す。
悪龍は咆哮をあげて、のたうち回り、そして消えた。
それと同時に空を覆っていた黒い雲が消えて、青い空が広がる。
「終わったのか‥?」
第一皇子の呟きに誰も答えられない。
だが、少しするとアカネが答えた。
「終わったよ。やっと、やっと終わった」
空を見上げ目を閉じて、絞り出すように呟かれたそれに皆の目が集まる。
「さぁ、帰ろう?皆が待ってる」
アカネが両手を広げる。
そんな彼女からふわりと優しい波動が溢れ出し、包まれる。
浮遊感とほんの少しの酩酊感。
だかそれもそれ程間をおかずに無くなる。
そして、気付くとアカネを含めた5人はエラルーシュの城、王家の間に降り立っていた。
王家の間には王と王妃、皇子達の正妃。第三皇子と宰相‥といった国の重鎮達も揃っている。
アカネが両手を下ろすと、首にかけられていた魔素が二つパリンと割れた。
「飛躍と遠見の力を最大まで使っちゃたから割れたみたい」
その言葉で討伐が終わった後、城へ魔素の力を使い、連絡を入れていたことが分かった。
アカネはそう言うと、王と王妃に向かってゆっくりと頭を下げる。
「悪龍を討ち取り、ただ今戻りました」
涼やかな声が王家の間に響いた。