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表 ー5ー

アカネは酒に酔ったのか、赤い顔をしながら男の話を笑顔で聞いている。

男の方は何てことはないどこにでもいる若い男だ。

だが、アカネの様に美しい娘に見つめられて、酒のせいだけではないであろう赤い顔を近づけて何か熱心に話し込んでいる。

何も知らない人間が見たら、二人は恋人同士に見えるのではないだろうか。

その瞬間、リキドレイの頭にカッと血が昇る。


足早に近付くと、男の肩を力任せに引っ張った。


「うわっ」


突然のことに男がバランスを崩して椅子からずり落ちる。


「何すっ…」


文句を言おうと振り返り、リキドレイを目にした男は途端に二の句がつげなくなった。

一目で軍人と分かるリキドレイの鋭い瞳に射竦められ、表情を凍らせる。


「リキ…」


驚いたようにアカネが呟く。

服はしっかりと着ているというのに、酒のせいか頬は赤く目は潤みとてつもない色気を醸し出していた。

そんな彼女にリキドレイは舌打ちしたい程の怒りが湧き上がる。


ナゼ、コンナ男トイルンダ。

俺ヨリコノ男ノホウガイイノカ。


そういった言葉を押し込めて、リキドレイはアカネを抱き上げた。


「きゃあっ!!」


驚いたアカネが叫ぶが気にしてはいられない。

酒場の人々は驚いた様に二人を見ていたが、リキドレイの様子に恐れをなしたか酒の席で無礼講だとでも思っているのか、特に引き止められもせずそのままそこを出ることができた。


宿に戻り、自分にあてがわれている部屋に入ると簡素なベッドに放り投げるようにアカネを置いた。


「っ…」


アカネは小さく叫び、慌てて体を起こす。


「なぜ、あんな所にいる。具合が悪いんじゃなかったのか」


信じられない程の低い声が出たが気にしてはいられない。

そんなリキドレイの様子に怯えたように、アカネはビクリと体を震わせた。

項垂れるように下を向く、その動きに合わせてサラサラとした髪が流れアカネのうなじが露わになる。

その白さにリキドレイは目眩がしそうだった。


「殿下方に貞節を求めながら自分は男漁りか。後腐れのない奴でも探していたのか。聖女様はいい御身分であられる」


アカネと出会ってから今までリキドレイはこんな言葉を投げつけたことはなかった。

言葉を尽くすことは苦手だが、だからこそ少ない会話の中でも気を使っていた。

それなのに止められない。

アカネはリキドレイの物ではない。

自分はただの護衛に過ぎない。

本来なら、アカネが何をしようが聖女としての使命を全うしてくれればその行いに文句を言う資格などない。

そんなことは十分過ぎるほど理解している。


リキドレイの言葉に顔を強張らせたアカネを見て勝手にもずきりと胸が痛む。

リキドレイはきつく拳を握る。

あんな男と楽しげにしていたアカネが許せなかった。


「‥限界なの」


強張った表情のままアカネが小さく呟く。


「私は‥どこにでもいる普通の人間で、聖女なんて柄じゃなくて‥それなのにこっちの人達は皆勝手に祭り上げて、面倒事を押し付けて‥私の意思なんて関係なく呼び寄せた癖に勝手に絶望して勝手に期待して‥もう、たくさん‥」


小さいがはっきりとした言葉を発するアカネの目には涙が浮かんでいる。


「私、頑張ってきたよ?魔素だって集めたでしょ?だったら少しくらい自由にしたっていいじゃない」


涙を浮かべた黒曜石の瞳がきっとリキドレイを睨む。


「あの男が好きなのか‥」


呟いたそれは掠れていた。

諾と答えられたらリキドレイはこの先もアカネと共に行動できる自信はなかった。


「そんな感情持てるわけないよ。ただ、リキの言う様に後腐れがなくていいなって思っただけ。‥寂しいの。私‥私‥」


そう言うと堪えられなくなったようにアカネは顔を覆った。

声は出ていないが泣いているのだろう。華奢な肩が揺れていた。


そんな彼女を見ていられずリキドレイはアカネを抱きしめた。

嫌々をする様にアカネは抵抗をみせたが、力で負ける訳がない。


この華奢な身体にこの世界はどれだけの重責をかけてきたのだろう。

それなのに、今まで不平不満一つ言わずに笑顔で旅を続けていたアカネの張り詰めていた糸が切れたとてそれを誰が咎められるというのか。

寂しいというのは、国へ還りたいということと同義なのだろう。

当たり前のことだ。

アカネには親や兄弟、同僚、彼女を待っている人間がいる。

そんな人々に会いたくない訳がない。


自分の腕の中で抵抗をやめ、ただひたすら涙ながらに寂しいと呟くアカネにリキドレイは胸が締め付けられる。

己が生まれ育った世界へ還りたいと願う彼女を前にしても、リキドレイはあと少しの辛抱であると、悪龍を封印すれば還ることは叶うという言葉を出すことはできなかった。

それ程までに自分のアカネに対する執着心は強い。

例え、アカネが遠くない未来に自分の前から姿を消してしまったとしてもまだその現実を認めたくないのだ。


利己的で傲慢な自分の心。


「‥あんな言い方をして悪かった。お前はこんなにも‥この世界のために努力しているというのに‥」


リキドレイの言葉にアカネはまた嗚咽を漏らす。


「‥ただ、冷静ではいられなかった‥あんな男がお前に触れようとするのは‥我慢ならない‥。例え、お前は還ってしまうのだとしても‥この世界にいる間は俺が‥一番側にいたい‥」


「リキ‥」


そこでアカネは顔を上げた。

かつてない程の至近距離で見つめ合う。


「私‥あなたを利用することになる‥あなたのことは傷つけたくないの‥」


ずきりとした胸の痛みには気付かないフリをして、リキドレイは小さく笑う。


「好きなだけ利用すればいい。俺はお前にならどれだけ利用されても構わない」


例えそれが寂しさを埋めるためだけであっても。

気持ちなど全く伴わないものであっても。

アカネが一時でもその寂しさを忘れられるのなら。


いや、違う。


リキドレイ自身が嫌なのだ。

他の男になど触らせたくはない。

誰でもいいのならばこそ。


戸惑いに揺れ動く涙に濡れた瞳を見つめながら、リキドレイはアカネに口付けた。

そんな彼の背中におずおずとアカネは腕を回す。

その行為だけでリキドレイは幸せで涙が出そうになる。

それを誤魔化すように、口付けを繰り返す。


戸惑いも最初だけで、リキドレイのそれを受け入れたアカネが口付けの合間に囁く。


「‥‥抱いて」


そうして二人はそのままベッドに倒れ込んだ。

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