表 ー4ー
悪龍の元へ向かう途中で立ち寄った町では、丁度年に一度の祭りが行われていた。
世界の滅亡を前にして暗澹たる気持ちで過ごしていた人々も、救国の聖女と英雄達の功績に希望を見出し、今の自分達にできることをしようと以前の様な活気が戻りつつある。
この町も同じで、例年と同じ様に人々は祭りを行っていた。
町には出店がたち、中央の広場では人々が普段より少しだけ着飾り踊る。
男達は昼間から酒を飲み、女達は今日ばかりは家事の手を休めて甘い菓子を片手に話に花を咲かせる。
子ども達も僅かなお小遣いを手に、出店を見たり遊んだりしている。
「シエナ!あの花、似合いそう」
アカネは初めて見るこの世界の祭りにはしゃいでいた。
救国の聖女と英雄達の姿は広く伝わっているので、第二皇子によって髪の色と瞳の色を一時的に変えたアカネ達は、顔を隠すことなく旅人の体で祭りに参加していた。
その中で、女達は祭りの間は髪に花を挿すと聞いて、アカネは一番にオレンジ色の花を選んだ。
「えぇー。花を挿すなんて柄じゃないんだけど…」
この旅の中で唯一の女性同士であることも手伝い、アカネとシエナはとても仲が良かった。
姉妹の様に気安く話す。
「そんなことないよ。シエナは美人なんだから、たまにはお洒落もしないと。ねぇ、ラドル。どっちが似合うと思う?」
共に孤児として育ち、共に剣の腕を磨いて騎士団にまで上り詰めたシエナとラドルである。
すらりとした長身と程よい筋肉を身に付けたシエナは確かに綺麗な顔立ちをしていた。
しかし、剣の腕には自信があっても自分を着飾ることには自信が無い。
「アカネと同意見」
尻込みするシエナの肩にそっと触れながら、ラドルが穏やかに告げる。
「やっぱり!すみません、これください」
花屋の店員にオレンジの花の代金を渡し、それを手にするとアカネは心底楽しそうに笑う。
「着替えてこよう。皆ちょっと待ってて!」
そうして、アカネとシエナは先程予約したばかりの宿へと向かって行った。
暫くして、町娘らしくふわりとしたスカートを履いて、いつも高い位置に括ってあるだけの髪を左側一箇所にふわりと纏め、そこに花を挿したシエナがアカネに連れられてやってきた。
女は化粧で変わると言うが、普段むさ苦しい男達に囲まれて剣を振るっている姿しか見たことが無いリキドレイ達は、そのシエナの変わり様に唖然とする。
ドレスを着ていれば貴族の姫に見えたかもしれない。
「宿のご主人に安く服を借りられたの。ねぇ、ラドル。素敵でしょう?」
着飾ることに慣れていないシエナは所在無さげに下を向いているが、いち早く正気を取り戻したラドルが急いでシエナの元へ行き、その耳元で何か囁く。
それにシエナは首まで赤くしている。
「殿下、暫く抜けます」
ラドルはさっと振り向き、有無を言わさぬ笑顔でそう言うとシエナの手を取り歩き出す。
すれ違い様にアカネに何か呟いた様で、アカネは嬉しそうに何度も頷いていた。
「さてと。ちょっと疲れちゃったので私も宿で休むね。皆もお祭り楽しんで」
ラドル達の姿が見えなくなると、アカネは力なくそう告げた。
「やはり具合が良くないのか?」
リキドレイが尋ねる。
それは、最近常々感じていたことだ。
アカネはどこか体の調子が良くないのではないかということを。
「うーん…ちょっとだけ。休めば大丈夫。明日からまた頑張れるよ。だから、皆も今日は私のお守りは忘れてゆっくりして?」
その言葉にラドルの様に、着飾らせたアカネと祭りを楽しみたいと思っていた男達はひっそりと落胆する。
だが、具合が良くないというのに無理をさせることもできない。
アカネが休む部屋にはシールドを張って、他者が入れない様に魔道を第二皇子が施し、それで男達も解散となった。
することもなく町の中を歩いていたリキドレイは、ふと目に付いた白い花に手を伸ばす。
これをアカネの漆黒の髪に挿したら似合うだろう。
皇子達は恐らく娼館へ向かった筈だ。
この七ヶ月、禁欲生活が続いている。
目の前にアカネという美しい花があるのに手が出せないのだ。
欲も溜まってくるというもの。
今までアカネの目があり、そうした行動を慎んでいたが今アカネは布団の中。
見つかる心配はない。
だが、リキドレイはそこへ行く気にはならなかった。
アカネを思いながら他の女を抱くなどという虚しいことはしたくなかった。
適当に酒でも飲んで宿で休もうと酒場に向かったその先で、リキドレイは信じられないものを目にした。
人々で溢れる酒場の隅で、酒を飲み交わす男女がいた。
それだけなら珍しい光景ではない。
その女の方がアカネでなければ。