表 ー3ー
それから半年。
世界中を巡りながら、魔素は順調に二箇所浄化することができた。
どこでもそれを守る獣が存在したが、アカネだけが知るリキドレイ達には理解できない言語を介してアカネは獣を昇華させた。
その度に手元に残る石には、莫大な魔力が込められており、それを手にしたアカネは癒しの力、強化の力が扱えるようになっていた。
魔素を全て浄化したことで、悪龍は力を弱め暴れ回らなくなっており、この世界の人々もどこかにいる聖女と救世の英雄達を褒め称えるようになっていった。
「シエナ。身体を洗いに行こう」
移動の途中、どうしても野宿になることがある。
アカネはそれに対して文句を言ったことなどないが身体を毎日清めたいようで、自身が魔素から癒しの力を手にするとすぐ様、魔道で身を清めることを第二皇子から習っていた。
癒しの力を使い、小さな池を作る。
そこへ入れば、身体の汚れは全て落ちるというものだ。
これを、アカネと同じ女性であるシエナも気に入り夜になり野宿場所が決まると二人で入りに行くことが決まりになっていた。
「お供しますよ。お二人さん」
ラドルが笑いながら声をかける。
いくら、森の中で夜とは言ってもどこに何がいるか分からない。
まして二人は裸になるのだから、身を清める場所の近くで二人に背を向けて護衛に付くのはラドルと決まっていた。
もちろん、他の男性陣もこの護衛に名乗りを上げたが、シエナがいるのだからラドル以外は駄目だとアカネが言い張った。
万が一、シエナの裸がラドル以外の男性の目に触れるようなことがあれば申し訳が立たないと言ってきかない。
たおやかな外見をしているが、アカネはこうと決めたら絶対に引かない強さがある。
リキドレイ達にとっては、正直シエナよりもアカネの裸体がラドルの目に触れるのではないかという不安の方が大きいのだが、アカネはその点に関しては気にならないようだった。
こうした時、リキドレイ達は痛感する。
アカネは何も知らない乙女ではないということを。
聖女に相応しい清純さを身に纏っているアカネではあるが、アカネは男を知らない訳ではない。
この世界へ来て、深い関係になった男はいない筈であるからそれは元いた世界でのことであることは容易に想像がつく。
己のことは棚に上げてその事実に胸を掻きむしりたくなる。
見たことのない男を嬲り殺したい程の嫉妬心が沸き起こる。
こちらでは、未婚の貴族の姫は貞節を求められる。
婚前交渉など以ての外だ。
だが、聖女であるアカネはその範疇にない。
貞節を求められるのは、いずれそれぞれの家にとって有意義な家に嫁ぐからだ。
そこで子どもを産むことが何よりの仕事なのである。
救国の聖女という貴族の姫とは比較できない地位にいるアカネは既にその資格がない。
つまりは、この世界の男の子どもを産む義務がないということだ。
それは同時に、この使命を終えた時彼女は元いた世界へ帰るということを示しているのではないのだろうか。
リキドレイも皇子達もそのことに気づいている。
もちろん、世界が救えなければ何の意味もなさない仮定ではあるが、世界が救われたその時がアカネとの別れなのではないかと考えると恐ろしくなる。
考えれば考える程、不安と恐怖に苛まれるので今は目の前にある戦いに集中する様、自分を律するしかなかった。
それから一月。
魔素は全て集まった。
それぞれの魔素は治癒に特化した癒しの力、味方の戦闘力を高める強化の力、一定の距離ならば瞬時に移動することが可能になる飛躍の力、遠方の人間とも連絡が取れる遠見の力をアカネに授けた。
魔素は絶大な力を持っており、帝国一の魔術師である第二皇子でも、全く敵わない。
そして、この魔素は強過ぎるが故にアカネ以外の人間では扱えきれないとのことだった。
「あまりに強い力はそれだけで争いの元だから。この世界の人が使えなくてよかった」
第二皇子の話を聞いて、アカネはほっとした様に笑う。
その言葉に、彼女がこの世界に残るつもりはないという意思を感じて、リキドレイ達は打ちのめされた。