OLと小豆洗い
また田中のやつ、データ間違ってる。
数式データファイルにデータを打ち込んでいる時にそのことに気づく。
さらにここはデータの根幹とも言える部分なので…要するに全て修正である。
あいつ、いつか本気でしばいてやる。
そう固く心に誓って私は再度渡されたデータを見直した。
あのミス連発野郎許すまじ!
「えへへ。見てください。これ。」
お昼休み。
同僚と会社の休憩場所でご飯を食べている時に彼女はそれを見せてきた。
手に持っているのは新品のバック。
有名なブランドのものだ。
「また、無駄遣いして…。」
「宝くじの1等当たったのでー。」
私の言葉に彼女はそう返す。
確か前回の宝くじも1等取っていたな。
凄い天文学的確率ではないか。
「何か不正してないでしょうね?」
「不正なんてできるわけないじゃないですか。」
即座にそう言う彼女。でも、納得が行くわけが無い。
さらに追求しようかと思ったところで
「ほら、あなた達。そろそろ仕事に戻りなさい。」
上司からそんな言葉がかかってくる。
「なんかピリピリしてますね。」
囁くように彼女は言う。
「色々ストレスがあるのでしょう。結婚とか。」
「はやくないですか?まだ確か三十前半でしょ?」
彼女は首を傾げるが、家庭にもよるだろうが何となく私は察しがつく。なぜなら、
「私も20前半ですが親にせっつかれてますからね。」
「うわ、大変ですね。」
彼女の同情の目は地味に辛かった。
いつも通り残業をして終点の電車に揺られ田舎とも言える場所にある自宅に戻る。
駅からも少し歩く利便性の悪い自宅だが家賃は安いし、何より実家にいると親がうるさいので我慢出来る。
別に結婚したくない訳では無いがどちらかと言うと奥手の私は何をするにも勇気が持てない。
それは恋愛も例外ではなかった。
そんなことを考えながら帰宅しているとふと川の近くを通った時聞きなれない音がした。
ジャリジャリ。
何かが転がる音。
なにかしら?
川の方を見ると男が川のところにいた。
音が気になったので川の近くまで近づく。
男の手元を覗くとザルで小豆を洗っていた。
なんで、こんな所で。
そう思った時男がこちらへと振り向いた。
「なんだ。お前さん。こんな時間に。」
お前がそれを言うか?と思ったがふと何か違和感を感じた。
目線を上から下に下から上にと行き来してて気づく。
この人影がない?
「まぁ、なんだ。人に会うのは久しぶりだ。ちょっと俺の話聞いてくれや。」
そう言う男の言葉に私はただただうなづいた。
「よし。それじゃあまずは自己紹介といこうや。」
そういうと男は自分を親指で指さしながらこう言った。
「俺の名前は小豆洗い。気軽にあーちゃんとでも呼んでくれ。」
「嫌。無理です。」
簡潔に男の話をまとめると男は妖怪であり、その種族(?)は小豆洗い。
小豆洗いを洗う音で人を脅かす音の系の妖怪の1種との事。
今日は知り合いとここで待ち合わせしていたがなかなか来ないので暇つぶしに小豆洗いしていたらしい。
妖怪と言われても完全に見た目はおっさんだから。ピンと来ない。
変質者と言われた方が納得する。
そんな変質者の話を聞いてる私は完全に無防備なアホなのだが。
そんな話を川の近くに置いてあるベンチに座って聞いていると
「うわん!」
と大きな声が辺りに響いた。
私はビクッと身をちぢめていると今度はケラケラと笑う声が聞こえた。
「お姉ちゃん。めっちゃビビってウケるー。」
声の方を見ると若い女の子がいた。
手にはマイク。
あれで大きな音を出しているのだろうか?
スピーカーとかなしに?
「うっせーぞ!いぬ!」
遠くからそんな怒声が聞こえてくる。
犬って。私は吹き出しそうになるのを堪えた。
「誰が犬じゃ。アホー!」
女の子がそう返すのを見てさすがに堪えられなくて笑い転げた。
ひとしきり笑ったあと小豆洗いから待ち合わせしていた知り合いだと聞いた。
彼女の名前はうわんだという。
昔とある御屋敷でうわんと叫んだという音の系の妖怪らしい。
「またお前マイク新調したのか?」
「私は一言にすべてをかけてるからね!」
呆れた彼に新品のハイレゾマイクが如何にすごいか自慢する彼女。
なんかお昼の私と同僚を思い出す。
「じゃあ、引き止めてすまなかったが知り合いも来たことだし俺たちは行くぜ。」
そういうと彼は歩き出した。
うわんは私を見ると少しにっこりして
「小豆洗いと会うと良縁に恵まれるらしいよ。」
そんなことを言い残して去っていった。
それから数日後、あのミス連発野郎田中から告白された。
これが良縁か?とも思ったが彼の熱量に押され受けることにした。
私は押しに弱いのだ。
そして、今日結婚式を迎えた。
1人控え室で待っていると窓の向こうからジャリジャリと音がした。
窓から覗くと川が見えた。