04.他称ポエマーの詩書き入門(前編)
学生手帳いわく、兼部は許されていないらしい。
俺が詩に興味をもったのは去年の、高1の秋。未経験なのに身長を理由に誘われて男子バレー部に入っていた俺に、兼部も、文芸部に転部する選択肢もなかった。
俺が入ったときの男バレは大半が3年生の先輩で2年生は3人だけ、1年生が5人という偏りっぷり。夏の高校総体が終わると、一気に10人を切ってしまった。かろうじて試合には出れるがだいぶキツい。
実力関係なしに、1年でもほぼスタメン入りだ。他にやりたいことができても抜けるわけにはいかない。
それは2年に上がって、後輩ができても同じ。今の1年、経験者ほぼいないし。
文芸部に入れたなら指導が受けられただろうし。自己流だけじゃさすがにキツい。地域の講座を体験受講したこともあるけど、おじさんおばさんばかりで肩身が狭くて無理だった。
肩身が狭いと言えば、文芸部なら当然物書き・詩書き仲間がいるんだし、そうじゃない周りに茶化されてもどうも思わなかったはずだ。仲間がいるのは励みにもなる。
それに――人の目を気にせず、鳥羽さんと一緒に詩を作ることができただろうから。
……他人の視線を気にしすぎなのはよーくわかってる。自分でもおくびょうだと思う。直す努力、しなきゃな。
まあ、この件に関しては冷やかされるのは避けたい。だって他意はないし。求めに応じて、自分の持ってるものを伝えるだけ。
と、まさに期末テストを終えた今、思う。テスト期間中は部活がない。しかも午前中で学校が終わる。
俺も鳥羽さんも両親が共働きで、日中は家に誰もいない。鳥羽さんは、ご家族に「今日は昼ごはん用意しなくて大丈夫」と伝えてくれたらしい。俺も一応「今日はテスト期間だけどたぶん帰るの2時か3時」って連絡したけど、もともと昼前に終わるときは自分で昼飯作ってるからあんまり意味はない。
要約すると、俺たちは自由を手に入れた。
正直、楽しみではある。
詩に興味を示してくれる人が近くに現れて嬉しい。自分の伝え方次第ではこっちに引き込めるかもしれないんだし。俗っぽく言えば沼に突き落とす、みたいな? 同士が増えるチャンス、逃したくはない。
必要に駆られて始めたことではあるけど、詩、けっこう楽しいぞ。
――この『楽しみ』は9割方まじめな意味なんだが、残りの1割を目ざとく見抜かれているらしい。
「先週のあれからもうデートとか、やるじゃーん。しかもあの天使ちゃんでしょ? すげぇな。手の早さ活かして、百人一首でもやってみなはったらよろしくてよ」
「塚田さぁ、京都弁かお嬢さま言葉かどっちかにしろ」
終礼前の時間、長髪をキメキメにセットした男子がめっちゃ笑顔で話しかけてきた。こいつは俺とは違って正真正銘のチャラ男だが、実はネットの海に棲みつくオタクである。マイブームの作品だったり、SNSで流行ってるネタや概念だったりにすぐ影響されがちなのが残念な感じだが、基本的には気さくないいやつだ。
……けど、若干の話しづらさは感じる。これは塚田のせいじゃなく、単純に俺の会話能力が低いせいだ。
クラス内で目立つ位置にいる人間、当然のようにコミュ力が高い。自分も相手も楽しいように会話を運べる。話していて、ああ、今、相手に助けてもらったなと感じる瞬間がよくある。
塚田でもまだ話しやすいほうか。こいつはボケることが多いから、ある程度ネットやオタク知識があればそれなりにツッコミは入れられる。対応ができる。……面白くさせられるかは別として。
だというのにやはりコミュ力の壁を感じる。崩壊させたい壁ランキング、1989年以前のベルリンの壁を抜いて1位だよ。
「世界のどっかには京都弁を話すお嬢さまもいるって」
「だとしてもごちゃ混ぜにはしねえよ。教養どこいったんだ」
あと日本のどっかでよくない? ワールドクラスにした意味あったか?
「まあ、がんば!いい報告聞かせろよ」
「ありがとう。同士が増えたって報告をな」
「ちぇっ、無駄に察し力高めやがって……」
ぶつぶつ言いながら自分の席に帰っていく塚田。あいつまだ下校の用意してないじゃん……人をからかうより先にやることあんだろうよ。
まあ、(同士が増えたっていう)いい報告聞かせたいのは事実だ。終礼が待ち遠しかった。
☆
下校してすぐ、近くのコンビニへ寄った。たらこクリームパスタを買って、イートインコーナーで食べる。
腹ごしらえをしたら、すぐに図書館へ向かった。自習室があるからだ。古い町並みの中に立っているだけあって歴史を感じる――ぶっちゃけボロいが、中はきれいで設備もしっかりしている。自習室もだ。
ただ、虎高の自習環境がそれ以上なだけで。自称でもさすが進学校。素直にありがたく使わせてもらっている。
当然の結果として、わざわざここまで自習しにくる虎高生は少ない。テスト前なら窮屈なのを避けてやってくる生徒もいるが、今はまさにテスト勉強から開放されたところだ。
自習室のドアを開けた先には、思った通り、鳥羽さんだけがいた。
「こ、こんにちは!」
「こんにちは。ごめん、待った?」
「今きたばかりなのでお気になさらず……本当ですよ!」
たしかに、彼女はかばんに手をかけている状態だった。
なんかテンションが高いような……緊張かもしれないが。
「そこは疑わないけど……大丈夫? 緊張してる? ちなみに俺はしてる」
口に出してすぐ、しまったと思った。『ちなみに俺はしてる』、いらねぇ~~~!!無駄に萎縮させるだけだろうに。
ほら見ろ。恐縮してるような顔された。会話、マジでムズい。
相手の緊張をやわらげるために軽い口調のほうがいいのか、それとも丁寧にしゃべったほうがいいのかもわからん。馴れ馴れしくならなければ、軽めのほうがいいか。
冷静に考えて、ふたりきりなのもよくないな……お互いにとって。だれか地域の人来てくれんかな。
とにかく始めよう。あれこれ悩んで無駄な時間使うのもよくないし。長机にかばんを置いて、鳥羽さんの隣のいすに座った。パイプ椅子じゃない分、背もたれがやわらかくていい。
「解説から入るのはどうかと思って、家にある詩集を持ってきたんだ。半分くらいまででいいから読んでみてよ。合わないと思ったらいつでも本閉じていいし」
「は、はいっ。『行くあてない白を氷と呼ぶんだ』……?」
「わりと読みやすくて若者の感覚に近いもの、と思って。とっかかりには向いてるんじゃないかな。あとベストセラーだし」
『累計5万部!』の金文字が帯に踊っている。詩集としては異例の売り上げらしい。
「真中 朝ミ、人によって好みが分かれるっぽいけど。『こんな感じなのか』って、読んだままを受け取ってもらったらいいと思うよ」
「なんか、ドキドキしますね……ゆっくりでもいいですか?」
「もちろん。時間は気にしなくていいよ」
鳥羽さんが本の表紙をそっとめくるのを、横で眺めていた。こっちを気にしなくていいように、いすを少し遠ざけとこう。
☆
鳥羽さんが詩集の中ほどまでを読み終わるまで、だいたい25分くらい。その25分でわかったことがある。
この人、おとなしそうに見えてめちゃめちゃ感情表現が豊かだ。マジで。めっっっちゃめちゃに。
気に入った部分があったら食いつくように本と顔を近づけてじっくり見て、ぱあっと顔が輝く。目と口が大きく開く横からでも手に取るようにわかる。
反対に、伏し目がちで口がキュッと閉じられると、その詩はあまり合わなかった、のサインだ。
意味がよく理解できなかったときも察しやすい。頬をつまんで首を傾げるから。
ひとりごとも多い。「あ〜!」とか「いいなぁ……」とか。……というか、意識して言ってるわけじゃなく、思わず口から漏れてる感じ。たまに、つぶやいてすぐ口を押さえてるし。
とにかく見ていて飽きなかった。本人には言わないけども。恥ずかしがられるのは、この短期間でも楽に想像できた。
「どうだった?」
「よかった……です。ふわっとした感じなのに、たまに生き方とか、死にたくなる気持ちとかに正面から触れていてぞくっとしました。すごく好きなのも、そうじゃないものもあって申し訳ないですけど」
「俺も全部が好きなわけじゃないよ。理解しきれてないのもあるし」
「わたしもです。意味をなんとなく理解して、これ好きだなあ、わかるかもってなったりならなかったりしたらいいのかなと思いました」
「人によって違うけど、基本はそういう楽しみ方でいいんじゃないかな」
読み手としての俺は、詩全体の雰囲気を大まかにつかんで味わうようにしている。基本的には。琴線に触れる表現や、心を打たれる部分はもちろんある。
「よかった。私も楽しめそうです。……でも、書くのはむずかしいのかなと改めて思いました」
鳥羽さんは、閉じた詩集に目線を向けた。ゆっくりと申し訳なさそうに。困ったような顔で。
そんなことないと言いそうになるのを、慌てて抑える。
「詩はふつうの文章と違って、不思議な言葉の組み合わせ方ができるし、お話みたいに筋が通ってなくてもいいんですよね。だから、書くのも読むのも大変そうというイメージが前からあって」
わかる。実際俺も、最初のころは無駄に凝った表現にしようとしてうまくいかなかったことがある。詩、向いてないなと思ったこともあぅた。
詩は自由だ。自由だからこそ、できることが多いからこそ、複雑に凝ることもできる。風変わりなものも作れる。言葉で遊べる。
さっき鳥羽さんに読んでもらった詩集も、縦書きと横書きが混在している。なにも無意味なわけじゃなく、それぞれの詩に、どちらが合うかを見極めた結果なんだろう。
だが、それだけじゃない。素朴な、飾らない詩もたくさんある。
「気持ちはすごくわかる。けど、大丈夫だから」
だってさ――
「詩を書くのはむずかしいことじゃない。思いついたものをそのまま形にすればいいんだ。それも詩だよ」