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03.他称ポエマーと弟子入りの理由

「それで、なんであんなことをしたか、なんですけど」


 両手のつま先どうしを揉み合わせて、鳥羽さんは申し訳なさそうに上目づかいを向けてくる。落ち着かないのか、その視線は泳いでいた……と思うと、耐えきれずに目を伏せたりする。そうなると、目立つのはまつ毛のぱっちり感。整えられているだろうけど、けっこう長くてツヤがある。

 色白で柔らかそうな頬が真っ赤になっていて、いちご大福みたいだった。


 ただでさえ小柄な身体がよけい小さく見えるくらい、彼女は縮こまっていた。

 さっきの堂々とした、有無を言わせない態度はなんだったんだ……


 とりあえずそれは、横に置いておくとして。話の続きだ。


「たしか先月のはじめくらいだったと思いますけど。奥永さんが図書室に忘れていたノートを、私が拾いましたよね」

「あー、あったなあ。あのときはありがとうございました」


 放課後、自習スペースに置き忘れたまま帰っちゃって。次の日に、朝イチで鳥羽さんが渡してくれたんだ。マジで助かったよ、なにせ普通の授業用ノートじゃなかったから…………あっ。


 そういうことか……?


「開いて置いてあったから、中身見えちゃったんです。詩がびっしり書いてありました」


 案の定だった。


「……どれくらい見た?」


 今の俺、きっと情けない顔をしていると思う。

 聞くまでもない質問だったなと、言ってから思った。


「見えちゃったって今言いましたけど……その、開いていた部分はじっくり読みました。人のものを勝手にのぞいて、ごめんなさい!」

「……まあ、読まれても俺が恥ずかしいだけだからいいよ」


 気に入ってもらえたなら嬉しいよ、俺は。恥ずかしいけども。めっちゃくちゃに! 恥ずかしい! けど!

 このままチャリで坂を突っ走って逃げ出してしまいたい気分だ。



「……ありがとうございます。あの、どんなこと書いてるのかなってちょっとだけ気になって見たら、すごく素敵で。あの2ページに書いてあったもの、ぜんぶよかったです。ちゃんと、鮮明に覚えてます。奥永さんは覚えててほしくないかもですけど……:」

「いやいや、大丈夫だから」


 油断してると首から上が熱くなりそうだ。気合で抑える。

 鳥羽さんにこれ以上申し訳なさそうな顔をさせたくない。こっちもいたたまれなくなってくるし。

 ……と、思っていたら。急に鳥羽さんの顔が輝いた。俺が漫画家だったら、頭上に「ぱああああっ」って擬音添えてるね。わりとデカめのやつ。

 それくらい表情筋が動いて、ただでさえ大きな彼女の目がさらに大きく見えた。

 切り替えのはっきりした人だと思う間もなく、まくし立ててくる。

 彼女の小さな手のひらが、ぎゅっと握りしめられた。


『浮かぶ少年』って詩がとくに好みでした! かわいくて不思議で、弾むみたいなリズムで。あの時、思わずちっちゃく声に出して読んじゃったくらいです。他のページを読むのはがまんしてお返ししましたけど、ずっと頭に残っていて! わたしも、こんなに心に残るものを作れたらって思ったんです」


 ここまで一気に言って、鳥羽さんは少し荒めに息をした。目はこっちに向いたまんまだ。


「他の理由もあります。……私、人前に立って話したり会話の輪へ入ったりするのがすっごく苦手で。今みたいに、誰かひとりとなら会話できるようになってきたんですけど、集団になると自分の思ったことが言えないんです」


 俺と正反対だな。誰かひとりとじっくり話せるのも、誇っていいことだよなあ。

 相づちを打って聞き手に回りながら、そう考えていた。


「それを直したいと思っていたときに、ちょうど奥永さんのノートを見ちゃったんです。文章でも、詩でも、思ったこととか自分のこととか、伝えられるなって気づきました。自己表現……で、合ってますよね?」

「合ってるよ。会話ってその場その場で返すでしょ? それだけだけじゃなくて、文章みたくじっくり時間かけて言葉にすることではじめて伝えられるもの、俺はあると思う」

「だったらいいなあ……もちろん話す練習もしなきゃいけないですけど、詩も伝える手段のひとつになりそうって思いました。だから奥永さん、」


 とびっきりのほほえみを俺に向けて、彼女は。


「私の――詩の師匠に、なってほしいです」


 さっきと同じ言葉。でも、教室のときとは違う。

 ぴんとした背筋で、ゆっくりと落ち着いて、彼女は宣言した。

 俺がチャリを押してるから、あまり早くは進めない。あとから来た他の虎高生が、怪訝そうにこっちを見ながら追い越していく。

 気にはなる。でも、今目を向けるのはそっちじゃない。


「師匠ってガラじゃないけどさ。少しでも役に立てるなら、ぜひ。よろしくお願いします」

「やったぁ! よろしくです、ししょー! 」


 若干耳に響くくらい、声量が跳ね上がった。満面の笑みだ。ちょっとびっくりするくらい喜ばれてる。鼻歌でも歌い出すんじゃないかってくらい。ぴょんぴょん跳ねるもんだから、彼女の背負うベージュ色のかばんがガチャガチャ音を立てた。小さい身体で重そうなの背負って、よく動けるなあ。

 ……また現実から逃げかけたな。まあ、ししょーってのはちょっと、現実味がなさすぎる。


「し、ししょー……」


 呼ばれたのかと思ったら、どうも恥ずかしくなったらしい。なんで言ってしまったの、という気持ちでいっぱいなのは伝わってきた。たとえ、顔が見えなくても。彼女は今、俺にほとんど背中を向けた上でうつむいている。それほとんど横歩きみたいになってない?

 とりあえず、なにか声をかけなきゃなんだが。

 気にしないでほしいけども、素直にそう伝えたら、たぶん鳥羽さん、縮こまってしまいそうな気が。どうすればいいんだろうか。俺、マジで1対1の会話苦手だな……異性だとなおさら。ふだんからよく関わる歳の近い異性、ふたりしかいないし。こういうときのフォローとか、気遣いとか、さっぱり慣れてない。

 一瞬だけ、考える時間をとって。俺はおどけてみることにした。


「ワタシハ ナニモ キカナカッタ」

「……タスカリマス」


 しゃがれた声で、ロボットっぽくやってみる。軽く照れ笑いしながら乗っかってくれた。鳥羽さん、ノリいい人だったっぽい。


 坂を下まで降りきって、そこから少し歩いて橋を渡る。その途中で、通話アプリの友だち登録をしようという話になって。


「同級生の男の人、ほとんど登録してなかったので。ちょっと緊張しますねっ」


 はにかむ鳥羽さん。

 ……かわいい。素直にそう思った。


 考えてみれば、『隠れファンの多い小動物系女子に、詩を教えてほしいと突然頼まれ、流れで一緒に下校している』わけだ。なかなかのシチュエーションだよな。

 俺も一応は男子高校生という人種なんだ、嬉しくないわけがなかった。だが下心は抱かないようにする。あくまで詩を教えてほしいだけで、俺に近づきたかったわけじゃないだろうから。

 そこんとこはわきまえたい。気持ち悪いやつにはなりたくない。……まあ、これをきっかけに少しでも仲良くなれるなら、それに越したことはないけど。とりあえずは、なにをどう教えるかだな。


 実際に友だち登録をしたのは、駅に着いてからだった。チャリ押してるときにスマホは触れない。


「場所と日程は、また相談しますね。今日は本当にありがとうございました!」


 めっちゃ丁寧なおじぎをされた。ほぼほぼ前屈みたいな頭の下がり方をしている。身体柔らかいな……

 反射的に俺も深く頭を下げて見送ってから、チャリを飛ばす。


 通話アプリで『友だち』になったからって、本当の友だちになったわけじゃない。けど、なんとも言えない感情がこみ上げてくる。

 これ、帰ったら詩にするか。

 信号待ちで通話アプリを立ち上げて、彼女のアカウントを確認する。家で飼ってるんだろう短足の猫――マンチカンだっけか、これ――のアイコンを見ていたら、少しだけ笑みが浮かびそうになった。

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