02.他称ポエマーの弟子になりたい少女
「そのうち」って言葉、だいたいどれくらいの長さを想像するだろうか。人類皆々様の脳内を勝手に想像して勝手に『人間の常識』を代弁させていただくと、まあどれだけ短くても数日後、下手したら一生来ないこともありうるんじゃないか。そういうとらえ方をする人は多いと思う。『そのうち君にも素敵な人が見つかるよ』とかな。信じる人少なそう。
某番組の企画にあった、100分の1アンケート。100人中1人だけ該当者がいそうな問いかけをして、1人だったら景品がもらえるやつね。
あれのお題にいいんじゃないか。「『そのうち君にも~』と言われたら素直に期待する人」。皮肉がすぎる……というか失礼すぎるな、うん。
まあ、これを言われたら長い目で見るか、なぐさめだと思う必要があるし、できればあまり言いたくないたぐいの言葉なのは確かだと思う。具体的に見通しもって動ければそれが一番だ。難しいけど。
……妙な事考えんのおしまい。そろそろやめようか、これ。
信じられないことに、最近誰かに思考を読まれてる予感って妙な予感がしてるんだけど、この思考読んだって誰も得しないよな。俺も。確実にイメージダウンだよ。まあテキトーなこと脳内でこねくり回してる俺が悪い。
なにが言いたいかっていうと、俺の見通しがあまりにも間違ってたって話。
終礼前に、同じクラスの鳥羽さんからすげぇ見られてるなー、なんだろうかと思ったんだけど。まあ用件があるならそのうち話しかけてくるはずだと流したわけ。
……で、今。終礼も終わってみんなが教室を出ようとした瞬間。
周りの机にぶつかるんじゃないかってくらい一直線に、とととって効果音が似合う小走りで鳥羽さんが迫ってきて。
身体が触れそうな距離まで近づかれる。逃げ場はない。顔を遠ざけようにも、軽く背中を反るのが精いっぱい。すぐ後ろは机だ。
教室中の視線が俺たちに集まる。彼女は握りこぶしを両脇にかまえ、照れた様子もなく、まっすぐ立っていた。
「奥永さん! わたしをあなたの弟子にしてくれませんか!」
いきなりの発言。えっ、なに? どういうこと?
……弟子。俺が、師匠?
混乱した俺は、率直な疑問をぶつけることしかできなかった。
「なんの!?」
「あ、あの、詩の師匠です」
「死の師匠!?」
ふだんは温厚なバーのマスター。しかし、その正体は裏世界を牛耳るマフィアのボスだった!『仕事』中に、たまたま迷子の少女と出会ったことがきっかけで、彼女を殺し屋の卵として育てることになり――
『ししょーのお死ごと』Now On Sale!(無駄にええ声)
「ポエムです。ポエムの詩です。1文字だとわかりにくいですよね」
まずいまずい。現実逃避のあまり架空の新刊を世に出してしまった。王道だし誰か書いてくれないかな。
とにかく、こっちが全然違うものを思い浮かべているのは悟ってもらえたらしい。
――そうかー、詩か……自分が打ち込んでいることを茶化さずに見てもらえていたのだとしたら、素直に嬉しい。
話を聞こう。その前に――
「経緯とか具体的に聞かせてほしいんだけど、外出てからでもいいかな。いろんな意味で話す環境じゃないでしょ、ここ」
「――あっ……」
弾かれたようにあとずさる鳥羽さん。今、机に右手ぶつけてたよな。ガタッって音したぞ。あざとかできてないだろうか。こっちとしては助かったけど、向こうがもろもろ大丈夫じゃなさそうだ。
距離感もそうだし、思いっきり衆人監視だ。クラスのほとんどはまだ教室を出ていない――というか、鳥羽さんの行動でくぎ付けにされた感じ。俺たちに向けられている視線は、驚きと野次馬根性が半分ずつくらいに見えた。いや、まじまじとは見れないけど。こんな状況で周りからの視線にさらされるの、正直きつい。
海聖なんか目が輝いてるし。たぶん羨ましがられてる。注目浴びれていいなって。そっちかよと思うけど、あいつの思考回路わかりやすすぎるからたぶん間違ってない。
幸いにも鳥羽さん、ぶつけたところは大丈夫そうだ。彼女を手招きして、この状況からおさらばすることにしよう。
「俺にかまわずはよ帰れよ! 今日はノー部活デー! ノー! 部活デー!あと期末直前!」
にやにや顔の男子どもに吐き捨てて、ふたりで逃げる。早歩きで逃げる。ろう下を走ってはいけません。階段はゆっくり降りましょう。
サッと靴をはき替え、チャリを押して校舎を飛び出すと、幸いにも正門のロータリーはまだ人がまばらだった。
チャリ置き場に寄る手間がないだけ先に出ていた鳥羽さんと、何事もなかったかのように正門を出る。
そして、我に返る。
……俺、人と1対1で会話するのすげぇ苦手だった。
人数多いほうがまだマシなんだよね、自分の話すターンが少なくて済むし、考える時間があるから。あと場の会話に適当に乗っておけばいいし。
1対1だと逃げ場ないからさ。少しでも対応間違えたり傷つけるようなこと言ってしまったらと思うと怖い。
海聖とか、あと他にも数人はいるけど、本当に仲のいい友人だけかな、自然体で話せるのは。あとはだいぶ気を遣うし、気疲れすると思う。
どーして2分前の俺は無駄にカッコつけて連れ出したんだ。答えてくれ!
いやマジでどうしよう。
戸惑ったように視線をさまよわせたり、逆にちらちらこっちをうかがったりしている鳥羽さん。申し訳ないと思いつつ、また我に返る。
……このままのんびり歩きながら話聞こうと思ってたけど、相手のスケジュールガン無視じゃん。
「鳥羽さん、たしか電車通学だったと思うんだけど。時間大丈夫? 早歩きしたほうがいいとかない?」
「……それは、問題ないです。ゆっくり歩いても間に合います」
「それはよかった。駅まで着いていっても大丈夫?」
「はい。奥永さんこそ大丈夫ですか……?帰り道、反対だったりしませんか?」
「ありがとう。俺もこっちだから気にしないで」
虎屋市の中心近くって、来巣川って川を境に西側が、古きよき城下町の名残ががっつりある落ち着いた町並みで、東側が名残もなんもない普通の市街地なんだよね。我らが虎屋高校は西側の高台、最寄り駅の本虎屋駅は東側の、川渡ってすぐのとこ。
……で、俺の家は川の西側、虎高より3,4キロ北に行ったところだ。要するに、大嘘つきました。全然こっちじゃない。鳥羽さんごめんなさい。
まあ、月1のノー部活デーのおかげで、多少遠回りしてもどっちみち普段よりだいぶ早い帰宅になる。テスト勉強にもたいして影響はない。
これを制定してくれた県の教育委員会に心の中で礼をしつつ、俺たちは学校前の急坂、通称虎高坂を下りはじめた。
一部の男子どもが、明らかにこっちをうかがいながら校舎を出てこようとするのが見えたから。総じて、悪だくみするときのニヤついた顔だ。
うわ、海聖もいる。同性で一番の親友 (のはず)なんだからそこは止めてくれよ……
視線を向けて、気づいてるぞアピールをしておいた。鳥羽さんには見えないように。
こういうときだけは強面に感謝するか。
「それで、なんであんなことをしたか、なんですけど」
あいつらもとりあえずは引っこんでくれたようだし、話を聞こう。