01.他称ポエマーは見られている?
「美しい」「きれい」「おだやか」「日常風景」「教科書や新聞に載ってる」
詩と聞いて多くの人がイメージするのは、きっとこのあたりだろう。学校でちょっと触れる程度だけど、なんとなくきれいで素敵なもの。
じゃあ、これを英語に変えてみよう。"poem"
ポエムと聞いてイメージするのは?
「気取ってる」「こっ恥ずかしい」「夢見がち」「妄想家」「痛い」「よくわからない」「厨二病」
……ずいぶんと両極端な言葉を並べてみたが、実際こんなもんじゃないだろうか。もちろんこれは雑なレッテル貼りだ。俺が感じた「世の中が詩とポエムへそれぞれ向ける視線」でしかない。どっちも変わらんわと思う人のほうがきっと多い。
ただ、「詩」に比べて「ポエム」はマイナスイメージが強い傾向にある、くらい言っても許されるんじゃないだろうか。あとポエマーは和製英語だ。詩人は英語で"poet"な!
なにが言いたいかっていうと、
「さっすがの語彙力! やっぱ奥永 優仁と書いてポエマーと読みますわ~」
「じゃあおまえは馬場 海聖と書いてバカな。ってか名前縮めれば」
「はいストップ! 今まで何回それでいじられたと思ってんだ……」
たとえ相手が、悪気のなさそうな顔の親友でも。こういう扱いを受けがちなのが、実はあまり好きじゃないってことだ。
たしかに俺はよく詩を書いている。クラスでの自己紹介で、愚かにも趣味として公言したことすらある。ちょっとした目的のために始めたから、実際趣味と呼んでいいかは微妙だけど。
ポエムに厨二病の香りを感じて、おちょくりたくなる時期なのもわかる。高二病って呼ばれるくらいだし。
だからといって、自分の意思でやってることを茶化されたらいい気はしないよな。若干思うところはあるよな。
……まあ、言わないけど。1対1でみっちり数時間話しても大丈夫な仲の友人なんて、片手で数えるほどしかいないんだ。こんなのに貴重な終礼前の時間を費やしたくはない。多少のもやもやなら、飲み込んだほうがうまくいく。笑いながら軽くやり返すくらいにしよう。
「じゃあアホか?」
我が物顔で俺の机に座る海聖の胸元を、指先で小突いてやった。さすが野球部、硬い筋肉の感触がする。
「違うわ。アホはこの高校に来れませーん。僕天才でーす」
「虎屋高校普通科 偏差値55」
「やめろ自称進学校がバレる」
「『虎高生としての誇りを……』」
「うわっ追撃呪文すなー!」
机から落ちそうなくらい大げさにのけぞる海聖。一番ろう下側の席だから、そんな大きく動かれると下手したら窓ガラスにヒビ入れそう。ひやひやする。
難関大を目指すような進学校でも、こんな風に中身のないバカ話をしているんだろうか。……まあやってるか。他愛もない話なら、内容と学力あんま関係なさそうだもんな。
……まあ、目の前のこいつは名実ともにバカだけど。けなしているわけじゃない。たしか定期考査は毎回200人中の150番あたりをうろうろしてるし、なにより、重度の目立ちたがりだ。俺の机の上で堂々とあぐらをかくのも、オーバーなリアクションも。注目されるのが気持ちいいんだとさ。
おまえ悪目立ちって言葉知ってるか、と思うが、ウケ狙いで危険行為に走ったことはないはずだから安心安全だ。良識のあるいいやつなのは、4年ほどのつき合いでよくわかっている。
「俺もダメージ受けてんだからいいじゃん」
マジで気にしてたらまずいので、ふっと笑いながら言ってやる。
「その顔でその発言されるとチャラい陽キャって感じするね。なお実際は」
「別にチャラくなりたいわけじゃねえよ。髪だって地毛だし」
気遣って損した。
いろいろと誤解されがちだから、地毛が明るいのは少し気にしてる。けど俺の髪、細くて弱いらしいんだよな。うかつに染められないのはつらい。特別の代償に、壊れそうな危うさをはらむ……こんな思考するからポエマーって言われるんだろうな。断じて認めないが。
「ほんとか~? クラスの陽キャ集団と楽しそうに話してるとこたまに見るけど」
「あれは同類だと思われてるから実態がバレないように必死なだけ」
「見た目のせいで?」
「見た目のせいで。一回横で聞いてみ? ほとんど合いの手とヤジ入れてるだけの俺が見れるぞ」
「それで輪に入れてるならすげーじゃん」
言葉自体は嬉しいんだけど、なまじこいつが老け顔なもんで、「すげー!」って少年っぽく感心されると笑いそうになってよくない。ごめんな。
……それに、俺がすごいとは思わない。
「どうかな……俺のように無理してイケてるふりするよりは、一緒にいて居心地いいやつに囲まれるほうが楽しいんじゃないか? 海聖みたいにさ」
虎屋高校2年3組の男子は、大きく3つの集団に分かれている。クラスの中心的な陽キャグループ、比較的おとなしめのグループ。それから、どっちでもない中間のグループ。
スクールカーストのようにきっちり分かれているわけじゃなく、気の合うやつといようとした結果自然にできた感じ。当然みんな、グループ内以外にも仲のいいやつはいるだろう。
明るくてお調子者でスポーツ少年。そんな海聖だが、意外にも中間のグループにいる。詳しく聞いたことはないが、陽キャ集団よりも性に合ってると判断しての選択なんだろう。自分に合った環境を見つけられるのも、ひとつの能力だと思う。
普段面と向かって褒めないけど、この点は海聖を尊敬している。だから今も口に出した。
対して俺は……無理やり陽キャ集団と中間グループの両方にいようとする、八方美人だ。
「どうしたん急に。男のツンデレは需要ないぞー?」
「人が褒めてんだから喜んどけばいいの」
褒め言葉を素直に受け入れるのが苦手なあたり、同類だなと思う。
「はーい……あっ終礼始まるぞ!」
「お手本のような話題逸らし」
ある意味絶妙なタイミングで、担任の川岸先生が入ってきた。慌てて海聖たちクラスメイトが席へ戻っていく。
とそこで、俺をじっと見つめる人影に気づいた。同じ横列、窓際の席からだ。横目で見る。
あれは……鳥羽 比奈乃さん、だな。
小中は別のとこだったし、去年も違うクラスだったからよくは知らない。話したことすらあったかどうか。知ってるのは、性別問わず隠れファンが多くて天使扱いされていることと、家庭科部所属なことくらいだ。
小柄で色白でおとなしそうで、小動物系女子って感じの見た目だけど。くりくりな目でじっと見つめてこられると圧を感じる。……どういう視線だこれ。真顔だから読めない。敵意ではなさそう……というか、敵意だったら俺なんかやっちゃいましたか? って感じだ。マジなほうの。
なにか言いたいことがあるんだろうか。正直、会話しづらい状況で視線だけ向けられても困る。しかもまだこっち見てる。そろそろ周りになにしてんだって思われない……? たぶんこれ、目合わせて"気づいてますよアピール"するまで終わらないやつだ。
左に90度。わかりやすく顔を鳥羽さんに向けてみる。彼女はぱっと顔をほころばせてから、先生のほうに向き直った。
なんだったんだ……まあ用があるならそのうち話しかけてくるよな。また今みたいなことがあっても、今度はこっちから尋ねに行くし。
とにかく、今は終礼だ。話聞かないとお叱りだからな。