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はるのトリガー  作者: 天川さく
2/2

後編


「奈津―っ」


 悲鳴のような声に我に返る。

 廊下の向うに芳春が見えた。大丈夫かっ、と声を張りあげていた。


 眉がゆがむ。力が抜ける。

 そうだ。ズルいのは、先輩だけじゃない。わたしもだ。

 芳春がどれだけわたしを思ってくれているか。拳を握る。怪我をした人差し指がピリッと痛む。だけど、告白されてもいないのに、断るなんて変でしょう?


 顔をあげる。

 割れた窓ガラスを避けて芳春が近づいてくる。


 告白──いる?


 芳春の気持ちはこんなにわかる。でも。目を閉じる。ごめんなさい。芳春の気持ちには応えられない。なら? 告白されていないからって、このままでいるのって、それって芳春にすごく悪くて。


 ごん、とヘルメットを叩かれた。

 冬海先輩だ。

 冬海先輩は駆けよった芳春の肩も強く叩く。


「まだ余震があるからな。気をつけろ。先に教授が指定していたとこに避難してるわ」


 そういいつつ背中を向けた。

 あ。咄嗟に先輩へ手をのばしかけたとき、立っていられないくらいの余震が起きた。おっと、と芳春がわたしを支える。背中いっぱいにあたる芳春の腕。その力強さに地震の最中なのに圧倒される。


「芳春、わたし」

「ん?」


 不安げな芳春の瞳がわたしをのぞき込む。

 泥だらけで汗まみれの芳春の顔。地震が起きてからまだ十分たらず。それなのに。どれだけ必死で私を捜してくれていたのか。胸が苦しくなる。思わず芳春に触れたくなる。


 天井から落ちた壁土がパラパラとヘルメットに当たる。


 ──駄目だ。

 こんな中途半端なことをしていたら駄目。

 いくら芳春が思ってくれても、それに応えられないならこれ以上期待させちゃ芳春に失礼すぎて。


 だけど。


 芳春が大きくうなだれた。盛大にためいきをついている。

 それから──大声で笑い出した。


「お前らって本当にそっくり」

「お前ら?」

「冬海先輩とお前。おひとよしすぎ」


 芳春が真顔になる。

 

「一度しかいわねえ。よく聞けよ」

「──うん」

「あんな女に負けるな。さっさと冬海先輩をモノにしろ。心配でお前をあきらめられねえだろ」


 身体が震えた。鼻先が熱くなる。

 いけっ、と芳春が強く背中を押す。

 前のめりになって転びそうになって、それで。


 廊下に倒してあった空ボンベが左右に揺れていた。渡り廊下は割れたガラスが降りそそいでいる。余震は止まない。常に揺れている。足元が揺れているのか、自分の身体が揺れているのか。

 芳春の笑顔がちらついた。一緒に頭を抱えた試験勉強。地質学演習でそろって等高線を間違えて引いて。巡検で崖をのぼるとき手を貸してくれて。学会発表ではやたらとイイ声を張りあげて。

 いつも、隣にあった顔。学友、芳春の顔。

 

 ──わたしは足を踏み出す。

 走る。全速力。

 振り返らない。食いしばった唇に涙がしみこみ。

 その先には。

 わたしはヘルメットをむしり取る。

 

(了)

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