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はるのトリガー  作者: 天川さく
1/2

前編

挿絵(By みてみん)


はるのトリガー


天川(てがわ)さく




 夢かと思った。

 まさか冬海(ふゆみ)先輩が来てくれるなんて思わなかったから。

 嬉しくて、泣きたくなって、同時に、こんなふうに駆けつけてくれる冬海先輩をズルいって思って。

 だって、ついうっかり運命とか思っちゃう。期待しちゃう。

 ひょっとして? 先輩ってわたしのことを?

 いとも簡単にわたしを舞いあがらせる。

 やっぱり先輩は、ズルい。

 


「誰かいるのか?」


 そう声がかかったのは地震が起きてから五分後くらい。

 大学の試料倉庫にいたわたしは真っ暗になった倉庫の中で、途方に暮れていた。足元には割れたバイアル瓶やガラスの薄片試料。

 何からどうしたらいいかな。

 ここから出るのだって、手足を切りそうだし。

 そんなときに先輩の声が聞こえたら──。

 自分でもびっくりするくらい、甘えた声が出た。


「先輩、どうしよう。試料が結構割れたみたいで」

奈津(なつ)か? なんだってお前、クソ忙しい四年がこんなところに?」


 待ってろ、と吐き捨てる声がして数分たたないうちに青白い灯りがついた。非常用電灯だった。自家発電機独特のモーター音が響く。


「こんなのがついていたの、知らなかった」

「教授が自費で勝手に設置したんだ。事務方にいっても動かないからってさ」


 教授の口癖がよみがえる。

 ──地震は必ず起こるわ。わかっているでしょう?

 ──停電を起こさない備えじゃなくて、起きたあと、どうしのぐかを備えなさいよ。マグニチュード9クラスがきたら、どんな対策も無駄でしょ。

 さすが、我が指導教員。最高の地質学者。思わず頬をゆるめると、指先に痛みが走った。


「どうした。怪我か?」


 冬海先輩が近づく。あ、いえ、大丈夫です、と返したとき、余震が起きた。


「おっと」


 大股で近づいた冬海先輩がわたしの背後のコンテナを支える。目の前に冬海先輩の広い胸。ふわりと汗混じりの先輩の匂い。


「これ、かぶっとけ」


 野外調査用のヘルメットをかぶせられた。

 ははは、と冬海先輩が軽く笑う。


「ある意味、ウチの倉庫でよかったよな。大抵のアウトドア用品がそろってる」


 ほら、と冬海先輩が手のひらを差し出した。


「怪我を見せろ。どこをやった? というか、なんでお前ここに?」

「……卒論に載せる試料の最終確認がしたくて」

「どんだけ真面目なんだよ。さんざんチェックしただろうが」

「そうだけど」

「まあいいや。手当だ。どこだ? 手か?」


 冬海先輩が強引に手をつかもうとして、わたしは首を振る。


「大丈夫です。指先を切っただけっぽいし。大したことないし」


 はあ、と冬海先輩が息をはく。


「俺が心配だ。手当をさせろ」


 めまいがする。そんなことをいわれたら、もうなされるがまま。消毒薬がしみるのも、心地いいくらいで。絆創膏を貼る先輩の指先が触れて、じりじりと身体が熱くなる。


 優しく、しないで欲しい。

 これ以上は。

 だって。わたし。


 ずっと声を出せずにいると、冬海先輩がわたしの手に視線を向けたままかすれた声を出した。


「それとも──やっぱ、これって芳春(よしはる)に悪いか?」


 あわてて首をふる。


「芳春とはなんともなくて。先輩こそ──彼女が」


 ヘルメットごしにコツンと拳で叩かれた。


「あいつは彼女じゃない。知っているだろ?」


 だけど──。視線を落とす。彼女は先輩のことを。

 みしり、と音がした。直後、ガタガタと床が揺れる。揺れは次第に大きくなり調査用の金属部品が床に落ちて甲高い音を立てた。


「出るぞ」


 荒々しく腕を引かれて出口を目指す。

 目の前に冬海先輩の背中があった。セーターの編目もはっきりとわかる。先輩の伸びた髪が揺れて。触れた指先から先輩の息遣いまで伝わって。

 このまま、世界が終わればいいのに。

 そうすればわたしと先輩は。

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