エピソード1「最後の竜姫」その三
私は酒が好きであり水もまた好きである。昨日までは酒が水よりも好きであつた。今日は酒が好きな程度に於て水も好きである。明日は水が酒よりも好きになるかもしれない。
この一文が、目覚めた俺の脳裏にズキズキとのしかかった。
これは、この俺が勝手に魂の師匠として心に刻んでいる俳人、種田山頭火の句集「草木塔」からの1節である。酒好きであった山頭火がこのように語ったのは、その句作における信念を、酒と水とをその象徴として表したのか、或はその時の己の心境を具体的に表白したのか、はたまたその両方か、凡人の俺には解し得ない。
だが今の俺は、まさに文字通り、強烈に水を欲していた。浴びるように酒を飲んだ昨日とは、打って変って。
「ロ、ロボ子ぉーっ!! み、水くれぇーっ! やべぇっ──」
そう、俺の頭はズキンと割れんばかりの強烈な痛みに襲われていた。まるで、アニメ「伝説巨神イデオン」において、恐るべき無限の力、惑星をぱっくり真っ二つに割ったあのイデオンソードでザックリとえぐられているかのように。
「うへぇ、飲み過ぎたぁ、調子こいて飲み過ぎてもうたがなぁ、ロボ子が可愛すぎるからあかんねんてぇ、ロボ子と一緒に酒飲めるの嬉しすぎるからあかんねんてぇ、はよ水くれぇ、水うぅ、ロボ子ぉ」
「ま、マス、じゃない──、うぅ、お、おにいちゃんがぁ、馬鹿みたいにバカバカと飲むからいけないのですぅ」
とかなんとかほざきつつ、水差しとコップを持ってくるロボ子。
確かにアホみたいにはしゃいで、飲みまくった俺。まるで、ようやく二十歳になった妹に、その初給料で兄妹水入らずの飲みに招待され、しかもおごってもらうお兄ちゃんのように、はっちゃけすぎたのだった。
そして俺は、へうへうとして水を味ふ、のだった。
「おうふ、ホンマやらかしたわぁ。俺としたことがぁ。あかんこれ、この脳髄の奥にまで響くズキズキとした痛み、これ一日寝とかな治らんやつやわぁ。うへぇ──」
「あ、あの、おにいちゃん、さっき村役場の使いの人が、朝食後に村長さんや団長さんとの打ち合わせに来てほしいと、言伝にきましたよ」
「なー、なんやてぇ、昨日の今日で、また噂の現場のごたごた話かよぉ」
「うぅ、その、なにやら、今日のお昼すぎ頃から、村の村民集会というのが、あるらしくてぇ、その──」
「えぇぇぇっ、あかんてそんなん。てか、知らんがなぁ村民集会なんてぇ。まじ無理。最悪午後からは何とかなるかもしれんけど、朝飯後の打ち合わせてぇ、あうぅ、飯も食われへんてぇ、あかんてぇ、──ロボ子すまん、とりあえずお前ひとりで行っといてくれへんか? この俺が飯も食われんて、どんだけ危機的状況かわかるやろぉ?」
「あっ、うぅぅ、あの、マス、じゃない、おにいちゃん、わ、わたし一人でですか、うぅぅ──」
あぁ、てかそれは無理か、やっぱ。
「あかんかぁー、てか、AMC(あたり前田のクラッカー)やな、それは──」
はぁ、せやなぁー、ロボ子ちゃんひとりであのガラの悪いおっさん連中の相手は、無理ゲーやろな。人見知り&口下手&男子は苦手、鬱々の美少女のロボ子ちゃんやしぃ。そりゃそやなて。
「うぅぅ、す、すみませんですぅ。あ、あの、その、昨夜の、おにいちゃんの様子を観察していて、きっと必要になるかなと予測しまして、お、お薬、作っておきましたですぅ。その、これを──」
「お薬?!」
てか! 先に出せやソレっ!
「それ、二日酔いに効くやつかぁ!? な? おおおおっ! まじでぇ!?」
「は、はい、ですぅ──」
「おうおうっ! さすがロボ子やんけぇ、やっぱ俺のことよーわかっとるわぁ。ホンマお前は気の利くええ娘やでぇ、ほんま俺が一生に選んだ嫁やでぇ」
「うぅ、い、今は、妹ですぅ。本来私はマスター、じゃない、今はおにいちゃん、に仕える精霊ですぅ」
「なにを水臭いことゆーてんねん。お前は俺にとってメイドでボディガードで相棒で恋人で妹で嫁でママで最愛の伴侶やろがぁ」
「うぅぅ──、き、キモいですぅ」
そうして、俺はロボ子が差し出したコップを手に取った。人肌に温かく、ほんのり黄色がかった液体で満たされていた。なにこれ? ホットオロナミンc的な──、
「これを飲めばええんやなぁ」
ゴクゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干す。ほんのり甘くジューシー、飲みやすいお薬。
「ぷはぁー。てかロボ子、このお薬、どうやって作ったんや?」
「ひゃうっ、うぅぅ、あの、えーっと──」
なんやねんその反応。
「まさか、お前、アレやろ? アレで作ったんやろ? ちゃうかっ!?」
「うぅぅ、ち、違いますぅ。秘密ですぅ」
「うそこけぇっ! アレやろ? そうやろ、アレやろぉっ!? なら、もう一杯おかわり!」
「うぅぅ、お、おかわりはないのですぅ」
「なんやねん、ええやろちょっとくらい、もう一杯飲みたいんやぁ。ロボ子の愛情こもったお薬がぁ」
「うぅぅ、ひ、ヒミツですぅ」
と、その時、俺の脳髄に響く痛みが、するすると消えて行ったのだった。
「うぉあ、痛みが、ひいてくわぁ」
「も、もう十分ですぅ」
「ほんま、凄いわぁ、ロボ子のお薬、てか、どうやって作ったかは知らんけどぉ──」
まぁええわ。
それから俺とロボ子は、朝飯を食いに部屋を出たのだった。
でだ、旅館の朝食といえばぁ、納豆、だし巻き卵、焼き鮭? ブリ照り? 味付け海苔、茶碗蒸し? 高野豆腐? 茄子の煮浸し? ハマグリのお吸い物? 或は赤味噌のしじみ汁? などなど、俺の大好きないわゆる何の変哲もない定番料理、期待をふくらませつつ──、久しぶりにベタな和食、食えるかなぁ。そう、異世界生活が長ければ長いほど、この普通の和食が恋しい。定番こそが、五臓六腑に染み渡るように美味いのだっ! ドラキーの姿揚げとか、スライムの煮こごりとか、やめてや。
──それから、期待通り、ありふれた、でもそこが尊い定番の和の朝飯を食った後、例の噂の現場的ごたごた地域問題について、村長達と話し合った俺とロボ子。ま、特にこれといった新情報はなく、昨夜の宴会での話しのおさらいのようなものであった。なので、打ち合わせの最中、あまり会話に参加せずもじもじするだけのロボ子に、終始ねっとりとしたエロ目線を向けいちいち意見を促す村長、から逃げるように、俺はそうそうに話し合いを切り上げたのだった。
ま、この村の連中は、とにかくモスグリーンの髪の精霊ちゃんに立ち退いて欲しいの一点張りで、話し合いも折り合いもあったもんじゃない。とはいえ、この俺に問題の解決策があるわけでもないんだが、どうしたものか──。
「ロボ子、とりあえずや、古文書があるという古書堂とやらにいってみっか? この世界の精霊について、なにか分かるかもしれんし、なんか解決策が見つかるかもしれんしな。ここのおっさん連中の話だけじゃ埒があかん」
「はぅ、そうですね。村の方々には、その、精霊に対しての強い不信感を感じます。それに、その、わたしに対する視線も、その、うぅ──」
「ほんまやな、村長のあのねちっこいエロ目線、マジ見つめるだけでスケベ行為やわぁ、セクハラどスケベ光線が出とるでぇアレ。てか、俺がゆーなっ! て感じの顔、やめてくれる? ロボ子ちゃん」
「うぅぅ──」
「確かに俺もスケベなおっさんやけどもや、あそこまでではないやろ? てか、ロボ子とか俺の身内の精霊ちゃん達ならいざ知らず、完全に他人の、しかも先方の女性とか、あんなエロい目で見つめんやろて」
「うぅぅ、でも、その、マス、いや、おにいちゃんだって、そのぉ──」
「俺のは愛情表現やからてぇ、なぁ? ちゃうけぇ?」
なんか、ゆえばゆーほど、己がセクハラの自覚のないおっさんに思えてしまうのは何故や? 堪忍してや。
などと話しているうちに、俺とロボ子は古書堂に辿りついたのだった。
ちょいとカワイイ仲居のおねーちゃんに教えてもらった通り、それは野菜畑を越えて、村の一番外れのちょっとした雑木林の中に佇んでいた。
「あぁ、ホンマや、ちょいエロ可愛い仲居のおねーちゃんの言ってた通り、村のはずれにぽつねんとあるなぁ」
「うぅぅ、え、エロ可愛いは余計ですぅ──」
「え、そうかぁー? てか、お前そういうところ地味に細かいなぁ」
「うぅ、こ、細かくないですぅ。マス、おにいちゃんがキモいだけですぅ」
その古書堂というのは、想像よりもずっと大きかった。全体的にがっしりとした重厚な造り。瓦葺きの切妻屋根でありながら壁はレンガと石積みで出来ており、和風モダンといった印象。左右非対称な外観、右側には六角形のドーム状の構造物もあり、お洒落なカフェでも併設できそうである。これまで見た村の風景は、建物も含めすべてが和風であったが、この古書堂だけは異質であり、さながら大正モダンのような、洋風建築と呼べるものであった。
「なんやしかし、古書堂って響き、あれやなぁ、人見知りやけど知識は豊富な眼鏡美人の司書さんとか、出てきそうやなぁ?」
「……」
「なぁ、なあてぇ、ロボ子ぉー」
口を噤んで、完全にポーカーフェイスを決め込んでいるロボ子だが、いやその顔、これ絶対にムッとしている。
こういうネタフリにちょっとピリッとくる辺りが、メンヘラ気質やっちゅーねん。ロボ子よ。ま、それでもそれで、カワエエけどもな。
いやしかし、ここらで、ホンマに眼鏡美人の司書さん出てけえへんかなぁ──、
なんて考えながら、俺はデカく重厚な扉を開いた。
ギギギと音をたて、そしてバタンと、館内に響き渡るように大きな音を鳴らして閉まった。
少し黴臭い紙の匂いに満ちていたが、空気がずっと止まっていたかのようで、嫌に透明で澄んで見えた。それはまるで、底まで見える透明度の高い沼のようで──、そして残念ながら、誰もいなかった。
エントランスの広いフロアーの先には、一階 中二階、二階、更にその上と、ループを描く複雑に入り組んだ巨大な──ある種公園の遊具にも似た──階段の構造物があり、そしてそれは吹き抜けのメインフロアーに通ずる門のようでもあり、その奥は、びっしりと本の収まった棚と、床を余すところなく手狭に配置された長テーブルで埋め尽くされていた。どことなく、閉店し放置されたショッピングモールのようでもあった。
「さて、こんな広い古書堂、どうやって精霊の古文書を探すのやら」
「い、インデックスをサーチします」
「は? インデックス? なに、これ全部の? え、マジで? どうやんの?」
という俺の問を無視して、ロボ子は両手を上げ、手のひらを天井にかざすようにして、そして目を瞑った。
てか、マジかよロボ子ちゃん。なんやようわからんけど、出来んの? が、ロボ子ならやりかねん。
「ろ、ロボ子? な、なにしてんの?」
ほんの一間をおいて、パチリと目を開け、向き直るロボ子。
「こちらです。マス、じゃなくて、おにいちゃん」
「まじすか──」
すたすたと階段を上がり、二階の奥に進むロボ子。
一番奥の突き当りの大きな本棚の前まで来ると、徐に一冊の古びた書物を手に取った。
どの書物の背表紙にも、よくわからない文字の羅列や見たことも無い奇妙な印、柄がほどこされていて、正直全く読めそうにないと感じた。
「なになに? なに書いてあんの? ロボ子ちゃん? なぁて」
やや小難しい美少女面で分厚い本とにらめっこするロボ子ちゃん。で、その本の中身を覗き込むと、そこには、まるで見たことも無い摩訶不思議な文字が、びっしりと紙面に塗りつぶすかのように綴られていた。
うわぁ、読みにくそぉ、仮に日本語で書かれててもこんなんそっ閉じやわ。
「なにこれ? てか、日本語ちゃうやんけぇ。村人みんな広島弁やのに、なんでやねんっ! コレ!? てか、ロボ子ちゃんよ、読めんの?! これ? まじでぇ」
「うぅぅ、その、読めないですぅ──」
「てっ、読めへんのかよっ!」
「うぐぅ、で、でも、わたしのデータベースにある古代言語を、その、複数照らし合わせて、解読することは、できますから──」
「解読て、なんや時間かかりそうやなぁ、めんどくさぁー。しかし、なんやねんこの文字よ!」
「うぅ、どうやら、精霊独特の言語の類で、その、わたしたちの故郷の、今はもう使われていない、古代言語に類似するもののようで──」
「古代言語? あかん、気が遠くなりそうで、俺、眠たくなってきたわ。マジで──」
いやはや、どう考えても広島弁やろと考えていた俺が甘かった。日本の雰囲気に近かろうが、ここは別世界、異世界舐めてたわ。
しゃーなし──、
さて、古文書の解読はロボ子に任せてと、ま、俺はとりあえず他も物色しよかなぁ、と、他の階に行こうとした──、その刹那、館内に野太いおっさんの声が響き渡った。
「おいよぉー! お客人さんよぉ、ここにいますかいのぉー、じき村民集会はじまるけぇ」
なっ! なんやねん、せっかく春画集でもさがそ思てたのにぃっ!
声の主は、消防団団長であった。
「あっ! はいはいはいっ! ここにおりますわぁ!」
「おう! お客人、竜の巫女の精霊も村にきよったけぇ、そろそろはじめよぉーおもーちょりますわぁ」
ったく、予定より早いやんけー。
「はぁ、ったく──」
会議やてロボ子行くぞっ! と声を掛けようとしたのだが、いやまて、余りにも真剣に読書というか古文書の解読に励んいる彼女を見て、ここはロボ子の好きにやらせてみようかと思いついた。
せや、なんかええ考えが見つかるかもしれんし。なんといってもロボ子は万能の傀儡精霊、そんじょそこらのAIとはわけが違うはず。
で、とりあえず俺だけで集会に出席することにした。ま、再びモスグリーンの精霊ちゃんと会えるのも、これまた楽しみやしね。
「じゃロボ子、俺はちと行ってくるでぇ」
「はぅ、マス、じゃなくて、おにいちゃん、何処に行かれるのですか?」
「なに寝ぼけたことゆーとんねん。村の村民集会がもうじき始まるて、団長が迎えに来とるやろが。聞こえてないのか? あのモスグリーンの髪の精霊ちゃんも含めて、村長以下村の上役集めて、竜古神の立ち退き問題を話しあうて」
「あぅぅ、もう、もう行かないとですね、その──」
「いや、ロボ子はこのまま好きに古文書でお勉強しててええよ。どうせ村民集会での会議なんて名目上で、村のおっさん等が精霊に立ち退けっ! 出ていけっ! とか無理難題を押し付ける一方的なもんやろて、いわゆる噂の現場的展開しよるだけやで、きっと」
「うぅぅ、でも、その──」
「ええて、ロボ子、お前は気になるんやろ? この世界のこと色々。そのまま調べたらええて。てかな、俺よりも問題解決のええアイデア、ロボ子なら見つけられるかもしれんし」
てゆーか、俺にええ考えなんて全くもって思いつかんし、そもそも考えられる訳がないやろ、この俺に。
「うぅ、わ、わかりました! マス、じゃない、おにいちゃん!」
「ほな、終わったら、迎えにくるから、好きにやってみろて、ロボ子」
「はひぃっ!」
そして俺はロボ子をひとり古書堂に残し、消防団団長と村の会議所に向かったのだった。
ま、村民集会がサクッと終ったら、昨日の宴会の続きというか、村の綺麗所をもう一回紹介してもらってやねぇ、夕方からチョメチョメの流れで話し持っていくのもええやろてぇ、楽しみ楽しみっ!
「お、お客人、そげなニヤついた顔して、どないなすったが?」
「え? あ、いや、いやいやいや、団長さんよ、村民集会がサクッと終ったらな──」
「おう? あれは政吉けー?」
俺の話しをよそに、遠くに目をやる団長のその視線を追うと、男と女がなにやら言い争いをしているのであった。
「あれ?」
それは団長の言う通り木こり衆の長、政吉と、なんと、あのモスグリーンの髪の精霊ちゃんであった。
「なにをやっちゅーがぁ!」
「あ、あれぇ、精霊ちゃんなん? あのモスグリーンの長い髪、団長さんよ、あれは精霊やろ?」
「おう、お客人、さすがは都の役人じゃぁ、人間と精霊とを一発で見分けられるんかいのぉ。大したもんじゃ。じゃけぇ、そうゆうても、あんな美人はそうそう人間にはおりゃせんけぇのぉ、普通じゃなかけんのぉ」
精霊の彼女は、あきらかに政吉と口論しているようであった。
てか、なんでやねん? これ、どーゆうことや?
「あれ、なにしとんねん? ええ? 口論でもしとんのか? てかなんでぇ──、政吉という男は、あの精霊と親しいんか? なんで? なぁ、団長さんてよ」
「政吉は、木こり衆じゃから、昔から森の精霊との付き合いがあるんですわぁ。政吉の前の、先代の長がのぉ、特にあの精霊と昵懇でのぉ。まあゆうたら森がシマの木こり衆じゃけ、当たり前じゃがの。ただ、そのなんじゃ、先代の一人娘でぇ政吉の幼馴染の信子さんがよ、竜の暴走事故で亡くのうてしもうてからはのぉ、関係が悪ぅなって──」
「な! なにそれ?」
「あかん、わしゃ、喋り過ぎてしもうたわぁ」
遠くから二人の様子をながめていると、突然、政吉がモスグリーンの髪の精霊を突き飛ばしたのだった。
「なにっ!? いまあいつ精霊を突き飛ばしたぞっ! おい、あれ、止めなあかんのんちゃうかっ! 団長さん! あの野郎、精霊に、てか女性に手あげよってからにぃ!」
「あんのぉ馬鹿たれがぁ! なにさらしちょー、ま、政吉! 政吉ぃ!」
団長が大声で叫ぶ。
こちら側に振り向く政吉が、その驚きの表情とともに、なんと突然森に向かって走り出したのだった。さも逃げるように。
「あ! 政吉ぃ!」
「なんやねんあいつ!?」
俺はすぐさま、モスグリーンの髪の精霊ちゃんに駆け寄ったのだった。
「おい、あんたぁ、どないしたんや?」
こちらをキッと鋭くも美しい目で睨む彼女。
「くっ」
立ち上がり、凛と向き直る精霊。
「お、お前はあの時の、変態──、なぜこんなところに!? まさか、貴様が都からきた役人だというのか!?」
「あ! いやぁー、その、なんやぁー(やべぇ)、あれはその、えー、その節は、えーっと、えらいところで出くわしてもうて、その、ま、そうゆうことでひとつ、えへへ」
「き、きさまぁが──」
「ま、まってまって、アレは事故というか、ちょっとした日光浴というか健康法というか、そう裸健康法ってゆうてね、ダイエット効果がある医学的な運動なんよ、その最中に出くわしてんやな、そんでや、俺は、下心とかエロ心とかは無いんやでぇ、誤解やで、マジで」
思わず訳の分からない言い訳をする俺っち。しゃーないやん、毎度毎度、突然出くわすんやし。
「健康法だと? ──、そうか、わかった」
え、わかったん? マジで?
「うん、そうそう、誤解やで誤解、変態やないんやでぇ、裸健康法なんよ。ダイエット中でしてねぇ」
俺得意の嘘八百、その場しのぎの言い訳が決まった。修羅場のファンタジスタと呼ばれたこの俺、伊達じゃない。
「ならば、貴様が調停役か。──改めて、私はこの東の古代樹の森の精霊、竜古神の巫女、ティアマトだ」
「あ、えっ、俺は、都の役人でぇ、えっと、奇跡のメタボこと、えーっと──」
やべぇ、ここでなんと名乗るべきか!? 本名を名乗るべき? いやでも、異世界やから別にかまへんか? いやしかし真名を知られると、精霊の言霊系の魔術に影響せんともかぎらんしぃ──、
「えーっと、俺は、──種出枕頭火と申しますっ!」
やべぇ、酷すぎる偽名。──種出枕頭火。
咄嗟に出たのがコレだった。魂の師匠、種田山頭火にあやかりたいと思う気持ちが、アホな方向に結実してしまった。
「枕頭火か、変わった名だな。此度の話し合い、よろしく頼む」
スッと右手を出し、紳士的に握手を求めてくるモスグリーンの髪の精霊、ティアマトちゃん。
「おっ、おうよっ! 微力ながら小生が、誰もが納得する形でもって、キッチリとこの村の問題の調停に当たらせてもらいますさかい! よろしゅう頼んます」
と、一応役人らしく丁寧に頭を下げて見せた。
あかん、こんな凛とした知的美人の精霊ちゃんを前にすると、絶対に鼻の下が伸びとるでぇ、俺っち。
いやしかし、ヒドイ偽名にしてもうたぁー、あかんわぁー、まだ雪見福太郎とかメタボマルオとか、そんな偽名でよかったかも。前もって考えておくべきやったわ。て、これも酷いか。
「お、おい! ちょい、お客人よぉ!」
と、一連のやり取りを見ていた団長が、おもむろに俺を引き寄せ耳元でささやく。
「お客人よぉ、たのんますでぇ、村民集会は今朝の打ち合わせ通り、精霊は立ち退きの方向でのぉ、そんで竜古神は捕獲して都に持って帰るっちゅう話やろがぁ? そもそも都側からの提案でっしゃろ? 都は竜の霊力が欲しい、村は竜のいない森が欲しい、ウィンウィンじゃけぇ、じゃからぁこれで手打ちと。くれぐれものぉ、精霊は立ち退き! 打ち合わせ通り頼んますでぇ。あれが美人やゆーて、鼻の下伸ばしよってぇ肩入れせんといてつかーさいやぁ」
「そっ、わっ、わこてるがなて」
ったく、都と村の裏取引とか、そんなん知らんがなっ! と言いたいところだが、状況的にこうなってしまったら、後には引けんし、今は口裏合わせとかんといかんし、困ったもんやでぇ。こんなカワエエ精霊ちゃんを騙すのなんて、俺には、俺っちには出来へんっ! てぇー、せやけど、どうすればええかも思いつかんし、ほんまどないしょ? まじヤバいでぇ、やばたにえんやでぇ、しかしぃっ!
ほんまエライごたごたに首ツッコんでしまったわぁー。なんでこうなるかなぁ、──てか、ただエエ感じのガッツリ系美味いメシ食いたかっただけやねんけど、──こうなったら全部ぶちまけて、嘘でしたぁーって言うか? ドッキリ大成功のプレート看板掲げて、タッタラァー♪ ってやるか?! てか、今更それキツイかぁー。
どうしようもないわたしが歩いてゐる
俺の脳裏に、魂の師匠、種田山頭火の一句が浮かんだ。
ほんま、どうしようもない。どうしようもない状況もそうだが、俺自身、どうしようもなく不甲斐ない。ホンマに、この俺に出来ることは無いのだろうか──。
と懊悩しつつ、俺は手を差し出し精霊ちゃんと握手した。
彼女の手をムギュッと握る。
おおおうぅっ! なんと柔らかくしなやかですべすべ、これぞ白魚のようなお手手。あぁ、手を握るだけで恍惚──、これこそが精霊ちゃんやわぁっ!
ま、お約束だが、この刹那、俺の股間の相棒17センチのジョニーの奴が、ビクンッと大きく跳ねたのは、まぁ言うまでもないだろう。