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エピソード1「最後の竜姫」その一

 

 逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 

             人をも身をも 恨みざらまし       


 これはご存じ小倉百人一首の中の一首、平安中期の公家で歌人、藤原朝忠の歌である。


 あの人と関係をもちさえしなければ、或は、男女関係そのものがこの世に無ければ、つれない女性の態度にも、それに悲観する己の無様さにも恨めしく思うことはないのに。という恋心の歌である


 なるほど、男女間の恋のモヤモヤは太古の昔から同じである。


 しかし、この朝忠の鬱々たる非モテ男のネガティブさよ。()()()()()()、のところ、相手に対するヤキモキもさることながら、我身の無様さも嘆いている。だが、その気持ち俺にもよくわかるぜ。

 

 己の無様な姿、おデブちゃんで、まるで程よくとけた雪見大福のようにぽよぽよな太鼓腹。そして今は「クマのプー」よろしく真っ赤なピチピチポロシャツ一枚だけのフルチンの風体。記念すべき第一発見村人にして、運命をも感じずにはいられない、このうえない美しき乙女にピューっと逃げられる始末。


 あぁ、恨みざらまし。

 

 この歌のように俺は、あのモスグリーンの髪の精霊との邂逅を後悔しているのだった。

 

 絶対に印象は悪い。てか、完全に変態と思われているだろう。てか、間違ってはないんだけど。でも、折角の異世界ファーストコンタクトでやらかしてしまったのだ。もうダメだ、もうこの世界のお天道様に顔向けできない。おいそれと出歩けない。

 だが、問題は嘆くだけでは済まないのだ。いくら恥ずかしい或は第一印象変態だからといって、俺のメタボな腹の虫はおさまらない。いや違う意味で。そう、空気と水と太陽だけでも生きていけるロボ子──いわゆる人工光合成のようなもの、実は俺も最近知った彼女の秘密の一つ──と違って俺は単なる生身の人間、時間も空間も超越した異世界間旅行をしているからといっても、腹時計だけは正確に時を刻み、空腹アラームをぐうぐうと鳴らすのだ。


「あぁーっ! 腹減ったっ! ロボ子、なんか食うもん無いんかぁっ!」

「うぅぅ、ごめんなさいですぅ、その、取り急ぎの旅立ちでしたので、何もないですぅ。この列車にも、救急メディカルボックスがあるだけで、何もないですぅ。うぅぅ──」

「お前は最悪なんも食わんでもええかもしれんけどやな、俺はメシを食わなあかんねやっ! 俺にとってメシは三度の自慰と同じぐらい大事なんやっ! 俺のこのスーパーメタボボディを維持するためには──あっ! てゆーかっ! お前っ! アレがあるやろっ! アレっ! 得意のアレっ! 緊急時非常食、出してくれやっ!」

 そうやそうや。彼女のもう一つの秘密、てか究極の秘密機能、緊急時非常食。

「いっ、イヤですぅっ!! うぅぅ、それだけは絶対に、イヤですうっ!!! うぅぅっ!」

 即答かよっ!

「ったく──。てか、まぁ、そやねぇ、だよなぁ──」

 まぁ、なぁ。ですよなぁ。そう、無理もない。やっぱそれは無理と分かりつつ、でもついそう言ってみたくなる俺っちの、悪ガキが好きな女子をイジメたくなる根性のいけないところ。

 

 パッと見、()()()()()()なロボ子が、何故! いつもクラスの一番後ろの窓際の席に座って休憩時間も誰とも話さず俯きながら黙々と本でも読んでるか寝たふりしてるかの、いわゆる鬱々な青春を送って、身近な親戚とかの男の子はおろか、男全般、特に初対面の人、更にはちょっと自分と空気感の違うイケイケ風お洒落なクラスの中心的一軍女子達や、スクールカースト上位のリア充女子達、パリピな連中なんかとは絶対にまともにじゃべれず、ガチなコミュ障を発揮するのか! そしてそれは今でも! そんなまさにネクラ女子、陰キャラ女子、3軍女子として辛酸を舐め、()()()()()()の通り名を欲しいままにしたのかっ?! 自律神経もっていかれ気味の挙動、メンヘラちゃんと一歩退かれる日々。そうっ! それもこれも、彼女の自己嫌悪気質と低すぎる自己肯定感を内包した性格ゆえ! そしてその所以たるトラウマが、まさに()()にああるからなのだ。己の究極の傀儡ボディに備わっている、己が嫌いになる忌むべき超特殊秘密機能。

 

 なんてぇー、長々と語ってしまったが、ま、その特殊機能について詳しくは語られへんねんけども、とにかくだ! 彼女の緊急時非常食には頼れない。ほんまそこはあたり前田のクラッカーなんやけど。

 

 だがどうする、この状況。俺自慢のぽよぽよ雪見大福の太鼓腹が凹んでまうで。

 ちなみに、ロボ子の学生当時の様子は全て俺の妄想やけど(てか人工的に生み出されたロボな傀儡精霊に学生時代があったかどうかも知らんけど)、せやけど、この娘の雰囲気からして、絶対に当たらずとも遠からずだと俺は勝手に確信している。


「ロボ子よ、もうしゃーない、もういっぺん次元時空間跳躍して別世界にいこか。折角ええ感じのところやったけど、ちょっとアレやし。俺、腹減ったし、なんか飯食えるところに跳んでや」

「うぅぅ、その、それも、だめですぅ」

「なんでやねんっ」

「うぅぅ、その、一度次元跳躍をしますと、次跳躍に必要なエネルギーをチャージするのに、最低でも一週間はかかるんですぅ。その、私のエネルギ―もジリ貧なんですぅ。うぅぅ、ごめんなさいですぅ」

「なんやねんっ、それ! バッテリー切れかっ、バッテリーかっ! てかお前はスマホかっ! てか、今日日スマホでも小一時間で充電満タンになるわっ!」

「うぅぅ、ごめんなさいですぅ、うぅぅ」

「いや、ロボ子はなんも悪くない」

 なんて散々貶しておいて言う俺。だって、ロボ子ちゃんがいじらしすぎるからやんっ。

「はぁ、さよかいな。てか、かなんなぁ。さて、どうしたもんか、俺の空腹」

 

 そうそう、もひとつちなみにだが、藤原朝忠も大食漢で有名であり、かなりの肥満だったらしい。いやはや、何かしら親近感の沸く歌人である。


 それはさておき、俺はとりあえずロボ子にパンツを作ってもらうことにしたのだった。

 結局外をうろついて食いもん探すにしても、フルチンのままじゃまずかろうと。


 真っ赤なピチピチポロシャツを使って、赤パンを縫ってもらおうやんけぇー。


 ロボ子がいつも携帯しているというか、彼女の体を囲むように浮遊している金属製っぽい物体、大小様々、形も様々な歯車のようなものが複雑に組み合わさった形状の謎ユニットを、家庭用ミシンに変形させて──実はこれが武器にも、その他便利グッズにでもなんにでも変形する、まさに謎ユニット。ロボ子が唯一ロボっぽいと思わせるところ──、裁縫を始めたのだった。

 てゆーか、謎ユニットみたいなトンデモナイオーバーテクノロジーがあるんやったら、いちいちミシンで縫わんでもパッとパンツに変えられるとか、出来んのか? それとも俺にわざわざ家庭的な一面を見せつけんとばかりにやっとんのか、ロボ子ちゃんてば。

 

 などと考えつつも──、

「ローボー子ぉー、まだぁー? ウエストはゆったり目にしてやぁ、あと、股間もゆったり目にせな、俺の相棒が窮屈にしよるからなぁ、おっきした時の相棒のサイズ計っとかなあかんのんちゃう? 計るぅ? てか、ロボ子ちゃんがおっきさせてくれんとあかんねんけどぉー」

 なんてチャチャを入れる。

「うぅぅ、うっさいキモ豚マスタぁ―、そんなの見せつけないで、締まっといてくださいですぅっ、うぅぅ」

 と、小声で毒のきいた返答をするロボ子ちゃん。今俺真っ裸やのにどこにしまうねんっ。

「なんやつれないなぁ。17センチの相棒ジョニーがさみしがっとるでぇ」

「うぅぅ、うっさいですぅ、ド変態キモ豚マスタぁー、そういう狂ったこと言うのは勝手ですが、わたしの手元が狂うのですぅっ」

「上手いこというなぁじぶん」てか、相変わらず下ネタに対しては手厳しい。

 などと、新婚夫婦さながらにイチャイチャトークを楽しむ。セクハラやないでぇ、俺らは愛し合ってるんやでぇ──、という独善的な考え方がセクハラの根本原因か!? まさか。

「てか、ロボ子も服作り直したらどうや? その緑色セーラー服姿でええんか?」

「うぅぅ、もうここは異世界ですから、別に構わないです。ド変態キモ豚マスタぁー御推奨のコスプレ衣装であろうと、精霊の正装であろうと、この世界の人々にとっては初めて見るものでしょうから」


  あ、そういえば、俺が何故「クマのプーさん」スタイルで、ロボ子が緑色セーラー服姿なのか、説明していなかったので簡潔に言っておこう。ま、要するにこれはコスプレなのだが、異世界に次元跳躍する前は、俺とロボ子は無人島の南国リゾートでバカンスを楽しんでいたのだった。そこは、ま、いわゆるヌーディストビーチでもあったので、つまりは丸出しもOKであり、だからちょっと気の利いたコスプレを二人でしようと。で、俺はお茶目に「クマのプーさん」コスをしたというわけである。てか、そもそも、その精霊の国が元々全国的にヌーディストビーチのようなオープンな世界であり、俺のように生まれたままの姿で自然との調和を重んじるおっさん(露出癖とも卑下されようとも)にとって、非常に優しい世界ではあったんだが。そんでロボ子には、俺の大好きなセーラー服姿になってもらったという訳である。もちろんセーラー服の下にはスタイリッシュな競泳水着を着てもらい、「パンツじゃないから恥ずかしくないもんっ」とスカートをたくし上げる定番のお戯れを絶対にやろうと、そうエロ画策していたのだったのだ。

 だがそんな折に! 難敵である超大型魔獣の強襲にあい、だがロボ子の奮闘と救援に来た他の精霊ちゃん達のおかげで辛くも難を逃れ、そんでまぁ色々ごちゃごちゃとあったんやけど、最終的には、俺が異世界に避難することになったということだ。

 

 なにもできない俺なばっかりに。


 なんて身の上話を語ると、少々湿っぽい気分になってしまい──、それを払拭しようと俺は、どうせかいた恥だし、旅の恥はかき捨てと開き直り、再び電車から飛び出してしまったのだった。

「あっ、国松ぅーさまのお通りだいっ! てかぁーっ」

「あぁっ、ま、マスタぁー! まだパンツできてないですぅっ! うぅぅ、もうキモ豚ぁっ!」

「ええねんもう、どうせかいた恥やし、どうせ俺は露出狂のおっさんですよぉ、ならみせつけちゃるっちゅーねんってぇ!」

「ちょっ、もうちょっとで出来ますからぁっ、うぅぅ、キモ豚マスタぁーっ」


 ロボ子の小声で控え目な罵声をよそに、再び街道に出て大手を振って歩こうとしたその刹那、パァープァ♪ パァープァ♪ パーパパプァパープァ♪ と滑稽で楽しげな、だがどことなく不穏な感じのする笛かラッパか何かの音が聞こえた、かと思うが早いか、何かが矢のようなスピードで俺の頬をかすめ、地面にスッと音もなく突き刺さった。──ように見えたんやけど。


「マスタァーっ!!」

 

 それと同時に、ロボ子のマジな叫びが俺の耳に突き刺さる。

 てゆーか、いつもオドオドのロボ子がマジな声色で叫ぶことの方が、なによりも一番俺を不安にさせるんですけど、脅かすなよロボ子ちゃんて。


 何かが突き刺さったであろう地面を見てみると、そこには何もなかった。その代わりに、地面がごっそりと無くなっていた。つまりぽっかりと丸い半球状の穴が開いていたのだ。

 

「なっ?! なんやこれ?」

 丸い穴を覗き込んでいると、背後から嫌に甲高い声が聞こえた。

「おやおや、これはこれは失礼。てっきり野生の豚かと」  

 振り向いたその先には、道化のようにカラフルな衣装を身に纏った奇妙な小男が立っていた。手にはコルネット? のような小さな管楽器? のようなものを持っている。

「なっ、なんやあんた?」

 あっ、ヤベっ、第二村人発見やのに、愛想よくせな。てゆーか、なんやコイツ、道化師化か? 旅一座でも来とんのか? てか、俺に向かって飛び道具をっ?! てゆーかっ!! 野生の豚だとぉっ!

 っと、心の中でモヤモヤしていると、

「マ、マスタァァーっ!」

 と再び叫びながらロボ子の奴が、俺の背後から大きな赤パンを広げ、下半身を、股間の相棒17センチのジョニーを隠したのだった。やべぇっ!! またしても俺ってばフルチンもろ出し。てゆーか全裸っ!!

「おやおやぁ、うら若い娘、ほうほう、そうかそうか、これは、あなた()()()()()()()かな。これは失敬失敬」

 なっ! こいつ無駄に物分かり良い、てゆーか、ま、こうなりゃ、ここは一発かましとかなあかんな。

「オイッ! あんた、あぶねぇーじぇねぇかっ! なんや訳の分からんもん飛んできて、俺の顔かすめたんやでぇっ!!」

 とややヒリヒリする頬を触ると、血ではなく、白い粉のようなものが手に付いた。あれ? この粉なんや? え? 垢?

「うぅぅ、マスタぁーソレはっ! まさか──」

 とロボ子が何かを言おうとしたその時、今度はそのカラフルな衣装の道化男の更に背後から、やたらと低いドスの効いた声が響いた。道化師の小男がカストラートまがいの似非ボーイ・ソプラノなら、こちらは酒焼けオヤジのやさぐれバスといったところか。

「どうした? なんだそいつらは?」

 茂みをかき分け現れたのは、首から下に熊の着ぐるみのような物を着た男だった。両手にはシンバル? のような物を握っていた。

 てかっ、なんだこいつ。着ぐるみか? それとも全身毛むくじゃらなのか?! 意味不明すぎるっ! 

 頭はポマードたっぷりきっちりとオールバックに決めた伊達男風。細く伸ばしたカイゼル風の髭がイヤらしい。


「なっ!? なんやねん、オイオイ、次から次へと奇人変人祭りかっ?!」

「ふん、全裸の変態と小娘だと、なんだお前らは」

「てゆーか、おまえらこそなんやねん?」てか、こいつ変態って言ったな。

「これはあきらかに、土地の者ではなさそうですねぇ」 

 ま、しかしまてまて、こいつらがどんなに怪しい奴等だろうと、この世界の人間やし、ここで事を荒立てると余計にまずいだろう。なにせついさっきモスグリーンの髪の精霊ちゃんに逃げられたとこやし、ここは穏便に済ませて、そんで村にでも案内してもらって、そんで飯でも食わせてもらわんと──、

 と、俺は──、

「いやいやいや、こりゃすんませんなぁ、ま、ちょっと日光浴でもってね、で、俺たちは怪しいもんやないんやて、旅の途中で道に迷ってしまってやな──」

「なんだと? 全裸の貴様、どこから来た? 貴族でもなさそうなのに旅だとぉ!」

「い、いや、せやから、その、き、北の、あれや、都っぽいところかなぁ、なんて──」

「帝都だと?」

「いや、その、俺らは──」

 やべぇ、こいつかなり不信感をもってやがる。ま、そりゃ、俺フルチンやし。てか、こいつらもそんな珍妙な恰好しやがって、こっちの方が不信感だらけやっちゅーねんっ!

 と、返答に窮していると──、

「うぅぅ、わっ、わた、わたしたちは怪しい者はぁ、ないんですぅっ、そ、その、だ、大事な旅の途中で、あ、あの、お、お腹がすいて、その、食べ物が欲しいんですぅ、その、うぅぅ──」

 初対面の、それも特に男性とはまったく話せないはずのロボ子が、声を震わせながら、俺の前に出て精一杯に訴えかけた。今までの鬱々とした自分を振り切らんばかりに。てかロボ子、俺を守るために必死に──、

 てゆーかっ、お前のその挙動不審な喋り、余計怪しまれるっちゅーねんっ!!

 と心でツッコミながらも、もう後には引けんっ!

「そうそうそう、俺らは怪しいもんちゃうねんて、そうそう、そんで腹が減ってしもてやな、この辺でガッツリ系のええ感じのランチ食える店あったら、教えてくれへんかなぁって? な、そやなぁロボ子ぉ」

 なんて調子を合わせる俺だが、道化師風の小男も着ぐるみの大男も、ロボ子のコミュ障全開決死の訴えかけで、黙りこくってしまった。

「ロボ子、お前の挙動不審な訴えが効いたんか?」

 と小声でロボ子に言う俺だが、ロボ子は小声で言った。

「うぅぅ、マスタぁー、これはきっとマズイですぅ、うぅぅ」

「え、マジで」

 黙りこくった男二人の目つきがみるみる険しくなり、不穏な色にギラつき始めた。

「なんかちょーやべぇ雰囲気──」

 大男が言った、

「オイッ! その娘、お前精霊だな、なぜこんなところに、それに全裸の変態、貴様、人間のくせして、何故精霊と共にいる。貴様何者だっ!」

 えぇぇぇ──。

 小男も言った、

「精霊の生き残りはこの地方に1人いると聞いていたんですけどねぇ、まさか2人いたということですかねぇ。なぜあなた、精霊とそんなに仲良くしてるんですかねぇ。この地方独特の風習? それとも奴隷商人? のようにも見えますけど、なんか違うんですよねぇ」

 その時、ロボ子が小声で言った。

「マスター、わたしの後ろに下がってください」

 えっ?!

 まさか、この異世界では人間と精霊がちょいと穏便ではない関係なのか? だからさっきのモスグリーンの髪の精霊ちゃんも──。

 ロボ子が例の浮遊謎ユニットを全面に展開し、するとガチャンガチャンと歯車が作動し始めた。いつも目を疑うのだが、いつの間にやらそれがみるみる一枚のフラットな鉄板状になったかと思うと、次にパラパラとまるで折り紙のように細かくかつ複雑に編み込まれ、素早く変形し、そしてソードとなった。

「ふんっ、ヤル気かこいつ、精霊ごときが、俺達ハンター、ザンパノ一座とやり合おうとってのかぁっ! あああっ!」

 着ぐるみ大男が吠える。てかザンパノ一座て、旅芸人か狩人かどっちやねんっ!

「おやおや。本来は太古の大龍の角を狩ることが目的でしたが、精霊も捕獲できればそれも良し、生死問わず高値で売れますからねぇ」

 道化の小男も唸る。

 こいつら! こりゃマジでやべぇやつだ。とはいえ、ハンターだかなんだか知らんけども、人間如きが万能の精霊ロボ子ちゃんに敵うはずはないねんけどねぇ。

 と楽観した俺だが、奴等の妙に鈍くギラつく眼を見ているうちに、少しの疑念が湧いてくるのであった。

 そう、東京砂漠でのサラリーマン時代、数多のアルバイトスタッフやら新入社員の入社面接及び業務面談をこなしてきた俺には分かる。異世界時代の精霊達や魔物も含め、多くの()を見てきた俺には分かるのだ。

 この二人、普通の人間の、いや普通以上の人間、たとえば場数をふんだ傭兵やら剣闘士やら、或はアサシンなど暗殺者、殺人鬼等のやさぐれた、いわゆる死んだ魚の目どころじゃない。そう、ただの人間じゃない。というか人間そのものではもはやない感じがする。なんだっ?! この妙なギラつき。魔物? でもないか、そして精霊でもない。何かが()()()()いる。

 

 そうこうと思案している暇もなく、戦闘は始まった。そう、緊急事態というのは余りにも唐突で、そして理不尽なのである。


 まず、着ぐるみの大男がその手に持つシンバルを、ひときわ大きく鳴らした。てかやっぱりシンバルだったんやぁーっ。

 

 響き渡る音。まさに陣触れの銅鑼のように。


「耳障りな、てか大袈裟な、ロボ子、一発かましたれっ!」

 とロボ子に向き直ったら!? 

 耳を塞ぎうずくまるロボ子ちゃん!!

 えぇぇぇっ!! どうしたんロボ子ちゃんてぇーっ!

「ま、マスタァー、耳を塞いでください、これは神経系を攻撃する音叉ですっ!」

 いや、てか、俺にはなんともないけど、まさか精霊にのみ効果のある攻撃なんかっ?!

 そこへ着ぐるみ大男が襲いかかり、右手のシンバルをフック気味に大きく振り、ロボ子ちゃんに切りつける。咄嗟になんとかソードで受けるロボ子。後はシンバルの無数の斬撃を受けきり、後方に跳躍して体勢を立て直す。

「ろ、ロボ子! 大丈夫かーっ!」

 俺の叫びも届かないうちに、道化の小男が「プップクプー」とコルネットを吹き──、刹那、ぴょんぴょんとその場で跳ねるように目に見えない()()()を躱すロボ子ちゃん。どうやらあのコルネットが吹き矢のように何かを放っているのだった。てゆーか、こいつらの動き、すでに人間のものでは──、人間の身体能力を遥かに超える精霊の、それも万能の傀儡精霊ロボ子のスピードに遅れをとっていない。何者だこいつらっ!

 再びシンバルが二度三度と鳴り響く。

 だが、キリッとソードを構え直し、襲いかかる着ぐるみ男のシンバルの斬撃を受けきるロボ子。

「もう大丈夫ですマスタァー、音を解析しました」

 ロボ子の剣技に押されてか、着ぐるみ男が少し距離をとる。

「チッ、このアマ!」

 今度はシンバルをブーメランのように投げる着ぐるみの大男。それに合わせて道化の小男もコルネットを「プッククプゥー」と吹きまくる。ジャンプ一番大きく後方に跳躍して、さらに距離をとったロボ子。今度はソードを掲げ、それがまたパラパラと変形し、なんと身の丈を越す大剣となった。幅も長さも厚さもロボ子自身の身体を軽く越す大剣。「それは剣というにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把──」って、ゆーてる暇ないわ。その大剣で投げられたシンバルを防ぎ、そこから素早く地面を這うように跳躍、一気に着ぐるみ男との距離を縮め、横一文字に切り込んだ。

 ズサァッっと剣風が唸る。

 なるほど、大剣で盾も兼ねるということか。大剣だろうがスビードが変わらないロボ子ちゃん。流石傀儡精霊。


 そこには戦闘に染まる銀髪の美少女がいた──。

 

 ロボ子の一閃をリンボーダンスのように躱した着ぐるみ大男、案外に柔軟?! そのまま起き上がり、その場で両手に持つシンバルの猛烈な斬撃をくり出す。大剣をリズミカルかつ器用に振り回し、近距離というハンデを全く感じさせない太刀筋で応戦するロボ子。そんなロボ子が着ぐるみの大男から素早く離れた。

 道化小男のコルネットの攻撃を避けたのだ。今度は道化小男が前に出て、吹きまくる。咄嗟に大剣を盾のように掲げるロボ子だが──、なんと大剣にポコポコと大きな穴が開いていく。まるで絵本「はらぺこあおむし」に食われたみたいに、まん丸に大きく。

 レーザーみたいなものなのか?! まるで丸く切り取られるように──、てか、謎ユニットそんなに切り取られて大丈夫なんかっ!? と俺が思うが早いか、今度はその穴ぼこだらけの大剣が四つに分離し、そしてまたパラパラとまた織り込むように変化したかと思うと、今度はロボ子の両手拳、そして両足の甲に装着された。

 その場でシャドーボクシングをくり出し、軽くウォームする。銀髪の美少女のファイティングポーズもさることながら、その高く上げられるハイキックのしなやかなおみ足がこれまた眩しい。うぉ、今度は格闘かっ! そんなセーラー服で格闘ってぇ、エロカッコよすぎるっちゅーねん。て、ちゃうちゃう、近接戦闘で、道化小男にも着ぐるみ大男にも飛び道具を使わせない作戦なんだな、ロボ子ちゃん! 

 

  今度はロボ子から積極的に着ぐるみ大男との距離を詰め、縦横無尽に打撃をくり出す。シンバルで防御する大男だが、押され気味に後ずさる。そら見たことかっ! お前ら序盤に出てくる悪役は咬ませ犬だってのは、相場が決まってるんだよっ! さっさとヤラレやがれっ! と嬉々と心で叫んだ俺だがその矢先、大男が無難にロボ子と距離をとった。

「チッ、この精霊、なかなかやりやがるじゃねぇか!」

「やれやれ、まったくですね。精霊というのは剣だの弓だの時代錯誤な古風な武器で戦うものとばかり考えておりましたが、こやつのこのエモノ、なんでしょう? コロコロと変化して、一体どういった仕組みなのでしょうねぇ。実に興味深い。これは是非手に入れねば」

「ああ、まったくだぜ」

 ザンパノ一座が不敵に笑う。

 なんなんだよこいつら──、

「ロボ子っ!」

 俺は咄嗟にロボ子に駆け寄った。

「大丈夫か? 遠慮はいらん、もう一気に仕留めちまって構わんて。こいつら、()()の人間やない。俺には分かる。てか、お前にもわかるやろ、手心を加える必要ないでぇ」

「イエス、マスター。しかし、この異世界に来て、まだ何も分らぬまま、その住人をあやめるなどということは、いかなる事情があろうとも慎むべきかと。後でどのような申し開きをしても済まされません。命の代償など、無いのですから」

「うぐっ、まぁ、せやけどもぉ」

 って、ロボ子ちゃん、戦闘モードだと、なんて雄弁なんやろか。

「どうにか穏便にことを収める方法を見出さなければ。それに、彼らも少し手加減をしているように感じます」

 えっ! マジで!? ロボ子ちゃん相手に?! うせやろ? 

「たしかに、俺らは戦いに来たわけちゃうし、異世界を友好的に旅して、ただ、ええ感じのガッツリ系のメシ食いたいだけなんやしな」

 とロボ子ともぐもぐタイムしていると、

「貴様ら! 何をごちゃごちゃと、もうお遊びはおしまいだ! まさか、こんな奴等に使うとは思わなかったがなぁ。やるぜっ!」と着ぐるみの大男。

「やれやれ、はいはい──」

 と道化の小男が前に出て、コルネットを吹き始める。

「マスタァー! 私の後ろにっ!」

 サッと構えるロボ子ちゃん。そして俺はどてどてとロボ子の後方の路傍の茂みに身を屈めた。

 パァーパラララァー♪ パァ―パラララァー♪

 とコルネットが、今度はなにやら心地よい音色で響き渡った。


 あれ?

 

 が、次の瞬間、遠くからパーンッ! という銃声のような音が鳴った。


 コルネットの音が止み、着ぐるみの大男と道化の小男がこちらも気にせず同時に間抜けに後に振り返った。

 彼らの後方の、真っ直ぐにのびる街道のその先をよく見ると、かなり大人数の人影がガヤガヤとこちらに向かって押し寄せて来るのが見えた。先頭の人物は、なにやら小銃のようなものを携えている。


「ふん、村人どもか! 邪魔くさい」

「やれやれ、流石にあの人数を消して無かったことにするのは無理ですねぇ」

 ぶつくさと言っている奴等。

「邪魔立てがはいった。全裸の変態と精霊! 勝負はおあずけだ」

「しかし、私どもは一度狙った獲物は絶対に逃しませんので。どこへ逃げようと無駄ですよ。ではでは、退散すると致しますか、しばしの休戦ということで、ではでは」

 などとほざきながら、ザンパノ一座と名乗る二人組はサッと跳んで、森の中に消えて行ったのだった。


「てかっ! なんやねんっ! あいつ等。気色わるっ! なにが勝負はおあずけだじゃっ! ロボ子、もうこんな異世界さっさとおさらばしようぜ、キモすぎやわ」

「はぃ。うぅぅ──」

 強気の口調で奴等を罵倒した俺だが、ふぅーと胸を撫で下ろした。万能精霊たるロボ子がいるとはいえ、奴等が脅威であったことは確かだ。悔しいが、退散してくれて、助かったと感じた。


「しかし、なんや大勢押し寄せて来よるけど、村人とかいっとったな。大丈夫やろか? また囲まれて怪しまれて、ボコられるとか、ないやろか?」

「うぅぅ、マスタぁー、まずはパンツを穿いてくださいですぅ。うぅぅ──」

「あっ! せやせや、やばいやばい。またフルチンでの邂逅となるとこやったわ。しかし、普通の人間の村人やったら、話せばわかるかなぁ、さっきのザンパノ一座みたいにわけわからん奴等と同族やったら、どうしよ? あぁ、ええ感じのガッツリ系のメシ食わせてくれるかなぁ」

「うぅぅ、分からないですぅ。でも、次はマスタぁー、ちゃんと丁寧に挨拶してくださいですぅ」

「なっ! てか、ロボ子、お前のそのコミュ障全開の挨拶の方が問題やろ?」

「うぅぅ、ヒドイですぅ、マスタぁー」

「ウソウソ。ロボ子はそれでええんやでぇ。ここは俺に任せんしゃいて。異世界だろうがなんだろうが、俺が東京砂漠でリーマン時代に培った社会人としてのスマートな社交術、見せたるでぇ」

「あなたがいればぁ♪ あぁ俯かないでぇ♪ 歩いて行けぇるぅ♪ この東京砂漠ぅ♪ てかぁ」

 

 しかし、次から次へと状況が押し寄せて来る。本当に大丈夫だろうか。この世界の人間と精霊の関係が些か気にはなる。いつもは守られっぱなしだが、ここは俺がきっちりと守ってやらねば。ロボ子を。命に代えてでも。というのは言い過ぎか。いや、でもそれぐらいの気概でもって望む覚悟であった。


 夢かとぞ わびては思ふ たまさかに

           問ふ人あれや 又やさむると 


 再び、藤原朝忠の歌が頭によぎった俺だった。


 これは夢ではないかと、嘆き詫びては思う。問いかけてくれる人はいないのか、もう目覚めたかと。という歌である。

 

 まさに悪夢ではなかろうか、この展開──。

 

 で、これは余談ではあるが、セーラー服姿で時折パンチラならぬ、「パンツじゃないから恥ずかしくないもんっ」とばかりに競泳水着をチラチラと見せつつも、奇妙な男どもと豪快に戦うロボ子ちゃんの華麗な姿を目の当りにして、俺の股間の相棒17センチのジョニーの奴が、不謹慎にもビクンッビクンッと反応しやがったのは、ま、言うまでもないだろう。


 

 あとがき


 「あなたがいればぁ♪ あぁ俯かないでぇ♪ 歩いて行けぇるぅ♪ この東京砂漠ぅ♪」

 これは昭和の大ヒット曲、内山田洋とクールファイブの「東京砂漠」ですね。昭和はほんとに良い曲が多いです。CMに使われていたこともあり、どれほど繰り返し聴いたか、見当もつかない程です。完全に心に沁みついてしまった曲の一つです。

 女性視点の歌詞でありながら、その情熱的なメロディもあいまって、前川清氏の男っぽいボーカルが絶妙にマッチした名曲。大都会東京を思う時、口ずさまずにはいられないものがあります。

 昭和の時代というのは、女性視点の歌詞を男性が歌うというのがよくありましたね。

 狩人の「あずさ二号」とかもそうですね。

 歌詞、メロディ、歌唱が一体となって一つの世界を作り出し、聞いているだけで、その世界にグイグイ引き込まれてしまう、そんな歌が数多くあったように思います。

 最近では──、

 西野カナさんが、そういう世界を作るのが、一番上手いように思います。女のコの心情を、時に軽やかに、時に熱く、グイグイ引き込まれる良い曲が多いですよね。

 「トリセツ」などはもはや平成の、女性版関白宣言といってもいいかも。

 

 この物語の主人公、マスターこと、うわぁーな男も歌謡曲が大好きなので、今後もちょいちょいと、色んな歌を唐突に歌い出すと思います。ご容赦の程を。


 







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