エピソード1「最後の竜姫」プロローグ
主人公──とある男、通称「マスター」。ある時、突然に異世界「精霊の国」に救世主として召喚された男。年齢不詳、東京在住だったが時折関西弁を話す。言動や趣向からアラフォーのおっさんと推測される。
「精霊の国」は豊かな自然に恵まれた美しいメルヘンチックな国。愛と平和の理想郷だったが、突如現れた魔物によりその平和が脅かされていた──、というベタな異世界。そこへ男は、一応救世主として召喚されたのだが、本人は基本的になにもできない。魔法や剣術はおろか知恵もない、単なる元中年サラリーマン。健康診断のたびに再検診を通告され、HDLおよびLDL値の標準値オーバー常習者。メタボ判定に悩むお年頃。問診時に「よく生きていられる」と医者を驚かせたこともある。同僚曰く「奇跡のメタボ」。そんな男が異世界から求められた最たる理由は、その精神力。その精神エネルギーたるマナ(≒あるいはリビドーかもしれない)を精霊達に供給するのが主な役目。このおっさんからもらう強力なマナ(≒リビドー)により、精霊達は無類の魔力を獲得して、邪悪な魔物どもをバッタバッタと倒すのだった。
ヒロイン──主人公が召喚された「精霊の国」の精霊の一人。通称「ロボ子」(主人公のみにそう呼ばれている)。傀儡の精霊という。一応本編のヒロイン、あるいは付き人、旅のお供。見た目は麗しの乙女「銀髪の美少女」だが、傀儡というだけあり、生身の精霊とは異なる。「精霊の国」の失われた超古代オーバーテクノロジーと精霊の魔術によって生み出された魂の宿る人形、或はアンドロイドまたはロボット。だが、外見上は生身の乙女としか思えない。年齢不詳。
「精霊の国」の戦況悪化に伴い、主人公こと己が「マスター」の身の安全のため、自身の持つ特殊能力、「次元時空間跳躍」を用いて異世界から異世界へと二人で旅をすることになる。
いつ終わるとも知れない「精霊の国」の戦い。その終焉まで、主人公こと「マスター」とそのお供、傀儡の精霊「ロボ子」の異次元異世界放浪は続くのか──。
これは、異世界に召喚された男と精霊の少女との放浪記である
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
俺はつぶやいた。
そう、これは余りにも有名な冒頭、文豪川端康成の小説「雪国」である。
こんなことをつぶやくなんて俺らしくもない。が、それ故に全てが俺らしくない状況だったのだろう。
だが、長いトンネルを抜けたのは確かだった。
俺はちっこい電車に乗っていた。路面電車、或は渋谷のハチ公前広場に鎮座するアレ──観光案内所として再利用されている廃車の車両、通称「アオガエル」と呼ばれる小さな電車──にそっくりな1両編成のやつだ。
どれほどの時間をこの電車の中ですごしたのか。次元、時空間を越える旅だけに、時間の概念なんて今はどこにもないのかもしれない。
なぜこんな電車に乗って──、時空間? などと不思議に思うかもしれないが、それを切々と詳細に説明するのはちとばかし骨が折れる。
結論からいうと、有り体には、俺は異世界へ召喚され、そしてまた異世界へと旅に出ていた。
傀儡の精霊、銀髪の美少女こと通称「ロボ子」と共に。
さきほどは「雪国」の冒頭をつぶやいた俺だが、実は、長いトンネルというか乳白色の霧の空間から抜けたその先は、青かった。眩いばかりの陽射し、晴れやかで心洗われるようなすっきりとした青空。無性に俺の少年心──幾つになっても忘れない俺の悪ガキ心──をワクワクさせる、まるで屋久島苔むす森に棲むとされるシシ神でもいそうな、緑の深い森が広がる、まさに手つかずの大自然といった絶景であった。ちなみに、屋久島には行ったことないけど。
「おいロボ子、ここはどこだ? てか、異世界なのか? それとも精霊の国のどこかなのか?」
「うぅぅ、それは、その、異世界には違いありません、その、あの──」
「そうかぁ、やっぱり異世界に旅立ってしまってんやな、俺らは。ま、あのまま屋敷に避難したところで、超魔が襲ってくるのは時間の問題やったやろうし、こうなることは仕方なしやな」
「うぅぅ、マスタぁー、ごめんなさいです。騙すつもりでは、その、あの、うぅぅ──」
「いやいやいや、ロボ子はなんも悪くないて。緊急事態やったし、いやむしろロボ子のおかげで安全な所に避難できたわけやし、よくやったよ。ロボ子は。俺の確実なる安全が最優先やったんやろ」
「うぅぅ、でも、精霊のみんなと離れ離れに、その──」
「まぁ、確かにせやなぁ──、余りにも唐突なお別れ、いや、でもあれや、別に永遠のお別れやないやろ。状況が好転すればすぐ戻れるやろ?」
といいつつ俺は、膠着状態の続く精霊の国の戦況と、敵である魔物どもが、精霊の魔力の源が俺自身であるという秘密を嗅ぎつけた事実も踏まえ、果たして本当に国に戻れるのか? 玉虫色の気持ちが心を覆った。
「ちなみに、ここはどこなんや? てか、なんかええ感じのところやん。めちゃ平和そうや」
電車は、青々とした森の中を貫くように走る街道に沿って進み、そして静かに停止した。
窓を開けると、肥沃な大地と瑞々しい木々の葉やら花の甘い蜜やらの入り混じる、いわゆる自然の森の香りが、ふわっと車内に吹き込んできた。なんだか懐かしい香りだ。そして、心地よい鳥のさえずり。
「なんかめちゃめちゃ良さそうなところやんけぇー。ちょっと降りてみるか?」
「うぅぅ、マスタぁー、でも、ここは異世界ですし、どんな魔物が飛び出すかもわかりませんし、その、あの──」
「魔物て、こんなええ感じの森にか? ったくロボ子、お前のその鬱々なネガティブシンキング、悪い癖いやでぇ、ほんま鬱々の美少女やなぁ」
「鬱々なんかじゃないですぅ、うぅぅ──」
「ま、この異世界召喚先輩の俺にまかせんしゃいて。ロボ子は異世界に来るの生まれて初めてやろうけどやな、異世界経験者の俺には分かるんやてぇ。臭うでぇ、ここはめっちゃええところやでぇ。そんで、ぜってー美女に出逢うわ、これ。絶対やて、プンプン臭うで、この感じ、さあ、異世界に一歩踏み出してみようやんけぇー」
と言って、俺は電車のドアを開いた。
一歩踏み出し、地面に降り立った時のジャリっという音に、この街道は砂利を敷き詰めそこそこ丁寧に整備されたものであることが分かった。
「そもそもこんな街道があるってことは、人が生活してるってことやし、近くに街でもあるんちゃうかな?」
「うぅぅ、他所から来た者に友好的な人々であればよいのですが、うぅぅ──」
「ほらまた出たでぇ、そのネガティブ発想、鬱々の美少女はこれやからぁ──」
と言って、俺は「あるっこー♪ あるっこー♪ わたしぃはぁ♪ 元気ぃ♪ 歩くのぉ大好きぃ♪ どんどんゆっこおぉー♪」と軽快に映画「となりのトトロ」オープニングテーマ「さんぽ」を声高らかに歌いながら、大手を振って街道を歩き始めた。さぁ、これから心温まる夢物語が始まるでぇ、と言わんばかりに。
「あっ、ま、マスタぁー、あ、あのっ! そのぉーっ! うぅぅ──」
相変わらずおどおどするロボ子を尻目に、俺は颯爽と進んだ。
てか、万能の傀儡精霊のくせに、なんでそんなおどおどやねんロボ子ちゃんてば。初異世界で警戒しとんのか。初対面の人と話す時そのまんまの挙動やんけ。ま、そんなところもカワエエんやけど、ここは俺がビッしと決めとかんといかんな。
「さぁーって、第一村人発見! となるかいなぁー、なんてぇー」
と暢気に俺自慢の腹、雪見大福の太鼓腹をゆっさゆっさと揺らしながら歩いていると、約30メートル程前方の路傍に何かが横たわっていた。
おっ! な? え? 野生動物がこんなとこで寝てんの? いや、あれ、鹿? まさか死骸か? てゆーか、いきなり動物の死骸に出くわすとか、これ、幸先悪いなぁ。
「おーい、ロボ子ぉっ! なんかあんでぇ! なんか鹿か猪か、動物の死骸みたいなんあんでぇっ!!」
と俺は振り向き叫んだ。
ロボ子の奴はちょろっと電車のドアから顔を出し、こちらを恐る恐る見つめている。てゆーかお前! 俺の警護係やろ! なにしとんねん! ボディガード兼コケティッシュ・メイド兼ツンデレ恋人兼ラブリー妹やろがぁっ! そんなところで眺めて、まるで俺が斥候みたいやんけぇーっ!!
そうこうしているうちに、その路傍に横たわる何かが目前に迫り──、
あっ! これは、てか、これ人やんけぇーっ! 人が倒れとるぅーっ!! てゆーか女性!? マジで?
俺は駆け寄った。
うつぶせに倒れているその者は、さらりと風にそよぐモスグリーンのロングヘアー、ノースリーブのチュニックのような、どことなく法衣を思わせる衣装を身に纏っていた。そのカーキ色の衣装に施された美しい刺繍の紋様や、燕尾服のように裾が長く伸びる優雅なデザインから、聖職者、或は領主や王族のような高貴な身分の人であるように思えた。そして、袖口から伸びる白い腕や華奢な肩、破れたスカートがはだけ露わになったしなやかなおみ足、俺の心の奥底のリビドーの泉にピクンと波紋が広がる。間違いなく女性であった。
俺は外傷がないか注意深く確認し、ゆっくりと仰向けに起こした。
はらりと艶やかな髪が揺れ、顔が露わになる──。白く透き通るような美しい肌、スッと伸びる鼻筋、均整のとれた面立ち、一目で魅了されてしまう神秘的? いや、蠱惑的な美しさがあった。
「うぉっ!! これはぁーっ!!」俺の背筋にビリッと興奮と動揺が入り混じる冷たいものが走り、胸が高鳴った。
あろうことか、俺はしばしその姿に滔々と見蕩れてしまったのだが──、すぐにハッと我に返った。そう、見蕩れている場合ではない、だが、それだからこそ蠱惑を助長したのか、つまりは彼女が頭や鼻から血を流していたのだった──。
「おいおいおいっ! 大丈夫かあんたぁ!!」
俺はゆっくりと彼女を抱き起し、脈をとり、呼吸を確かめた。医学的知識なんて全くない俺だが、生きていることだけは分かった。
「おいっ、あんたっ! おいおいおいっ! 聞こえますかぁー! き、こ、え、ますかぁー!」
昔観たドキュメンタリー番組「密着救急隊員24時」を思い出しながら俺は、ゆっくり優しく彼女の頬をポンポンと叩いた。よく見ると腕のあちこちに擦り傷やら裂傷があり、膝も擦りむいていた。
いやいやいや、なんちゅー酷い有様や。お嬢ちゃん、山賊だか強盗だかに襲われ乱暴されたんかいなっ!? こんなカワイ子ちゃんになんちゅー酷いことすんねんっ! てか、第一村人でホンマに美女に出逢っとるけど、これって──、せやっ!!
俺は彼女を抱えながら振り向き叫んだ!
「おいロボ子ぉーっ!! おいッ!!」
その馬鹿でかい声に彼女が反応した。
「うぅ──」
と呻き、そして眉間に皺をよせた。
良かった、意識取り戻しそうやんけぇー、と思うが早いか、彼女は目を開けた。
輝く瞳──。
その瞳は、そう、淀みなく透き通る、まるで精神の奥底まで見通せるような深淵の透明度、ともすれば魂が吸い込まれそうになるその青い瞳は──、俺には分かる。そうだ、人を超越した聖なる存在、精霊の目だ。
「あっ、あんたは──」
というが早いか、その憂いの帯びた潤んだ目がたちまちにクワッと奈良の東大寺南大門金剛力士像のソレの様に激しく歪んだ。
「触るなぁーっ!!」
彼女は、女性とは思えぬ力で俺を吹っ飛ばし、サッと飛び跳ねるように立ち上がると、すかさずに無様に尻餅をつく俺から距離をとった。やはりな、流石精霊といったところか。俺の見立ては間違ってない。
「なっ!? なんやねんてぇ」
「貴様ぁっ!」
「いやいやいや、ちょちょちょっ! ちょっとまったりーなてぇっ!」
「うっ、汚らわしい、貴様ぁ、密漁ハンターかっ!」
「えっ? は、ハンターって? えっ、いや、ちゃうてぇ! アレや、なんちゅーか、俺はあんたを助けようとしてたんやでぇ、あんたが道で倒れとったから、せやから、せやでぇ、ほんまやでぇ、その──」
ここで俺は一つ咳払いをして、
「いや君、大変な怪我をしているじゃないか? 一体どうしたんだい?」
と、ここ一番の──優等生+イケメンの壁ドンテイストな──真顔で言った。
「見慣れぬ顔。村の人間ではないな。っく、この私を手籠めにしようとなどと、なんて下衆」
と、やや俺から顔を背け吐き捨てるように、呟くように言った彼女。なんかめっちゃ嫌悪されとんなぁ俺ってば。なに? この世界でおデブちゃんはそんな卑下される存在なんかいな。太ってて悪かったなぁ。これは立派な個性なんだよっ! といいたくなったが、グッと堪えた俺っち。えらい。
「いや、なにを、手籠めだなんて、そんな破廉恥な。僕は君を介抱しようとしてだな──」
と、丁寧に説明しようとしてるところに──、
「マッ、マスタぁーっ!!」
と後方からロボ子の声が聞こえた。
「ったく、ロボ子め、はよこんかいてっ!」
ま、しかし、こういう場合は相手も女性やし、ロボ子から話してもらった方がええやろ。
と安心したのも束の間、その彼女は「チッ」と舌打ちしたかどうか、そう聴こえた気もするが──、スパッと身軽にも森の中に飛び込み消えてしまった。まるで山猫だか豹だかのように、素早く華麗に。
「マスタぁーっ!!! だ、大丈夫ですか!?」
「もう、ロボ子ちゃんてば、遅いやんてぇ、てか、俺は大丈夫やけどな、めっちゃビューティホーな乙女が消えてもうたやんけぇ、折角の第一村人発見やってんでぇ、しかもあのコめちゃ怪我しとったし、盗賊かなんかに襲われたんかなぁ、治療せなあかんやろ、せっかくの美しい珠肌に傷残ってまうでぇ、心配やなぁ。怪我した子猫みたいに逃げてもうたわぁー、ほんま、せっかくの出会いやったのにぃ、もう、ロボ子ぉーっ!」
「うぅぅ、ごめんなさいですぅ、マスタぁー。でも、その、あの、マスタぁー、そのぉ、女の子ならそりゃ逃げちゃいますですぅ。そんな恰好をしていたら、その、うぅぅ──」
「えっ? なにがやねん? 俺自慢の雪見大福の腹があかんのかっ!」
「うぅぅ、そうじゃなくてですね、その、そのお腹のその下の、その──」
えっ?
「あがっ!」
「うぅぅ、キモ豚マスタぁーですぅ、うぅぅ──」
「やっべっ!!!」
いやいやいや、やべぇっ!! てゆーか、まじで、てゆーかっ! マジで俺ってばヤバくねぇ?!
有ろう事か、俺ってば、下半身すっぽんぽんのフルチンだったのを忘れてた──。
やべぇ──。てか最悪っ! てゆーか最悪の出逢いやろっ! あんな美しい乙女とっ!
なぜ俺が下半身になにも穿かず、すっぽんぽんのフルチンなのか? 上はピチピチの真っ赤なポロシャツ一枚で下はすっぽんぽんのフルチン、つまり俺の大好きな童話「クマのプー」スタイルそのものの姿なのか? 不思議に思うかもしれないが、これもまた切々と詳細に説明するのは、ちとばかし骨が折れる。
「あー、大変だ」
がしかし、
俺の股間の友、相棒17センチのジョニーの奴がビクンビクンと漢の喜びを体で示すがごとく跳ねまわったのは、ま、言うまでもないだろう。