藍さんの場合 2
学園内のカフェでお茶を飲みながら待っている、という友人と別れ笹原亜紀は森田藍に声をかけた。
「森田さん!笹原亜紀です。さっき自己紹介したばっかだけど、一応ね。」
編入組で緊張しているのだろう、森田藍は小さな声で「よろしく」と再び会釈をする。
「私2コ上にお姉ちゃん居るから、ちょびっとだけ詳しいってだけなんだけど」
と亜紀は鞄からプリントを取り出す。
「生徒会、ていうか生徒会員には誰でもなれるんだよね。役員にはなれないけど。
うちら、ていうか一般生徒?その辺の人が役員入り目指すなら生徒会委員長かなぁ?」
ひらひらと目録を翳しながら亜紀は言う。
「生徒会の説明会も、他のクラブと一緒で明日からあるし、良かったら一緒に行かない?」
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「そう。そんなに生徒会に入りたいの…でも、来年度も含めて役員は殆ど決まっているのよね……」
困ったわ、と桐生由梨絵は頬に手を当て眉を寄せて手入れの行き届いた長い黒髪を指先で弄ぶ。
表情は曇っているが、その美しさは一切曇らない。
あくまで「困っている」という表情を貼り付けて、美貌の生徒会長はため息をついた。
生徒会室。サロン、と呼ばれているその部屋は申し訳程度に置いてあるデスクを部屋の隅に押しやり、現会長の少女趣味を反映した内装で統一されている。
「ユリ、こんなのに一々対応してたら、生徒会パンクしちゃう」
笑いながら生徒会長をユリ、と呼びすてた三条千春が切れ長の瞳を意地悪そうに細めて言う。
小柄な、ともすれば中学生、いや小学生に見えてしまう体躯と、緩く巻いた髪を頭の高い位置で二つに結わった彼女にその酷薄そうな表情は良く似合っている。
彼女は見た目よりもずっと「女」なのだ。
「とりあえず、座らせてあげようよ」
と苦笑気味に割って入るのはもう一人の副会長である、三ヶ原晶だ。
いささか芝居がかった所作で長い手足を動かし、生徒会長の前に所在無さ気に立ち竦む一年生に椅子を勧める。
長い黒髪を一つに纏め、部活を途中で抜けてきたのだろう、弓道着に身を包んだ彼女は長身も相まって少年剣士の様だ。
おどおどとソファに体を沈めた一年生の一人が居心地悪そうに切り出す。
「あの、先輩方を困らせるつもりじゃなかったんです。
ただ、私が生徒委員会に入りたいってひとえちゃ……担任の先生がご存知で。
それで説明してたら、藍さんは生徒会役員になりたいって。
無理だと思うって申し上げたんですけど、それでも行くだけ連れてけって……」
涙目で言う一年生を見やり、三年生三人が目を見交わす。
由梨絵から目で促された晶が苦笑いをしつつ立ち上がる。
藍を連れてきた一年生の前に膝をつき、目線を合わせるように顔を覗き込んだ。
「そんなに怯えないで。順番に、ゆっくり話してくれたらいいから。
申し訳ないけれど、もう一度、彼女と、もし良ければ君の事も私達に紹介してくれるかな?」
晶のファンだったのだろうか、一転、違う意味で瞳を潤ませた少女は頬を染めて語りだす。
連れてきた少女は今年度他学校から入学してきた一年生で、公立の中学校で生徒会長をしていたらしいこと。
この学園でも生徒会に入りたいとのことなので、この学園の高等部生徒会のしくみを説明したところ、直談判するから、と半ば無理やりに案内させられたこと。
少女の姉が生徒会委員で、役員とクラスメイトなら面会出来るだろう、と半ば無理やりに生徒会室に案内させられたらしい。
頬を紅く染め、一心に語る少女を手で制止し、晶は由梨絵を見やる。
由梨絵は小首を傾げるにとどまった。
溜息をついて千春が代わりに口を開く。
「そう。変わった子ね。でも困るわ…。そんなの認めてたら、生徒会は自薦の子でいっぱいになっちゃうじゃない。何のための選挙なのよ」
ねえ、と由梨絵を振り向く。
二、三秒程だろうか。由梨絵はかしげた小首を真っ直ぐに伸ばし、姿勢を伸ばしていった。
「ワタクシ、彼女が生徒会のお手伝いに来てもいいと思うの。」
無関心を装っていた生徒会役員全てが由梨絵と藍を見比べる。
「ええ!?」
沈黙を破ったのは、晶だった。
「なんで!?お手伝いをしてくれる子は中等部からだって募集できるし、何より一年生だってこっちから選べるわよ!?それにこんな冴えな…」
由梨絵のもの言いたげな視線を受けて、口を噤む。一つ咳払いをして彼女らしい台詞を口にする。
「ユリ、私はどんな後輩だって可愛いと思うけど、それにしたって不公平になるんじゃないかな?他にもサロンに出入りしたいと思っている子はいっぱいいるし。第一、示しがつかないでしょう?」
他の役員達が同意を示すように頷いて由梨絵を見る。
由梨絵はにっこり笑って言った。
薔薇のようだ、と皆が言う優美な笑顔で。
「だって。他にこんな子が他に出てきたら困るでしょう?」