悠子さんの場合 10 顕子さんの場合
「あなた、悠子さんと仲がよろしかったらしいわね。」
高等科を二年目に上がる前だろうか。そう義母が言った時、私は意味がわからなくて曖昧に頷いた。
こういう時、義母は肯定も否定も求めていないのだ。
高等科に入学してすぐ、私は生徒会のお手伝いとしてサロンに出入りするようになった。
当たり前だ。そうなるために、中等科の頃から直ぐ上の先輩方に可愛がっていたく様に振舞っていたんだから。
そうやってこの家では利用価値のある立場を自分で作らなければ、私などすぐにどこかにやられてしまう。
必死に悠子さんとやらの記憶を辿り、思い出したのは、プレスクールで会った年下の少女のことだ。
思い出せなかったのは、彼女のことを「悠子さん」と呼んだことがなかったからだ。
そう、ゆうちゃん、と呼んでいた。
夏でも底冷えのするような冷たい家になるべく帰りたくなかった私は、お稽古事の帰り道を引き伸ばそうと幼心に必死だった。
そんな時、ポツンとお迎えを待つ彼女は私にとって渡りに船だったのだ。
人見知りする子猫を手なずけるように、整った人形のような顔をしたその少女を私はとても可愛がった。手懐けてからは、他の人と仲良くしてほしくなくなった。
「こんなにキレイな子猫が、私以外に懐かない」
その事実は、幼い私の自尊心を酷くくすぐった。
懐いてからの彼女は私に絶対の信頼を置いていた。
いいものあげるから、目をつぶって口をあけて、と言えば、両手で目を覆い口を空ける。
その口にピンポン玉を落としたら大変なことになるのに、と思いながら、私はそんなことをしない。
まだー?と無邪気に動く可愛らしい唇の間に自分のおやつのキャラメルを落としてあげるのだ。
あきちゃんのおやつだよ?と心配そうに言うその子猫に、あきはおねえさんだから、と言ってやる時の誇らしさときたら!
どうして忘れていたのだろう。あきちゃん、あきちゃん、と私にまとわりつく少女を心から愛おしいと思ったのに。
「その方、今年馨ヶ丘に入学されるみたい。
今、勢いのあるお家ですから、仲良くしておきなさい。」
心得ました、と。
この家に来て初めて、私は心から微笑んだ。