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学園日記  作者: 錐木利緒
17/21

悠子さんの場合 9

大好きなあきちゃんが居る生徒会サロン、そこがどうして居ごごちが悪いはずがあるだろう。

事実、悠子の存在をあまり快く思っていないのだろう三年生の会長、副会長に何を言われても悠子にとってはどうということは無かった。

むしろ、小さな意地悪をされる度に気遣わしげにちらりとこちらを見る顕子の様子に心が跳ねた。

一緒にお手伝いをしている同学年の瑞希が、大丈夫?と囁いてくれるのも、なんだか嬉しかった。

だから、お茶汲みが終わって悠子が水泳部に行ってくる、と言う時の顕子が少し悲しそうな顔を見たかったのだ。


まだ良いじゃない、と悠子の制服の袖をそっと触る顕子に、すみません、と困ったように頭を下げて向かった水泳部で、こみ上げてくるぷくぷくした笑いを抑えて、悠子は泳いだ。

初日の騒動のせいか生徒会との掛け持ちというせいか、水泳部でも悠子は少し浮いていたけれど、さっぱりした気性の子が多かったからか、それなりに打ち解けていたように思う。

稀に部活が終わった後、屋内施設の前で顕子が待っている時もあった。

そんな時、悠子は一緒に帰っていた部員達にごめんね、と挨拶して小走りに顕子の所へ向かうのだ。

校門までの短い距離を、一緒に歩くその時間が、悠子は何よりも好きだった。


*****************************


その日は、たまたま生徒会長副会長の三年生が居なかった。

下級生だけのいつもより砕けた雰囲気の中、悠子がサロンを後にしようとした時のことだ。


「悠は、そんなに水泳部が好きなの?」


顕子の声はそう大きくなかった筈なのに、サロンに響いた。

いつも通り、すみません、と応えようと振り返った悠子は言葉を失った。顕子は大きな瞳に涙を溜めていたのだ。


「私、知ってるわ。水泳部の中で悠子に特に親しいお友達が居るわけじゃないじゃない。

泳ぎたいならジムに行けばいいのよ。どうして、あきに意地悪するの?」


水を打ったように静まるサロンの中、顕子の長い睫に阻まれて中々零れ落ちない涙が酷く可憐だった。

考えるよりも先に、あきちゃん、と呼びかけていた。

口の中が乾いていたからか、以前の悠子のような、小さな声だったから他のメンバーには聞こえなかったかもしれない。

飛び込むように抱きついてきた顕子を受け止めて、悠子は頭一つ低い顕子の耳元で、


「あきちゃん。ごめん。私、水泳部辞めるから。」


そう言ったのだった。


***************************


二年生に上がる頃、悠子の身長は170センチを越えた。

ひょろりと背ばかり伸びる娘に、嫁ぎ先が無くなると母親は顔を青くしたが、悠子はあまり気にしていなかった。

顕子が無邪気に喜んでいたからだ。


「理想的な男女の身長差は15センチなんですって。私ももう少しあった方が良いかしら。」


と悠子を見上げる顕子に、そーゆーコト、わかってて言うのはあざといですよ、と軽口を叩けるような関係になれたのはいつ頃からだろう。

もう、悠ったら本当に意地悪ね、とむくれる顕子の髪を弄ぶ。

悠子の存在をあまり快く思っていなかったであろう先代の会長副会長が卒業し、顕子はすんなりと生徒会長の座に納まっている。悠子は生徒会書記に指名されていた。

あまり自己主張の無い、というか、元々顕子の取り巻きのようであった副会長はおっとりと笑っている。

後輩に全く興味を払わない悠子に代わって、瑞希が生徒会に誘った一年生が二人、お茶を入れながら二人のじゃれ合いにはしゃいでいる。


顕子姫と顕子姫の作った悠王子はサロンで末永く幸せに暮らしましたとさ。

そんなモノローグが思い浮かんで、私は意外に少女趣味だ、と悠子は煙草を咥える。


「悠子、窓開けて。窓際で吸って。」


今年度の始めは耳にタコが出来るくらい喫煙に文句を言っていた瑞希が、呆れたようにそう言う。

ソファから立ち上がり、窓際に向かう悠子の後ろを顕子がちょこちょこと付いてくる。


「ねえ、悠。今年の夏休みはどうするの?」


窓を開けながら悠子が振り返ると、コンフィチュールの空き瓶を桟に置きながら顕子が嬉しそうに笑っていた。


「別に。去年と一緒ですよ。実家に帰って、顕子様がお暇なら遊んで頂くだけです。」


そうぶっきらぼうに言いながらも、笑み零れるのを抑えられない。

実際、去年の夏休みは楽しかった。

両親が不在がちな悠子の実家は日中、3日おきにやってくるハウスキーパー以外殆ど誰も居ない。

相も変わらずネットとフィットネスに通う一ヶ月か、とげんなりしていたそこへ顕子が一日と置かず遊びにやってきてくれたのだ。


夏休み初日、ラフすぎる格好で出迎えた悠子に顕子は眉を顰め、シャツとデニム、母の選んだ可愛らしいワンピースしか入っていない悠子のクローゼットを強引に開けさせた後、明日は一緒にお買い物に行きます、と宣言した。

翌日、連れまわされた先で、悠子はありとあらゆる服を試着し、顕子がこれ、というものにカードを切りまくった。

ジェットコースターの様な買い物ツアーに些か酔っていたのだろう、最後のほうは悠子も「それはさっき似たのを買いました」だの「それはあまり好みではありません」だの、色々口にするようになりあれこれ買った結果、最初に着替えた一式以外は外商に頼んで送ってもらうことになるほどだったのだ。


翌日からは遊びまくった。

遊園地に行ってみたり、水族館にイルカを観に行ってみたり、ホラー映画を観に行って半泣きになっているかと思いきや、翌日顕子が大量に借りてきたホラーDVDを悠子の部屋で鑑賞したり。

合間合間に一緒にリビングで勉強をしたりもした。

顕子は特に成績が良い生徒、というわけではなかったので彼女の宿題を悠子が教えてあげることもあった。


楽しい思い出に顔を緩ませていた悠子の頬を背伸びしてぐにっと摘むと、顕子は言った。


「今年は、二人で旅行に行きましょう?」

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