表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園日記  作者: 錐木利緒
16/21

悠子さんの場合 8

あの日、水泳部の部室に悠子を迎えに来た顕子は


「ごきげんよう。」


ぐるりと部室を見渡し悠子を見つけると、嬉しそうに歩み寄りその手を取った。


「もう、悠子さんったら。いついらっしゃるのかって楽しみにしてたのに、中々来ないんだもの。待ちきれなくて迎えに来ちゃったわ。」


と、いたずらっぽく笑い呆然としている悠子の手を引いて立たせ、あっけにとられて固まっている水泳部員達に再度「ごきげんよう」と挨拶をして部室を後にした。

閉まった扉の向こうから、えええー!?という悲鳴とも歓声ともつかないどよめきが聞こえたが、悠子の手を引く顕子は気にした風もなく、廊下を足早に進む。

一方手を引かれる悠子は困惑顔だ。


この先輩のことは覚えている。入寮したその日に、小振りな可愛らしいブーケを持って、悠子の部屋を訪ねてきたのだ。


「あら、お風呂上り?それともお風呂中だったのかしら?ごめんなさい。手短に言うわね。あなた、生徒会のお手伝いをしてみない?」


動揺しつつも悠子は、考えさせて下さい、と伝えたはずだ。

いや、もしかしたら言えていなかったかもしれない。或いは蚊の鳴くような声で聞こえなかったのかもしれない。

ともかく、両手で捧げ持つようにしていたブーケを入学おめでとう、と悠子に渡し微笑むと、じゃあ、サロンで待ってるから、と彼女は去っていったのだ。


半ば引っ張るように悠子の手を離さないその人に、先輩、と声をかけてみる。

反応は無い。

小学校以来殆ど他人と会話したことのない悠子の声は小さい。

聞こえなかったか、とお腹に力を入れてせんぱい!と呼びかけてみたら、少し声が上ずってしまった。

ぴたりと、彼女が足を止めた。


「あきこさま。」


え?と聞き返す前に悠子を振り返ると、少し怒ったような顔をして、


「生徒会では先輩のことは様付けで呼ぶのよ。だから、私のことは『顕子様』って呼んで頂戴。昔みたいに『あきちゃん』って呼んじゃダメよ?」


そう言った。

昔みたい?あきちゃん?

目の前で拗ねた顔をする少女の顔が、記憶の中の幼い少女の膨れっ面に重なった。


「あきちゃん!?」


思わずひっくり返ってしまった声を気にする余裕も無く、悠子は大きな声を上げた。


幼い頃、母親に連れて行かれたプレスクールで、やや過剰な人見知り故に友達が出来なかった悠子を何故か構ってくれる一つ年上の少女が居た。


ごめんね、ヘアサロンが長引いちゃって、と母のお迎えはいささか遅くなることが多かった。

ヘアサロンがエステだったり、ネイルサロンだったり、お食事会だったり、理由は様々だったが。

お迎えを待つ間一人ぼっちで俯いている悠子に「あきはおねえさんだから」と絵本を読んでくれたり、一緒にお絵かきをしてくれたりした。

「あきちゃん、お迎え来てるよ?」

と幼い悠子が心配しても、いいの、と迎えに来ている大人の男の人に、「この子のお迎えが来るまで待ってて」と大人のように指示して一緒に居てくれたのだ。


どうして忘れていたのだろう。

あきちゃんが受験を終え、もうプレに来ない、と聞いてあんなに泣いたのに。

ずるずると引き出される記憶に言葉の出ない悠子を見て、顕子は得意そうに笑った。


そこから先は蜜月だった。

外部生の悠子がサロンに出入りすることに不満がありそうな生徒会役員に「プレの頃からの幼馴染なの。学校は離れてしまっていたけど、ずーっと仲良しなのよ」と根回しし、目立つグループに囲まれて居心地が悪い、とこぼす悠子に「なるべく目立たない子を見つけて仲良くしなさい」とアドバイスしてくれたのも顕子だ。

それで出来た「お友達」の存在に悠子は随分助けられた。

あまり口数の多くない「お友達」は居心地のよくなかった当時の生徒会の愚痴を、一生懸命聞いてくれ、悠子が何をしても何を言っても楽しそうに笑ってくれた。

それは悠子に自信をつけさせ、伸び伸びとした振る舞いを身につけさせた。


伸びてきた髪が鬱陶しくなってきた頃、髪を伸ばそうか切ろうか迷っていた悠子に、切ったほうが良い、とアドバイスしたのも顕子だった。


「悠は凛々しい顔立ちをしてるんだから、きっと短いほうが素敵よ」


悠、という呼び方が定着したのもその頃だった。


「それに、背が伸びたからきっと王子様みたいになるわ」


その日の放課後、顕子の家の車でヘアサロンに一緒に向かったのだ。

悠子が髪を切っている間、顕子はヘアサロンのソファでお茶を飲みながら雑誌を繰っていた。

時折、悠子の方を見て小さく手を振る。照る照る坊主の様な状態で手を振り返すと、吹き出す真似をしたりして、悠子を笑わせたりした。

帰り道、寮まで走らせている車の中で、悠は顕子の王子様ね、じゃあこれからは顕子姫と呼ばないといけませんね、と笑いあった。


加速度的に王子様度を増していく悠子の言動に、嘲笑する声があったのはもちろん知っている。

他方で、現在進行形で局地的な人気が高まっているのも。

人気取りが上手ね、とちくりと言われることは今でもあるが、悠子にとってはどうでも良い。

顕子が喜んでくれるならそれでいい。

悠子はそう考えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ