悠子さんの場合 3
顔の造作が人より優れている、と気付くのは早かった。
プレ、と母が言うスクールに通う前から人に会うごとに「可愛いお嬢さんね」と言われていた。
その単語が人の口に上る度に喜んでいるのが母親だったため、自分が褒められていると気付くのに時間はかかったが、気付いて以降は当たり障り無く頭を下げることも覚えた。
結果、礼儀正しいが愛想の無い子供、という評価を得ることになっただけだったが。
浮き沈みのある商売の低迷期だったのだろう、プレに通っていた悠子は特に受験などすることもなく近所の子供達と一緒に公立の小学校へ行った。
そして直ぐ位に、イジメにあった。
最初は名簿順だった座席が二学期でくじ引きになった時のことだ。
悠子の隣の席に当たった男の子が些細な意地悪をするのだ。
消しゴムを返してくれない。当人が忘れた教科書を見せてあげているのに悠子に見せないようにする。
「私の周りの大人の男の人は、みんな女の人に親切だけど、そういう人はあなたの周りに居ないの?」
悠子が振り絞るように言ったその台詞はその男の子の小さなプライドを傷つけたのだろう、悠子に対するイジメは激化し、そして、悠子は学校へ行かなくなった。
おそらく彼は私のことを好きだったんだろうなぁ、イジメが本格的に女子に飛び火する前で良かったなぁ、と幾分暢気に悠子は思う。
成金かつ対面を気にする両親にしてはずいぶんと甘い処遇だとは思うが、おそらく通っていた学習塾からの判定もあったのだろう。
「この子は○○中学へ入れますよ。いえ、親御さんがそこへ入れるお気持ちが無いのは存じておりますが、当校から宿泊費や受験費はお出ししますから是非!」
悠子は受験当日まで近場のホテルに缶詰ていたのではっきりした記憶は無いが、その「宿泊費」と「受験費」を出させたことに両親が随分鼻を高くしていた。
結果、受かったいくつかの進学校から奨学生でも入学は可能であると誘いを受けたにも関わらず、相も変わらず低迷していた家業のせい、いや、むしろおかげ、と言うべきであろうか、悠子は公立の中学校へ進み、そこも殆ど不登校で通した。
毎日一定時間家庭教師がついていたこともあり、定期試験で無駄に高得点を出していたため、卒業式も出ずに中学を卒業した悠子に、父親は馨ヶ岡に入学することを命じ、学校と言うものに対して投げやりになっていた悠子は、了承したのだ。
あっさりと提案を受け入れた娘に聊かの不気味を感じたのだろうか、両親は入寮にあたって最大限の譲歩を見せた上、成績と家の評判を落とさなければ、好きなようにしていい、という悠子からの条件も驚くほど簡単に了承した。
勉強だけは妙に出来る引きこもりの娘、そう悠子を評価している父親は、粛々と学校生活を送ってくれたらそれで良い。馨ヶ岡学園卒業、という肩書きを手に入れてくれ。あわよくば、名家でなくともそこそこの良家の子女との繋がりを作ってくれ。
そういったことを細々とした入寮の準備をする母と娘に言ったのだった。
悠子にとって、父の言うことなどどうでもよかった。ただ、家庭教師と娘の容姿が損われる事を異様に恐れる母に通わされていたフィットネスに通う以外のありあまる時間を殆ど読書とインターネットに費やしていた悠子は、正直に言って「女子校」に憧れてもいた。
意地悪な男子も、彼らに便乗する下品な女子も居ない、ステレオタイプなお嬢様学校、というものに。
「成金の娘」というある意味その中では一定数居るであろう彼女たちに埋もれて穏やかな友人関係を作ってみたかったのだ。
結果、そんな悠子の夢は入学もしていない春休み中に砕かれたわけであるが。
「あなた、生徒会のお手伝いをしてみない?」
その「お誘い」は断れないものだったと今でも思う。
反省すべきはその後の対応だったのかもしれない、と今でも思う。
むしろ、じっと我慢して次の生徒会の体質を変えるように我慢するべきだったのかもしれない。
否、じっと我慢していたせいで、生徒会の一般生徒の意見を要れない体質を増長したのかもしれない。
かもしれない、と言う妄想は馬鹿馬鹿しい。生徒会室で堂々と煙草を咥えて悠子は微かに嗤う。
皆、それぞれ置かれた立場で精一杯役割を果たしているだけだ、と。
もちろん私も一生懸命やってますよ、と。