礼美編4
「 うおおおおおおーやっちまったっすー」
カズは頭を両手で抱えながら大声をあげた。
礼美は目の前の局面をいまだに信じられずにいた。
じわじわと局面を悪くされた、駒損もあるがそういう差だけじゃない
駒の働きが全然違うのだ。それなりに将棋には自信もあり負けたことが信じられなかったのに
カズの王は礼美の飛車の利きに飛び出して来ていた。
「 わざと・・・なのでしょうか?」
礼美は最後の一手が指された局面を理解できずにいた。
角の利きを見落とすことはアマチュアなら、特に初級者ならそれなりに多い。
飛車の利きを見落とすことはあまりない、
礼美には指す手がなく単に飛車を動かすよりもと飛車先を再度交換し手順に飛車の位置を換えようとした瞬間
指した手の意味を正確に表現するなら一手パス、礼美もそれは理解していた。
飛車先の歩を交換したすぐあと飛車の利きに玉が飛び出して来たのだ。
うっかりと考えにくい、わざとにしか思えないがまだ指していない手を指したつもりになってしまうことはある。
歩を打って飛車を引かせた手を指したつもりになっていたのだろうか、それにしても動いたばかりの飛車だから見落とす可能性は更に低いはず。プロの指す二歩とは意味が全然違う
わざとともうっかりとも判断出来ず放心状態になっている礼美に、黒猫先生が話しかけた。
「 もう一局だけ指してやってくれねーかなー」
「 あ、はい」
もう一局指せばはっきりする、たまたまカズの得意戦法を選んだだけかもしれない。
最後の手が本当の実力なのかもしれないし・・・
「 宜しくお願いします」
今度は礼美の先手で進行する、角換わり腰掛銀になった。ほぼ定跡通りの進行だ。
現在は先後同型になると先手が有利の結論となっているため後手はどこかで手を変える必要がある。
ここ半年のあいだ将棋から離れていたとはいえ、過去のプロの棋譜なら大抵並べている。礼美に死角はない。
それでも難しい局面になった。礼美はカズの顔をじっと見てみた。一体何が見えているの?この男に
カズの目線は真剣に盤面に向かっていた。やはり強い、集中している。不意に動く指先に目を奪われた、人差し指の爪がやたらと短い
「あー礼美さん気が付いた?カズってば将棋の練習しすぎで爪が剥がれたんだよー」
幼馴染の舞が横から口を挟んだ、誰も話してないから正確には挟んだわけではないが・・・
やはり努力を惜しんでは居ないんだ、礼美はほっとしたような気持ちになりカズがやはり強い事を確信した。
「この局面って先手は何を指すべきでしょうか?」
礼美が質問した、正確には『礼美には珍しく質問をした』だろうか
「あーここっすね、ここで仮に後手番だと何指しても形が悪くなるから先手は1手指させたい、先手は仕掛けが成立してないから待つのが最善と言われてるっす、
だけど先手が飛車を浮いても後手が金を動かして待つと先手の隙の方が大きいから、結局手待ちは通用しない、だから無理な仕掛けしかすることないっす、自分は後手が指しやすい局面だと思ってるっす」
一生懸命になれるっていいなあ・・・
カズが真剣に答える様に礼美は優しく微笑みながら頷いていた。