礼美編3
(なにこの子強い・・・)
礼美は目の前の少年カズの顔と盤面を交互に見比べていた。
内容は相矢倉、オーソドックスな始まりからお互いに本格的な矢倉囲いに組んでいた。
礼美に油断が有った訳ではない、手を抜くなどという事もした事が無い。侮辱に当たると思っている。
子供のころから何でも一番でないと気が済まない礼美。
テレビで楽しそうに解説するお姉さん(NHKの将棋番組)を見て発想の豊かさに感動する。
それから礼美の将棋への情熱はとんでもないものだった。
本という本は読破し、サイトのチェックも欠かさない、詰将棋でも相当な難問を解いている
3手5手などというレベルではない、
かといって将棋だけに没頭して他を怠けている訳ではなく
成績も常にクラスTOPでクラス委員もしている。
端麗な顔つきに長身でスポーツも万能とくれば、クラスでは憧れの的のような存在だった。
間違った事が大嫌い、軽口も大嫌い、好きな言葉は「不言実行」軟派などは特にお断りだろう。
ある程度は恵まれた才能もあるだろうが、努力を惜しんでいなかった。
ただそれが周りにも伝わってしまうため、近寄りがたい存在にはなっていた。
不運だったとすれば練習相手に恵まれなかったことくらいか。
「 流石は中学全国3位だけあるなー、カズとほぼ互角じゃねーか」
黒猫先生の言い方は少し引っかかった、何故?カズというこの男が中学全国3位とほぼ互角に指せていることを褒めるなら分かる、何故私が褒められている?それほどに強いということ?
これは全国レベルの将棋なの?礼美は一進一退の局面に悩まされていた。徐々に駒の働きを悪くされる。
銀一枚の駒損、双方馬を作ってすぐに詰む訳でもないがはっきりと劣勢になった。
あとはどこで投了するか、見落としの一つでひっくり返るからまだ難しい局面にも見える。
じわじわと有利を作られた、力将棋が苦手な訳でもないつもりだったのに・・・
それほどの努力もしていないと思われる1高校生がプロの将棋を語るなと思わず熱くなったが、確かに目の前のカズは強い、駒を持つ指をよく見ると人差し指と中指の間にタコのようなものが出来ていた。将棋ダコとでも言うのだろうか。
盤・駒もよく見ると綺麗だ、礼美が中学の時磨いていた駒よりも遥かに輝いている。
日頃から丁寧に手入れをしているのだろう。
礼美は引き際が大事だと自分に言い聞かせた今までには無い感情だ、何故か思わずくすっと笑ってしまった。
将棋を指していてこんな気持ちになるものなのね、次の一手を待って投了しよう。
礼美は
「まい・・・」
言おうとして思わず言葉を飲み込んだ。カズの指したこの手はなに?