礼美編13
真剣に読めば確かに詰むのが分かる、ただ思い出王手に見えるような桂捨てだ。
「 取ると逃げ道が消え、飛車捨てから馬が働いてぴったり詰みか、俺ならうっかり取ってたな」
「 あの子の得意とする終盤の罠です、見破られればそれまでなんですけどね」
「 面白い手を思い付くもんですな」
「 あの子がどこまで読んでるのか、どうやってその局面に行き着くのか分かりません、毎回のように大逆転の妙手が見られるのは面白いですよ、そう言う局面に誘導しているのか私の棋力では分かりません」
「 毎回のように、となると誘導してるぐらいしか思い浮かばないですね」
礼美と虹野妹の対局も終盤に入っていた
「 ねえカズーどっちが勝ってるの」
「 うーん盤面は微妙だけど礼美さんが勝つよ」
「 なんで微妙なのに礼美さんが勝つって分かるの?」
「 魔法が使えるからさ、それにあの人が負けると思えないんだ」
実際には形勢は二転三転して二人の間で揺れ動いていた。
仕掛けは虹野妹から、角交換から一歩得したが囲いにくい、互角でも先手の礼美が勝ちやすい局面、礼美も指しやすさを感じていた、それが油断に繋がった。
真っ直ぐ攻めてくる虹野妹の手は読みやすい、さあ駒を打ち込んで詰めろを掛けて来なさい、清算して必至になる、だけどその瞬間交換した駒を使って勝ちよ。
礼美の読みは少し身勝手過ぎた。虹野妹は駒を打ち込む前に1手囲いに手を入れたのだ。
「 このタイミングで?」
ここまで無理攻めばかり、一転して囲いに1手だけ手を戻した。
将棋は1手受けると3手堅くなるなんて事もままある。『玉の早逃げ8手の得』少し大げさだが一回受けると捕まらないこともある。8回攻めるよりも1回守れと言う格言なのだろう。
ここまで礼美は受けるのが精一杯、悪手も指していない、それなのに苦しい。
「 だけど、負けられない」
1手勝ってると思ってた局面がいきなり2手負けの局面にされた、だけどカズが見ている、無様な負けは許されない。
「取り敢えず粘るしかないか」
桜の猛攻を受け続ける、1手間違えたら簡単に寄せられる局面だが逃げ道を作りながら攻めを受け流す、
どんどんと囲いの駒は減っていく、代わりに礼美の持ち駒はその分増えていく。
「これで寄ったわ」
桜は決まったとばかりに逃げ道封鎖に銀のただ捨て
「この時を待ってたのよ」
ここまで受けながら駒を増やし、王手の切れるこの一瞬
「ここよ」
これも強烈な一手だ、妙手とも言える角のただ捨て王手が打たれた、読まなくても歩で取るしかない、取らなければ簡単な詰みだ。そこからしばらく桜は盤面とにらめっこしたあと力なく下を向いた。
「 ありません」
桜は大きくうなだれると右手の手のひらを礼美に向け投了した。
「 やったあー」
「 大熱戦でした、今日の結果は3対2で大山高校の勝ち」
パチパチパチパチと誰からともなく拍手が沸き起こる。
帰路に付く全員、情二先生の送迎するバスからみんな降りてくる。
「 いやーみんなよくやった、大熱戦の礼美もお疲れだったが、初勝利のカズ、おめでとう」
「 男子と女子ではまだ差が大きい競技ですから」
謙遜混じりにカズが答える。
「 体格も体力も関係無いんだから平等よ」
礼美の言うことはもっともだが現実に男女の実績の差は大きい。
「 黒猫先生の奢りでラーメンたべたいのぉ」
いちごが何の前触れもなく唐突に発した。
「 ちょっと待て、安月給の俺からたかるんじゃない」
黒猫先生の拒否も当然の反応だったがいちごはお構いなく続けた。
「 こんなめでたい日はそうそうないぞよぉ、ここで奢らないでいつ奢るの?」
そんな有名な振りやめてくれーと黒猫先生が願うもみんなの声はこんな時だけ揃った。
「 今でしょ!」
財布の中身を確認し、「ぎょっ」としたあと周りをキョロキョロと見渡す黒猫先生、やっと見つけたその対象は送迎バスに乗った情二先生だった。黒猫先生は小さくなっていくバスをいつまでも寂しそうに見ていた。