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遊び人の場合

 「浮かない顔ですね」

 「ん…」

 とあるバーで、マスターが話しかけたのは、大きめの筒型のケースを持つ男性だった。

 「あいつに、先を越されたからかな」

 「競争でもなさってるんですか?」

 「そんな所ですよ」

 彼は愉快そうに笑う。マスターも微笑む。

 「今日はよくお飲みになりますね」

 「そりゃな」

 グラスの中の氷が音を立て、無人のバーに響く。今は営業時間外だが、彼は特別らしい。

 「…… 始まったんだ」

 「…… そうですか」

 「深いところは聞かないでくださいよ、巻き込みたくはありませんからね」

 「わかっていますよ」

 時計が8を指す。男が席を立った。

 「… そうそう」

 マスターが言った。

 「○○県の△△町ってところに、不思議な子供が居るそうですよ」

 「子供… ?」

 「ええ」

 にこやかに話すマスターだが、対して男の方は怪訝な顔を見せる。

 「何が不思議なんだ?」

 「詳しくは知りませんが」

 「………」

 少し奮発して購入した、自慢の腕時計を見て、彼は笑う。

 「ま、行くだけ行ってみますか」

 「またのご来店を」

 争谷蒼は戦ヶ丘紅には負けられない。




 「うぅ…」

 在来線の指定席が取れず、自由席の中、さらに満席だったため二時間立ちっぱなしの旅をした蒼は満身創痍、すぐにホテルにチェックインし、就寝した。

 翌日も少し気怠く、名産品を食べようとその街のストリートを目指した。蒼はどちらかといえばグルメな方である。

 「………」

 「いらっしゃいませー」

 チェーン店は避ける。高そうな店も避ける。そうして入る店は大体当たる。

 「ま、チェーン店にはチェーン店の、高そうな店は高そうな店の良い所はあるけど」

 あまり贅沢は出来ない経済状況なので、高級店ではお金の味しかしないのが争谷蒼である。

 「えーと… これと、これ」

 「かしこましましたー」

 「………」

 厨房が近いと、調理の段階の匂いがよくわかる。そこにはそこの魅力がある。

 「…… ん?」

 蒼が厨房を凝視していると、横からの視線に気がついた。

 「………」

 「………」

 「………」

 「…… えっと、何かな」

 小学生だろうか… きっと六年生くらい。中性的な顔立ちの男の子(服装から判断)が三つ離れたカウンター席から蒼を見つめていた。

 「いや、同じ物を頼んでたから」

 「あ、そう」

 少年の手元にはなぜかルービックキューブが三つほど置いてあり、すべて六面綺麗に揃っていた。

 「それは… ?」

 「え?」

 少年は蒼の言葉に少し驚いたが、すぐに手元のキューブの事であることに気がついた。

 「ああ、待ち時間の暇つぶし」

 「へぇ…」

 「知恵の輪とかあるよ」

 「頭良くなりそうだね」

 「そうかな」

 少年はクスクスと笑った。年に似合わない行動だった。

 対して蒼は少しだけ勘を働かせ、もう少し踏み入ってみることを試みた。

 「得意なの?」

 「うん、ちょっと前から、すごく出来るようになったんだ」

 「すごく?」

 「うん…… お兄さん? このルービックキューブ、二つをぐちゃぐちゃにしてみて」

 「え? あ、ああ」

 蒼は言われたとおりにぐちゃぐちゃにした。蒼自身ではもう元には戻せないくらいだ。少年は目を塞いでおり、こちらがどの順番で動かしたか観察することはできていない。

 「… こんなもんか」

 「できた?」

 「ああ」

 キューブを二つ手渡した。すると少年は六面をちょっとづつ見て、まず一つ、10秒も掛からないうちに六面を綺麗に揃えた。

 「… え?」

 「まだまだ」

 二つ目、少年は目を閉じたままキューブを弄り、12秒ほどで六面を綺麗に揃えた。

 「すごい…」

 「でしょ?」

 「君… 名前は」

 「僕?」

 少年は呆気にとられている蒼を面白そうに見ながら言った。

 「砂滑(すなめり)(うみ)だよ」




 「それで、急に手先が器用になったんだ」

 「うん」

 昼食を済ませた二人は、会話した事も何かの縁としてアーケードを並んで歩いていた。

 「あー、でもね、勉強とかは駄目。面白くないんだ」

 「わかるよ。俺も勉強は出来ない生徒だった」

 「そうなんだ」

 笑う姿は子供そのものだが、会話中に見せる仕草や口調は、小学生のそれでは無かった。

 「… 海くん、だったよね」

 「うん?」

 「俺は争谷蒼だ」

 「あお? 面白い名前だね」

 「よく言われる」

 蒼は思考する。

 彼がスタイルを持っているか確かめる方法を探っていた。

 「僕の家上がる?」

 「え、いや、悪いよ」

 「いいのいいの。どうせ親居ないし」

 「仕事?」

 「ううん。お父さんは仕事だけど海外にいる。お母さんはよくわかんない。最近明るい服とか化粧とかよくしててね、なんだか僕に冷たいんだよね」

 「…… そうか」

 「ほら、僕も話し相手がいると嬉しいんだ」

 「分かった」

 蒼にとってはいい機会だったけれど、少しだけ少年を気の毒に思う。

 「……」

 出来る事なら、スタイル持ちであってほしいと願う蒼だった。




 「スタイル… ?」

 「ああ」

 蒼は家に入るや否やすぐに話を持ちかけた。

 「不思議な能力のことさ」

 「どういうのがあるの?」

 「俺はな――」

 刀を取り出し、海に見せる。

 「え… 本物?」

 「ああ」

 「す、すごい! ちょ、ちょっとかして!」

 「い、いやこれは駄目」

 「なんでさ!」

 「危ないよ… 本当に斬れるんだよ?」

 「え… 模造刀とかじゃないの… ?」

 「真剣。真剣じゃないと、発動しないんだ」

 「発動?」

 「よく見ててよ」

 海が気を利かせて出してくれたポテトチップスを手に取り、ちょっとだけ上に投げる。蒼は刀を握り締め、横へと振り抜いた。一切の音も無く、ポテトチップスは無残に横に真っ二つとなった。

 「… わ、わぁ… すごい」

 海は目を輝かせて言う。

 「だろ?」

 「そんなに剣を扱うのは上手なら、剣道も強いんじゃない?」

 「いや」

 蒼は首を横に振る。

 「さっきも言ったけど、これは真剣じゃないと出来ない」

 「… どういうこと?」

 「竹刀や木刀じゃできないんだ。真剣… まぁ、というか『この刀』じゃないとできない」

 「…… ?」

 「俺は、『この刀を持った時』『剣術を扱う事が出来る』」

 刀を納め、ケースに戻し、海に向き直る。

 「―― それがスタイル。俺のスタイルだ」

 「スタイル…」

 「きっと… 海くん、君にも、あるはずなんだ」

 「え… 僕にも?」

 「ああ」

 蒼がゆっくりと手を差し出す。

 「君にロマンがあるなら、俺と一緒に来て欲しい」

 「…… 浪漫」

 海は暫く考えたあと、両手で蒼の手を取った。



 「でさ、具体的には何なの?」

 「え?」

 海の親に『全寮制の教育機関』という建前で、海の事務所所属の承諾を得た蒼は、海と共に事務所本部へと帰ってきた。

 紅と命が住む事務所は国道を挟んだ向かいに位置し、その事を海に話すと、命に会いたいと言ったので、今紅が持つ事務所に、紅、蒼、命、海の四人が居る状態になった。

 「いや、ここの事だよ」

 「ん… あー… 制裁と探偵を兼ねる事務所」

 「まんまだ…」

 このやり取りに紅が笑う。

 「蒼は昔からそうなんだ。少しズレてやがる。まぁそのうち慣れるさ」

 「… 努力します」

 目の前でそんな会話をされても、蒼にはどこ吹く風であった。そんな蒼を見て命は逆に尊敬の意を抱いていた。

 「じゃあ、僕のスタイルって?」

 海が蒼に向き直り聞いた。蒼は肩を竦めただけで何も答えなかった。

 「スタイルを他人に見つけてもらおうなんざ甘ったるい話はねぇ」

 紅が言う。

 「自分の力で見つける。自分の力を見つける。それがスタイルだよ海くん。ここで大人しくスイーツ食ってる命くんもまだ見つけてないしな」

 「そうなんですか?」

 海の問いに頷く命。目の前のチーズケーキを食べる手は止まらない。

 「…… まぁ大方予想は付いてるけど」

 「え? 本当?」

 蒼が少し笑いながら言う。

 「俺や紅とは違う、便利なスタイルだろうね、きっと。発揮する条件さえ分かればいいんだ。地道にやっていくといいさ」

 「むぅ… わかりました」

 不服そうに海は言うが、その後すぐに口元が緩む。

 (それが… ここに連れてきた理由だ)

 蒼は思う。海の目の奥にあるそれを感じながら。

 「こんなに心躍るモノはないよね」

 「… まぁ、そうだな」

 蒼は優しく笑い、紅は食らうように笑った。


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